軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十四話 灰色の帝都

「殿下、出張許可をいただけますか? 行き先はガレリア帝国です」

SOSが届いた翌朝。

私は王太子執務室で、一枚の青い紙をデスクに叩きつけた。

「帝国か?」

アレクセイ殿下は、私の手元の紙を見てニヤリと笑った。

「あの鉄の女が泣きついてくるとはな。よほどの事態ということか」

「はい、以前殿下は『帝国の完璧を、お前の完璧で上回れ』と仰いました。私の友人が負けたのなら、私が取り返しに行かねばなりません」

「……昨日の今日でよくやるものだ。せっかく私から『南の島への特別渡航費』を巻き上げたばかりだろうに」

殿下が呆れたように肩をすくめる。

そう、私は昨日、労働基準監督局長の権限で、長期休暇と渡航費を勝ち取ったばかりなのだ。

「その渡航費は今回の帝国への旅費に充てます。友人のピンチを見捨てるほど、私は落ちぶれていませんので」

「ふん、殊勝なことだ。以前は『休ませろ』と泣きついてきたくせに、いざ自由を与えると自ら戦場へ向かうとはな」

殿下は楽しげにマントを翻し、立ち上がる。

「許可する。……いや、私も同行しよう」

「えっ、殿下もですか?」

「当然だ。大陸最強の軍事力を誇る帝国のシステムがどうなっているのか、視察する必要がある」

殿下は建前を言っているが、本音は「面白そうだから」に違いない。

まあいい。王太子の権威は通行手形として使える。

そう思い、準備を始めようとした時だった。

バンッ!

執務室の扉が派手に開き、ピンク色の台風こと、イザベラ様が乱入してきた。

「帝国へ行くのですって!? 私も行くわ!」

「あの、イザベラ様……どこから情報を?」

「勘よ! 帝国といえば『軍事と音楽の大国』でしょう? 世界最高峰の『 帝国歌劇場(オペラ) 』と、凛々しい軍人様たちのファッションを一度チェックしに行きたかったのよ!」

イザベラ様は、後ろに控えていたミミ(新チーフデザイナー)に合図を送る。

ミミは大量のトランクを台車に乗せていた。

「荷造りはもう終わっています。お嬢様が『帝国の軍服に革命を起こしてやるわ!』と、張り切っておられまして……」

「ミミ、貴女は留守番よ。お店をお願いね」

「はいっ! いってらっしゃいませ!」

こうして、社畜事務官、俺様王太子、ワガママ悪役令嬢という、最強にして最恐の布陣による、ガレリア帝国訪問が決まった。

数日後。

私たちは王室専用の豪華客船で海を渡り、そこから馬車に乗り換え、帝国の国境を越えた。

峠を越え、窓から帝都ガレリアが見えてくる。

書物や噂では、『重厚な鉄の城壁に囲まれ、常に勇壮な音楽が鳴り響く、活気に満ちた軍事都市』と聞いていた。

だが、私たちが目にしたのは、予想とは正反対の光景だった。

「何よ、これ……? 静かすぎるわ」

窓に張り付いたイザベラ様が絶句する。

街全体が、まるで墓石のようなグレー一色に塗りつぶされているのだ。

馬車が市街地に入ると、その異様さはさらに際立った。

道行く人々は無言で、同じ制服のような服を着て、機械的に歩いているだけ。

広場の音楽堂は閉鎖され、街の誇りだった軍楽隊の姿はどこにもない。聞こえるのは規則正しい軍靴の足音だけだ。

「『音楽は騒音』『装飾は資源の無駄』?」

殿下が掲示板のスローガンを読み上げ、眉をひそめる。

「噂に聞く『覇気ある帝国』とは程遠いな。ここは巨大な監獄か?」

皇宮に到着しても、歓迎のファンファーレはおろか、出迎えの兵士たちも愛想笑い一つない。

門番に案内されたのは、煌びやかな謁見の間……ではなく、地下の薄暗い資料保管室だった。

そこに彼女はいた。

「……よく来てくれました、リリアナ。ようこそ帝国へ」

シルヴィア・ル・ベル。

以前、我が国に来た時は、完璧な軍服の着こなしと冷徹なオーラを纏っていた彼女だが、今の姿は見る影もない。

自慢のプラチナブロンドは乱れ、制服はシワだらけ。目元には濃いクマがあり、大量の書類整理に追われている。

「シルヴィア様……そのお姿は?」

「笑いなさい。……今の私は、ただの『資料整理係』よ」

彼女は力なく笑った。

「先週、解任されたわ。……『能力不足』ですって」

私のこめかみがピクリと動いた。

能力不足?

あの計算の鬼が?

「……誰ですか? シルヴィア様をコケにした命知らずは……」

私が静かに問うと、シルヴィアは震える声で語り始めた。

一ヶ月前、西方の大国『バルドール連邦』から行政改革のための使節団が来たこと。

リーダーのテオバルト・カンツラーという男が、『マニュアル化』と『徹底的な合理化』で帝国の中枢を支配したこと。

「だが、たかがコンサルタントだろう? あのディミトリがなぜ、そこまでの権限を与えたのだ?」

殿下が疑問を口にすると、シルヴィアは悔しげに唇を噛んだ。

「帝国は強くなりすぎたのです……。我が軍は領土を拡大しすぎました。その結果、前線への物資輸送―― 兵站(へいたん) がパンク寸前だったのです。このままでは前線の兵士たちが飢える。そんな危機的状況に現れたのが、テオバルトでした」

テオバルトは、連邦独自の『魔導通信ネットワーク』を使った、画期的な自動輸送システムを持ち込んだ。

効果は劇的だった。

滞っていた補給線は蘇り、コストは3割減り、兵士たちの飢えは救われた。

陛下は彼を救世主として称え、物流の全権を任せてしまったのだ。

「それが罠だったのです。彼のシステムは『ブラックボックス』でした。操作方法は連邦の人間しか知らず、帝国の人間は触れることすらできない。……気付いた時には、帝国の物流は、彼なしでは一日たりとも動かない状態になっていました」

私は息を呑んだ。

いわゆる『ベンダーロックイン』だ。

特定の業者のシステムに依存しすぎて、他へ乗り換えられない状態にしてから、法外な要求を突きつける手口。

「テオバルトは言いました。『私のシステムを使い続けたいなら、私の言う通りに国を変革しろ』と。逆らえばシステムを停止し、100万の兵士を見殺しにすると脅されては、陛下も従うしかありませんでした……」

なるほど。

軍事国家の首根っこ(兵站)を押さえられたのか。

それなら皇帝が言いなりになるのも頷ける。

「テオバルトは『効率化』の名の下に軍楽隊を解散させ、伝統的な装飾を剥ぎ取りました。そしてとどめに、彼は陛下の『最後の砦』に手をかけたのです」

「最後の砦?」

シルヴィアは悲痛な顔で告げた。

「『皇后陛下の被服費(ドレス代)』と『王立薔薇園の維持費』です」

私はハッとした。

ディミトリ皇帝は大陸一の覇王でありながら、同時に頭の上がらない『恐妻家』として有名だ。

「テオバルトは言いました。『軍の維持費が高騰している。システム利用料を払うためには、生産性のない皇后の贅沢をカットするしかない』と」

国の生命線(軍隊)を守るか、愛する妻の笑顔を守るか。

究極の選択を迫られた皇帝は、断腸の思いで前者を選び……そして心が折れてしまったらしい。

「陛下は愛する皇后に不自由をさせる罪悪感で、自ら『テオバルトの奴隷』になる道を選んだわ。……今の陛下は、ただ言われた通りにハンコを押すだけの抜け殻よ」

……なんということだ。

巧妙なシステムの罠と、愛妻家(恐妻家)ゆえの弱み。

その二つが最強の皇帝を膝まづかせたのか。

「シルヴィア様、今回は私が『劇薬』を持ってきました。反撃の時ですよ」

私はバインダーを構えて立ち上がった。

システムによる支配? 上等だ。

それならこちらは、システムでは計算できない『 人間力(ワガママ) 』で対抗してやるまでだ。