軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

46話『狙撃のすすめ』

「前方に一体、オーガが残っていることに気づいた」

遠くを見つめながら、俺は隣に佇むミゼへ言う。

「依頼内容はオーガ三体の討伐だが……恐らく依頼主が数え間違えたのだろう。討伐の証拠であるオーガの角を回収するためには、付近に潜む四体目のオーガも倒さなくてはならない。――その討伐を、ミゼに任せたい」

「私に……」

小さく声を漏らしたミゼは、暫く顔を伏せたが、やがて決意した表情で答えた。

「やって、みます」

混乱するよりも早く。詳しい説明を求めるよりも早く。ミゼは首を縦に振った。

よほど強く、役に立ちたいと思っていたのかもしれない。話が早くて助かる。

「《狙撃》に求められるのは魔法制御力だ。……魔法制御力は、他の魔法出力や魔法即応力と違って、練習すればするほど身につく技能でもある。つまり、知識や経験が物を言う能力と言っても過言ではない。

そして、ミゼには――人並み外れた知識と経験がある」

特殊な魔法《叡智の道》の効果だ。

この力があるおかげで、ミゼは魔法制御力に関しては桁外れのものを持っている。

「先程の《錬金》を見た限り、ミゼの魔法制御力はかなり高い。《狙撃》を使いこなすための能力は既に持っている筈だ」

「あの、武器はどうすれば……」

「今回は俺の『狙撃杖』を貸す」

左手首から黒い腕輪を外し、それをミゼに渡した。

「腕輪を手首につけた後、そこに魔力を通してみろ」

「は、はい」

ミゼが俺と同じように、左手首に腕輪を装着する。

次の瞬間、ミゼの手元に真っ黒な『狙撃杖』が現れた。

「ひゃっ!?」

「 BF28(ブラックフェザー・トゥーエイト) だ。使用するには、《狙撃》という魔法を使いこなす以上の高い魔法制御力が必要だが、ミゼなら問題ないだろう」

恐らくミゼが再びギルドで魔法力を測定すれば、魔法制御力はAランクを叩き出す筈だ。

BF28を使用する場合、魔法制御力がAランクであることは最低限の条件となる。完璧に使いこなすことは難しいだろうが、即席の戦力としては十分と言えるだろう。

「BF28……トゥー・エイト?」

ミゼが何かに気づいた様子を見せる。

そして何故か、妙に焦りだした。

「あ、えと、その……い、いいですよね! 自分の武器に、自分の名前をつけるのって、浪漫があると言いますか――」

「――違う。俺がつけた名前ではない」

まだミゼには、俺のコードネームが「28」であったことは伝えていない。

クリスは今の俺の名である「トゥエイト」が、かつてのコードネームを彷彿とさせるため、あまり気に入っていない様子を見せていた。実際、語感が似ているためその気持ちも分からなくもない。後の日常生活に影響する気もするので、コードネームに関することはミゼに言わないでおくことにした。

「先にBF28の使い方を教えるか。……少し貸してくれ」

ミゼからBF28を受け取り、俯せになる。

「構えはこれだ。両足は軽く開き、両肩は水平にする」

「先程のトゥエイトさんとは違う構えなんですね」

「膝撃ちは中距離での戦闘を想定したものだ。咄嗟に逃げたり隠れたりと、臨機応変に動けるのが長所だが……射線の安定を優先するなら、今回教えた伏せ撃ちの方が向いている。試しにやってみろ」

BF28をミゼに渡し、構えを取らせる。

何度か修正を経て、伏せ撃ちの構えが整った。

「呼吸は苦しくないか?」

「大丈夫です」

「よし、じゃあ杖の上にある『遠視晶』を覗いてみろ」

指示された通り、ミゼが片目で『遠視晶』を覗く。

「……よく、見えません」

「杖に魔力を込めると、ピントが合う」

「……合いました」

「左手で杖の中心部を支えてみろ。内部に組み込まれた術式が、ミゼの魔力を感知する筈だ」

「……ゆっくりと、魔力が杖の手前に、誘導されているように感じます」

「正常に機能している証拠だ。その感覚を忘れないでくれ」

センスのない者ならこの感覚を拾えない。

ミゼには『狙撃杖』に対する適性もあるようだ。

「次は弾の装填だが……一度、杖を腕輪に戻してくれ。底の方に魔力を通せばいい」

言われた通り、ミゼはBF28の底に手を添えて魔力を流す。

すると漆黒の杖は、一瞬で腕輪となってミゼの左腕に装着された。

「ミゼ、《魔弾》は使えるか?」

「はい」

「なら《魔弾》を発動する要領で、掌に弾を作ってみてくれ」

右の掌を上に向けたミゼが、瞼を閉じて集中する。

暫くすると、その掌の上に薄らと灰色の弾丸が顕現した。

「こう、ですか……?」

「それを更に硬く、小さくできるか? ……こんな感じだ」

手本を見せるべく、ミゼの前で掌を開き、その上に魔力の弾丸を生み出す。

ミゼの掌にある弾と違って、俺の掌にある弾は色も輪郭もはっきりとしていた。

「……魔力って、こんなに圧縮できるものなんですか」

「ミゼにもできる筈だ。渦を巻きながら、中心へ収束していくイメージを持つといい」

「分かりました」

狙撃という戦法のいいところは、準備に時間をかけられることだ。

多少、弾の生成にまごついても問題ない。

「こ、こんな感じ、でしょうか……?」

「……及第点だな。八百メートル以内の狙撃なら十分保つだろう」

ミゼが作った弾を観察しながら言う。

「よし、今説明した動作を最初からやり直すぞ。まずは杖を出して、構えてくれ」

「はい!」

ミゼは先程と同じように、腕輪に魔力を通してBF28を手元に出した。

伏せ撃ちの体勢になった後、『遠視晶』を覗き、ピントを合わせる。

「試しに、あの木を狙ってみろ」

「……はい」

呼吸を整え、集中しながらミゼは返事をする。

「狙いをつける時は両目を開け」

片目を閉じながら『遠視晶』を覗いていたミゼが、両目を開く。

「ピントが合えば、左手を杖の中心に添えて、弾丸を生成しろ。生成する場所は杖が教えてくれる」

杖の内部に刻まれた術式が、ミゼの魔力を誘導する。

その先に、魔力による弾丸が生み出された。

「できました」

「よし……ここからが重要だ」

これまでは、BF28という魔法具の使い方に関する説明をした。

ここからは狙撃の方法だ。

「まずは、深く呼吸しろ。吸った酸素が全身の末端まで巡るイメージだ」

ミゼがゆっくりと肺に酸素を溜め込み、時間をかけてそれを吐き出した。

「引き金にそっと指を添えろ」

ミゼの細い指が、引き金に添えられる。

「肺に溜めた酸素を、半分ほど吐き出したところで呼吸を止める」

呼吸の度に揺れ動いていたミゼの身体が、ピタリと止まる。

「呼吸を止めたら、心臓の鼓動が聞こえる筈だ」

これはミゼにしか聞こえない。

ミゼは今、自分にしか分からない世界にいる。

「鼓動と鼓動の合間。肉体が、最も静謐な状態であるその瞬間に――――引き金を引け」

最後の指示を終えて、数秒が経過した後。

タン、と。ミゼが持つBF28から音がした。

「……どう、ですか?」

「確認してみろ」

ミゼが『遠視晶』を覗いて、標的にしていた木の様子を確認する。

「命中……してませんね」

「まあ、最初はそんなものだ。このまま何度か練習しよう」

その後。ミゼは何度か狙撃の練習をした。

動かない的が相手とは言え、三度目で命中させ、五度目以降は百発百中となった。

「そろそろ本番だ。オーガを撃つぞ」

「も、もうですか?」

「依頼内容はオーガ三体の討伐だ。四体目は最悪、倒せなくても追い払えばいい」

ミゼが討伐してくれたら理想だが、そうでなくても追い払えれば十分である。オーガが逃げることなくこちらに襲い掛かってきても、俺が対処すればいいだけの話だ。

ミゼが俯せになって構える。

「あの、先に弾を生成して、それから狙いを定めることはできないですか?」

「仕組み上、不可能だ。弾の生成を始めると『遠視晶』のピントが固定されてしまう」

「でも、これ……弾を生成する時に、少し狙いがズレてしまうような気がして……」

「ああ……それがBF28の使いにくいところだ」

王政国防情報局の兵士が、この武器を引き継げなかった理由でもある。

「弾の生成と同時に、《狙撃》の発動に必要な魔力も吸収されるんだ。弾の生成に集中できないからと言って変に抵抗すると、今度は杖の姿勢制御が崩れてしまう」

「成る程……」

「さっきの練習では上手くやれていたんだ。焦らなければ問題ない」

ミゼが呼吸を整え、狙撃の準備を済ませる。

無言で《靭身》を発動した。この魔法は視力も強化してくれるため、遠方の敵を目視することができる。

幸いオーガは今、動きを止めている。

ミゼも好機と悟ったのか、素早く狙いを定めた。焦らず、落ち着いて、丁寧に……伊達に王女ではない、強靱な精神力で、己を律しながら狙撃の準備を整える。

杖の先端から放たれた弾は――遠くにいるオーガを貫いた。

「た、倒しました!」

「念のため、ちゃんと死んでいるか確認しろ。判断に迷ったら頭に一発撃て」

すぐに騒いでしまった自分を戒めるかのように、ミゼは唇を引き結んで確認を行う。

「……大丈夫です。頭に命中しています」

「よし」

期待通りの成果に、胸を撫で下ろす。

「思ったよりも上手くいったな。……今後、もしかするとミゼには援護を頼むかもしれない」

「は、はい! 全力を尽くします!」

ミゼは満面の笑みを浮かべながら言った。

これまで、戦闘面で役に立てなかったことを後ろめたく感じていたのだろう。喜ぶミゼの後ろに、ブンブンと揺れる尻尾を幻視する。

「できれば、もうひとつ『狙撃杖』を用意したいな」

「あ……そうですね」

ミゼが手元のBF28を見つめて頷く。

「なんとなく分かると思うが、その『狙撃杖』は俺の魔法力に合わせた特注品だ。今のミゼなら、止まっている的には当てられるだろうが……動いている的に当てるとなると、魔法即応力が足りない。初弾の準備も長いから、今回のような好条件に恵まれないと、実戦でも使いにくいだろう」

俺は生まれつき魔法即応力が高く、更に努力で魔法制御力を向上させた。

この二つの魔法力に合わせて作られたのがBF28だ。

「『狙撃杖』の中には、動く的が相手でも自動で狙いを定めてくれるものがある。それを購入した方がいい」

「そうですね。……これはお返しします」

そう言って、ミゼが伏せ撃ちの体勢から立ち上がろうとした時――。

「――待て」

視界の片隅に人影が映り、ミゼを止める。

「そのまま水平に、三時の方向へ身体を向けろ。……何が見える?」

視力を強化するために《靭身》を使っているとは言え、肉眼では人影の正体が掴めない。

ミゼが『遠視晶』を覗き、人影の正体を探った。

「……私たちを追っている、敵です」

思わず舌打ちした。

また面倒なタイミングできたものだ。

「敵は俺たちに気づいているか?」

「いえ……そのような様子はありません」

なら、作戦を考える時間はある。

二時間の移動直後ではあるが、村で休憩したこともあって体力にはまだ余裕がある。俺たちが取れる選択肢は多い。

「トゥエイトさん……」

どうするべきか思案していると、ミゼが震えた声を発した。

「……撃ちますか?」