軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

還元祭5 またね!

気付いたら、四児の母でございます。

エリザベスでございます。

二十代も後半ですからね、しっとり落ち着いた大人の女になりましたよ。しっとりよ、しっとり。梅雨時の洗濯物くらいしっとりよ。

長男セドリックは現在十歳。王太子として、毎日お勉強を頑張っている。十歳の頃のレオン様と比べると、何か幼い。というか、レオン様が規格外だ。あの父親と比べられて、ちょっと哀れだ。

大丈夫だよー。全然、出来悪くなんてないからねー。君はレオン様になる必要はないんだからねー。

次男エドワードは八歳。二年前、自ら志願してマクナガン公爵家へ養子に入った。

僕が公爵家の子になります! と言う彼の目は、見た事ないくらいキラッキラしていた……。何というか、すんごい私の血を感じる子だ。この子なら、あの家はさぞ水が合うだろう。

行っといで! そしてあの兄を倒しておいで! と送り出した。時々会うが、毎日楽しそうだ。

長女のレイチェルは七歳。雑多に何でも興味を持ち、ナサニエル師といつも何かやっている。まあ、あんまりヤバいような事なら、御師様が止めてくださるだろうと、基本放置している。

この間は時計を分解して、組み直していた。分かる。やるよね、それ。んで、歯車一個余るんだよね。そんでもって、歯車余ってんのに、何故か時計は動いてんだよね。謎だよね。

次女のセシリアは五歳。真ん中二人がフリーダム路線だからか、やたらとしっかりしたお子だ。何というか、中身がレオン様に似てる。真面目でコツコツ頑張る子だ。末っ子なのに、真ん中二人より余程しっかりしている。五歳なのに……。

五歳にして既に「私がお兄様を支えます!」と言っている。立派なお嬢ちゃんだ。

そんな四児の母な訳だが、今は馬車に乗っています。

今回は『視察』という名の、ちょっとした旅行だ。

「公爵領へ行くのは、初めてだな……」

車窓の風景を眺めながら、レオン様がぽつっと零された。

心なしか、声に不安が混じっているように聞こえるのは、気のせいですかね?

「良いところですよ」

微笑んで言ってみるが、レオン様は「うん……」と頷いたきり、それ以上何も仰らない。

いや、マジでいい所ですって。

のどかな場所はのどかだし、胡散臭い場所は胡散臭いし、華やかな場所は華やかだし。

領地がアホ程広いだけに、いろんな場所あって面白いですよ。

その『いろんな場所がある』のが、レオン様の不安要素だろうか。

いやまあ……、言うても私もちょっとした不安はあるけどね。

レオン様が王位に就いて四年。

休暇らしい休暇もなかったので、子供たちが心配してくれたのだ。

少しはお休みになって下さい、と。

いやー……、有難いもんだよねえ。

レオン様の側近だった皆様やリナリア様まで、後は任せてゆっくりしてきてなんて言ってくれて。

そんなこんなで、一応『視察』という名目を立て、一路マクナガン公爵領へ。

マクナガン公爵領は広大だ。

初代公爵が当時の王兄だったそうで、自分は王の器ではないからと、さっさと王位継承権を放棄し臣に降ったのだそうだ。

その際、王位継がないんなら、せめて国の発展に貢献してーと王様に言われ、いーよーと返した結果、当時は不毛の地であった広大な王領を賜ったらしい。

それを何とかする代わりにじゃあ、社交とかしないけどイイ? と尋ね、しょーがねえなあと納得してもらったらしい。

初代公爵、間違いなく『マクナガン公爵』だわ。血を感じるわ……。

社交しない、出仕もしない、で公爵領をガンガン発展させ、国に多額の税を納める。そのスタンスを貫く事数代。お父様もそのスタンスを貫き続けている。

領地経営に才があるのか、兄のような無駄に多才な人物が多いのか、マクナガン公爵領は常に富んでいる。数年に一度氾濫するエーメ河があって尚、その災害を乗り越えられるだけの財と技術がある。

……まあ、その河も治水工事が終わり、氾濫する事はほぼなくなったのだが。

そのマクナガン領を見て、周囲の小貴族たちが「ウチの領地もやるから、何とかしてくんね?」と言い出し、それにもまた「オッケー」と返し、領地がどんどん広くなる。

そんな事を繰り返す事、二百余年。

マクナガン公爵領は、国土の二割弱という嘘みたいな広大さを誇るに至るのである。

さてその広大なマクナガン公爵領だが、広大過ぎて土地土地で大分特色が変わる。

ガラス細工が有名で、工房がたくさんある街がある。陶芸が有名な街もある。質の良い葡萄が採れ、ワイン生産で有名な街もある。小麦をはじめとした農業が盛んな街もある。牧畜が盛んな街もある。

そして誰が始めたのか、マクナガン公爵領では六次産業が盛んだ。……先祖にも転生者居たか? もしかして。

領地で採れた作物で料理を作り、それを領地で作った食器に盛り付け、領地のワインを領地のグラスで提供する。食器やグラスは全て購入可能だ。

素晴らしきかな、地産地消!

それらをわざと王都などに流通させず、飢餓感を煽りプレミアを吊り上げる。結果として、マクナガン領に金が落ちていく仕組みである。SNSなどで叩かれそうな、所謂『品薄商法』というアレだが、事実大量生産が不可能なので仕方ない。そしてSNSもないので怖いものはない。

転売なんかは厳しくチェックしていて、やった事が発覚した場合、二度とその人には商品を販売しないという形をとっている。

領内の生産物を領内で回し、領地外の観光客から金を巻き上げる。……いや、価格は適正だ。むしろちょっと安いくらいに設定してある。

この体制が、結構昔から根付いている。

風光明媚な場所もあるので、他国からの観光客なんかも来る。

その儲けを領地に還元し、更に領地が発展する。素晴らしい。なんと美しい経済循環。

そんなマクナガン公爵領は、国内においてもちょっと異質である。

産業が多すぎて、常に移住者ウェルカム状態だ。そんな領地、ちょっと他では見ない。

勤勉なる労働者諸君よ! 君もマクナガン公爵領で働かないか!?

その広大で特色豊かなマクナガン公爵領の『視察』。

因みに、現地の案内役は息子だ。いや一応、お父様とお母様も来てくださるらしいが。

息子の案内は、ちょっと不安である。

何故ならあいつは、私に似ている。ろくな事をしでかさない空気がある。

いや、私はもう、しっとりと落ち着いた大人の女なのだが。ヤツはまだ八歳だ。何をしでかすか……。

* * *

のんびりゆったり馬車の旅を二日間。

やって参りました、マクナガン公爵領の領都。ここの外れに公爵邸がある。

王家の馬車なもんだから、見かけた人たちが手を振ってくれる。それに手を振り返しながら、そろそろ手が疲れたなー……と思い始めた頃、邸についた。

領都に入ってから、レオン様の口数が異常に少ない。

何をそう警戒してらっしゃるんです? 別に、普通の栄えた街ですよ?

馬車が停まり、ドアが開けられる。

レオン様が先に降り、差し出してくれた手を取り、ゆっくりと馬車から降りる。

そこには、礼を取る両親と、息子エディ、そして使用人一同の姿があった。

「皆、顔を上げてくれ。出迎え、大儀である」

レオン様の静かで良く通る声に合わせ、その場の全員が顔を上げる。

一同の中から、両親とエディが前に進み出た。

「ようこそいらっしゃいました」

「お疲れでございましょう。お茶のご用意がございます」

そう言う両親に、レオン様は微笑んで「ありがとう」と返している。

私はその一同をざっと見回し、エディを見た。

「エディ、 お兄様(クソ虫) は?」

一同の中に、兄の姿はない。

尋ねた私に、エディは満面の笑みでグッと親指を立てて見せた。

うむ。素晴らしい。

私もそれに親指を立て応える。流石は我が息子よ。

「後で詳細教えてね」

「はい、母上」

にこっと笑ったエディの頭を、ぐりぐりと撫でると、エディが嬉しそうに笑った。

「エリィちゃん、疲れたでしょう~? お茶にしましょ~」

「はい、お母様。……ご無沙汰しております」

「そうねぇ。直接顔を合わせるのは、久しぶりかしらね~」

うふふ~と笑うお母様は、齢五十となるのにお美しくお可愛らしい。

素晴らしい。これこそ私の目指す姿よ。しっとり、はんなり。

「さあ、行こうエリィ。陛下をお待たせしては申し訳ない」

「はい、お父様」

お父様も渋カッコいいですね。

「行きましょう、父上。ここは庭も広くて、とても良い所ですよ」

エディがそう言いながら、レオン様の腕を引く。それにレオン様が「仕方ないなあ」みたいに笑っておられる。

平和でいい光景ねぇ~……。

『マクナガン公爵』は、実は現在も父である。五十歳も過ぎた年齢であるが、家督を兄に譲る気はないらしい。

気持ちは分かり過ぎる程に分かる。

このまま兄をスルーして、エディに公爵位を譲るつもりでいるらしい。

当然、反対する者は居ない。

兄は現在も独身である。縁談などに一切興味を示さず……というか、相変わらず私以外の人間への興味が非常に薄く、妻をとるという意識が1ミクロンもない。

両親も一時は公爵家の断絶を考えたそうだが、幸い私に二人以上子供が生まれた。それを養子として、兄をすっ飛ばして後嗣としてしまえば良いのでは!?となったのだ。

マクナガン公爵家の断絶は、両親としては「ま、しょーがないか」くらいにしか考えていなかったらしいが、使用人たちや領民たちから「いやいやいや! ダメでしょ!」とストップがかかったらしい。

愛される主人で何よりである。

という訳で、誰か一人を公爵家に養子に出したいんですけども、とレオン様に相談したら、一応子供たちの意見も聞こう、という話になった。

長男に関しては、既に立太子されていたので、どう足掻いても無理である。彼には将来、国王となってもらわねば、私たちが困る。私たちの老後のお楽しみの為にも、長男には申し訳ないが頑張ってもらいたい。

末っ子はまだ幼かったので、次男と長女の二人に話をしてみた。

そしたら次男がめっちゃ食いついた。

某ゲル状おやつを目の前にした猫くらい、食いつきが良かった。

この次男、以前から勝手に王都の公爵邸へ遊びに行ったりしていた。あそこなら危険もないし、まあ良かろうと放置していたのだが、どうやらあの家の気風が性に合っていたらしく、やたらと公爵家を気に入ってしまったらしい。

城の中に居ても木に登ってみたり、城の外壁を登ろうと頑張ってみたり、生えている草を無造作に食ってみたり……と、そこはかとない野生児っぽさを漂わせる王子である。

お前、レオン様の遺伝子どこにやった!? と思う。私成分が強すぎではなかろうか。あと、草は加熱してから食え。生でも食えるが、熱を通した方が絶対美味い。

そんな王子なので、周囲が振り回されまくって大変そうだった。

もうこれは、公爵家へ放流した方が城が平和だろう。

そして公爵家なら、この野生の王子も伸び伸び生きられるだろう。

むしろ、水を得た魚というものだろう。

レオン様と私の意見が一致し、本人のたっての希望もあり、エディは公爵家へと養子にいったのだ。

因みに、兄の養子である。戸籍上は私の甥となる。

十年後、エディが成人したら、両親はエディに公爵位を譲るつもりでいる。

それまでは死ぬ訳にいかん、とお父様は健康に気を付けて生活している。

どうぞその意気で長生きしてください、お父様。勿論、お母様も。

* * *

さて、良きお天気でござる。

朝食をいただき、現在は出かける支度をして、玄関前で集合している。

名目は『視察』だが、特に決まったスケジュールはない。まあ、この領都の人々なら、突然国王陛下がふらっと現れても、近所のおっちゃんが来た時と同じように扱ってくれるだろう。

なんと言っても、領主の娘である私を、皆一様に「エリちゃん」と呼んでくれていた人々だ。

人懐こさが異常だ。

玄関前には、エディが待機していた。

その隣には人の良いオッサンという風情のディーが居る。

「あれ? ディー、どうしたの?」

「いや、俺も良く分かんねんすけど、……護衛?」

いかにも分かっていない風に首を傾げるディーに、私も首を傾げる。

何じゃらほい?

「僕がお願いしたんです」

エディが私を見てにこっと笑う。

……あざとい。こいつの笑顔は、凄まじくあざとい。

「母上が僕くらいの頃、良くディーを連れて歩いてたって聞いて」

「あー……」

思わず、私とディーの口から、同様の呟きが漏れた。

確かにそうだったねー。

ていうか、便利なんだもん、ディー。

見た目、フツーのどこにでも居そうな兄ちゃんだし。変なのに絡まれても、ヨユーでのせるし。周りの気配にも敏感だし。土地勘、めっちゃあるし。

見た目以外はほぼ同スペックの死神は、ビジュアルが無駄に良いせいで、無駄に目立つ。

その点ディーは、周囲に埋没できる。『特徴らしい特徴がない』という、非常に暗殺者向きの人間だ。

「んじゃ俺は、坊ちゃんの護衛ってとこっすか」

「ダメですか?」

ディーを見て首を傾げたエディに、ディーがにっと口の端を歪めるように笑った。

「いや別に、駄目って事ぁないんですが……。ちょっと待って下さいね」

言うと、ディーが指笛を吹いた。

一回目は長く。その後に短く二回。

何だろうと見ていると、ディーが少し楽し気に笑った。

「鳥には鳥の合図ってモンがあるんすよ」

鳥には、鳥の……。それは、つまり……。

ザッと音がして、上から降ってきた何かが地面に着地した。

見ると、公爵家のお仕着せを着た女性だった。

女性……、か……?

襟元に、隠しきれない喉仏がある。手もごつくて骨ばっている。顔立ちはとても綺麗な女性だが……。

「名前は?」

尋ねたディーに、その女性?はスカートの皺を伸ばすように、一度スカートを手でパンっと払った。

「今は、ソフィアと」

ディーは「ふぅん」と興味なさげに呟くと、そのソフィアさんを指さしつつエディを見た。

「こいつ、王都に連れ帰ったらどーです? 俺より若い分、使い易いんじゃないすかね?」

「えー……と、貴女は?」

戸惑ったように声を掛けたエディに、ソフィアさんが丁寧にお辞儀をした。

「こちらでハウスメイドをしております。ソフィアと申します」

エディが、そうじゃなくて……という顔をしている。

違うねん。

お前の訊き方が悪いねん。

「ここに来る前は、何してた人?」

エディに代わり、尋ねてみる。それにソフィアさんはこちらを見ると、レオン様に向かって地面に膝を突いた。独特の跪き方で、ちょっと独特の礼である。

「元『鴉』所属でございます。名は、現在はソフィアと申します」

「ああ……。そう言えば、四年ほど前に一人、居なくなっていたか……」

暗部の正確な人員構成を知るのは、それぞれの長と国王と王太子のみだ。

私も全ては知らないし、知るつもりもない。世の中には知らなくていい事もある。

暗部を抜けた人間が、何故ここに?という顔をしているレオン様に、ディーが小さく笑った。

「俺らみたいな『知り過ぎてる人間』ってのは、放り出すのも危険っすからね。手も目も届く、信用できる場所に置いとくのが一番いい。そういう事です」

「私は、長よりこちらで世話になるようにと言われまして。公爵様に雇っていただき、こちらで働いております」

微笑んで言うソフィアさんは、声もしっかり女声だ。少し低めで掠れてはいるが、セクシーな大人の女という風情である。……ちっ、羨ましい。

「エディ」

呼びかけると、エディがこちらを見た。

「訊きたい事があるなら、はっきり訊く。話せない事とか、話したくない事以外なら、みんなちゃんと答えてくれるから」

「はい」

頷いたエディの頭を、ぐしゃぐしゃと撫でる。

直接的な言い方より、遠回しに……ってのが、貴族の流儀なのだろうが。

マクナガン公爵家において、それは単なる悪手だ。

なんと言っても、公爵家には『貴族』どころか『普通の人』すら殆ど居ない。何らかの事情持ちが多いあの家では、言いたい事や訊きたい事は、はっきり言ってしまうのが正解なのだ。

そうしないと、大抵はぐらかされる。

相手は迂遠な会話を好む貴族ではないが、様々な業界の海千山千の化け物が多いからだ。

エディにそういった事を説明している脇で、レオン様がどこか遠くを見てらした。

遠くの緑見ると目に良いって言うよね。レオン様、疲れ目か何かかしらね?

* * *

街中を見て回り、エディが厳選したらしいレストランで食事を摂り、マクナガン領名産のガラス細工や陶器のお店を見て回った。

道中でバーを経営しているママと出会い、レオン様が絶句されていた。エディは目をキラキラさせていたが。

……まあ、どっから見てもオッサンなのに、派手な巻き髪に真珠の髪飾り付けて、パールピンクのフリフリのワンピース着てたからなあ……。

レオン様からしたら、未知との遭遇だっただろうなぁ。

しかも元王立騎士団の騎士だったので、アルフォンスとグレイ卿はバッチリ面識があったらしい。二人が見た事ない顔をしていた。

ママは「エリちゃんに特別にコレあげるわぁ~♡」と酒焼けした裏声で言いながら、私の手に飴玉を一つ握らせてくれた。

……アメちゃんて。オバちゃんという生き物は、どの世界でもアメちゃんを持ち歩かねばならんのか……。貰うけども。そして食うけども。

夕方には公爵邸へ戻り、夕食までの間、レオン様とのんびり庭を散歩した。

「……こんなにゆっくりするのは、久しぶりだな」

てくてく歩いて辿り着いた四阿のベンチに座ったレオン様が、小さく息を吐きつつそう仰った。

「そうですね。皆様に感謝せねばなりませんね」

「そうだな」

留守番の子供たちと、私たちを見送ってくれた方々には、それぞれお土産を購入した。

喜んでくれるかどうかは定かでないが、まあ一応、喜んで欲しいなーと考えて購入はした。

自分用に、超リアルなカマキリのガラス細工も買った。原寸大で、カマを振り上げ威嚇する姿の、中々に可愛らしい逸品だ。レオン様が「それをどうする気なのかな?」と仰っていたが、飾る以外の用途はないと思いますよ?

それとも、何かに使える? カマキリだけど。

「君は随分と、街の人から好かれているんだね」

「そうですねぇ」

思わず小さく笑ってしまう。

私を見て「王妃陛下」と呼んでくれる人も居るのだが、一定以上の年齢の人々は皆、私を昔と変わらず「エリちゃん」と呼んでくれる。……そして何故か皆、お菓子をくれる。皆、私を何だと思っているのか……。

「レオン様とお会いするより以前は、王都よりもこちらに居る方が多かったので」

特に社交などをしない家なので、年の半分以上は領地に居たのだ。エディもきっとこれからは、そうなっていく事だろう。

「そうか……。私と会う前の、エリィか……」

「たった五年間ですけれどね」

五歳でレオン様と婚約し、それ以降は殆ど王都で暮らしている。

「君のその頃の話なんかを、聞きたいな」

レオン様が笑顔で仰るが……。

ぶっちゃけ、今と大差ないんすよ……。

いや、しっとり感はね! しっとり感は断然、今の方があるんだけどね!

レオン様に敢えてお聞かせするような話は、あるだろうか……。

庭の木に登って、案の定落ちた話? 池の水全部抜く!とやったら、池から謎の金塊出た話? 邸の中にあった謎の落とし戸を開けてみたら、謎の隠し部屋あって興奮した話?

……どれも、絶妙なアウト感がある気がする……。

だが、「今と変わりませんよ~」と言うのも、ちょっと何だかなぁ……。

何の話すんべか……と考えていると、ぽっくぽっくと呑気な蹄の音が聞こえてきた。

音のする方を見ると、エディがポニーに乗ってこちらへ向かって来ていた。

「父上、母上、直に夕食となります。邸へお戻りください」

「ああ。エディ、そのポニーは……」

「僕の愛ポニーです」

うむ、良い笑顔だ、我が息子よ。

だが君の台詞と笑顔に、父上が戸惑っておられるぞ。

「名前は何というの?」

「ルドルフです」

ほう。強そうな良い名だ。三冠達成できそうではないか。

マクナガンルドルフ。良いではないか。九文字にも収まっている。素晴らしい。

「僕はこの子を厩舎に返してから向かいます。お二人はどうぞ、お先に戻られてください」

そう言うと、エディはぽっくぽっくとのんびりポニーを歩かせて行った。

あー……、懐かしいわぁ。私も乗ってたわぁ、ポニー。……馬に乗れなかったからね! 私の運動神経がアレでナニすぎて、危ないからってね!

私の愛ポニーは、賢く可愛く優しい女の子だった。名前? ウォッカですけど、何か?

「では、戻ろうか、エリィ」

「はい」

立ち上がったレオン様が差し出してくださる手を取り、私も立ち上がった。

異変は、夕食後に起こった。

のんびりお茶を楽しんでいると、領都公爵邸の執事であるマーカスがやって来た。

「ご歓談中、失礼いたします。旦那様……」

マーカスは父の耳元に、何かこそこそと言っている。

父はのんびりとそれを聞き、鷹揚に頷いた。

「エディ」

呼びかけられ、エディが父を見た。

「賊が入り込んだそうだ。……お前が陣頭指揮を執りなさい」

エディは暫くきょとんとしていたが、ややしてとても良い笑顔になった。

「はい!」

元気よく返事をすると、椅子からぴょんと飛び降り、マーカスを伴って走って出て行った。

「誰か、ガウンティまで行って、キャンディちゃんとキャロラインちゃんを呼んできてくれる~?」

お母様の言葉に、メイドが「畏まりました」と返事をし、出て行った。

我が家に入り込むとは、なんたる阿呆め……。

お母様が最終兵器を発動しようとしているではないか。

「公爵、エディが陣頭指揮というのは……」

レオン様の質問に、お父様が良い笑顔で答える。

「あの子は将来、私の後を継ぎ『マクナガン公爵』となるのです。賊の撃退くらい出来るようにならねば」

「そう、なのか……」

そうですよー、レオン様。

絶句されているようですが、この家では常識ですよー。

さて、邸の外は何やら賑やかだが、サロンにはまったりとした空気が流れている。

レオン様だけが何やら複雑そうなお顔をされているが。

「エリィちゃんの初陣は、四歳だったわね~」

そうでしたね~。

「生かさず殺さずの、見事な塩梅だったな。この子は良い指揮官となると思ったものだ」

うんうんと頷くお父様。

娘をどこの指揮官になさるおつもりだったのか。

「……こういう事は、良くあるのだろうか?」

尋ねられたレオン様に、お父様がにこっと笑う。

「二年に一度程度でしょうか。良くある、という程でもございませんが、珍しくもありません」

「そうか……。エディは、大丈夫だろうか」

あら~。心配なさってるんですね~。

「大丈夫でございますよ。使用人たちが、エディには傷一つ付けさせませんので」

「そうか」

「そうですよ~。エリィちゃんのように、勝手に転ぶなどしない限り、大丈夫でございますよ~」

お母様! 要らん事言わんでいいんです!

ほらぁ! レオン様も「成程」なんて笑ってらっしゃるー!

「失礼いたします、奥様。お客様が到着されました」

「じゃあ、こちらにお通しして~」

お母様の言葉に、メイドが一礼し出て行く。ややあって、彼女は二人の来客を伴い戻ってきた。

「アタシたちをお呼びと伺いましたぁ」

「奥様、何の御用ですぅ?」

連れられてきた二人を見て、レオン様がまた絶句されている。

片方はキャンディさん。綺麗に巻いた髪を盛りに盛って、沢山の花を髪に飾っている。まさに『頭が花畑(物理)』だ。胸元が大きく開いたドレスを着ているが、良く鍛えられた分厚い胸板が覗いている。うむ、セクシー。

もう片方は、昼間も会ったキャロラインママである。昼のフリフリワンピから一転、体のラインにフィットする濃紫のドレス姿だ。分厚い胸板や、ゴツい上腕筋などがはっきり分かる。彼女に抱きしめられたら、天国が見えそう(物理)だ。

キャンディさんは、公爵領にあるガウンティというコミュニティの顔役だ。このコミュニティは、彼女らのような『ちょっと生き辛い人々』が集って生まれた場所である。

まあ、某二丁目みたいな場所である。いかがわしさはウチの方が上だが、治安はウチの方がいい。客引きみたいな事は禁じているし、ぼったくりも取り締まってるしね。

「今ね、ウチに何だか賊が入り込んでいるらしいのよ~」

呑気なお声のお母様に、オネェ様二人が「まあ」「あらぁ」などと声を上げる。

「捕らえられたら、引き取ってもらえないかしらって思って~」

「奥様の頼みでしたら、喜んでェ」

しなっとした動きで小首を傾げるキャンディさん。

隣で「ウフフ」と笑いつつ頷くママ。

それを見て、ちょっと目が死んでるレオン様。

はー……、平和だわぁー……。

それから一時間後。

にっこにこの眩しい笑顔の我が息子が、縄でぐるぐる巻かれてエビフライみたいになってる男を、庭に三人ばかり並べていた。

「楽しかったです!!」

うむ! それは何よりだ!

やはり君は、マクナガン公爵家向きだ!

「……で、エディ、こいつらの目的なんかは分かっているのか?」

尋ねたお父様に、エディは転がっている男の内の一人の上に座った。

「詳しくは、まだ。……でもどうも、父上を狙っていたようですが……」

「そうなると、この連中は国に引き渡した方がよかろうな」

父の至極尤もな発言に、エディが「えぇー!」と不貞腐れる。

いや、レオン様狙ったんなら、それもう公爵家の問題じゃないからね? しかも、それ本当だったなら、極刑確定だからね?

……まあ、馬鹿共で遊ぶ前に、国に引き取られちゃうのがつまんない気持ちは、分かるんだけども。

「そう膨れっ面をするな、エディ。……どうせ、バカはまた来る」

お父様の言葉に、エディがぱぁぁっと笑顔になる。

「そうですよね!」

「ああ。……キャンディも、キャロラインも、わざわざ来てもらったのにすまないな」

我が家に用があったのだとしたら、捕らえた後で彼女たちに引き渡そうと思っていたのだ。普通の人間なら、大抵それでオチる。……たまに、そのままガウンティに居つく者もいるが。それはそれで、反省したのなら良しとしている。

「あら、いいえぇ。陛下を狙うような不届き者でしたら、アタシたちの可愛いお仕置きなんかより、きちんと罪の所在を明らかにした上での極刑が相応しいですものォ」

ね? とママを見るキャンディさんに、「そぉよねェ」と頷くママ。

「では、アタシたちはこれで。……あ、そうだわエリちゃん、手出して、手」

手?

ほい、と手を差し出すと、キャンディさんは持っていたバッグから飴玉を取り出して、手のひらに乗せてくれた。

「アメちゃんあげるわ」

「あ、アタシもあげるわ。はい」

「ありがとう……?」

何で二人して、私にだけアメちゃんくれんの? あっちに子供が一人居るんだけど……。

「それじゃ、失礼しまぁす。エリちゃん、またお店遊びにきてね~」

「グレイとノーマンも、一緒に来てもいいのよォ~♡」

二人とも、ちゅっと投げキッスをして、颯爽とした足取りで出て行った。

投げキスの直撃を食らったグレイ卿とアルフォンスは、苦虫を噛み潰したような顔で硬直していた。

* * *

その後二日ほど公爵領に滞在したが、平和なものだった。

城へ帰る日、キャンディさんをはじめとするオネェ様方や領都の人々が、私たちの見送りに来てくれた。

おかげで、公爵邸の前の道が、すごい人だかりだ。

なんとありがたい事よ。

馬車に乗り込み、出発する。

使用人たちが総出で交通整理をしてくれ、人々に手を振りながら、ゆっくりと馬車は進む。

人だかりを抜けた頃、オネェ様方の野太い声が聞こえた。

「また来るのよー、エリちゃーん!」

「アメちゃん用意しとくからねェー!」

「次はお店寄ってってねー! 待ってるからねー!」

ああ、もう。

いい所だなぁ、ホントに!

嬉しくなってしまった私は、馬車の窓を全開にすると、そこから無理やり半身を乗り出した。

馬車の中では、レオン様が「エリィ!? 危ないから!」と、慌てて私の身体を支えてくれている。

危ないのは分かってます。でも、ちょっとだけ。

私を『ちっちゃいエリちゃん』扱いしてくれる彼らには、きっとこの方が似合ってる。『一国の王妃』のとる行動ではないけれど、『ちっちゃいエリちゃん』ならこうするから。

窓から身体を乗り出して、私は見送ってくれている彼らに大きく手を振った。

「またねーー!!」

絶対に、また来るからね。

それまでみんな、元気で。

そういう思いを込めて、手をぶんぶんと振った。

……私の身体を馬車に引き戻すのに思いのほか苦労してしまい、私は道中、レオン様とアルフォンスから説教を食らい続ける羽目になるのだった……。