軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

33話『エピローグ:帰るべき場所』

翌日。

普段通り学園に登校した俺は、教室がいつもと比べて少し騒がしいことに気づいた。

自分の席に向かいながら、飛び交う言葉に耳を傾ける。「嘘だろ」「信じられない」といった、驚きや戸惑いの声がそこかしこから聞こえていた。

「トゥエイト。ちょっと来て」

席に腰を下ろした俺のもとへ、エリシアが神妙な面持ちで声をかけてきた。

首を傾げつつも、エリシアに従って中庭まで来る。

肌寒い風が吹き抜ける静かな庭で、エリシアが振り返る。

「これ……貴方がやったの?」

問うと同時に、エリシアは大きな紙束を突き出す。

それは今朝、王都中に発行された号外新聞だった。

新聞の一面には衝撃的な事実が記されている。

『ロベルト=テルガンデ、暗殺』

『陰謀が原因か』

新聞には、昨晩、テルガンデ公爵家の次男であるロベルト=テルガンデが暗殺されたことが記されていた。王都の貸別荘にいたところを、何者かに襲われたらしい。

犯人はまだ見つかっていない。

衛士たちが現場を捜査したところ、ロベルトの所持品と思しきものの中から裏帳簿が発見された。そこにはロベルトがこれまで重ねてきた汚職の証拠が記されており、更にロベルトが懇意にしていた違法取引の相手についても事細かに記されていた。犯人は、取引相手のいずれかが差し向けた暗殺者ではないかと疑われている。

「物騒な世の中になったものだな」

「白々しいわね。貴方なんでしょ?」

「何のことだ?」

勿論、俺である。

しかし証拠は一切残っていない。

新聞に載せられている内容は、全て局が施した偽装工作の結果だ。

恐らくこの工作は、局が裏帳簿を入手したという事実を、国中に宣伝するための措置でもある。今頃ロベルトの取引相手たちは、この号外新聞を読んで冷や汗を垂らしている筈だ。弱みを握られたと悟った彼らは、もう局に逆らうことができない。

「はぁ……もういいわ。貴方が何者なのかも、なんとなく分かってきたし」

「そうなのか?」

「昔ね、父さんが話してくれたことがあるの。この国を守っているのは騎士だけじゃない。あまり知られてはいないけれど、この国を、騎士とは違う方法で守っている人たちもいるって」

そんな高尚な人間ではない。

昨晩の件もそうだ。俺たちがこれまでにしてきたことは、決して人から賞賛を受けるような行為ではない。

現にロベルトの取引相手についても、脅してはいるが、引っ捕らえてはいない。違法を裁いて処分するより、必要に応じて駒として運用できた方が、国の利益に繋がると判断したからだ。

王政国防情報局は、あくまで国家の利益を目的に動く。

苦しんでいる無辜の民に、救いの手を差し伸べる組織ではない。

「何のことを言っているのか分からないな。前にも話した通り、俺の前身はただの清掃業だ」

「じゃあ、昨日の夜。貴方は私と別れた後、掃除をしに行ったの?」

「ああ。今回は、汚れ自体は大したことのないものだったが、その周りに色々と余計なものがあってな。そっちを退かす方が苦労した」

「…………そう」

エリシアは小さく相槌を打ち、視線を落とした。

「じゃあ、せめて、これだけは言わせて。…………ありがとう」

エリシアが、風に揺れる木々を眺めて言う。

俺はそれを、ただ黙って受け止めた。

「よお、二人とも。こんなとこで何してんだ?」

「もうすぐ授業が始まりますよ」

話の接ぎ穂を失った時、グランとミゼが傍にやって来た。

二人とも教室に向かう途中だったらしく、鞄を持っている。

俺とエリシアは一瞬だけ視線を交わし、同時に笑った。

きな臭い話は終わりだ。グランに「何でもない」と告げた俺は、教室へと向かう。

「……あれ?」

皆で教室へ向かおうとした直後、エリシアが声を漏らす。

「そう言えば私、今、トゥエイトと恋人関係なんじゃない?」

「ん?」

「え?」

「は?」

俺、ミゼ、グランが、一様に疑問の声を発した。

だが三人の中で、今のエリシアの言葉に心当たりがあるのは俺だけだった。

「……そう言えば、そうなるのか?」

「そうなるんじゃないかしら。あれって一応、恋人になったようなものよね。キスもしたし」

合同演習の前日。

エリシアの復讐を止める際、勢いに任せてキスをしてしまった件だ。

「お、おい! トゥエイト! どういうことだ!? 今、キスとか言ってなかったか!?」

「く、詳しい説明を要求します!!」

グランは必死な様子で、ミゼはどこか楽しそうな様子で、詰問してくる。

どう答えればいいものか。頭を悩ませているうちに、俺は何故か、温かい気分になった。

――ああ、そうか。

これが日常か。

何の変哲もない平凡な日常。

その正体は――帰るべき場所なんだと、今、理解した。

俺は今、帰ってきたのだ。

残酷な死の世界から。陰謀渦巻く国家の闇から。元の日々へ回帰した。

良かった。この日常を守ることができて。

人並みの日常を謳歌する。

その目的を果たせているのかと訊かれれば――正直、自信はない。

しかし、少なくとも、この日常は守るに値するものだと気づいた。

誰かが守らないと、簡単に壊れてしまうものだと気づいた。

無我夢中で戦っていた、少し前の俺に言いたい。

大丈夫だ。

何も心配することはない。

お前がそうやって守ってきたものは、確かに価値のあるものだ。