軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十八話 世紀の記者会見

深夜の執務室。

私は丸めた書類をマイクに見立て、記者になりきって質問を投げる。

「それでは、殿下。ご結婚が決まった今の率直なお気持ちをお聞かせください」

殿下はスッと背筋を伸ばし、淀みなく答える。

「身の引き締まる思いだ。彼女と共に国のために尽くしたいと思っている」

「はい、完璧です。次はイザベラ様、殿下のどこに惹かれましたか?」

イザベラ様は扇子を優雅に広げ、しおらしく微笑む。

その姿は、どう見ても深窓の令嬢であり、清楚で可憐な未来の王太子妃そのものだ。

「誠実で頼りがいのあるところですわ。彼となら、どのような困難も乗り越えていけると信じております」

「素晴らしいです! 百点満点です! では最後に、プロポーズのお言葉は?」

私が問うと、殿下は過去の記憶を 手繰(たぐ) り寄せる。

「そうだな。確か、あの時は……『イザベラ、教会はまだ早い』と言っていたか」

「ええ、私が『で、ですがマーキングが……』と食い下がりましたわね」

殿下が頷き、当時のセリフを再現する。

「『まずは手当てが先だ。怪我をしている状態で婚約発表など王家の美学に反する。医務室へ行くぞ。……正式な婚約の手続きは医師の許可が下りてからだ』だったな」

「……殿下、それはプロポーズではなく、ただの『通院指示』です」

「だが事実だ」

「公の記者会見なら多少の脚色は許されます。事実をそのまま伝えても国民が困惑するだけです」

私はバサリと切り捨て、カンペを書き換える。

「いいですか? 『一生、大事にする』。これでいきましょう。シンプルかつ万人受け間違いなし。さらに感動的です」

「……分かった。嘘をつくのは心苦しいが、王家の美学のためだ」

「あら、私は『医師の許可』も素敵だと思いますけれど、リリアナが言うなら従おうかしら」

「では合わせてみましょう。もう一度いきますよ。プロポーズのお言葉は?」

二人は顔を見合わせ、声を揃える。

「一生、大事にする」「一生、大事にしますわ」

完璧だ。私は震える手で拍手をした。

イザベラ様の演技力は、さすが公爵令嬢。猫を被らせれば世界一だ。

殿下も疲れすぎて感情が死んでいる分、余計なことを言わない機械人間と化している。

「これなら何も問題ありません。明日の会見は完全勝利です」

「ふふん、当然よ! 本番ではもっと完璧に演じてみせるわ!」

「頼む……。その前に早く眠らせてくれ……」

私は確信した。

この完璧なリハーサル通りにいけば、どんな記者の質問も煙に巻けると。

翌日。

王宮の大広間は、二人の記者会見場へと姿を変え、国中の新聞記者たちで溢れかえっていた。

カメラ魔道具のフラッシュが焚かれ、眩い光が飛び交う。

二人が登壇し、会見が始まる。

「殿下! 今の率直なお気持ちをお聞かせください!」

記者の質問は練習通りだ。

殿下がマイクを握る。

あの完璧な回答をお願いします。

「一言で言えば、『年貢の納め時』だと思っている」

会場がざわついた。

私は舞台袖で頭を抱える。

違う、そうじゃないと。昨夜の『身の引き締まる思い』はどこへ捨ててきたのか。

「イ、イザベラ様! 殿下のどこに惹かれましたか?」

次の質問が飛ぶ。

これも練習通りだ。

イザベラ様、心からよろしくお願いします。

「ふふん、そうですわね……」

イザベラ様は妖艶に微笑むと、カメラ目線で言い放つ。

多数の視線とカメラの熱気に、イザベラ様の私を見てという『目立ちたがり』の血が、練習の記憶を上書きする。

「もちろん全てを愛しておりますが、私の愛(物理)を受けても『死なない頑丈さ』ですわ!」

記者たちが一斉にペンを止め、「今、頑丈さと言ったか……?」と、互いの顔を見合わせる。

「お、王としての資質ではなく、耐久性能と……?」

記者の困惑した声に、別の記者から鋭い声が割り込む。

「プ、プロポーズの言葉を教えてください! 感動的なエピソードがあるとか!?」

ここだ。事実は『通院指示』だが、リハーサル通り『一生、大事にする』が正解だ。

殿下がマイクに向かい、遠い目で答える。

「……記憶がない。気付いたら契約していたのだ」

会場が静まり返る。

やはりリハーサルは忘れている。いや、この反応は素だ。

そこへ、イザベラ様が 嬉々(きき) として割って入る。

「まあ、あなたったら! 皆様、殿下は私に『助けてくれ!』と仰いましたの! 私なしでは生きられないという魂の叫びですわ!」

殿下は慌てて「そんなことは一言も言ってないぞ」と言っていたが、「おおおおっ!」と会場がどよめく声にかき消された。

記者が興奮してメモを取る。

私は舞台袖で小さく息を吐いた。

(……まあ、いいか)

捏造した「一生大事にする」より、現状の殿下の心情を鑑みれば、「助けてくれ(SOS)」の方が、ある意味で真実だろう。

記者たちがざわめいた次の瞬間、誰かが叫んだ。

「号外だ!」

場の空気が変わる。

インク瓶が倒れ、紙束が舞い、誰も全文を書こうとしない。ただ見出しだけが、血走った目で描き殴られていく。

『王太子、SOS婚!』

『愛の救難信号!』

……終わった。

私は舞台袖で静かに理解した。

「では最後に、お二人の愛の証を見せてください!」

「ええ、喜んで!」

リクエストが飛んだ瞬間、イザベラ様が即座に動く。

ガシッ!

イザベラ様が殿下の首に腕を回し、ヘッドロック気味の抱擁を決める。

ゴリッと鈍い音がマイクを通し、会場に響いた。

殿下の顔色が、みるみるうちに紫へと変わっていく。

「イザベラ……やめろ、苦じ……!」

「殿下、カメラですわよ! 笑ってくださいまし!」

バシャバシャバシャ!

無数のフラッシュが瀕死の王太子と、締め上げる満面の笑みの公爵令嬢を捉える。

これ以上は放送事故だ。私は舞台袖から飛び出そうとした。

だが、その時、興奮した記者の一人が大声で叫んだ。

「素晴らしい愛です! では、その愛を誓う結婚式はいつ頃のご予定ですか!?」

その質問に、イザベラ様がヘッドロックを解き、バッと顔を上げる。

瞳がギラリと輝く。

まずい。嫌な予感がする。

「もちろん善は急げですから、来週ですわ!」

ドッと会場が沸く。

私は舞台袖で膝から崩れ落ちた。

(しまった……!)

昨夜のリハーサルで、『プロポーズの言葉』や『馴れ初め』の捏造に全力を注ぐあまり、肝心の『挙式日』についてのすり合わせを失念していた。いや、心のどこかで油断していたのかも。

本来、王族の結婚式といえば、準備に半年以上かかるのは常識中の常識。言わずもがな『春』になる。

だが、相手はイザベラ様。彼女の辞書に『常識』という文字も、『準備期間』という概念も存在しないことを忘れていた。

来週……七日後……王族の結婚式を?

招待状の発送だけで一ヶ月はかかるのに?

もはや正気の沙汰ではない。

「待て、イザベラ」

瀕死の状態から復活した殿下が、慌ててマイクを奪う。

「落ち着け。来週など不可能だ。国賓の招待、警備の配置、儀式の準備諸々含めて間に合うわけがない」

「愛があれば時間すら超越できますわ!」

「超越できるのはお前だけだ。現実的に考えれば、春先。雪解けを待ち、万全の準備を整えてから国民に披露する。それが王家の誠意というものだろう」

会場の記者たちも「おお、なるほど」「さすが殿下、理知的だ」と頷いている。

私も舞台袖で「そうです! 春です!」と激しく同意する。

春なら半年以上はある。それであれば準備も間に合う。

だが、イザベラ様が「むぅ……」と頬を膨らませた。

「半年先ですって!? そんなに待てませんわ! 殿下が他の女にたぶらかされたらどうしますの!?」

「俺の近くにお前がいるのだ。もはや女どころか、虫一匹寄り付かんから心配するな」

「それでも不安ですわ……。今すぐ世界中にマーキングしたかったのに……で、でしたら、せめて秋にしてくださいませ!」

イザベラ様がしつこく食い下がる。

今は八月。つまり二ヶ月後だ。たった二ヶ月で国家プロジェクト級の結婚式を完遂するのは不可能だ。

殿下が渋い顔をする。

イザベラ様は「秋秋秋ですわ!」と譲らない。

その時、記者が恐る恐る手を挙げた。

「あ、あの恐縮ですが、イザベラ様。王族の結婚式といえば、ドレスの手配だけでも半年近くはかかると聞きます。それにドレスの素材となる『聖なる森』の『黄金蚕』も、冬を過ぎなければ極上の輝きを放つ繭を作らないとされていますが……」

記者の純粋、かつ残酷な指摘。

それがイザベラ様の急所を正確に突き刺した。

「なっ……!?」

イザベラ様が言葉に詰まる。

黄金蚕――世界で唯一の輝きを放つ最高級の絹糸。

通常の行事ならいざ知らず、自身の結婚式でそれを使わないなどあり得ない。

記者はさらに追撃する。

「仮に秋に挙行されるとなれば、黄金蚕の糸は間に合いませんよね? その場合、ドレスの素材は在庫にある『普通の絹』で妥協することになるのではないかと……」

会場が静まり返る。

『普通』と『妥協』。

イザベラ様にとって、最も屈辱的な単語が並べられた。

イザベラ様がプルプルと震え始める。

ドレスの質を落としてまで、時期を早めるか。

それとも最高の輝きのために時を待つか。

やがて、イザベラ様は悔しそうにハンカチを噛み締め、殿下を見る。

「……分かりましたわ。『普通の絹』なんて、私のプライドが許しませんもの。私の美しさを100%、いいえ、120%発揮するためにも春にします!」

彼女はカメラに向かって指を突きつける。

「その代わり! 歴史上、最も豪華で、最も盛大で、誰もが失明するくらい輝く式にしますわよ! 覚悟あそばせ!」

ドッと会場が再び沸き上がり、割れんばかりの拍手が送られた。

殿下が安堵の息を吐く。

私も舞台袖で胸を撫で下ろすと、元気よく飛び出して会見を締めくくる。

「本日の会見は以上となります!」

翌朝。

王国の新聞各紙の一面を飾ったのは、ヘッドロックの写真と巨大な見出し。

『王太子が春に結婚式挙行!』

『世紀のSOS婚約! 国民からは「殿下、生きて」と応援の声多数!』

『「頑丈さ」は新たな王権概念か! 愛と統治における耐久性の重要性! 関連市場活況で、医療・防具・耐久訓練需要が急伸!』

私は虚ろな目で新聞を畳んだ。

まあ、注目を集めて好景気に繋がったのも、ある意味では成功だろう。

結婚式も来年だ。

「ようやく、平穏な日常業務に戻れそうです」

私は窓の外を見上げた。

雲一つない青空は、警戒心を奪うには十分すぎる。

だが、今が夏であることも、その夏を全力で謳歌し、新たな問題を発生させる存在がいることすら、思考の外へ追いやっていた。