軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ある女性会社員の夢

私には夢があった。

その夢が、今日叶った。

* * *

絶対痛いヤツ扱いされるから誰にも言ったことはないが、私には所謂『前世の記憶』というものがある。

これだけで痛い。相当痛い。激痛が走るレベルだ。

しかも私の前世の記憶は、『地球ではないどこか』だ。

そう。『異世界』だ。

厨二とか飛び越えて、一気にヤバいヤツだ。

けれどあの世界には、魔法もなければ、ドラゴンも居なかった。

とても地球に似た世界だ。……ファンタジー要素が少ないから、痛さが軽減されないだろうか。ムリか……。

そんな世界だったので、幼い頃は、地球の十九世紀とか、それくらいかな?と思っていた。

調べても調べても、記憶の中の地名が存在せず、ちょっと「うわぁ……」となった。ていうか、図書館で口に出して「うわぁ」て言っちゃった。……恥ずかしかった。

服装や文化の雰囲気からして、十九世紀くらい。

魔法なんかのマジカル要素ナシ。

でも、王様が居て、貴族が居た。

そんな異世界。

夢があるんだか、ないんだか。

その異世界の覚えている事を、子供の頃からノートに書き溜めてきた。今でも時折ふっと、「そういえばこんな事あったな」と新しい事を思い出したりする。

何か思い出すたびに、ノートに書いた。

そのノートは、既に十冊を軽く超える。

……絶対に人に見せられないノートだ。私が死んだら、これも世に晒されるんだろうか……。PCとスマホの履歴より見られたくない……。

ある意味、命より大事なノートだ。これを処分し終えない内は、絶対に死ねない。

そんな『異世界物語設定集』のようなノートを眺めていたある日、思い付いたのだ。

これ、マジで『お話』にしちゃえばいいんじゃない!?

すっごい! 私、天才かもしんない!

これを元ネタにして、私の好きだった人たちをいっぱい出して、何か幸せなお話つくってみたら面白いんじゃない!?

ひらめいた私は、まずどういうメディアで話を作ろうかと考えた。

マンガ……は、無理だ。

中学の頃、美術の時間に描いた水彩画の中の犬を「あの茶色いおっきい芋虫、なに?」と友人に言われた私では、あの美麗な世界を絵になど出来ない。

とにかく、人々が美麗な世界だったのだ。

まあ、貴族の人たちだったから、そうだったのかもしれないけど。

なら小説はどうだ!と、アカウント取得済みの無料投稿サイト用に、スマホで下書きをしてみた。

……なんか、設定を箇条書きしたみたいな文章になった。

これ読んでも、絶対面白くない。ていうか、そもそも『小説』じゃない。

何で!? 何でここに投稿してる人みんな、あんな上手にお話にできるの!?

答え:文才。

ハハハハ……。知ってたよ。うん、分かってた。

作文でいっつも先生に赤ペンがっつり入れられてた時点で、私には無理だったってね……。

千文字くらい書いたメモを、速攻で消去した。

そうすると、あとは何だろう……。

素人でも手を出せそうなジャンルがない。

絵も描かなくて良くて、文章も書かなくて良くて……。って、何それ!? 助けて 一休さーーん!!

チーン! ひらめいた!!

乙女ゲームだ!!

美麗な男子とキャッキャウフフ! それだ!

ゲーム制作会社に入ればいいんじゃない!? そんで、乙ゲー開発系の部署行けたらいいんじゃない!? んで、シナリオもイラストも専門家に丸投げで、自分は設定とプロットだけやりゃいんじゃない!?

すげぇ。夢のような話だ。

記憶の中の私は、とても幸せな生涯だったのだ。だから、幸せなお話を作りたい。

あの優しい世界で、ふんわりと夢を見ていられるような。

その日以来、私の夢は『ゲーム制作会社に入社し、作りたい乙女ゲームを作る』事になった。

* * *

大学を卒業し、希望通りにゲーム制作会社に入社した。配属の希望も通り、企画開発だ。

今はやっぱりスマホアプリの方が儲かるようで、最近は専らアプリの企画出しと、ガチャの内容の考案ばっかりだ。

そんな日々を送っていたのだが、入社五年目にして任された女性向け恋愛シミュレーションのアプリが当たった。

めっちゃ当たった。

グッズ展開もされたし、コミカライズもされたし、ノベライズもされたし、アニメ化もされて、更には2.5次元舞台にまでなった。

大当たり御礼で、会社から臨時賞与まで出た。明細貰った手が震えるくらいの額が書かれていた。

怖い! 来年の住民税が怖い! 所得税も怖い!

それらはもう私の手を離れ、専属のプロジェクトチームが各メディアミックスを仕切っている。

手の空いた私には、もう一つ会社からのご褒美があった。

それが、『好きな企画、何でもいいから一つ通してあげる権』だ!

……とはいえ、予算枠は決まっている。折角の儲けを、一社員の趣味全開の企画に全ツッパなど出来ない。

それでも私は、「これで夢が叶う!」と嬉しかった。

それからは、寝る間も惜しんで企画書を製作した。

予算は潤沢ではないので、そこが勝負だ。

出来るなら、スマホアプリではなく、CS機で買い切りで出したい。それだけで開発費は跳ね上がるが。

予算から逆算して、売値は四千円前後だろう。プロジェクト名を『シンプル4000』に決定した。

もう、昔懐かし紙芝居ゲーでいいや。どうせ売れないだろうし。

立絵の目パチ口パクもなしでいいや。どうせ売れないだろうし。

背景の枚数減らすのに、舞台『学園』でいいや。どうせ売れないだろうし。

音楽なんて、社内のライブラリにあるボツ音源でいいや。どうせ売れないだろうし。

声優さんも無名でいいや。どうせ売れないだろうし。

ライターさんも、社内の人でいいや。どうせ売れないだろうし。

そう。どうせ売れない。

私が作りたいのは、ただの懐かしの恋愛シミュレーションだ。凝ったストーリーなどではない。ヒロインに『聖女』やら『珍しい属性の魔法が使える』なんて設定もない。

ただ、私の大好きだった『あの世界』を、何かの形にしたいだけだ。

悪役も、ライバルもいらない。

ヒロインがイケメンと出会って、恋に落ちるだけの物語でいい。

それだけの、優しい物語。

逆を返すと、盛り上がりがなくてつまんない話。

ただ、原画だけは! それだけは、譲れない!

あのキラキラの人たちを、私の記憶により近く描いてくれる原画さんだけは!!

SNSを漁りまくり、色んなマンガを読みまくり、色んなアニメも観まくり……、結果、一人の漫画家さんに決めた。……受けてくれるか分かんないけど。

後は簡単なキャラ表でも作って~♪ 企画書を提出して~♪

ヒロインは決めてあるんだ。

マリーベル・フローライト様。伯爵家のご令嬢だった方で、ちょっと抜けてるとことかあって、気さくで、おおらかで、とても接しやすい方。

初めは、私の大好きなエリザベス様にしようかと思っていたけど、エリザベス様が王太子殿下以外の方と恋愛する図がどうしても浮かばなかった。……漫才する図なら、浮かぶんだけども。

それに、乙ゲーヒロインというのは、『プレイヤーの分身』だ。

プレイヤーが共感できる存在でなければならない。

そう考えると、エリザベス様はちょっと現実離れしすぎている。公爵家のご令嬢で、美人で、優しくて、驚くほど賢くて、でも気取ってなくて、国民全てから愛された王妃……とか。乙ゲーヒロインにしても盛り過ぎだ。

マリーベル様くらい庶民的なところがあって、目立つのが嫌いだったり、時々自分に自信がなかったり……という方が共感しやすい。というか、私がゲームを作り易い。

でもまあ、ちょっとゲーム用に性格はいじるけどね。

……と、ここで問題だ。

誰を攻略対象にしよう?

乙女ゲームだ。定番は、王子、宰相の息子、騎士団長の息子、魔術師団長の息子……などだ。

最後の一人は無理だ。そんな団がない。

まあ、まずはやっぱ王子だよねー。ヒロインが十代設定だから、王太子殿下で!

現実の殿下(私が死ぬ頃には、陛下だったけど)は、乙ゲー攻略対象向きの人じゃないから、性格はちょっと変えなきゃね。

実際の殿下は、お妃様一筋で、夫婦円満の象徴みたいに語られる人だからね。

……んー……。考えても考えても、殿下がエリザベス様以外と恋愛する図が浮かばない……。これもう、殿下のビジュアルの別人にしちゃわないと無理だな!

子供の頃に婚約破棄しちゃった設定にしよう! そんで良くある系の、無表情な氷の王子様系にしちゃおう! 殿下よく、無表情って言うか『無の表情』してらしたし!

次は、インテリ枠かなー。年代近そうな人で、なんかいい人居たっけなー?

考えながら、例のノートをぱらぱら捲る。

そして、突然、ふと思った。

私が『あっち』から地球に転生してるって事は、もしかしたら他にもそういう人が居るかもしれない。

七十億も人間が居るんだから、一人くらい居るかも。

その人がこのゲーム見たらきっと、笑っちゃうだろうな。

誰だよ!? とか思うだろうな。

その光景を思ったら、ちょっとおかしくなって、一人で暫く笑っていた。

企画書を提出したら、「攻略人数、もうちょい増やせない?」と言われた。なので、当初四人の予定だったのを、三人増やして七人にした。

増やすにあたって、どうしても適当な人が思い当たらず、苦肉の策でエルリック様をねじ込んでしまった。……ちょっと後悔している。

上がってきたシナリオを読んで、更に後悔した。ごめんなさい、エリザベス様……。

漫画家さんに原画も引き受けてもらい、社内の作曲チームが絶妙にダサいOPテーマも作ってくれ、制作は順調だ。

Webデザインチームの素晴らしい働きで、公式サイトもいい出来だ。良い出来過ぎて、『プロモーション詐欺』と言われないか不安なレベルだ。

……まあ、どうせ売れないだろうけどね。

声優さんは、声優の専門学校へ足を運び、私の覚えている彼らの声に似た人を選んだ。……ぶっちゃけ、本人の声聞いた事ない人が何人か居たけど、その人らはフィーリングで。

そしてマスターアップしたディスクを一通りプレイし、バグなどもない事を確認し、OKを出した。

* * *

その夢の結晶が、今日発売された。

一万本売れたら充分だ。……売れなさそうだけど。

もしエリザベス様が『こっち』に転生とかされたら、プレイして欲しいなぁ。

そんで、「誰だよ! コイツら!」って言ってほしい。

でも、殿下のお声、ちょっと本物に似てますでしょ? アルフォンス様のお声も、結構イイ線いってると思うんです!

……坊ちゃまに関しては……、申し訳ありません、としか……。私にできるのは、あのクソみたいなシスコンをマイルドにするだけでした……!!

私も本当は入れたくなんてなかったんです! でも、死神とか、出せないじゃないですか! あのビジュアル最高でメンタル豆腐以下の暗殺者とか! キャラとしては美味しいかもしれませんけども。学園で死神と出会うとか、無理あり過ぎて出来ませんよ……。

それに、たかだか使用人風情に、お貴族様の知り合いなんてそうそう居ませんよ!

せいぜいがエリザベス様の周りに居た方くらいですよ!

楽しかった前世の記憶を一つの形に出来て、満足した。

このノート、どうしようかな。

……もうちょっと、取っておこうかな。

家のテレビ画面には、会社から貰ったサンプルディスクのゲーム画像が映っている。

記念に一本、自分でも買っとこう。もしかしたら、誰かやりたい人居るかもしんないし。そしたらその人に、それ貸したげよう。

エンディングテーマに乗って、スタッフロールが流れている。

そして、最後の最後に、総合プロデューサーの私の名前。

奇しくも、前世と同じ響きの、私の名前。

プロデューサー 総合演出

原田 杏奈(アンナ)

楽しくて幸せだった前世を振り返りつつ、私はゲーム機の電源を落とした。