軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

48話『霊草エクサ』

「ミゼ。この先の地形について、《叡智の道》の記憶はあるか?」

「いえ……もう殆どありません。私が参照していた記憶はかなり古いものですから、色んな道が開拓された今の時代では、通用しないケースも多いですね」

迷宮『霊樹の根』の探索を始めてから、既に一時間以上が経過した。

敵が迷宮の内部まで捜索していると予測すると、もう一時間くらいはここに留まった方がいい。

「これは……」

突き当たりの足元に、妙なものが落ちていることに気づく。

目の前で屈んだミゼが、その正体を確認した。

「石碑、ですね」

石碑は床に倒れ、苔が纏わり付いている。

もう長い間、放置されていたのだろう。

「石碑があるということは……この迷宮は第二次勇魔大戦か、それ以前に創られたものということか」

そもそも古代文明とは――第二次勇魔大戦以前に栄えた文明である。

第二次勇魔大戦が終わると同時に、その文明は何故か廃れてしまった。だから第三次勇魔大戦、および第四次勇魔大戦の際に創造された迷宮では、石碑が見つかっていない。

「トゥエイトさんは、過去にも石碑を見たことがあるんですか?」

「ああ。迷宮の深いところに潜ると、偶に見つかることがある。もっとも……石碑に刻まれているのは特殊な古代文字だから、専門家でない限り解読できないし……仮に解読できたとしても、大抵その内容は危険を報せるものだ。……正直、あまり見かけたくないものだな」

要するに石碑とは、第二次勇魔大戦以前に生きていた人間が残したメッセージである。

当時の人々は親切な者が多かったのか、迷宮の危険地帯が近づくと、石碑で注意喚起してくれる場合が多い。

「私……これ、読めます」

薄々――そんな予感はしていた。

ミゼが持つ《叡智の道》には古代魔法の使い方があるのだ。なら、古代文字に関する知識があってもおかしくない。

「なんて書いているんだ?」

「ええと――この先に秘宝あり、と書かれていますね」

「シンプル過ぎて逆に怖いな」

少し悩んだが、最終的に俺は首を縦に振った。

どのみちもう少し奥まで進みたかったところだ。危険を報せる石碑でないなら、そのまま進んでもいいだろう。

それに、敵がここまでやって来た場合、この石碑を見て引き返す可能性が高い。

迷宮に多少詳しい者ならば、石碑の先には進もうとしない筈だ。敵も流石に、古代文字を解読できるような人間を連れてはいないだろう。

「……ん?」

「トゥエイトさん、どうかしましたか?」

「前方から妙な気配を感じる。魔物ではなさそうだが……人でもないな」

しかしそれは、人型のシルエットだった。

薄闇の中心に佇む、無機質な気配。その正体は、

「ゴーレム……?」

冒険者ギルドの基礎戦闘力試験で使用されていた、ゴーレムだ。

姿形は多少違う。目の前のゴーレムは砂と土で汚れており、両腕は太く、足は短かった。良く見れば足が地面に触れていない。浮いているようだ。

ゴーレムの双眸が淡い光を灯す。

その腕が持ち上げられると同時に、俺は《靭身》を発動した。

「ミゼ、下がれ」

傍にいるミゼを下がらせると同時に、ゴーレムが襲い掛かってくる。

宙に浮いたゴーレムは、まるで独楽のように身体を回転させ、太い両腕を鈍器代わりにして攻撃してきた。

反応は俊敏ではないが、あの腕は正面から防ぐべきではない。

斜め後方に飛び退きながら、素早く《魔弾》を放つ。

射出した魔力の弾丸は、硬いゴーレムの身体を貫くことはできず、大きな音と共に弾かれた。

ゴーレムの視野が人間と比べて、どの程度のものなのかは知らないが、死角からの攻撃を試みる。隙さえ作ることができれば、王都のギルドで行ったように《瞬刃》で手早く倒すことが可能だ。

しかし、ゴーレムは俺が背後に回ると同時に、素早くこちらに肉薄した。

――何かを守っているのか?

背後を取られたくないというより、この先に進んで欲しくないような動きだ。

ゴーレムは魔物ではない。古代文明が生きていた頃の人間が作った存在だ。なら、その創造主がこのゴーレムに何かを守らせているのかもしれない。

「トゥエイトさん! ゴーレムの動きを止められますか!?」

その時、ミゼが叫ぶ。

「何をする気だ!」

「試してみたいことがあります!」

答えになっていない。

だが、その決意を秘めた瞳に射貫かれ、俺は首を縦に振った。

迫り来るゴーレムを限界まで引き付け、衝突寸前で上空へ跳躍する。

同時に、高速で回転するゴーレムの頭頂部へ踵を落とした。

ゴン、と大きな音と共に、宙に浮いていたゴーレムはその両足を地面に打ち付ける。両足と地面の摩擦によってゴーレムの回転は緩やかになり、やがて停止した。

その隙にミゼがゴーレムの背後へ周り、腕を突き出す。

ミゼがゴーレムの後頭部に、掌を押し当てた直後――ゴーレムは両目の光を消失し、項垂れるように機能を停止した。

「……やっぱり、このゴーレムも同じ仕組みなんですね」

何が起きたのか分からない俺に、ミゼは説明する。

「ゴーレムには、機能を停止させる緊急用のスイッチが組み込まれているんです。魔力を通して、それに干渉してみました」

「……それも《叡智の道》の記憶か?」

「はい。まだ伝えていませんでしたが……恐らく《叡智の道》の開発者は、このゴーレムの開発者と同じです」

つまり《叡智の道》は、第二次勇魔大戦以前に生み出された魔法ということになる。

ミゼの頭には、二百年分の知識が詰め込まれている状態だ。

「実は、ギルドで基礎戦闘力の試験を受けた時も、開始と同時にこのスイッチを押しただけなんです。……今思えば、ズルしちゃいましたね」

「……それもミゼの実力だろう。取引をして手に入れた力というわけでもないんだ。好きに活用しても、本来文句を言われる筋合いはない」

若干の後ろめたさを感じるミゼを宥めながら、先へ進む。

狭い通路を突き進んだ先に――神秘的な光景が広がっていた。

「これは――」

広々とした地下空間に、見渡す限りの植物が生えていた。

燐光を灯す、瑞々しい緑色の植物は、どこか見覚えのあるものだ。

「霊草エクサ……ですよね?」

「……ああ」

目を見開いて驚愕するミゼに、俺は頷いた。

霊草エクサ。霊薬エリクサーを製造するために必要不可欠となる薬草だ。霊薬エリクサーはポーション類でも最上位の効果を誇る高級品だが、近年はその素材となる霊草エクサが不足しており、エリクサーが製造された例は殆どない。

貴重な薬草だ。殆どの者は、この薬草を一生目にすることなく死んでいく。

それが今、目の前に、数え切れないほど生えていた。

「驚いたな……こんなところに、エクサの群生地があるとは」

「凄い……綺麗です……」

恍惚とした様子でミゼは呟く。

霊草エクサはそれ自体が淡く光を発してるらしく、その影響で辺りは明るくなっていた。ここに至るまでの薄暗い道中も相まって、自分たちが今、現世と隔絶された神秘の中心に立っているかのように感じる。

「も、持って帰ることは、できるでしょうか?」

我に返った様子でミゼが言う。

エクサは極めて入手困難な薬草だ。もし売れば莫大な金が手に入るが――。

「いや……エクサは保存法がかなり特殊だ。道具も何も用意していない今の俺たちに、これを持ち帰る手立てはない」

そう説明すると、ミゼは目に見えて落ち込んだ。

当初の目的は資金調達のためのオーガ討伐だ。エクサを持ち帰ることができれば、俺たちの逃避行にも大いに役立つだろう。

だが、これは使える。

持ち帰ることはできなくても、エクサの群生地がこの場にあるという情報は、非常に大きな価値を持つ。

例えば――交渉材料に。

「今日はここで野宿しよう」

「こ、ここで、過ごすんですか?」

「ああ。一晩経った頃には、追手も引いているだろう」

「……霊草エクサの傍で寝るなんて、なんだか不思議な気分です」

世界一豪華な光景の中で、野宿を行うことが決定する。

翌日、俺たちは地上へ帰還した。