軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一七話 裏山スカウト

「ここが裏山です。マーサさんはこの奥にいるはずですが……気を付けてください。冬眠し損ねた熊が出ることもあるんで」

案内役として、殿下が強制連行したクルトが、怯えた様子で辺りを見回す。

早くも、その警告がフラグになったのか、足を踏み入れた瞬間、目の前の茂みが大きく揺れた。

「グルルルッ……!」

「ひぃぃ!? で、出たぁぁぁ!」

現れた巨大熊に、クルトが悲鳴を上げて腰を抜かした。

殺気立った目で、私たちを睨みつける巨大熊。

私は咄嗟に後退りする。

だが、次の瞬間、熊の鼻がヒクヒクと動き、視線が私の隣――純白のドレスに身を包み、雪山でも無駄に輝きを放つ、イザベラ様に釘付けになる。

「あら? 可愛いクマさんですこと。私の美貌にひれ伏しに来たのかしら? オーホッホッ!」

イザベラ様が扇子をバッと広げ、『ローズ・オブ・パッション』の香りを撒き散らしながら高らかに笑った。

すると熊は、「ヒィッ!?」とでも言いたげに顔を引きつらせ、脱兎のごとく逃げ出した。

その背中から、未知の生物への恐怖を感じたのだろう。

「だから言っただろう。熊避けぐらいにはなると」

私は立ち尽くしながら思う。

この二人、やっぱり色々すごい、と。

殿下はニヤリと口角を上げると、先を促す。

「行くぞ。こいつがいるなら、他の獣も恐れをなして逃げ出すはずだ」

「殿下! レディを『歩く魔除けグッズ』扱いにしないでくださいまし!」

イザベラ様が言い終える前に先を行く殿下。

キィーッと怒りながら殿下を追いかけるイザベラ様。

そして呆然と立ち尽くす私。

熊と遭遇した直後とは思えない、あまりに日常的な光景。

クルトはゆっくりと立ち上がり、小さく呟く。

「なんなんだ、あの人たちは……」

クルトは理解不能といった表情で、私たちについてくる。

その矢先のことだ。

――ズドンッ!

奥から銃声が轟いた。

殿下はすぐさま音のした方へと駆け出す。

銃声のした方へ駆けると、視界が開けた場所にたどり着いた。

そこで、私たちは思わず足を止める。

その先では巨大な猪が暴れ狂い、尻餅をついた大柄な女性が地面を後退っていた。

「あ、あれ! あの人がマーサさんだよっ!」

クルトが悲鳴交じりに指差す。

視線の先には粗末な皮鎧をまとった大柄な女性。

手にした猟銃から硝煙が立ち上っているが、どうやら急所を外したらしい。

猪の殺気は衰えるどころか、激昂して膨れ上がっている。

「しまっ……!」

再装填は間に合いそうにない。

猪の鋭い牙が、尻餅をついた彼女の喉元に迫る。

「危ない!」と私が叫ぶより早く、アレクセイ殿下が動いていた。

殿下は身に纏っていた貴族のコートをバサリと翻すと、滑るように猪と彼女の間に割って入った。

そして、あろうことか突進してくる猪の鼻先で、布地をひらりと優雅にたなびかせる。

まさに、闘牛士そのものの動き。

「こっちだ」

視界を遮る布と、不敵な挑発。

猪はそれだけで強引に方向転換する。

彼女から逸れた猪は、怒り狂い、新たな標的――その延長線上に立っていたイザベラ様へと、一直線に突き進んだ。

「あら! なんて情熱的な突進ですこと! 熊さんに続いて、あなたも私の虜になりに来たのかしら!?」

イザベラ様がバッと扇子を広げ、恍惚とした表情で叫んだ瞬間だ。

目前まで迫っていた巨大猪が、急ブレーキをかけたかのようにピタリと動きを止めた。

ブヒ……?

猪の目に困惑の色が浮かぶ。

眼前に広がる、雪山の白孔雀。

そして鼻を直撃する『ローズ・オブ・パッション』の香り。

視覚と嗅覚を同時にやられた猪は、未知の恐怖にフリーズしてしまったのだ。

「今だ!」と、その隙を彼女は見逃さず、腰のナイフを抜き放って猪の心臓を貫く。

ドサリ、と巨体が雪原に沈む。

「ふぅ。助かったよ」

彼女は荒い息を吐いて、私たちを見た。

「あんたたち、何者だい? 特にそこの兄ちゃん、猪の軌道を逸らすなんて命知らずにも程があるよ。それから……そっちの白いの」

マーサさんの視線がイザベラ様に向く。

「あの猪は、あんたを見てすくみ上がっちまった。……あんた、本当に人間かい?」

「失礼ね! 正真正銘、高貴な人間ですわ! ただ美しすぎて、猪さえも見惚れてしまっただけですわ!」

イザベラ様が甲高い声を張り上げ、胸を張る。

殿下は「作戦通りだ」と言わんばかりに、ニヤリと笑っていた。

「さて、獲物は新鮮なうちに血抜きをした方が美味い

殿下は倒れた猪に近付き、刺さったナイフを引き抜くと、解体を始めた。

「はん、お偉い様に解体できるもんかよ」

彼女が鼻で笑う。

しかし、すぐに驚愕することになる。

殿下がシャツの袖をまくり上げ、ナイフ一本で見事な手際で猪を解体し終えたからだ。

「すげぇ……あんた、どこの部隊の出身だい? この関節の外し方も、ただもんじゃないね」

「王宮の……まあ、特殊部隊のようなものだ。肉の繊維を傷つけずにバラすには、ここを切るのが効率的だ」

「なるほどね! あたしは力任せにやってたけど、その方が綺麗だね!」

彼女の瞳が輝く。

殿下もまた、職人のような真剣な眼差しでナイフを動かす。

「気に入った! あたしはマーサだ。あんた、名前は?」

「アレクセイだ」

血まみれの手で、ガッチリと握手を交わす二人。

その背後には、言葉はいらないプロ同士の友情という名のオーラが見える気がした。

(この王太子。解体までできたんだ……)

本当に何者なのかと呆然としていると、隣で見ていたイザベラ様が、再び頬を染めた。

「キャー! 野蛮! でも逞しいわ! あのほとばしる 雄度(オスみ) が最高ですの! 私の香水とのコラボレーションね!」

イザベラ様は意味不明なことを言いつつも、料理人のスカウトは、(物理的に)無事に完了した。

計算高い支配人と豪腕の料理人。

ハード面とソフト面。

最低限の準備が整い、私たちは村へと引き返した。

「リリアナ、何かが足りなくない?」

帰り道、イザベラ様が不満げに口を尖らせた。

「華よ、華! むさ苦しい眼鏡男と無口な女傭兵だけじゃ、高級感が足りないわ! お客様をおもてなしする、洗練された 従業員(メイド) が必要よ!」

「確かに。ですが、この村には若い女性はいませんし、王都からプロを呼ぶ予算はまだ……」

「あら、予算なんていらないわよ?」

イザベラ様は扇子を開き、オーホッホッと高笑いした。

「私には『イザベラ親衛隊』、いえ、可愛いお友達がたくさんいますわよ!」

親衛隊……つまり取り巻き軍団。

常にイザベラ様の後ろに控えている、取り巻きのご令嬢たち(B〜K)のことか。

「まさか彼女たちを使うつもりですか? 深窓のご令嬢ですよ? 掃除洗濯などさせた日には、実家からクレームの嵐が来ます」

「ノンノン、リリアナ。あのB〜Kの子たちではなく、L〜U……じゃなくて、新しいご令嬢たちよ」

「新しい取り巻きL〜U!?」