軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十話 その求愛、業務妨害

翌日からフレデリック王子は、私に『求愛』と称した業務妨害を始めた。

教員室にバラの花束(100本)が届けば、即座に経理部へ回して換金し、雑収入として計上。

廊下で待ち伏せされ、自作の愛の詩を朗読されれば、騒音公害として風紀委員に通報し、厳重注意。

昼食のサンドイッチを、勝手に『愛の特製フルコース(シェフ付き)』にすり替えられれば、『食品衛生管理上の懸念(毒見未済)』として没収し、腹を空かせた警備兵へ寄付。

そのたびに、私は事務的に処理した。

対処はできる。できるが、精神的な疲労だけは積み上がっていくばかりだ。

(あぁ、もう温泉行きたい……)

私はそんな思いを他所に、中庭を歩いていると、優雅な弦楽器の旋律が響き渡った。

「やあ、リリアナ。今日の君は、春の旋律みたいに足音まで軽いね」

植え込みの陰から、フレデリック王子が現れた。

その背後には、なぜかフル装備の弦楽四重奏団。

私の歩調に合わせてBGMを奏でている。

「……フレデリック殿下、その後ろの方々は?」

「僕の専属楽団さ! 君が歩く、その一歩一歩を彩るために連れてきたんだ。どうだい? これなら退屈な移動も、愛のランウェイに早変わりだろう?」

王子は自信満々にウインクを飛ばした。

私は無表情のまま、懐から手帳を取り出す。

「一つお聞きしますが、彼らの『入構許可証』は?」

「え? いや、僕の連れだから特に申請はしてないよ……」

「では、不法侵入ですね」

私はくるりと後ろを向き、校舎の警備員に向かって手招きする。

「警備員さん! 部外者です! 即刻つまみ出してください!」

「イエッサー!」

「えっ、ちょ、待っ……リリアナちゃーん!?」

列をなして連行されていく楽団員たち。

演奏が強制終了し、中庭に沈黙が訪れる。

私は眼鏡の位置を直し、冷ややかに王子を見上げた。

「殿下、ここは神聖な学び舎です。TPOをわきまえていただけませんか?」

「……TPOって、冷たいなぁ。でも、そんな氷のような君を溶かしてこその僕さ」

めげない。

この男、鋼のメンタルを持っている。

フレデリック王子は私の進路を塞ぐと、髪をかき上げた。

「リリアナちゃんさ、この後の予定は全てキャンセルして、僕とティータイムを楽しまないかい? 君の瞳に乾杯ってね」

「お断りします。公務中ですので」

「いいじゃないか、減るもんじゃないしさ」

しつこい。

笑顔でかわしているが、私は限界寸前だった。

このままバインダーの角で鳩尾を突いてやろうかと考えた、その時だ。

救世主、あるいは、もう一つの嵐が現れた。

「あら? そこにいるのは、噂のチャラ男王子ではありませんこと?」

圧倒的な存在感で現れたのは、イザベラ・フォン・ローゼンバーグ様だ。

今日はいつもの奇抜(孔雀)スタイルではなく、バラ色の深紅のドレス。

(イザベラ様、今日も派手ですが素敵ですよ)

……そう思っていた。

彼女が優雅に振り返った瞬間、背中のトレーンがバサァッと扇状に広がり、無数の真紅のバラで描かれた孔雀の尾羽が出現した。

前言撤回、やはり孔雀。

いや、あれはフェニックス(不死鳥)だ。

総バラ造りの真紅のドレスは、直視すると網膜が焼けそうなほど眩しい。

(今日はフェニックスなんですね……)

私が呆然としている間に、周囲の生徒たちがざわめいた。

生徒たちは一斉に息を呑み、真紅の中心へと吸い寄せられていく。

その中心で、フェニックス……もとい、イザベラ様は何事もなかったかのように扇子をひらりと開き、王子と私の間に割って入った。

さらに厄介なことに、フレデリック王子の目が獲物を捉えたように光る。

……終わった。

私は胃の辺りでそう呟いた。

「おや、なんて美しいレディだ。君の名は?」

「イザベラ・フォン・ローゼンバーグよ。貴方、私のリリアナに何をしているの?」

イザベラ様が、私の前に立ちはだかった。

フレデリック王子は、イザベラ様のド派手な容姿を見て目を輝かせている。

「おお! なんて情熱的な赤だ! 君のような華やかな女性こそ、僕の隣に相応しい。どうだい? 今夜食事でも?」

王子がイザベラ様の肩に手を伸ばす。

しかし、イザベラ様はその手を扇子で「バチンッ!」と、はたき落とした。

「気安く触らないでくださる? 私の肌は日頃の鍛錬と最高級の美容液で仕上げた芸術品よ。手垢がついたらどうしてくれますの?」

「手垢……?」

「それと貴方、顔は悪くないけれど、ファッションセンスが致命的ね。何、そのシャツの襟? 開きすぎよ! あと、そのネクタイ! ドブ川の底から拾ってきたヘドロなの!? それとも色彩感覚が皆無なのかしら!? 直視すると視力が下がるわ!」

フレデリック王子がわなわなと震える。

しかし、イザベラ様はダメ出しをさらに連発する。

「まだあるわ! そのキザな喋り方! もっとお腹から声をお出し! アレクセイ殿下のような『威圧感のある俺様ボイス』こそが王族の嗜みよ!」

「……えっ、い、いや……僕はソフトな王子様で売ってて……」

「甘いわ! そんな軟弱な態度では、女一人守れないわよ! 出直してらっしゃい!」

イザベラ様の一喝に、フレデリック王子がたじろぐ。

彼は今まで『甘い言葉』ですべての女性を落としてきた。だからこそ、イザベラ様のような『そもそも話を聞かない』『自分の基準でしか評価しない』タイプは天敵なのだ。

「リリアナ、行くわよ!」

イザベラ様はツンと王子から顔を背け、私の手を取り、連れて去っていく。

まずい……これは失言なんて話ではない。

最悪、戦争の引き金にもなりかねない外交問題。

私は去り際、王子の様子を盗み見た。

プライドをへし折られ、悔しがっているか、あるいは激怒しているか。

冷や汗を流す私の背中に、微かに耳を掠める。

「あの女……僕を……この僕を……あんなゴミを見る目で見下ろすなんて……」