軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

33話『救難』

「オズ、一応周辺を見張っておいてくれ」

『りょーかい!』

遭難しているらしい英雄科の生徒のもとへ向かいながら、『通信紙』でオズに指示を出す。今回は敵の追跡がない筈だが、万が一に備えて見張りはつけておくべきだろう。

「ト、トゥエイトさん。その英雄科の方々はどちらに……」

「ああ、それは……」

ミゼの問いに答える直前、オズに伝えられた場所に辿り着く。

真っ直ぐ続いていた通路の突き当たりに、大きな床穴ができていた。

「……この下だ。成る程、怪我でもしたみたいだな」

遭難というより、動ける状態ではないと表現した方が正しい。

見たところ英雄科の生徒たちは二層の端に落下したようだ。床の穴は最近できたものに見える。恐らく《靭身》を使う間もなく落ちてしまったのだろう。

床穴を覗くと、英雄科の男子生徒が四人いた。その内の二人が足を押さえて蹲っている。

薄々、予感はしていたが……以前、俺たちが冒険者の免許を取得しようとした際、色々と文句を言ってきた連中だ。その中にはジークも含まれている。

ミゼの横顔を一瞥する。

あの時はミゼも少なからず不快な思いをした筈だが……彼らを助けるという意思に変化はないようだった。

「負傷して動けないみたいだな。……ミゼ、薬草に余りはあるか」

「四人に使う分には余裕があります」

「よし。《靭身》を使って下りるぞ」

ミゼが頷いた後、《靭身》を使用して床の穴に飛び込む。

着地すると同時、蹲っていた四人の男子たちが驚きの声を上げた。

「なっ!?」

「お、お前らは――」

「助けに来た。怪我人は挙手をしろ、薬草を渡す」

下手に騒がれるよりも早く、こちらが味方であることと、こちらの意図を伝える。

四人は一瞬困惑したが、やがて不機嫌そうに手を上げた。

丁度、魔法薬学で教わったポーションの制作技術が役に立った。

床穴ができた際に散らばった石片を二つ手に取り、すり鉢とすりこぎ棒の代わりとして使う。

「俺たち以外にポーションを作れる者はいるか?」

その問いに名乗り出る生徒はいなかった。

代わりに、ジークが事情を説明する。

「英雄科は、まだ魔法薬学の実習を受けてないんだ」

「そうか……なら少し時間がかかるぞ」

ポーションの効果は外傷の治療と痛み止めだ。骨折や内臓の傷が瞬時に治るわけではないので、早めに街まで運ぶ必要がある。

ミゼはレベル2のポーションを作る知識を持っているようだが、授業の時と違って今は材料が限られているため、レベル1のポーションしか作ることができない。

ポーションを作りながら、男子たちの容体を確認する。

「ジークは怪我をしてないのか」

「ああ、俺は掠り傷だ。だが他の三人が動けない……助けを呼びに行く手も考えたが、近くに大型の魔物が潜んでいる。俺一人で勝てる相手じゃない」

「どんな魔物だ」

「オーク、三体だ」

オークとは豚面の巨人だ。背丈はホブ・ゴブリンより少し高いくらいだが、痩せ型のホブ・ゴブリンと違って肉が厚く、重量感がある。動きは鈍いが、膂力はホブ・ゴブリンの数倍強い。

オークは鈍重であるため、広い場所で戦うことができれば逃げ切ることも可能だが、ここは狭い迷宮の中だ。今回はオーク自体の数が多く、更にこちらには負傷者もいる。戦闘は避けられないだろう。

耳を澄ますと足音が聞こえてきた。

恐らくオークのものであろう大きな足音が、少しずつこちらに迫っている。

「……近づいているな」

「ひっ!?」

「う、嘘だろ……!?」

響く足音に英雄科の生徒たちが恐怖した。

ミゼと共に、完成したポーションをすり鉢代わりに使った石片ごと彼らに渡す。

それから俺は立ち上がり――オークたちを待ち構えた。

「魔物は俺が処理する」

そう告げると、負傷した男たちが怒声を上げた。

「ふ、ふざけんな! お前じゃ太刀打ちできねぇだろ!」

「そうだ! くそっ……もっとマシな奴が来てくれたら……!」

文句を言う男子生徒たち。

しかし彼らに囲まれているジークは、異なる言葉を発した。

「……助けてくれるのか?」

その問いの真意は分からない。

だが俺は首を縦に振った。

「そのつもりだ」

「そうか。……なら、頼む。俺たちを助けてくれ」

頭を下げるジークに、周りの男たちは狼狽した。

「おい、ジーク。馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ」

「こんな奴らに勝手に動かれると、俺たちも危険な目に――」

「――お前らは黙ってろ」

ジークが語気を強くして言う。

「見れば分かる。……そうだよな、トゥエイト」

「ああ」

ジークの言う通りだ。

本音を言うと悪目立ちはしたくない。しかし、この状況。彼らに実力を隠して、オーク三体を撃退するのは……無理だ。

部屋の入り口から三体の魔物が姿を現した。

豚の顔をした巨人――オーク。下品に肥えた体躯は見る者に不快感を与え、戦意を喪失させることもある。

「ミゼ、そこにいてくれ」

「……はい」

一瞬、ミゼは自分も戦闘に参加する意思を見せたが、俺は無言で彼女を睨んでその気持ちを抑えてもらった。

オーク三体が雄叫びを上げて迫る。

言葉にならない咆哮に、英雄科の生徒たちが悲鳴を上げた。

刹那。《靭身》を発動してオークたちのもとへ肉薄する。

一体目。オークの懐に潜り込んだ後、その膨れ上がった腹を足場にしてオークの顔面まで駆け上がった。《物質化》で創造した短刀をオークの目玉に突き刺し、その柄を足の裏で蹴って押し込む。

反動で後方へ跳びながら――二体目。

宙で身を翻し、《魔弾》でこちらに接近してくるオークの両目を撃ち抜く。オークが大きな口を開けて悲鳴を上げた。その口腔に、再び《物質化》によって創造した刃を投擲する。投げた短刀の鋒はオークの咽喉に深々と刺さった。

――三体目。

着地と共に残り一体を探す。

身に突き刺さる殺気が薄かった。――俺ではない、他の誰かを狙っている。

「うわあっ!?」

オークは英雄科の生徒たちを狙っていた。

恐怖のあまり尻餅をつく男子たち。

しかし、そんな彼らを守るように、ミゼがオークの前に立ちはだかった。

オークの下卑た笑みを目の当たりにして、ミゼは顔を真っ青に染めた。手足が生まれたての子鹿のように震えている。

それでも恐怖を押し殺し、彼女は真っ直ぐオークを睨んだ。

敵わないと知っていても、身体が勝手に動くこともある。

俺はその光景を戦場で幾度となく見てきた。

正義感のある人間ほど、反射的に動いてしまい、そして死んでしまう。

俺に彼らのような生き方はできない。

だが、彼らの代わりを務めることはできる。

それが俺の、兵士だった頃から続く、生き様だった。

オークが丸太のように太い腕を持ち上げ、ミゼの脳天目掛けて振り下ろす。

その腕がミゼの頭に触れる直前、俺は彼女の傍まで走り、抱き寄せた。

「ぁ――――」

驚くミゼの真横で、オークの拳が振り下ろされる。

地響きがする中、二本の指を立てその先端に魔力を圧縮した。

――《瞬刃》。

静止している状態の敵に対しては絶対的な殺傷力を持つ、この魔法。

だがこの場合の「静止している状態」というのは、あくまで俺の主観的な認識である。

つまり――俺より反応の遅い敵は、隙を突くことで幾らでも「静止している状態」として扱うことができる。

腕を振り下ろした直後の僅かな硬直。

その隙を見逃さず、透明な刃がオークの肉体を縦に割った。

激しい血飛沫が飛び散る中、俺は抱き寄せたミゼをゆっくりと離した。

後方では、四人の男が目を見開いて驚愕している。

「……嘘だろ」

男の一人が呟いた。

流石に色々と理解が追いついていない様子である。俺は唯一、落ち着いているジークへと声を掛けた。

「ジーク、迷宮までどうやって来た?」

「……ギルドで借りた馬車だ」

「なら迷宮の入り口まで送っていく。その後は問題ないな?」

「ああ。……ありがとよ」

短い礼を無言で受け取った。

その後、俺たちは纏まって迷宮の入り口まで移動した。幸い負傷者の一人がポーションを利用したことで辛うじて歩ける容体まで回復したため、残る二人を俺とジークが背負って歩いた。途中でオズとも合流し、彼女には周囲の安全確保を手伝ってもらった。

迷宮の入り口まで戻り、担いでいた男をジークたちの馬車へ乗せる。

その直前、男がポツリと呟いた。

「お前…… 黒い幽霊(ブラック・ゴースト) か」

そう言えば、英雄科の入学試験でそんな名前を付けられていた。

「勝手につけられた名だ。吹聴はしないでくれ」

そう頼むと、男は小さく首を縦に振った。

「……悪かった」

最後に男は小さく呟いて、馬車の荷台に乗った。

四人を載せた馬車が王都へと向かう。

少し時間を置いてから、俺とミゼ、オズの三人も馬車に乗って帰路へついた。

「トゥエイトさん」

馬車の荷台に腰を下ろして暫く。

ミゼが御者やオズに届かない程度の小さな声を発した。

「単刀直入に訊きます。以前、護衛の仕事に就いていたことはありますか?」

「……答える前に、その質問の意図を訊いてもいいか」

「昔、そういった仕事をしている方と接していたことがあります。先程の私を庇おうとしたトゥエイトさんの動きは、その人とそっくりでした。……トゥエイトさん。何か私に、隠し事をしていませんか?」

想定外の角度から怪しまれてしまった。

第二王女であるミゼは、護衛の振る舞いを良く知っている。その理由には得心した。

「護衛の仕事に就いたことはないし、隠し事もない」

「……そうですか」

納得していない様子でミゼが頷く。

深く、何かを考え込んだミゼは、王都に辿り着くまで一度も口を開かなかった。