作品タイトル不明
ステラ4
あの日から、使用人以外誰もこの部屋に来ない。食事は与えられている。だけど部屋から出ることは許されなかった。
王太子殿下もセリーナも顔を出さない。使用人も口を利かず、抗議しても取次ぎを頼んでも説明はない。
私は無理やり連れてこられた。請われて殿下の病を治した。その仕打ちがこれなのか。最初は怒りでイライラしたが、次第にこの先どうなるのかただ不安だった。
それでも諦めない。絶対にここから逃げてみせる。そしてルカのところに帰るのだ。そう思うことで心の均衡を保った。
一週間経った頃、中年の小太りの傲慢そうな男が部屋にやってきた。後ろには神官がいた。神官は中年の男を「宰相様」と呼んだ。
神官は私に真っ白な服を差し出し、それに着替えろと命じた。受け入れられるはずがない。それを示すように服を床に叩きつけた。
「嫌です。これはどういうことですか? 私を家に帰してください!」
「お前は聖なる治癒の力を持つ聖女だ。その力は国のために役立てなければならない。この国の民としての義務だ。逆らうことは許さない」
「そんな……話が違います! 王太子殿下の病さえ治せば帰れるはずだったのに!」
「その力は国のものだ。お前のものではない。拒むのならお前の恋人の命はないぞ」
「そ、そんな、ルカ……」
一方的な言葉に愕然とする。宰相はルカの命を楯に私を脅し、国の奴隷になれと命じたのだ。私は逆らえない。
ルカの命にはかえられない。やはり王侯貴族は平民を奴隷だと思っている。一人の人間の人生を容易く踏み躙る。悔しさに涙が溢れた。でもルカを守るために逃げることも、治癒を拒むこともできない。諦めて着替えると宰相と神官と見張りの騎士とともに別の場所に移動した。
移動先は大きなホールだった。そこはには怪我や病で苦しむ人たちが列をなして並んでいた。
私は一人一人に、力を使った。でも私の力は万能ではない。すべての人間を治すことはできない。しかも力は無限でない。力の消耗と体力も消耗は比例する。二十人を超えたところで私は意識を失った。
意識が戻ったときには与えられた客室ではなく、もっと狭く質素な部屋にいた。だが私にとってはどちらでも同じ、牢獄でしかない。
そうして何日か過ぎた頃、深夜にセリーナが訪ねて来た。彼女の隣には背が高くたくましい軍服を着た男性も一緒にいる。
セリーナの顔色は悪い。やつれていた。私の顔を見るなり頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「ステラさん。本当にごめんなさい。こんなことになるなんて思わなかったのよ」
「何があったのですか? 私をここから出してください。ルカのところに帰して!」
「今手立てを考えています。だからもう少し待っていてください」
セリーナの話によると、予定通り私を帰してくれるはずだった。ところが宰相が国王にこの力をみすみす手放してはならないと進言した。王の代に聖女が現れたのは吉兆、国中に広め王家の威信を高めるべきだと。
セリーナは抗議したが国王の決定を覆すことはできなかった。
「せめてウイリアム様が味方になってくだされば、どうにかできたかもしれないのに……」
悔しそうに唇を噛んで項垂れている。王太子殿下は病が再発したときのために、私を王宮に留めておくべきだと考え宰相に賛同してしまった。原因がわからないから不安なのだ。だけど殿下は勝手だ。助けてもらっても、自分の都合で恩を仇で返す。だから権力者は嫌いだ。亡き母が絶対にこの力を人に知られるなと言ったのは、こうなることを危惧していたのかもしれない。
それでもルカの命の危機の場面に遭遇したら、私はためらうことなくルカを救う。何度でも同じことをしただろう。力を使ったことに後悔はない。ただ、ルカにもう会えないことが悲しいだけ。
ふとセリーナの指先が視界に入った。包帯が巻かれているところが血が滲んで赤く染まっている。
「あの……怪我をされたのですか?」
「少し切ってしまって」
「指を診せてください。治します」
「いいのよ。大した傷じゃないから」
「遠慮なさらず」
私はやや強引にセリーナの手を取り指の包帯を外した。指先が深く切れている。目を閉じ傷口に向けて力を放った。しばらくすると綺麗に傷は治った。
「ありがとう」
「いいえ」
私は聖女ではないし、いい人ぶりたいわけじゃない。ただ、ここを出る力を貸してくれる、唯一の味方だから治しただけだ。
私は後ろにいる男性にも声をかけた。頬に大きな傷がある。血は止まっているが傷はまだ生々しい。明らかに痛そうで放っておけなかった。
「お顔の傷を治します」
「いや、私の傷こそ大したことないのでいい。あなたの力は貴重なものだ。この程度のことで使う必要はない。そういえば名乗っていなかったな。私は騎士団長をしているアーサーだ。ウイリアムの叔父にあたる」
真面目でちょっと頑固そうな雰囲気がある。騎士団長であれば立派な体格にも納得がいく。アーサーはウイリアムの父である国王の歳の離れた弟。兄よりも甥と歳が近く、まるで兄弟のように育ったそうだ。セリーナとアーサーは親しげだ。
「騎士団長様ですか。でも、どうしてここに?」
「ステラさん。アーサーも力を貸してくれます。父とも相談してステラさんを逃がす方法を考えています。どうか、もうしばらく我慢してください」
「そうですか。わかりました。よろしくお願いします。騎士団長様。それならその傷を治させてください。これは貸しておくので絶対にここから出してくださいね」
「取引か。それなら治してもらおう」
アーサーは笑うと身をかがめてくれた。私は手をかざして頬の傷を治した。
「また来ます。宰相の見張りが厳しくてなかなか来ることができなかったのですが、必ずまた来ます」
「はい。でも無理をなさらないでください」
「ええ。ありがとう」
弱弱しく笑う様子に旗色が悪いのが窺える。貴族間の権力構造についてはさっぱりわからない。ただ現状はセリーナの家のキャンベル公爵家よりも宰相が力を持っていることは察することができた。
二人が出て行ったあと、ぼんやりとしながらルカを思い出していた。
(ルカはどうしているのだろう? きっと私を心配している。ごはん食べているかな。ルカの作ったスープ、飲みたいな。毎年、誕生日に作ってくれるスープ。私の好きな野菜をたっぷり入れて、ルカの好きな肉をたくさん入れて煮込んだもの。具が多すぎてスープというよりも煮物みたくなって、でも味が染みて美味しくて……)
最初に褒美など欲をかかないで、殿下の治療を断ればよかった。いや、無理だ。あのとき剣を持った騎士が傍にいて、まるで脅されるとしか思えなかった。拒むことはできなかったはずだ。
鼻の奥がツンと痛む。泣きたくない。泣けば、諦めを受け入れるようで嫌だ。帰りたい。ルカのもとに。そう思うと溢れ出る涙を止めることはできなかった。
それからも宰相が連れて来た病人や怪我人を治療した。だが段々と力が使えなくなっていった。力は精神状態に左右される。心が拒んでいるのだ。それでもルカの命を守るためだと必死にこなした。
私は待った。セリーナが助けてくれるのを。
だけどセリーナはこなかった。