軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23 護衛騎士、魔境の聖戦。

王太子殿下の専属護衛騎士筆頭となって六年。

こんなに身の危険を感じたのは、初めてだ。

やはりマクナガン公爵家は、『魔境』であった……。

* * *

殿下は現在、スタインフォード学院に通っておいでだ。

本来、外部の学院になど通う必要はないのだが、殿下はご婚約者のエリザベス様と一緒に居たいが為だけに学院に通う事を決められた。

普段、執務やご公務でお忙しくされているので、ほんの数年とはいえエリザベス様と城を離れての生活が出来るのは、殿下にとってとても良い事だと思っている。

その学院が秋季休暇となり、普段城で暮らされているエリザベス様がお里帰りする事となった。

とはいえ、エリザベス様にもご公務などがあるので、ほんの三日間だけだが。

その三日の内の一日。

殿下もマクナガン公爵家を訪れ、一泊されるご予定を立てている。

愛するエリザベス様のご実家、しかも泊まりというのに、殿下は難しいお顔をされている。

「レオン、眉間に皺寄っちゃってんだけど。なんでそんな難しい顔してんのよ?」

殿下の側近のヘンドリック様が、殿下の眉間を指でぐりぐり押している。

ヘンドリック様が気安いのは、殿下の従兄弟君であらせられるからだ。王妃陛下の兄が、彼の御父君だ。

「お前も行ってみれば分かる。……かもしれない」

ヘンドリック様の手を払いのけつつ、殿下はやはり難しそうな顔のままで仰った。

「マクナガン家は、魔境なのだ……」

真顔で真剣な口調で仰る殿下に、ヘンドリック様が噴き出すように笑われた。

「だっから、何なんだよ、それぇ」

「……だから、行ってみれば分かる」

溜息をつかれた殿下に、ヘンドリック様は「意味分かんねぇ」と笑っている。

いや、多分、行ってみたら分かりますよ、ヘンドリック様。

口に出すことなくそう思っていると、馬車が止まった。

殿下曰く『魔境』に到着したようだ。

「ご到着、お待ちいたしておりました」

馬車を降りると、エリザベス様が綺麗な礼をした姿勢で仰った。

「出迎え、ありがとう、エリィ」

殿下はエリザベス様のお身体を起こさせると、するっと腰を抱き寄せ、頬にキスをされた。

……後ろの方のメイドが「あらぁ~……」などとにやにやしているのだが、あれはいいのだろうか。あと、ホールの柱の陰から殿下に向かって手を合わせている従僕らしき男性が居るが……。

「エリザベス様、私の訪問も許可いただき、感謝しています」

すっと綺麗な礼を取ったヘンドリック様に、エリザベス様が微笑まれる。

「お客様は大歓迎です。……主に、使用人たちが」

「は?」

怪訝そうに顔をあげたヘンドリック様に微笑むと、エリザベス様は殿下のお手をするっと取られた。

「両親が待っております。……あと、画家と」

「……すまないが、画家は追い出してもらっても構わないだろうか」

「恐れながら殿下、発言のご許可をよろしいでしょうか?」

エリザベス嬢の後ろに控えていた執事殿が、ヘンドリック様以上に見事な礼を取りつつ言う。

「許そう」

「は。お嬢様のお部屋に飾る為の肖像画を、描かせていただきたいのです。お嬢様たってのお願いでございます。どうぞ無下になさいませんよう……」

殿下が「ぐ……」と言葉に詰まられている。

恐らく、執事殿の発言は、八割がた嘘だ。

この公爵邸において殿下は、『救いの神』として崇められている。

その経緯を私は見ていたが、正直かなり引いた。

邸の中のどこかに、殿下を祀る祭壇があるらしい。そこに掲げる肖像画を、彼らは欲しているのだ。

殿下はそれを嫌っておられて、事ある毎に彼らの申し出を断っている。

しかし、嘘だと分かっていても「エリザベス様が望んでいる」と言われると、殿下も断り辛いようだ。

「そんなに大判なものを予定しておりませんので、お時間は取らせません。……ダメでしょうか?」

きゅるんとした上目遣いで殿下をご覧になるエリザベス様が、実にあざとい。

そこまでして、殿下の肖像画を……。……あんな用途の為に……。

殿下もそれはお分かりになられているだろうに、普段こういった媚びた行動をなさらないエリザベス様に、簡単に篭絡されそうになっておられる。

「ぐ……、ぬ……、しかし……」

「お願いします、レオン様」

殿下の腕をぎゅっと胸に抱えるように取り、上目遣いの瞳を潤ませたエリザベス様に、殿下が苦渋の決断をなされた。

「………分かった。今回限りだ」

殿下がそう仰った瞬間、使用人たちが何人か「良しっ!!」と拳を握ったのを私は見た。

……殿下。確実に、祭壇とやらに祀られますよ……。

「護衛騎士殿は、職務がおありかとは思いますが、本日はどうかごゆっくりなさってください」

は?

いやいや、それはあり得ない。

「いえ、私はあくまで殿下の護衛でありますので……」

「存じております。ですが、この公爵邸には殿下を害する不埒な輩なぞ存在いたしません。……どうぞ、我らにお任せを」

丁寧な口調だが、圧がすごい。

この執事殿は一体、何者だろうか。妙な威圧感がある。

見た目はいかにも老練の執事なのだが。

エリザベス様の背後に立っていたノーマンが、私の方へ歩いてくると、私の肩にぽんと手を置いた。

「……執事殿の言う事を聞こう、グレイ。……逆らわん方がいい」

最後の一言を小声でぼそっと言うノーマンに、私は頷く事にした。

彼の団服がやけにぼろぼろなのが気になったからだ。

……昨日一日で、一体何があったんだ?

「さ、殿下はどうぞ中へ。ヘンドリック様もどうぞ。……ディー!」

執事殿が声を上げると、「はいはーい」と軽い返事が返って来て、私の前に一人の青年が現れた。

服装からして、下働きの男性だ。

「護衛騎士殿には、ちょっとしたアトラクションでお楽しみいただきまぁっす! さ、こっちっすよー」

案内するように歩き出した青年に、仕方なくついていく事にした。

歩き出した背後から、エリザベス様と執事殿の「ご武運を」という声が聞こえた。

「おー、今日は王太子殿下付きかぁ。そりゃまた、骨がありそうで結構だなぁ!」

私を見て楽し気に笑う男性は、見覚えのある顔だ。服装や装備品からして、庭師だろうか。

「我らが神と妖精を守るってんだから、骨くらいあってもらわないと困るっしょ」

青年も楽しそうに笑う。

ノーマンはやけに厳しい顔で二人を睨むように見ている。

……一体昨日、本当になにがあった……?

「失礼ですが……、ウェズリー殿でいらっしゃいますか?」

「ああ。お前さんは、ノエル・シモンズだったかな?」

「現在は、ノエル・グレイと申します」

やはり、グレッグ・ウェズリー殿であったか。

先王の専属護衛騎士だった方だ。……現在はどう見ても庭師なのだが。

「ちゅーか、騎士様ってぇのは固くて面倒臭えモンだねぇ。ジジイが元は何であろうが、今は公爵家の庭師っすよ。そんで良くねっすか?」

呆れたように笑う青年に、ウェズリー殿も笑っておられる。

「まあ、その通りだ。けどこちらさんは、俺と違って現役の騎士だ。お前さんみたいにふにゃふにゃ柔らかくなんざ、居られねぇだろうよ」

かもなぁ、などと朗らかに笑う青年だが、この青年は何なのか。

「あの、貴方は……」

「俺は馬丁っすよ。公爵家のお馬さんの世話が仕事っすね」

馬丁……。

それはそうなのだろうが、それだけか? 本当か?

「さて、お前さんらは、今居るこの場所を良ぉッく覚えとけ」

ウェズリー殿に言われ、辺りを見回す。

庭の隅にある、小さな四阿だ。

「そしたら次はこれ、どーぞ」

馬丁の青年が、布切れを差し出して来た。

「これは?」

「目隠しっす。これでちょっとぎゅっと、目を隠してください」

目隠し!? 何故だ!?

「まぁまぁ。ちょーっとしたお遊びっすよ。まだ一日は長いっすからねー。のんびり遊びましょうよ」

ノーマンと目を見合わせ、互いに少し迷った末、仕方なく言われる通りに目を覆った。

* * *

その後、馬に乗せられ、目隠しを解いていいと言われ解くと、―――林の中だった。

何が起きているのか、全く分からない。

公爵邸に居た筈だが!?

「ここは、公爵邸の敷地の中だ」

ウェズリー殿がこちらの戸惑いを見透かしたように、笑いながら言った。

「なぁに、ちょっとしたお遊びだ。お前さんらには、ここをスタート地点として、さっき居た四阿まで戻ってもらう。途中でもしかしたら、邪魔が入るかもしれんし、何にも起こらんかもしれん」

「騎士様ってぇのは、個人戦より団体戦が得意なんすよね? 二人も居りゃあ、充分『団体』っすよね?」

……いや、多分、二人では『団体』とは言わないが……。それでも、一人よりマシだ。

「二人は『団体』とは言わんが……」

溜息をつきつつ零したノーマンに、馬丁の青年が笑った。

「そっすかぁ? 俺らからしたら、単独以外は全部『団体』っすよ」

「君の常識からしたら、そうなのかも知れないが」

「けど、騎士が二人しか居ない……って状況が、全くないとも言い切れないっしょ?」

それは確かにその通りだ。

この青年、何者なのだろうか。

「途中で降参と思ったら、大声でそう言え。それじゃあ、始めるぞ!」

ウェズリー殿の大声に、がさがさと葉擦れの音や、高い指笛の音、猫の鳴き声……などの、様々な音が応えるように鳴り出す。

一体、周辺に何人潜んでいるんだ!? 全く気付かなかったが。

「開始!!」

というウェズリー殿の声に合わせ、青年が一際高く長い指笛を鳴らした。

「あ、そうそう言い忘れてたっすけど」

私たちをここまで乗せてきた馬に跨った青年が、こちらを見てニッと笑う。

「何人潜んでるとかは言えないっすけど、一回仕留められたヤツは、十分後再行動開始してもいいルールになってんで。二度仕留めたヤツはもう出てこないっす」

ルール!?

何なんだ、一体!

青年とウェズリー殿が馬で走り去ると、ノーマンが深い深い溜息をつきつつ、頭をガシガシと掻いた。この男にしては珍しい仕草だ。

「……仕方ない、行くか。方角的には……向こうか」

ここまでにかかった時間と、太陽の位置から、おおよその方角は割り出せる。

しかし、それ以外に何の情報もない。

「ああ。……というか、これは何なんだ?」

尋ねると、ノーマンはまた深い溜息をついた。

「あの馬丁が言ってただろう? 『楽しいアトラクション』だよ」

吐き捨てるような口調だ。本当に、珍しい。

何があった? ノーマン。

* * *

ここはどうやら、本当に何の手入れもされていない、ただの雑木林らしい。……公爵邸の敷地内である事は確からしいが。

雑然と生い茂る木々に、生え放題の草。

足場も視界も悪い。

「お……っと」

ノーマンが何かに気付いて足を上げた。

その足元には、細い細い糸のようなものが張られている。

何かは分からないが、何かの罠だ。

歩き出して二十分ほど経過しているが、その短い間に幾つもの罠があった。ただの鳴子のようなものから、張られた紐を切ると何処からか矢が飛んでくるものまで、幾つも。

……というか、二十分歩いても邸が見えないというのは、どういう事だ!?

公爵邸は確かに広大な敷地を有しているが、これほどに広大だったか!?

今居る場所からは、上部を木々に隠されて、太陽の位置がはっきりと分からない。

一応の装備品として、簡易 方位計(コンパス) を持っているのだが、針があっちこっちを指して使い物にならない。

……『魔境』という言葉が、本当に相応しそうだ。

ここまでに倒した相手は二人。

一人は若い男性で、従僕と言っていた。ナイフ一本で騎士二人を相手取る従僕など、初めて見たが。

もう一人は自称洗濯メイドだ。木の上から吹き矢を射かけてくるメイドも、私はこれまで会ったことがないが。

ヒュっと風を切る音が聞こえ、何か飛んできているのを感じ、咄嗟に避ける。すると、私のすぐ脇の木の幹に、細い金属の棒のようなものが突き刺さった。

見た事のない代物だが、長さ二十センチ程で直径一センチ程のその棒は、先端が酷く鋭利に研ぎ澄まされているようだ。暗殺者などが使用する暗器の類だろう。

恐らくこれには、触れない方が良い。

歩き出そうとすると、背後でザリっと地面を踏みしめるような音がした。

振り向こうとしたが、どうやら遅かったようだ。

「はい、減点1」

耳元に聞こえるのは、馬丁の青年の声だ。

ちらりと目線を下げてみると、首元に刃物がぴたっとあてられている。

「……減点?」

「そっすよー。あ、因みに減点は、今日の晩飯のメニューに関わって来るんで!」

楽し気に言いつつ、青年は刃物をひいた。そしてナイフのような刃物を一度クルッと回すと、上着の中へ突っ込んだ。肩からホルダーを吊っているのだろう。

青年は木に突き刺さっていた棒を引き抜くと、それを今度は袖口にスルっとしまい込んだ。

……あれは、気を引くための罠だったか。

「あ、減点の条件っすけど、『戦闘不能になり得る状況』で減点1っす」

そんじゃご武運を~、と軽い口調で言うと、青年は木の上に飛び上がった。

凄まじい身体能力だ。分かっていたが、ただの馬丁ではない。

既に二時間が経過した。まだ林の中だ。

ここまでに食らった減点は、私が三、ノーマンが二だ。

相手が奇襲戦法が主なので、戦闘らしい戦闘にもならない。初撃を避けられさえすれば、後はこちらが押し切れる事が多い。

流石に少し喉が渇いてきたな……と思っていたら、信じられない物を見つけた。

「……ノーマン」

「何だ……、って、あ?」

ノーマンもそちらを見てぽかんとしている。

林の中に、小さなテーブルが用意されている。その脇にはエリザベス様の侍女のマリナが立っている。

テーブルの上には札が置かれており、『給水所 ※罠ではありません。どうぞご利用ください』と書かれている。

「罠か……?」

呟いたノーマンに、私も頷いてしまった。

「いえ、罠などではございません。お嬢様からの差し入れでございます。水分補給だけはしっかりするように、と仰せつかっておりますので」

マリナの手には水差しがあり、テーブルの上にはグラスがある。

エリザベス様からの差し入れと言ったか。

ならば嘘はないだろう。彼女がエリザベス様の名を騙るとは思えない。

ノーマンもそう考えたのだろう。互いに頷き合って、そちらへと向かった。

グラスに水を注いでもらい、一気に飲み干した。

「おかわりはいかがですか?」

「いただきます」

もう一度注いでもらい、それも一気に飲み干す。

「ありがとうございました」

グラスを置いて立ち去ろうとしたら、マリナに呼び止められた。

「クッキーもございますので、是非どうぞ。空腹では動きも鈍くなりましょう」

「それは罠などは?」

尋ねたノーマンに、マリナが「ございません」と静かに答える。

マリナがしきりに勧めてくるので、一枚だけいただく事にした。

手で二つに割ってみたが、普通のクッキーだ。

「さあさあ、どうぞ。まだ沢山ございますよ」

これは食べるまで動けないアレだな……。

意を決して、クッキーを口に入れる。

サクっと柔らかい歯ごたえだ。……が、ちょっと待て。

味がない。

驚くほどに無味だ。しかも口の中の水分が全部持っていかれる。

何だこれは!?

ノーマンも怪訝な顔をしている。

とにかく、初めて食べる種類のものだ。

「お嬢様の『クッキー(進化ver.)』でございます。食感は良いのですが、無味無臭です。そして、お口の中がぱっさぱさになります」

エリザベス様!!

おかしな方向に進化しないでください!!

本当に、前回のクッキー(仮)といい、どうやって作るんですか!?

「お水、もう一杯いかがですか?」

「……いただきます」

これはある種の罠なのでは?と思った。

そこから更に一時間。

いい加減に分かる。林が広いのではない。我々が進行方向を誘導され、迷わされているのだ。

日の光が届きにくく、コンパスも用を為さない。

その中で、戦闘中にさりげなく移動などをし、現在地を眩ませている。

「そろそろ出たいものなんだがな……」

ふー……と息を吐くノーマンに、疲労の色が濃い。

「そうだな。いつまで集中力が持つやら……」

私も大分疲れてきた。……主に、精神的に。

歩き続けていると、またおかしな物を目にした。

「また、罠か……?」

ノーマンはすっかり疑心暗鬼だ。

立札だ。矢印の形をした木製の立札で、『順路』と書かれている。

「……とりあえず、進んでみるか?」

「そうだな」

どうせ、方向が合っているのかどうかも定かでない。

罠だとしても、乗ってみよう。

点々と、『順路』と書かれた立札がある。

中には順路と書かれた下に『上からくるぞ! 気を付けろ!』と書かれていて、本当に上から刺客が降ってきたり、『!落とし穴注意!』と書かれていて落とし穴が な(・) か(・) っ(・) た(・) りと、罠なのか忠告なのか判別に迷うものもあった。

やがて、順路の立札に、『お出口はあちら』と書かれたものが登場した。

あちらとされている方を見ると、確かに林が途切れている。

「いや、罠なんじゃ……」

呟くノーマンに、とりあえず行ってみようと促し、そちらへと向かう。

「出られた……」

本当に、出口だった。

鬱蒼とした雑木林は終わり、きちんと整備された小径と、手入れされた木々がある。

太陽は大分傾いている。けれどこれで、方角が分かる。

とりあえずは、この小径沿いに進めば大丈夫だ。

林などの自然環境ではなく、邸などの人工的な環境の方が慣れている。おかげで、警戒すべき場所が分かり易い。

目的の四阿が見えるまでに、ノーマンと合わせて四人の使用人を『戦闘不能扱い』にした。

……しかし、誰も彼も、戦闘などしそうにない風情の者ばかりだったが。

この魔境は一体、どうなっているのか。

目的の四阿にはどうやら、殿下とエリザベス様、そしてヘンドリック様がお茶を楽しんでおられるようだった。

マリナは既に、エリザベス様の背後に控えている。……彼女も一体、どうなっているんだ……。

「さ、あとちょっとっすよ。気合い入れて行くっすよー」

立ちはだかったのは、馬丁の青年だ。そしてもう一人、白髪に灰色の瞳の、やたらと綺麗な顔立ちの青年。

白髪の青年が、一度ぽーんと軽く飛び跳ねた。そして着地と同時に、凄まじい速さでこちらに迫ってきた。

それを避けようとしたところに、馬丁の青年がナイフを打ち込んで来る。

ノーマンがナイフを剣で撃ち落としてくれ、その隙に私は馬丁の青年への距離を詰めた。

が、馬丁はさっと飛びのいて、また距離を取り直す。

相手二人の身が軽すぎて、動きが読み辛い。

この二人はどう考えても素人ではない。

馬丁の青年が振るナイフを、剣で受け止める。一撃一撃は軽いのだ。けれど、速さが尋常ではない。手数も多い。

暗殺者などに多い手合いだ。

馬丁の青年に向けて蹴りを放つが、ぴょんと軽く飛び退いて避けられる。そこに白髪の青年が足元を狙って何かを投げてくる。

何とか避けて見ると、小さなナイフのような物だった。

この家の使用人たちは、使う武具が特殊過ぎて対処に困る。

地面に突き刺さっているそれを、引き抜いて青年に力いっぱい投げ返す。が、青年はあっさりとそれを受け止め、「ありがと」などと言って笑う。

随分余裕だな。

その時、視界の隅に光る物が映った。

庭の木の陰から、四阿を狙うボウガンだ。

この家の使用人が、本気で殿下やエリザベス様を狙う筈がない。

筈はないのだが―――

目の前の二人を放って、四阿へと走った。

ノーマンは、ボウガンを構えているメイド(またメイドか!)の方へと走っている。

四阿の前で、ボウガンの射線を遮るように立ち、そちらに視線を向けた。ノーマンがメイドの手を掴み、ボウガンを空に向けさせている。

「そこまで!!」

四阿から、執事殿がよく通る声で言った。

「ウィース、お疲れー」

「お疲れ様でーす」

さっきまで戦っていた二人が、そう言いつつ私の肩を叩いて笑った。

終わった……のか……?

ノーマンも、掴んでいたメイドの手を放し、彼女に向けて謝っている。メイドはからからと笑っているが。

終わったのか……。……なんて、疲れる一日だ……。

「えー、では総評に入りまーす」

四阿の前の庭園で、十名ほど集まった人々の前に立たされ、馬丁の青年がのんびりとした口調で言い始めた。

「まずアンナ」

「はーい!」

元気に手を挙げて返事をしたのは、道中で二度『戦闘不能』になったメイドだ。

「良く頑張りました! 副賞として、『パンの具材を好きに選べる権』贈呈!」

「やったぁ! ネイサンさーん! 私、ハムとチーズがいいです!」

「はいよー、了解ー。明日の朝用意しとくよー」

「次、エリーゼ。もうちょっと頑張りましょう!」

「えぇー!! 私、頑張ったと思うのにィー!!」

その『総評』とやらを、殿下とエリザベス様たちも、四阿で聞いている。

殿下は少し遠い目をしておられるし、ヘンドリック様は呆然とされている。エリザベス様お一人が、にこにこと楽し気な笑顔だ。

「で、ラスト、死神」

「死神って呼ぶなぁぁぁ!!!」

叫んでいるのは、白髪の青年だ。

「お前、鈍ってんじゃねぇの? 動き、遅えんだよ。何が死神だよ。イキってんじゃねぇよ」

「僕、ただのポーターだし、動き遅くても仕方ないし、イキってないし、死神じゃないし!」

「うるせぇ、死神」

「だから、死神って呼ぶなぁぁぁ!!!」

鈍ってる? 動きが遅い? アレで!? 嘘だろう!?

「そんで、護衛騎士のお前らだが……」

ウェズリー殿が、青年に代わって話し始める。

「本分を忘れない姿勢は、合格だ。後はもうちょっと、柔軟に対応できりゃ文句無しだな」

「はっ」

私とノーマンが揃って礼をする。それに周囲から「カッケー!」「騎士様素敵ィ」などの声が飛ぶが、聞こえない事にしておこう。

「お前さんはセザールの事ボロカスに言うが、お前さんこそ鈍ってんじゃねぇか?」

馬丁の青年を見て言ったウェズリー殿に、馬丁の青年がニヤっと笑った。

「だって俺、タダの馬丁だし?」

「まあ、そりゃそうだがな」

「ねえリリィ、さっきのボウガン、見せて?」

いつの間にかエリザベス様が、使用人たちに交じっておられる。

「はいはい、どうぞー。グリップ、ちょっと削ってみたんですよー」

「この滑車、もうちょっと削れるかも。軽い方がいいでしょ?」

「えー? でもそうしたら、強度がヤバくないですかぁー?」

まるでドレスや宝石の話でもするかのような弾んだ声音で、二人で話し込んでいる。

「これ、弦の素材変えたら、もーちょい威力と飛距離出そうなんすよねー」

そこに従僕の男性が加わる。

「そうなのよ。それは考えたのよ」

「リムももーちょい何とかなりそうなんですけどねー」

楽しそうで何よりだ。

……エリザベス様がああいうお方になられた要因は、確実にこの魔境にあると思った。

総合で私は減点が三、ノーマンも同じく三だった。

夕食のデザートが無くなったそうだ。別に構わないが。

更に、深夜寝ようとすると、ハニートラップ部隊とやらがやって来て、精神を疲弊させることになった。

マクナガン公爵家は、魔境である。

……次に殿下がこちらを訪問される際は、供は私でなくても構わないだろうか……。出来たら、辞退させていただきたいのだが……。