軽量なろうリーダー

結婚する約束をしていた幼なじみですが、勘違いだったみたいなので離れます。――今さら後悔しても遅いです

作者: 冬月子@書籍化決定!悪役令嬢のダイエット革命5/1発売

本文

ふたりは所謂、幼なじみだった。

隣り合うふたつの伯爵領は、古くから友好を結び、代々争いとは無縁だった。

春になれば互いの庭園を行き来し、夏には川辺で涼を分け合う。秋には収穫を祝い、冬には暖炉を囲んで談笑する。両親たちが親しげに盃を交わせば、その足元で子どもたちもまた、無邪気に笑い合っていた。

「あら、見て。あの子たち……本当に仲が良いこと」

暖炉の前で並んで座り、同じ絵本を覗き込む姿を見て、母親たちは目を細める。

父親たちはグラスを傾けながら、どこか誇らしげに頷いた。

「爵位も釣り合っているし、相性も悪くなさそうだ」

「ええ。いずれは正式に婚約を発表しましょう」

両家の晩餐の席で、父親同士が穏やかにそう言ったのは、もう何度目だっただろう。

リリアナとエドガーが結ばれる未来は、当たり前のように決まっていた。

「リリアナ、エドガーくんと結婚するのはどう思う?」

父にそう問われ、少女はぱっと顔を輝かせる。

「うれしい! だって、エドガーのことすきだもん!」

真っ直ぐで、曇りのない声。

その無垢さに、大人たちは笑みを深める。

「エドガーくんはどうだい?」

視線を向けられた少年は、一瞬だけ言葉に迷い、わずかに唇を尖らせてから答えた。

「……べつに。けっこん、してもいいよ」

素っ気ない返答。

けれどリリアナは、照れ隠しだと疑いもせず、彼もまた嬉しいのだと信じていた。

「エドガー、すきよ! ずっといっしょ、やくそくね!」

「……うん」

当たり前のように交わされた未来。

疑いようもなく、約束された約束。

……だからこそ、年を重ねるごとに、彼の態度が少しずつ冷えていくことに気づいても。

触れ合う指先が、いつしかすぐに離れるようになっても。

きっと大丈夫だと、思っていた。

***

それから幾年かの歳月が流れ――

ふたりは貴族の子息子女が通う王立学園に通う年頃となった。

王立学園の校舎は、春の空を切り取るようにそびえていた。

入学して一カ月。新しい制服にも、鐘の音にも、石畳を踏みしめる感触にも、少しずつ慣れはじめた頃。

環境は変わっても、ふたりの関係は変わらない――はずだった。

少なくとも、リリアナはそう信じていた。

エドガーは、見違えるほどに成長していた。

幼い頃はどこか無愛想で、感情を表に出すのが苦手な少年だった。言葉は少なく、視線もそっけなく、それでも時折見せる不器用な優しさが、彼女にとっては何より愛おしかった。

だが、今は違う。

すらりと伸びた背、広がり始めた肩幅。整った顔立ちは、少年の面影を残しながらも、確実に「男」のそれへと変わりつつあった。

学業も優秀であり、なにより伯爵家の嫡男。将来を約束された立場は、彼自身の資質と相まって、いやでも人目を引いた。

廊下を歩けば、ひそやかに囁かれる。

「ねえ、エドガー様よ」

「やっぱり素敵……」

「今年の新入生で一番の当たりじゃない?」

貴族令嬢たちの視線は、遠慮なく彼を追う。

だがエドガーは、それを煩わしがることも、あからさまに退けることもなかった。

そんな彼の姿に、リリアナはほんのわずかな不安を覚えた。

***

そして、新入生を祝うために開かれた、学園主催のダンスパーティー。

天井のシャンデリアが無数の光を散らし、弦楽器の旋律が優雅に流れる夜だった。

エドガーは誘われるままに、令嬢たちと踊った。

その腕に導かれ、令嬢たちは頬を染め、夢見るような笑みを浮かべる。くるり、とドレスの裾が花のように開く。

その光景にショックを受けたのはリリアナだった。自分の知らない彼が、そこにいた。

「え、エドガー?」

「何だ」

素っ気ない返事。いつもならエドガーの態度にも気にしないのに、今夜のリリアナはその冷たい声に焦りが募った。

「何だ、じゃないわ。どうして、他の女の子と踊るの。わ、わたしという婚約者がいるのに……」

言葉は思うように整わず、語尾が震える。

エドガーの眉が、わずかに寄る。

「……まだ正式に婚約は結ばれていないだろう」

確かに書類はまだ交わされていない。

他の兄弟たちの縁談との兼ね合いで、在学中にいずれと先送りにされていた。

「学園は勉強だけをする場所じゃない。他の貴族と交流を図るために来ているんだ。将来のためにな。……婚約者でもないお前に責められるようなことはしていない筈だ」

「……」

婚約者“でもない”。

幾度となく交わされた、幼い頃から語られてきた約束。

巡る春のように、必ず訪れる未来。

そう思っていたのは、自分だけだったの?

唇が乾く。それでも、聞かずにはいられなかった。

「エドガーは……わたしとの婚約、嫌なの?」

問いかけは、思ったよりも小さく、頼りなかった。

彼はしばし黙り、ゆっくりと視線を逸らす。楽団の音が、遠くに聞こえる。

「はあ……。嫌とか、そういう問題じゃないだろ。俺たちの婚約話は両親たちが決めたものだし……。せめて学園生活ぐらい、自由にさせてくれよ」

それだけ言って、エドガーは背を向けた。

迷いのない足取りで、燭光きらめく華やかな輪の中へと戻っていく。笑い声と音楽が彼を迎え入れ、その背中はすぐに人波へと溶けた。

リリアナは、その後ろ姿をただ見送るしかなかった。伸ばしかけた指先は、空を切った。

それからというもの――

エドガーは様々な生徒と積極的に交流するようになった。

以前の、不器用で素っ気ない少年が嘘だったかのように、談笑の輪の中心で軽やかに言葉を交わしている。

低く落ち着いた声。時折見せる柔らかな笑み。その隣には、同級生の男子生徒だけでなく、華やかな令嬢たちの姿もあった。

楽しげに語らう姿を遠目に見るたび、リリアナの胸はひそやかに痛む。

それでも――

リリアナは、信じ続けた。

あの背中は、いずれ自分の隣に戻ってくるのだと……。

彼女だけが、変わらぬ未来を信じていた。

***

大好きなエドガーとまた仲良くしたいと、リリアナは諦めずに彼に話しかけた。朝の登校時、門の前で姿を見つければ小走りに追いつく。

「おはよう」と微笑みかければ、返ってくるのは短い「……ああ」だけ。それでも、隣を歩ける、そのほんのわずかな時間が嬉しかった。

昼休みには、勇気を振り絞って誘った。

「ねえ、エドガー。一緒にお昼を食べない?」

中庭の木陰、幼い頃のように並んで座れるのではないかと、淡い期待を胸に。

けれど彼は視線を逸らし、「先約がある」とそっけなく断る。

それでも翌日には、また声をかけた。

相変わらずつれない態度だったが、めげなかった。きっといつか昔のように戻れると、信じていたから。

そんなある日の午後。

陽光が高窓から射し込み、淡い金の帯を落としていた石造りの廊下。

授業が終わった直後に、リリアナは声を掛けられた。

「リリアナ嬢、少しだけ宜しいですか」

穏やかな声が、すぐ近くから届く。

柔らかな光を受けて微笑むのは、子爵家の嫡男のローガンだった。

落ち着いた物腰と、丁寧な言葉遣い。派手さはないが、確かな聡明さを感じさせる青年だった。

「ええ、大丈夫です。何の御用ですか?」

「この論文のことで……ここ、少し計算がずれているかもしれません」

差し出された紙に目を落とし、リリアナは小さく息を呑む。

「本当? あ……ほんとだわ。ありがとうございます」

「いえ。あなたの論文を読ませて頂きましたが、着眼点が素晴らしいと思いました」

まっすぐに向けられる視線。その視線に、下心も優越も混じっていない。

真正面から、きちんと評価してくれた。ただ、純粋な敬意だけがあった。

それが、ひどく新鮮だった。

「あ、ありがとう……」

頬に淡い熱が宿るのを自覚しながらも、不思議と嫌な感覚ではなかった。

「いいえ。こちらこそ面白い論文を読ませていただき、有難うございました。では、また次の授業で……」

そう言って、ローガンが去っていった。

「ええ、またね」

その背を見送り、ふと――背筋に冷たい気配が走った。

ゆっくりと振り向くと、エドガーが立っていた。

「……リリアナ」

無表情。だが、その目は冷たい。

他の令嬢たちへ向ける表情に比べると、なんと不愛想なことか。

「なに、エドガー?」

それでも、リリアナは笑みを浮かべて応えた。

彼の眉がわずかに寄る。

「……今の、あいつと何を話していた」

「論文の指摘をしてもらってたの。計算に誤りがあったみたいで」

「ふん」

短い鼻音。

だが視線は鋭いまま。

「……随分楽しそうだったな」

「え?」

「お前は誰にでも愛想がいいんだな」

低く、押し殺した声。

リリアナは一瞬、言葉を失った。

「……それ、どういう意味?」

「そのままの意味だ。ああやって簡単に笑うから、誤解される」

胸の奥で、何かが軋む。

「誤解って……」

「だから……あの男、お前に気があるんじゃないか」

「親切なクラスメイトのことを、変なふうに言わないで」

「……好きだと言ったのはお前だろう」

「は?」

脈絡のない言葉に、眉が寄る。

「そんなふうに誰にでも愛想を振りまくと、軽い女に見られるぞ」

その瞬間。

リリアナの内側を、氷水が流れ落ちた。

「わたし、そんな人間に見えていたの?」

声は震えていなかった。

むしろ、驚くほど静かだった。

「……別に。見られるって忠告してやっただけだろう」

「本気で言ってるの?」

問い返した声は低い。

自分でも知らない温度を帯びている。

忠告? そうじゃないでしょう。

それは――あなたが、わたしを対等に扱っていたら、出てこない言葉よ。

喉元まで込み上げた言葉を、ゆっくりと整える。

「……学園は他の貴族と交流を図る為の場所でもあるんでしょう。あなたにそんな風に言われる必要はないわ」

つくづく感じていた。

確かにわたしはエドガーが好き。

ずっと、好きだった。

視線が合えば嬉しくて、

名前を呼ばれるだけで胸が熱くなった。

でも、この人はわたしの好意に胡坐を掻いて、

わたしが離れないと信じて、

わたしが傷つかないと信じて、

わたしが許すと、どこかで決めつけて、

だから、こんな酷い態度も取れる。

だから、こんな言葉が出るんだ。

「リリアナ……ッ」

エドガーの声が、背中に縋るように届く。

けれどリリアナは、振り返らなかった。そのまま一歩も迷わず、歩き出す。

「この人はわたしを下に見ている」「決して、大切にはしていない」と認めた瞬間、

はじめての恋が終わる音がした。

***

結局――エドガーの言葉は、半分は正しかった。

あれからローガンと話す機会は、格段に増えた。図書室で、講義の後で、時には中庭のベンチで。

逆に、以前のようにリリアナ自身からエドガーを探すことはなくなった。用もないのに顔を見に行くことも、彼の機嫌を窺うこともない。

その変化を、ローガンは見逃さなかった。

「……少し、よろしいですか」

いつもの穏やかな声。

だが、その奥にわずかな躊躇いがある。

「エドガー殿と婚約者だと聞いたのですが……、本当ですか?」

リリアーナは一瞬だけ目を伏せ、それから顔を上げた。

「ううん。幼なじみではあるけれど、婚約者ではないわ。両親同士でそんな話が出たことはあったけれど……正式なものではないの」

言いながら、胸の奥が妙に静かだった。以前なら、こんな風にはっきりと答えられなかっただろう。

けれど今は。

「そう、でしたか」

ローガンは、ほっとしたように、しかしそれを悟られまいとするように微笑む。

その微細な変化に、リリアナは気づいてしまう。

ああ、エドガーの言った通りだった。

ローガンは――きっと、わたしに好意を抱いている。

「リリアナ嬢……」

迷いを飲み込みながら、彼は続ける。

「……あなたがエドガー殿の婚約者であるなら、僕はこの思いを隠し通すつもりだったのですが……。違うと知って、僕は――」

わずかな沈黙。

決意を固めるように、真っ直ぐ見つめてくる。

「僕は、あなたが好きです」

その眼差しは熱を帯びていた。

とくん、と胸がなる。……好きと言われるのは、生まれて初めてだった。

「はじめは、論文の着眼点に心を奪われました。けれど、言葉を交わすうちにそれだけではなくなった。……あなたの内面を知り、惹かれている僕がいました」

緊張しているのだろう。

普段は淀みなく語る彼の声が、わずかにかすれる。

「唐突だと承知しております。ですが、曖昧なままに距離を縮めるのは、あなたに対して不誠実だと思いました。もし、あなたが許してくださるなら……正式に、ご両親へ婚約の打診をさせていただいてもよろしいでしょうか」

「ローガン様……」

「も、もちろん、今すぐお返事をとは申しません。あなたが、ご自身の意思で選ぶまで、僕は待ちます」

あくまで希い、選択権は、リリアナに委ねている。

わたしの返事を、わたしの意思を、待つと言う。――その態度はリリアナを敬い、大切にしてくれていると彼女は感じた。

これまでの恋は、追いかけるものだった。

相手の気分ひとつで揺れる、不安定なものだった。

けれど今、目の前にいる人は。

わたしを一人の人間として、対等に見ていてくれている。

リリアナは気づけば返事をしていた。

「はい……喜んで。あなたからの婚約の打診を受けます」

***

数日後。ローガンは本当に、約束どおり動いた。

ローガンから婚約の打診が来たことに両親は驚いた。

「リリアナ、これはどういうことだ」

「あなたは、エドガーくんと結婚するんじゃ……」

動揺する両親に、リリアナは静かに告げた。

「別に、誓いあった訳じゃないよね? ……学園に通い始めたら結ぼうって言ってたけど、まだ正式に婚約してないわ」

父は戸惑いながら問う。

「……お前はいいのか? あれほどエドガー君との結婚を望んでいたのに」

「……実はね。エドガーは、あまり乗り気じゃなかったみたいなの」

リリアナは小さく苦笑した。

「そんな事はないわ。エドガーくんはあなたの事を好きなはずよ」と言う母親に首を振る。

「……わたしも結婚するなら、愛し合える人としたいと思ったの。ローガン様との婚約を許してくれる?」

「……好きなのか?」

「まだ、好きとは言えないけれど。でも、わたしを大切にしてくれるの。……好きになれると思う」

しばらくの沈黙の後、父は息を吐いた。

大切にしてくれるという言葉に、思い当たる節があったからだ。エドガーはあまりに不器用で、素直ではなかった。

「……お前が自分で選んだのなら、反対はせん」

母も静かに頷く。

こうして、リリアナは自分の意思で、ローガンとの婚約を選んだ。

次に会った時、ローガンはいつになく真剣な面持ちで言った。

「あなたに選ばれたことを、誇りに思います。……必ず、後悔はさせません」

リリアナは笑った。

「後悔なんてしないわ! ……わたしが、あなたと結婚したいって思ったの」

互いに選び、選ばれたという事実が、ふたりの胸を静かに満たしていく。

きっとローガンとなら――互いを尊重し合って、今度こそ対等に付き合える。エドガーとも、昔はそうだった筈なのだけど……。

リリアナはゆるく頭を振った。ローガンと並んで歩く未来を思うだけで、自然と笑みがこぼれた。

かつては、学園に入る前にエドガーと正式に婚約していればよかったと後悔したこともあったが――、今ではただの口約束だった事に、心から感謝した。

そう、永遠だと思っていた約束は、

こんなにも簡単に破られてしまうものだったのだ。

春は巡っても。

あの日の恋は、もう戻らない。

***

エドガーは、確かにリリアナを好きだった。

それは、彼自身が否定しようとしても覆せない、紛れもない事実だった。

物心ついた頃から、隣にはいつも彼女がいた。

気づけばそこにいて、よく笑い、些細なことで頬を膨らませ、それでも最後にはまっすぐな瞳で「好き」と告げる少女。

誰よりも近く、誰よりも当たり前の存在。

だから――好きだなんて、今さら言う必要がないと思っていた。

つい素っ気ない態度を取ってしまうのも、ぶっきらぼうに言葉を返してしまうのも、ただの照れ隠し。

好きだからこそ、素直になれないだけ。彼自身、その自覚はあった。

両家の親たちもまた、その不器用さを分かっていた。

顔を合わせれば口喧嘩のようなやり取りをしながら、結局は互いを気にかけているふたりの姿を、微笑ましく見守っていた。

だから、「はは、若いな」「いずれ落ち着くでしょう」と笑いあって、ふたりが将来結ばれることは、すでに決まった未来のように扱われていた。

その未来をエドガーも疑っていなかった。

――だが。

学園に通い始めてから、エドガーは変わってしまった。

廊下を歩けば、令嬢たちの視線が集まる。名を呼ばれ、微笑みかけられ、さりげなく距離を詰められる。

伯爵家の嫡男という肩書きだけではない。伸びた背、整った顔立ち、常に上位に名を連ねる成績。

有り体に言えば、エドガーは人気があった。

「エドガー様、今度の講義をご一緒していただけませんか?」

「剣術の腕前、本当に素晴らしかったですわ」

柔らかな声と、熱を帯びた視線。

最初は、どう応じればいいのか分からなかった。だが、当たり障りなく優しく返せば、彼女たちは嬉しそうに微笑む。

そして、その様子を見たリリアナの顔がわずかに曇った。

きゅっと唇を結び、視線を逸らすあの仕草――焼きもちを焼いているのだと、すぐに分かった。

それが、妙に嬉しかった。

自分が誰かに取られるかもしれないと、彼女が不安になる。それほど想われているのだと、実感できる。まるで「好きだ」と、改めて告げられているようで……。

だから、つい。

もう少しだけ、彼女たちに優しくしてみた。もう少しだけ、距離を近づけてみた。

そのたびに、リリアナがどんな顔をするのか確かめるように。

それに、学園に通い始めた途端に人目を引くようになり、周囲に持て囃されていることで調子に乗っていた。自分は選ぶ側なのだと、そんな優越感さえ覚えていた。

どんなに冷たくしたって、お前が好きなのは俺なんだろう?

俺が誰と話しても、結局戻ってくるのはお前だろう?

そう、どこかで決めつけていた。

それがどれほど幼稚で、残酷な振る舞いか――そのときのエドガーは、まだ気づいていなかった。

素直に「好きだ」と言えばいいだけだった。けれど、それを口にするのは負けのような気がした。

好きなのは、リリアナの方だと思い込んでいたから。だから不愛想になる。わざと冷たい言い方をする。

彼女を傷つけても——

それでも離れないと、高を括っていたのだ。

本当は心配で仕方がないのに。

リリアナがローガンと話している姿を見たときも、嫌な気持ちになった。

だからエドガーは、言った。

「軽く見られるぞ」なんて。そんな事思ってもいないのに。

違う。本当は。

――俺以外を見るな、と言いたかっただけだ。

「他の男と話すな」と、ただ一言告げれば済んだ話だった。

好きなのに。好きだから、他の男を見てほしくなかったのに。

嫉妬しているのは、本当は俺のほうなのに。

令嬢達と笑いながら、視線の先で落ち込む彼女を確かめる。

その幼稚なやり方でしか、気持ちを確かめられなかった。

そして気づいたときには。

リリアナはもう、エドガーを好きではなかった。

最近顔を合わせないのは、ただ拗ねているだけだと思っていた。少し時間が経てば、またいつものように戻ってくると。

――だから。

両親からリリアナの婚約について知らされた時、すぐには理解できなかった。

「リリアナ嬢が、子爵家のローガン殿と婚約を結んだそうだ。双方の家も合意済みで、正式なものらしい」

耳鳴りがして、世界が遠のいた気がした。

「……は?」

間の抜けた声が、やけに大きく響く。

「え、リリアナが俺以外の奴と? なんで?」

理解が追いつかない。追いつきたくない。

喉が勝手に言葉を吐き出す。

「……俺と結婚するって約束だったのに」

好きだと言ったのはリリアナの方だった。

幼い日の記憶が、脳裏に浮かぶ。

小さな手を絡めて、笑いながら交わした言葉。

“ずっと一緒だよ”

それは、あまりにも当たり前で。

疑う余地もない未来だった。

「……嘘だろ」

乾いた声が零れる。怒りとも、困惑ともつかない感情が、胸の奥で渦を巻く。

裏切られた、と思いかけて。すぐに、別の声が囁く。

「裏切ったのは、どっちだ?」って。

好きだと、一度でもきちんと伝えた事があっただろうか。

彼女の好意を当たり前だと胡坐をかき、失わないと信じ込み、そのくせ試すようなことばかりして。

約束は永遠ではない。

守ろうとしなければ、いとも簡単にほどけてしまう。

そして今、彼の手の中には――何も、残っていなかった。