軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八話 開演:逆断罪

儀式は厳かに進行した。

国王陛下による祝辞、神官長による祈祷、そして王家の歴史を語る朗読。

退屈なほど順調だ。

だが、この平穏こそが嵐の前の静けさであることを、ここにいる主要キャストたちは知っている。

陛下が宣言し、黄金の羽ペンを取った瞬間、グランビル公爵が列を離れて玉座の前へ進み出た。

「お待ちください、陛下!」

誰もが息を呑む中、公爵は跪き、ゆっくりと顔を上げた。

「グランビルよ、儀式の最中であるぞ。なんの真似だ?」

陛下が不快そうに眉をひそめる。

もちろん陛下には、事前に殿下から「儀式を妨げる動きがあるかもしれない」と進言してある。陛下もまた、その可能性を踏まえ、儀式の進行を崩さず見極める構えだった。

「陛下! 私は国家の危機を救うため、無礼を承知で発言いたします! その者……アレクセイ王子に王太子の資格はありません! 彼は王家の威信を汚す、重大な罪を犯しております!」

会場がどよめく。

「なんだと……?」

「王太子の罪?」

「まさか……」

ざわめきが波紋のように広がる。

アレクセイ殿下は眉一つ動かさず、冷ややかな視線で叔父を見下ろしている。

「罪とは穏やかではありませんね、叔父上。根拠はあるのですか?」

殿下の冷静な問いかけに、公爵はニヤリと笑った。

「無論だ! 貴様が裏で何をしていたか、全て調べ上げているぞ!」

公爵は従者に合図を送った。

従者が恭しく差し出したのは、あの黒革のファイルだ。

公爵はそれを戦利品のように、あえて人目につく形で持ち込ませていた。

「ここにアレクセイ王子が過去5年にわたり、王家の資金を横領し、裏社会の組織や敵対国家へ流していた詳細な記録がある! これは内部告発によって入手した、『真実の帳簿』なのだ!」

公爵が高らかに宣言すると、会場のどよめきは悲鳴に近いものへと変わった。

横領、敵国への利益供与。事実であれば廃嫡どころか、大罪だ。

「陛下、どうか、こちらをご覧ください! そして、この愚かな王子に裁きをお与えください!」

公爵は勝利を確信した顔で、ファイルを陛下の前の机に置いた。

公爵は「さあ、その中身を見て驚愕するがいい!」と言わんばかりに胸を張った。

「皆様、心して見届けるがよい! そこには王子の薄汚い罪のすべてが記されております!」

公爵は自分の頭に入っている『偽造シナリオ』を、まるで真実かのように叫ぶ。

「6月4日! 『東方貿易商会』からの不正な賄賂・金貨300枚!

6月8日! 『闇ギルド』への横流しによる武器密売・350枚! これらは、アレクセイが私腹を肥やすために行った悪事なのです!」

会場がどよめく。

公爵のあまりに堂々とした態度に、貴族たちは「具体的な日付まで……」「まさか本当に……?」と、動揺を隠せない。

「陛下! そのページをお開きください! そこに記された文章こそが、アレクセイを断罪する決定的な証拠なのです!」

陛下が表紙をめくる。

1ページ目。2ページ目。

陛下の表情が、みるみるうちに険しくなっていく。眉間に深い皺が刻まれ、頬が紅潮し、手がわなわなと震えだした。

「グランビルよ……」

「はい、陛下。言葉も出ないでしょう? それが陛下が目をかけていた王子の本性なのです!」

「これは何だ……?」

「何だと言われましても、不正の証拠ですが?」

話が噛み合わないことに、公爵が首を傾げる。

陛下は深いため息をつくと、傍に控えていた宮廷魔導師に命じる。

「王太子任命に関わる告発は、この場で裁く。これを会場の全員に見せよ。投影魔法だ」

「はっ!」

魔導師が杖を振ると、巨大な光のスクリーンが出現し、ファイルの中身が大写しにされた。

公爵は「これでアレクセイは終わりだ!」とガッツポーズをしかけたが、その手がピタリと止まる。

スクリーンに映し出されたのは、数字の羅列と生々しいメモ書きだった。

『6月4日 支出:金貨300枚

用途:愛人ミランダ(2号)への誕生日プレゼント(ダイヤの首飾り)

備考:妻には秘密。領地の治水工事予算より流用』

会場がシーンと静まり返った。

ん……? という空気が流れる。

魔導師が気まずそうに、次のページへ切り替える。

『6月8日 支出:金貨350枚

用途:裏カジノでのポーカー負け分補填。

備考:今回はツキがなかった。次は勝つ。王都孤児院連盟・年次基金(寄付金枠)より借用』

さらに、次の記録。

『6月13日 支出:金貨1200枚

用途:決起集会に参加した貴族たちへの『協力報酬(裏金)』及び連判状の作成費。

備考:金で釣った貴族たちを信用できないため、全員の署名と血判を押させたリストを肌身離さず腹に巻き付け、裏切りを防止する。費用は北方地域の飢饉救済基金より流用』

ザワッ……と会場が揺れた。

公爵の額に汗が滲み、視線が泳ぐ。

それを合図にしたかのように、会場にいる一部の貴族たちが顔面蒼白になり、それ以外の者たちから戦慄の声が上がる。

「連判状……? 裏切り防止のリストだと?」

「それを肌身離さず持っているのか? つまり、自分が捕まったら全員道連れにする気か……」

「なんて陰湿で用心深い……」

「しかも飢饉の救済金を、裏工作のために……?」

玉座の陛下は無言のまま、冷ややかな視線を弟に向けている。

公爵の顔色が青ざめていく。

「ち、違う! これは私の帳簿ではない! いや、私の字に似ているが、私はこんなものをここに持ってきた覚えはない! 私が持ってきたのは王子の不正の証拠だ!」

公爵が声を荒らげた。

その瞬間、アレクセイ殿下が冷徹な笑みを浮かべながら、ゆっくりと一歩前へ出た。

「叔父上、それは奇妙ですね。筆跡は貴方のものと一致しますし、何より内容があまりにも具体的だ。それに、先ほどから気になっていたのですが……」

殿下の視線が、公爵の胴回りを鋭く射抜く。

「今日の叔父上は随分と『寸胴』であらせられる。いかに正装とはいえ、ウエストのくびれが皆無ではありませんか? まるで服の下に分厚い何かを幾重にも巻き付けているような……?」

公爵はギクリとし、慌てて腹を隠すように腕を組む。

すると、カサッと乾いた音が微かに聞こえた。

「それに動くたびに枯れ葉のような音がする。中に何も隠していないと言うなら、その音は何です?」

「こ、これは……腰痛防止のコルセットだ! 決して紙の束などではない……!」

公爵が必死に否定し、後ずさる。

その姿を見て、私は眼鏡の奥で目を細めた。

(あれ……? 私の 想定(シナリオ) より、随分と早くボロボロになってしまった……。これはプランBに変更かも?)

公爵は、せこい私的流用の暴露で威厳は地に落ち、味方は『裏切りリスト』の件で殺気立っている。とどめに腹の詰め物を指摘され、彼のメンタルはもう限界だ。

イザベラ様には『証拠を突きつけ、颯爽と殿下を救う』――そんな甘いシナリオ(夢)を売り込んだが、ここで劇薬(イザベラ様)を投入して、場がカオスになるリスクを冒す必要はない。

すでにイザベラ様には『警備を引きつける』という最大の功績を立ててもらった。

あとは殿下に任せて、公爵にとどめを刺し、大人の対応で幕を下ろすべき。

シナリオを変更する形になって心が痛むが、これも確実な勝利のため。

そして、これこそが最も安全で平和的なシナリオ。

……だが、最前列の孔雀が優雅に羽を広げてしまった。