作品タイトル不明
221、新しい食堂
それからまた数週間が経過し、ついに家族皆の引っ越しの日となった。
今日はマルセルさんの引っ越しも一緒に行う。なぜ同じ日に引っ越すのかと言うと、マルセルさんの工房と俺の家族の食堂は路地を挟んで隣同士となったからだ。できれば近くが良いと言われて、物件探しはさらに難航した。
そして数日前にやっと良い物件が見つかったのだ。見つからないかと思ったよ……良かった。
この数週間で新居に必要なものは買い揃えてあるので、俺が基本的にはアイテムボックスに仕舞い、カモフラージュのために馬車にも荷物を載せて、今は皆で新居に向かっている。
「お兄ちゃん! 新しいおうちに行くんだよね!」
「そうだよ。これからずっと住む家だよ」
「やったー! 私すっごく楽しみ! マルセルおじいちゃんのおうちもお隣なんでしょ?」
「うん。路地を挟んだ向かいだからね」
「マルセルおじいちゃんの家にいつでも行けるね!」
「そうだね。でもちゃんとマルセルさんに迷惑がかからないようにするんだよ」
俺がマリーにそう言い聞かせると、マルセルさんが首を横に振った。
「いや、マリーちゃんならいつでも大歓迎じゃよ」
「本当!? ありがと〜!」
それで良いのかよ、マルセルさん!
「お兄ちゃん、おうちはどこにあるの?」
「家はね、中心街の入り口の広場から少しだけ進んだところにあるんだ。大通りに面していて、広い厨房があるんだよ。お部屋もいっぱいあるからマリーの部屋も作れるよ?」
家族の新しい店舗は、中心街に入って少しだけ進んだところにある、木造二階建てのかなり大きな建物だ。前の家よりも一回りほど大きい。
「私のお部屋!?」
「そうだよ。マリー専用のお部屋」
「本当? 自分の好きなもの置いてもいいの?」
「うん。自分のお洋服置いたり、ベッドを置いたり、机とか椅子も置こうか。この前新しいの買ったでしょ?」
「うん!! ……でも、私のお部屋にベッド置いたら、もう皆と一緒に寝られないの?」
マリーは少し寂しそうにそう言った。かっ、可愛すぎる……。
「マリー、そんなことないよ。お部屋にベッドがあっても母さんと父さんの部屋で一緒に寝るのもいいし、その時の気分で決めればいいんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ。ね、母さんと父さん」
俺が二人にそう話を振ると、二人は笑顔で頷いてくれた。
「ええ、いつでもいらっしゃい」
「父さんもマリーと一緒に寝たいな」
「じゃあ、マリーが一緒に寝てあげる!」
「ははっ、ありがとう」
「待ってるわね」
「うん!」
なんかいいな……俺も、たまには転移で家に行こうかな。夜にならベッドから抜け出してもバレないだろう。ロジェにだけ伝えておけば大丈夫なはずだ。
そうして皆で新しい家のことについて話していると、馬車が止まった。
「レオン様、到着いたしました」
ロジェがそう言って馬車のドアを開けてくれる。もうロジェがいることには皆も慣れたみたいだ。
「うわぁ、すっごく大きいおうち!」
馬車から降りたマリーが、嬉しそうに駆け出しながらそう言った。
「あら、本当ね。こんなに立派な家、高かったんじゃないの?」
「大丈夫! この辺りでは標準的な大きさだよ」
「そうなのかい? 本当に大きいな」
「この家は表が食堂の入り口で、裏側に住居への玄関があるんだ。今は表側から入るね」
俺はそう言って、ロジェから受け取った鍵で表のドアを開けた。
このお店は表側が大通りに面していて横側も路地に面しているから、横の路地を通れば簡単にお店の裏側に行くことができる作りだ。そして裏側には住居の玄関があるので、基本的にはそちらから出入りすることになる。前の家は表側にしか出入り口がなかったから、かなり便利になるだろう。
そしてお店の裏側の路地の向かいがマルセルさんの工房だ。今日はまず、食堂を整えてからマルセルさんの工房に行く予定。
「凄い、綺麗な建物ね」
「本当だね。前は食堂だったのかい?」
「本当じゃな。これは元はカフェか?」
「凄い! 可愛いね!」
中に入ると皆が驚いたようにそう呟いた。この建物は前がカフェだったので、内装がおしゃれで綺麗なのだ。
中心街だからもちろん水洗トイレもあるし、水道とコンロも設置されている。凄く良い家だろう。
冷風機と温風機は今日持ってきてるから設置するし、お風呂も改装して設置してもらう予定だ。流石にそれは間に合わなかった。
「前はカフェだったんだ。だから内装がオシャレになってるんだよ」
「そうなのね。これだとメニューを変えることも考えた方がいいかしら?」
「確かにそうだね。この辺は客層も違うし、もう少しオシャレな物がいいかな? レオンはどう思う?」
「うーん、そうだね。カツサンドとコロッケサンドがあるでしょ? あれを持ち帰りだけじゃなくて食堂のメニューに加えたらいいと思うよ。多分この辺だとガッツリ系より軽く食べられるものの方が人気になると思う」
カツサンドとコロッケサンドは確実に人気メニューになるだろう。あと、卵サンドとかもっと軽いものを追加したらいいかな。
「卵焼きを挟んだものとか、目玉焼きを挟んだものとか、野菜がメインのやつとか、サンドウィッチを増やしたらいいんじゃないかな? 後ふわふわのパンを仕入れて、それでサンドウィッチを作るともっと良いかも。中心街のお店だから、単価は前よりかなり上げられるよ」
中心街にはもともとサンドウィッチがあったんだけど、ソースもなくてただ野菜とお肉を挟んだだけで、可もなく不可もなくって感じのものだった。
だからいろんな種類の美味しいサンドウィッチは流行るはずだ。
「サンドウィッチか……確かに持ち帰りだけじゃなくて、食堂でも出したらどうかって話してたんだよ」
「ええ、この機会に始めましょうか」
「そうだね」
俺たちが食堂を見学しつつこれからについて話していると、焦れたマリーが母さんの手を引いた。
「早くおうちを見て回ろうよ!」
「確かにそうね。お店についてはまた後で話し合うことにしましょう」
「そうだね。じゃあまずは一階から探検しようか」
「うん!」
そうして皆は食堂から奥の居住スペースに入っていった。
俺もしばらくは食堂の様子を見にくるようにしよう。この食堂は中心街で平民向けにするとはいえ、いままでのようにはいかないだろう。接客も丁寧にすべきだし、カトラリーなども今までとは違う。
皆には公爵家にいる期間で最低限の礼儀作法と敬語を習ってもらったんだけど、まだまだ身に付いてはいなそうだった。これから大変になるだろう……、俺もできる限りサポートしないと。
そんなことを考えつつ皆を追いかけていくと、皆は厨房に集まっていた。
「レオン、これ凄いわ!」
「本当に便利だね」
「お兄ちゃん、このおうちもお水が簡単に出てくるの!」
「マリーちゃん、これは水道って言うんじゃよ」
「水道?」
「そうじゃよ」
「水道凄い!」
皆は水道とコンロに感動しているようだ。公爵家にも普通にあったと思うけど、自宅にあるってことが感動するのだろう。
「今までより便利になると思うよ。魔石に魔力を込めるのは魔法具店に行くんだけど、基本的には俺が込めるから早めに言ってね」
「ええ、わかったわ」
「レオンが忙しい時はわしでも構わんよ。わしは知り合いも多いからな」
「マルセルさん、助かるわ」
「当たり前じゃよ」
やっぱりマルセルさんが近くにいてくれるとありがたいな。俺の家族は中心街では右も左も分からないだろうから、マルセルさんが助けてくれると本当に助かる。
……マルセルさん、いつもありがとうございます。
「お兄ちゃん、このドアは?」
そうして俺がマルセルさんに感謝していると、マリーは既に他の場所を探検しているようで、少し遠くから声が聞こえてきた。