作品タイトル不明
49.
みさおと共に、奉太郎は店の外に出る。
遅い時間だというのに、みさおの父・聡太は、娘達を笑顔で送り出してくれた。
……懐の広い父である。
まるで大海原のように、広い心、昔と少しも変わらないその姿に……奉太郎は安らぎを覚えた。
奉太郎たちは駅前へとやってきた。
コンビニの前にガードレールがあり、みさおが腰を下ろす。
みさおはこちらに目を向ける。
話せと、言っているのがわかった。
胸の痛みは、しかし、無かった。
「俺、昼神さんに告る」
「ん……そっか」
「ああ」
ためらわずに言えた。
しかしそれは、単に恐れたからだ。
時間をかければかけるほど、みさおを長く傷つけることになると、わかっていたから。
「いいんじゃない? あんたがそれでいいって決めたんでしょ?」
みさおはスマホを取り出すと、「お、ダーリンからだ~」と声を張る。
「これからデートだってよー。っかー、うちのダーリンはアタシのこと愛して大変だ。つーわけで、アタシはこれでちょいと失礼」
「ああ……」
みさおの声が震えてる。
奉太郎は、知ってる。
……みさおのスマホに、通知なんて来てない。
「あんたは、前に進む決断をした。アタシはアタシで前を向いてる。だから……あんたは元カノのことなんて忘れて、幸せになってくれよ」
……本当に前を向いてるのかは定かではない。
確かなことは、彼女にカレシなんて居ないということ。
……奉太郎とみさおは過去付き合っていたことがあった。
でもそれは、奉太郎の両親が死んで、傷ついていた心を癒やすため。
みさおの優しさから来るものだって、知っていた。
「みさお」
「なん……?」
奉太郎は、去りゆくみさおの背中に向かって、頭を下げる。
「ありがとう。おまえが側にいてくれたから。俺は……父さんたちの死から立ち直れたよ。おまえがいなかったら……俺は……多分後追いしてたと思う」
父たちの後を追わなかったのは、みさおという楔が、彼の中に刺さっていたから。
紛れもない事実であり……それが、別れた理由でもある。
(おまえに嘘をつかせて、ごめん……)
奉太郎も馬鹿ではない。
みさおがどうして、急に自分と付き合おうって言ってきたのか理解してる。
彼女は、こんな形で、奉太郎と付き合いたくなかったのだ。
奉太郎が死なない理由に、なってくれていたのだ。
……誰よりも、彼女が辛いはずなのに。
でも彼女は自分の側にいるときは、ずっと笑顔で居てくれた。
心の傷が塞がった頃、みさおは言ったのだ。
カレシができたから、別れたいと。
……奉太郎はあっさりそれを受け入れた。
みさおが、表には出さないけど、無理をしていたこと。
心の中で、泣いていたことを、わかっていたから。
「ごめん、君を傷つけて」
「ばーか」
みさおがこちらに駆けてきた。
そして、ぼすっ、と腹に拳を押しつけてくる。
「なーに勘違いしてるんだよ。あんたを傷つけたのはアタシ。悪いのは、カレシがいるのに、他の男になびいた糞女のアタシ」
「みさお……」
「だから、そんな馬鹿女のことは綺麗さっぱり忘れて……新しい恋を始めてよ」
みさおが、密着してるので、その表情は見えない。
けれど肩と、声が震えている。
忘れられない、なんて言ったら、多分みさお【も】前に進めない。
だから……。
「わかった。俺は、元カノのこと、綺麗さっぱり忘れるよ」
「……うん」
奉太郎は、みさおをそのまま抱きしめる。
「でも塩尻みさおのことは、忘れない」
「……っ。んだよ、それじゃ意味が……」
「幼なじみのことは、忘れない。その関係は不変だ。これまでも、これからも。そうだろう?」
「…………」
両親が死んだこと。
みさおを傷つけたこと。
彼女と別れたこと。
どれも辛い記憶だ。
目をそらしたい事実だ。
だから……。
今後は、その過去を受けいれて、前に進む。
もう恋仲にはなれないけれど。
「そーな」
みさおが自分の腕の中から出て、ニコッと笑う。
「それな!」
みさおに笑顔が戻った。
永遠に失うと思っていたのだろう。
奉太郎とのつながりを。
けれど、奉太郎はそれを手放さなかった。
だから嬉しかったのだろう。
奉太郎もまた自然に笑う。
自分が苦しめていたみさおが、こんなに楽しそうにしてるのを見たのは、いつぶりだろうか。
……何年かぶりに、二人は楽しそうに、笑い合ったのだった。