軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十九話 ボーナスは父のために

カフェを出た私たちは、次なる目的地へと向かった。

イザベラ様のセカンドブランド、『メゾン・ミミ』である。

「ここはどういう店なんだ、リリアナ?」

「私の知り合いが経営している服屋です。今のお父さんの格好では目立ちすぎますから」

私は父の服装を指差した。

長年、連邦の特殊工作兵として扱われていた父の服は、ボロボロの革鎧と擦り切れたマントだ。

英雄の帰還にふさわしい装いとはとても言えない。

「いらっしゃいませなのです! あっ、リリアナ様ではないですか!? それに皆様も!」

店に入ると、ピンク色の髪をなびかせたミミが飛び出してきた。

相変わらずのハイテンションで、瞳をキラキラと輝かせている。

「急でごめんなさい。父の服を見繕ってほしいのです。予算はあります」

「なるほどです! そういうことですね! このミミに全てお任せくださいです! 私の『イケオジ・コーディネート』魂が燃えましたですっ!」

どういうことかは分からないが、ミミは父の周りを高速で周回し、メジャーで採寸を始めた。

「肩幅よし! 胸板の厚みよし! 素晴らしい 肉体(素材) です! これなら『渋み』と『色気』を最大限に引き出せるのです!」

「イケオジ……? よく分からんが、あまり派手なのは勘弁してほしいが……」

「ダメなのです! 地味すぎると老けて見えますよ、お父様! 大人の男は、やはり『さりげない遊び心』が重要なんです!」

ミミの勢いに押され、父は試着室へと押し込まれた。

そして数分後。

カーテンが開くと、そこには別人のような父が立っていた。

深みのあるチャコールグレーの細身のスーツ。

シャツは清潔感のある白だが、襟元から覗くアスコットタイがワインレッドで大人の色気を演出している。

革鎧の武骨さとは違う、洗練された紳士の装いだ。

「お父さん、かっこいいよ!」

「イケてるじゃないか、父さん!」

エルヴィンとルルティア姉さんが歓声を上げる。

しかし、私は顎に手を当てて首を傾げた。

「服は完璧です。ですが、何かが足りない気がします」

「髪ね」

ララーナ姉さんが即答した。

そう、服は一流だが、父の髪は長年の放置で伸び放題のボサボサの総髪だ。

これでは『着飾った野獣』である。

「そういうことでしたら、このミミ・フォン・バロンにお任せなのです!

「どこか良い理髪店を知っているのですか?」

「もちろんなのです! 私の幼馴染の美容院がおすすめなのです! この近くにある『サロン・ド・カリスマ』! 店長はかなり個性的ですけど、腕は王都一なのです!」

ミミが自信満々に親指を立てた。

ミミの幼馴染。嫌な予感がしなくもないが、その友人もまた本物だろう。

ミミに教えてもらった路地裏にある隠れ家的なサロン。

扉を開けた瞬間、薔薇の香りと共に眩い光が溢れ出した。

「ウエルカム! ベンヴェヌート! 美の聖域へようこそ!」

店の中央で、ハサミを構えてポーズを決めている男がいた。

肩まで伸びたピンク髪の巻き毛、フリルのついたピンクのシャツにピンクのチョーカー。そして煌びやかなピンクサファイアの指輪。

彼こそがカリスマ美容師、ミミの幼馴染である、ミロ・フォン・シャリスムらしい。

「やあ、僕の愛しいミミから連絡が来てるよ! 君がリリアナ嬢だね? それで、今日はどんな『革命』を求めてきたんだい?」

「……父の髪を綺麗にしていただけると助かります」

「……アイ・シー! オ・カピート! なるほど!」

ミロは父の前に滑り込み、ボサボサの髪を指先で摘んだ。

「エクセレント! メラヴィリオーゾ! 素晴らしい! この傷んだ髪、荒れた毛先! まさに荒野の野獣! 私のパッションを! パッシオーネを! 創作意欲を刺激するね!」

ミロは父を強引に椅子に座らせると、頭を洗い流してハサミをチャキチャキと踊るようにカットし始めた。

「髪は切り落とすのではなく、彫刻するのです! 男の歴史を、髪というキャンバスに! コルニーチェに! 額縁に刻み込むのです!」

「ビューティフル!」と奇声を上げながらの施術だが、その手つきは神業だった。

髪が舞い落ちるたび、父の顔立ちが露わになっていく。

そして30分後。

椅子が回転し、鏡の前の父が私たちの方を向いた。

「……どうだ?」

そこには別人の紳士が座っていた。

短く整えられたシルバーグレイの髪は後ろに流され、精悍な額を見せている。

無精髭も整えられ、ワイルドさと知性が同居するイケオジの渋みを醸し出していた。

「貴方……?」

お母さんが信じられないものを見る目で口元を押さえた。

その頬が見る見るうちに赤く染まっていく。

「昔より、ずっと素敵になって……」

「そ、そうか? 母さんがそう言ってくれるなら、悪くないな」

父が照れくさそうに笑い、母の手を取ってエスコートする。

その仕草はまさに物語の王子様――いや、歴戦の王の風格だ。

「あらやだ……ドキドキするわ……」

母が急に乙女のような顔で父を見つめている。

どうやら惚れ直したらしい。

「お二人さん、熱いね!」

「父さん、やるな!」

姉弟たちが冷やかす中、私はそっと胸を撫で下ろした。

これでお父さんも胸を張って王都を歩ける。

ミミとミロ、二人の幼馴染の力添えに感謝しつつ、私はこっそりと財布の中身を確認した。

(……ボーナスはまだ残ってますね)

父の笑顔と、母の乙女心の再燃。

それを守るためなら、多少の出費など安いものだ。

私は眼鏡を直し、幸せそうな両親の背中を見守った。

ミロの店を出た私たちは、父の劇的ビフォーアフターに興奮冷めやらぬまま、王都の大通りを歩いている。

道行く人々が、渋いスーツを着こなした父を振り返る。

まんざらでもない顔で母をエスコートする父。

平和な休日の午後。

そう思っていた私の耳に野太い実況の声と、地鳴りのような歓声が飛び込んできた。

「さあ! 寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 王都名物『爆食・肉まん祭り』の開催だぁぁぁっ! 制限時間内に最も多く食べた者には、賞金『金貨100枚』を贈呈するぞ!」

特設ステージの中央には湯気を立てる肉まんの山。

その瞬間、私の隣を歩いていたルルティア姉さんの足がピタリと止まった。

「……父さん、今の聞こえたか? 金貨100枚だってさ」

「ああ。聞こえたが、ルル、

「やるしかないだろ! 父さん勝負だよ!」

ルルティア姉さんが、ニカっと笑って父を指差した。

父もスーツのジャケットを脱ぎ、母へ渡すと、腕まくりをする。

「望むところだ。ここで闘技場で負けた借りを返す。ルル、戦場で鍛えた俺の胃袋に勝てると思うなよ?」

「へへん。あたしの代謝を舐めないでくれよ!」

制止する間もなく、二人はエントリー受付へと走り出した。

フォレスト家の家訓、『稼げる時に稼げ』。

そのDNAは、食欲という形でも発揮されるらしい。