軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26話『これから』

合同演習の翌日。

日課のランニングを済まして登校した俺は、廊下ですれ違ってエリシアに、いきなり中庭まで連れ出された。

「トゥエイト。……私、終わらせたわよ、全部」

その一言で、俺は全てを察した。

エリシアは昨日のうちにロベルトを殺したのだ。

しかし、そんなことは言われるまでもない。

「だろうな。その隈を見ればわかる」

答えると、エリシアは一瞬目を丸くしたが、すぐに笑みを浮かべた。酷い顔をしている自覚はあったらしい。

エリシアの目元には、はっきりとした隈が浮かび上がっていた。睡眠不足だけが原因なら、そこまで酷くはならない。精神的な負担も影響している筈だ。

「復讐を果たした気分はどうだ?」

「……殺した直後は、舞い上がるほど嬉しかったわ。でも、今は不思議と虚しさしかない。……生きている実感がないの」

「無理もない。二日前にも言ったが、俺は正直、エリシアはもう生きて帰れないと予想していた。……恐らく、相当、運に恵まれたんだろうな。偶々、エリシアの目の前で、これ以上ないほどの好条件が揃ったんだ」

「そうでしょうね。私は運が良かった。……ただ、それだけの理由で生き延びた」

「運も実力のうちだ。生き延びた以上は、その現実を甘受すればいい」

無い物ねだりはできないし、その逆もまた然りだ。

生きているなら、生きることを考えるべきだろう。

「ねえ、トゥエイト」

「なんだ」

「私、これからどうしようかしら」

エリシアの問いに、俺は少し考えてから答えた。

「取り敢えず、保健室に向かった方がいい。流石にその顔は注目を浴びるぞ」

「……そうね」

エリシアが残念そうな顔をした。

期待していた答えと少し違ったのだろう。

もっとも、そんなことは分かっている。

「今後のことは、ゆっくり考えればいい」

保健室へ向かおうとしたエリシアが振り返る。

「これからは、時間なんていくらでもあるだろう?」

「……ありがとう、トゥエイト」

小さく礼を述べて、エリシアは保健室へと向かった。

昼休みが終わる頃、エリシアは教室に帰ってきた。

まだ目の隈は完全には取れていないが、気分は落ち着いたらしく、元の状態――合同演習の話が出る前の状態に戻りつつある。久々に真面目な態度で授業を受けるエリシアに、教師は安堵していた。

放課後。

俺たちはエリシアと共に、学生寮への帰路に着いた。

「ここ最近、様子が変だったけど、その調子なら元に戻ったみたいだな」

「無理はしないでくださいね。何か協力できることがあれば、私も力になりますから」

グランとミゼが、それぞれエリシアに対して言う。

「ええ……二人とも、ありがとう」

エリシアも二人に心配をかけていた自覚はあるのだろう。

しかし謝罪するエリシアの表情は晴れやかなものだった。胸のつかえが取れたかのようだ。

「あ、すみません。私、今日は外に用事があるので」

不意に、学生寮へ向かう足を止めてミゼが言った。

学園の外に出ようとするミゼに、グランが首を傾げる。

「用事って?」

「冒険者ギルドに登録しようと思うんです。その……実力が足りていないのは自覚しているんですが、少しでも目標に近づきたくて」

やや恥ずかしそうに告げるミゼに、俺とグランは感心した。

元々、ミゼは冒険者を志してビルダーズ学園に入学したとのことだが、まだ入学して一ヶ月である。授業が本格化していくこの忙しい時期に、ギルドへ登録しに行くというのだから、よほど強い気持ちで冒険者を目指しているのだろう。

「確か、冒険者になって、世界中を旅するのが夢なのよね?」

エリシアが訊く。

「はい。……私、冒険者って、世界で一番自由な職業だと思うんです。勿論、裏を返せば先が見えないので、不安定な職業でもあるんですが……なんだか、そういう人生も悪くないような気がして」

「ま、確かにそういうの、生きてるって感じがするよな」

ミゼの言葉にグランが頷く。

「自由、ね……」

そんな二人の様子に、エリシアが小さく呟いた。

「私も冒険者、目指してみようかしら」

「ほんとですかっ!?」

エリシアの呟きに、ミゼが大袈裟な反応をする。

「あ、あのあの! それじゃあ私と一緒に、今からギルドへ行きませんか!? 登録だけなら無料ですし、基本的なことは全て道中でお伝えしますから!」

いつになく興奮した様子でミゼは言う。

その勢いに、エリシアは驚きながらも頷いた。

「じゃあ、お願いするわ」

「はいっ!」

ミゼが満面の笑みを浮かべて喜ぶ。

「トゥエイト、折角だから俺たちも行ってみねぇ?」

「ああ、そうしよう」

グランの提案に俺も乗る。

俺たちはご機嫌なミゼについていく形で、学園の外に出た。

「トゥエイト。私、生きていて良かったわ」

エリシアが、楽しそうに笑うミゼを眺めながら言う。

「これからのことを考えられるのって、素敵ね」

「……漸く、気づいてくれたか」

溜息混じりに言う。

エリシアは今になって、未来があることの素晴らしさに気づいたらしい。

その気持ちがあれば、彼女はもう大丈夫だろう。

今後、エリシアは安易に命を投げ出さない筈だ。

「――エリシア=ミリシタンだな」

その時。

ギルドへ向かう俺たちの前に、黒い外套を被った男が立ち塞がった。

顔も体格も隠れているため、少なくとも外見でその正体を見破ることはできない。

ただその男は、エリシアの方をじっと見ていた。

「そう、だけど――」

エリシアが肯定する。

刹那――――男がエリシアに迫り、外套から剣を振り抜いた。

反射的に身体が動く。

俺はすぐに《物質化》で短刀を生み出し、エリシアの首筋へと迫る男の刃を、横に受け流した。

力を逸らしきれず、ガキンと激しい音が鳴り響く。

一瞬の静寂。不意に始まった殺し合いに、通行人たちも足を止めて驚愕した。

「トゥエイトッ!?」

「……大丈夫だ」

エリシアの声に、短く返す。

しかし視線は、目の前の襲撃者から逸らさない。

――手練れだ。

瞬時に懐へ潜り込む瞬発力があり、剣を抜く動作も必要最小限で効率的だった。

俺が防がなければ、エリシアは状況を理解する間もなく首を刎ねられていただろう。

この男は、剣士として、かなり高い境地にいる。

「何者だ」

「貴様に用はない」

襲撃者はそう言って、外套に片手を突っ込んだ。

そこから取り出したのは、先程とはまた別の、抜き身の剣だった。

剣の刀身には赤黒く変色した血が付着している。

人を斬った後、そのまま手入れされることなく放置されたのだ。

戦場では、こうした剣を良く見かけた。

「――ッ」

その剣を見て、エリシアが肩を跳ね上げて驚愕する。

「昨夜、王城の庭園で発見されたものだ。……エリシア=ミリシタン。この剣に、見覚えはないか」

「…………ぁ、あぁ……っ」

エリシアは目を見開き、半ば狂乱した様子で後退った。

その様子を見て、俺は――自分が何をするべきか、改めて理解した。

「エリシア」

身体を震わせるエリシアに、俺はできるだけ落ち着いた声音を作って言う。

「逃げるぞ」