軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第214話「紗月の平常運転」

#第214話「紗月の平常運転」

司がクラン『エクリプス』の一部メンバーを連れ出してサボっている――

そんな噂が紗月の耳にも届いていた。

(あぁ、やっぱりね。また司くんは変な動きをしているのね。本当に困った人)

紗月はただただ呆れた。あの司ならばそれくらい平気でやるだろう。実際、彼女自身も一度だけサボらないかと誘われている。

もちろん、即座に断った。さすがにあり得ない提案だと感じたからだ。

その時の「拒絶」とも言える即断の断りでで察したのか、司はそれ以降一度も誘ってこなかった。これは無理と判断してすぐに他の人のところに行ったのだろう。何度も誘われたら面倒だったので、その意味では助かった。

紗月としては、司の考え方、人間としてのレベルの低さにも呆れはあったが――

それでも念のための「彼女ポジション」は維持していくつもりだ。

司は本当に駄目な男だが一応は社長の息子。どこで何が起きるか分からない。変に敵に回すのは得策ではないと判断し特に動いてはいなかった。

司がサボる人間を増やそうとしている……という妙な行動は薄々伝わってきたが、基本的に“放置”を貫いている。

石動さんに相談することも一瞬はよぎったがそんなリスクを冒す必要はないだろうう。どこかから「紗月がチクった」と司に知られたら、それだけで面倒なことになる。それだけは避けたい。

現状で大きなデメリットがあり、動くことでそれが解消したり何らかのメリットがあるならば動くのもありだ。しかし現時点では不満も特にない、自分に何かの被害があるわけでもない。現状維持が悪くないのだから動いてリスクを冒す方が愚かだと考えている。

だから紗月は「何も知らない・何も聞いてない」というふりを貫く。それが紗月の生存戦略でこれまでと何ら変わらない。ある意味で紗月には芯が通っているのだ。

ちなみに、現時点で紗月がクラン『エクリプス』の“お姫様扱い”を受けており、それがそれなりに心地よいという事情もある。

クラン『エクリプス』の中では珍しい女性メンバー。それだけで株が上がっている状況。暇なダンジョン監視ではあるが彼女と一緒の組の時だけは別。

監視員の仕事も、紗月が同じグループに入れば他の男性は羨望の眼差し。もちろん別に特別なことをしているわけではない。

しかしながら、それなりに綺麗な女性と話ができるならばその瞬間だけは楽しい。それが残念ながら男というものだ。

「紗月さんと同じ組になれて嬉しいです!」

「そう、私もいろいろな人と知り合いになれて嬉しいわ」

適当に相槌をうっておけば何でもかんでも気を引こうと適当におしゃべりする男たち。ドリンクなど軽くおごってくれることも多い。

もちろん司の彼女というポジションもあるため無理に誘ってくるようなことはない。

適度にチヤホヤされている状況。紗月としては悪くない。そのまま現状維持でいいと思っている。だから多少の問題があっても石動さんに報告するようなことはあり得ない。

さらには女性であるということで安全性を考えて「紗月は夜勤に回さなくていい」という特別措置まで取られた。現実に女性が夜勤になるとダンジョンへの行き帰りで問題が発生する可能性があるからだ。

他のメンバーは週替わりで夜勤をこなしているのに、紗月だけは昼間だけの通常勤務。これまた彼女にとってはありがたかった。

女性への特別待遇がどうこうという議論はこのクランには一切ない。むしろ、紗月の機嫌を損ねたら“女性がいる環境”を失うかもしれないという恐怖の方が勝っている。問題視する人間は誰もいなかった。

そして紗月自身、そこまで向上心が強いわけではない。

だから現状の昼の監視員の仕事……とは言ってもチヤホヤしてくる男たちと適当に世間話だけしてサッと帰る生活はそれなりに快適だった。多少たいくつではあるが話かけてくる男は多い。適当に会話をして時間を潰した。

本田や佐藤らの本気のダンジョン活動に参加するのもたまにで十分だ。誰だって楽な生活に慣れればそちらに流されていくものだ。自分だけ頑張るのも馬鹿らしいと思って適度に流している。

そして、司の行動がやがてトラブルになることも紗月は予想していた。まあ仕方がないことだろう。いつかは司のおかしな行動は石動さんにバレる。時間の問題だ。その後はどうなるのだろう?

どちらにしろ、変に巻き込まれたくない。それだけは絶対に避けたい。

状況はどうなるか予想は困難。何がどうなっていくのか、よくは分からない。

でも司が勢力を盛り返すなら彼女面して寄り添えばいい。本田や佐藤の方が有利そうなら、そちら側に立てばいい。

情報はそれなりにチヤホヤする男から入ってくる。それを元に分析すればいい。

とにかく見極めだけは必要。

できれば現状維持、そして何があっても“自分が損をしない立場”ならびに”できるだけ得する立場"を維持すること、そのためにいくつかの選択肢を残しておく。できれば選択肢を増やせるならなお良し。

できるだけ楽をして自分の生活を守る、それが紗月の最優先で平常運転。

今日も彼女のその平常運転は揺るがない。