軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15 エリちゃん、乙ゲーについて語る。

マリーさんが書いてきてくれた紙をテーブルに広げる。

いかにも女性らしいクセのある文字だが、丁寧に書かれているので読みやすい。……所々誤字があるのは御愛嬌だ。日本語など使用しなくなって久しいのだから無理もない。

むしろ良く覚えていたものだ。……漢字が少ないのも御愛嬌だ。スマホやPCにお世話になる事が多い現代人は、これは仕方ない。

「マリーさんは、良く日本語を覚えていましたね」

「そうなんですよねー」

マリーさんはにこにこと笑っている。

「私も書きながら、忘れないもんだなぁ……って思ってました。えっとホラ、『三つ子の魂、踊り忘れず』って言うじゃないですか!」

絶妙に混じっとる!!

「それは多分、『三つ子の魂百まで』と、『雀百まで踊り忘れず』が混ざってますね。……両方、同じような意味ですけれど」

『猫に真珠』的な感じか。

何故ブレンドしたし。

「あ、そうなんですか!? ……わー、ちょっと恥ずかしい……。間違ってた……」

僅かに頬を染め、小声で「恥ずかしい」を連呼している。

うん、まあしょーがないんじゃない? この国にはない諺だし。

マリーさんは心を落ち着けるように、すっかり冷めている紅茶を一口飲んで息を吐いた。

良くある小説の『花畑ヒロイン』と違って、所作はきちんとしている。言動は砕けているが、それは恐らく公式の場でないからだろう。

……話題も話題だし。

「それでですね……、ここに挙げてる人って、実在しますか……?」

まあ、彼女の身分では、これまで関わる事のない人ばかりだろう。

実在するかどうかが分からなくても無理はない。

「します。全員」

頷くと、マリーさんは何とも言えない微妙な表情で「するんだ……」と呟いた。

嬉しそうな感じは全くない。むしろちょっとイヤそうである。

まあ、読んでいる段階でそうだろうな、とは思っていた。

マリーさんの書いている情報に、ちょいちょい棘を感じたからだ。

特に陰険眼鏡と脳筋少年の項で。

「王太子殿下に関しては、特に問題ないでしょう。……避けるも何も、そちらが関わろうとしなければ関わることなどないでしょうし」

言うと、マリーさんはうんうんと頷いた。

「でもあの……、私、ちょっと思ったんですけど……」

マリーさんはこちらを見て、いかにも不思議そうに首を傾げた。

「ゲームのヒロインって、よく王太子殿下に突撃しようとか思いましたよねぇ?」

それな!!

私も思ったよ!

「学校始まってから見てますけど、あれだけ護衛の方に囲まれてて、ご本人も近寄りがたいオーラ出してんのに、何で平然と『レオ様~♡』とかって寄っていけたんでしょうね……?」

その通りだけど、君が言うとこっちが不思議になるよ! 君、ヒロインなんだよね!?

「私もそれは不思議ですけれど……、マリーさんが書いてくださったこの殿下の情報、現実と合致してる箇所の方が少ないくらいなので……。そういうのも関係しているのでは?」

「あ、そうですね。それはあるかもしれませんね! ていうか、殿下がコックフォードに通うっていう違和感が凄すぎて、他が結構どうでも良くなっちゃうんですけどね」

「確かに……」

そう。殿下がコックフォード学園に通うというのは、現実的にあり得ない。

もしも殿下が希望したとしても、恐らく王城のどこかの部門からストップがかかる。

まず、学力的に通う意味がない。

殿下がそれまでに修めている学問は、コックフォードのレベルを遥かに超える。

それでも通うとなると、単純に学費と時間の無駄である。

学費は王太子予算から出る。つまり、国庫の歳出だ。税金だ。無駄遣いは許されない。

学園に通う時間を捻出するためには、執務や公務を減らす必要がある。それをしてまで『市井の民との触れ合い』とか何とかを優先するか……という問題も出る。

そして警備の問題もある。

殿下以外に王位継承権を持つ方は居るが、殿下が立太子されたのは七歳だ。そこからひたすら国王となる為の教育を受けてきたのが殿下だ。

『継承権がある』だけの方では、殿下の代わりなど不可能だ。

その殿下の身に何かあってはならない。

コックフォードはスタインフォードと違い、生徒数が非常に多い。

そして入学審査が緩いので、素性が怪しい人間でも紛れ込めてしまう。

日本で言うなら、皇族の方が地元の公立高校に進学してくるようなものだ。あり得ない現象だ。

私の知る殿下なら、それらを考慮して、ご自身の判断でコックフォードなど選ばないだろう。無駄が多すぎて、そもそも選択肢にすら上らない筈だ。

……ゲームの殿下、もしかしなくても『王太子』として期待されてないんじゃない……?

私が死んでも、かわりは居るもの……みたいな?

それらの気付いた点を挙げていくと、頷きながら聞いていたマリーさんが苦笑した。

「あー……、期待されてないって言うか……。最悪、代わりは居る……ってのは、あったかもです」

やはりか。

「すぐ下の妹さんが優秀だから、その子が女王となればいい……とかって。エンディングは一応、ヒロインがお城に入る事にはなりますけど、婚姻したとかは出てきませんし」

リナリア王女殿下か!!

いや、うん、優秀だけどね。優秀なんだ、ホントに。

そして優秀過ぎるが故に、彼女の目標は研究者である。

己に王の椅子が回って来る事を恐れ、殿下に「お兄様だけが頼りです! わたくしはお兄様を精一杯お支え致します! お兄様でしたら、素晴らしい王となり、名君として名を残される事間違いなしです!」と力いっぱい持ち上げてくる。

それに殿下が辟易とされている。

もう一人の妹殿下は、ぎすぎすした世界に向かない、のんびりほんわりとした、春のお花のような愛らしい方だ。末っ子なので、周囲が期待をかけ過ぎなかったが故の、愛らしい姫様だ。

しかし、殿下が王太子として使えないとなれば、まあリナリア様に期待は向くだろう。

そしてリナリア様が殿下を見限ったならば、彼女は恐らく仕方なく王位に就く。国と民を思う気持ちは本物だからだ。

「レオナルド殿下が駄目なら、妹殿下に……は、確かに不自然ではないですね」

言った私に、マリーさんは「ほぉぉ……」などと言いつつ頷いている。

まあ、詳しい内情などは話せないので、そこは割愛だが。

「じゃあ、次の陰険眼鏡はどうですか?」

……だから、ただの悪口だって、それ……。確かに陰険眼鏡だったけども。……ん? もしかして『インテリ眼鏡』って言いたいのか? 声に出してみると、音が似てるし。

「彼が現在どうされているかは、私にはわかりません。ただ、調べる事は可能です」

「調べるのは、難しいですか……?」

恐る恐る尋ねてきたマリーさんに、私は「いえ、特には」と否定した。

テーブルの上の呼び鈴を、一度チリンと鳴らす。一分と待たず、マリナが入室してくる。

「御用でございましょうか」

「バーネットから調書を借りてきて。アーネスト侯爵家の次男レナードと、第一騎士団長の子息モリス・サンディルの二人分」

「畏まりました」

丁寧に礼をして、マリナは出て行った。

「……で、少々お待ちを」

向かいで「???」という顔をしているマリーさんに言って、私は椅子に深く背を預けた。

ほんの数分後、何枚かの紙を持ったマリナが戻ってきて、それを渡してまた出て行った。

「えーと……、ではまずは 陰険眼鏡(アーネスト様) ですね」

調書に視線を落とす。

この『調書』とは何かというと、我が家の使用人バーネット君が 趣(・) 味(・) で(・) 作成している貴族調書だ。

余り使う事はないが、「見せて」というと嬉しそうに見せてくれる。

身長、体重、趣味などのどうでもいい項目も、やけに細かく綴られている。

調書を見て驚いた。

「彼は現在、コックフォード学園に在学しているようです……」

「え!? ホントですか!?」

マリーさんも、身体を乗り出す勢いで驚いている。

そりゃ驚く。侯爵家の人間が通うような学校ではないのだから。

調書によると、スタインフォードを受験する事三回。入学審査で落ちる事三回。

三浪の挙句、次期侯爵が確定している兄から「お前はとりあえず、コックフォードで基礎を学び直せ」と言われ、渋々コックフォード学園に入学する事になったらしい。

今年からコックフォード学園の一年生だが、入試の成績は十位だ。……そりゃ、スタインフォード無理だよ、レナード君。

ていうか、入試の成績とか、科目ごとの点数まで書かれてんだけど……。どうやって調べたんだ、これ。

「三浪……」

うわぁ……という表情のマリーさん。そうなるよねー。

まあ、スタインフォード生に浪人生自体は珍しくも何ともないのだが。

「それで、『自分が一番賢い』とかイキってたとか……」

それよ。

しかも、コックフォードでも首席でも何でもない。

……図書室で会ったあの頃より、めんどくさく拗らせてそうだな、彼。めっちゃ会いたくないわ。

調書には、『将来的な展望としては、爵位を与えるにも他家に婿入りさせるにも人格に難があるという事から、飼い殺しの線が有力』と書かれている。……切ねぇ。

「性格としては、大体マリーさんが書いて下さった通りの方のようですけれど……。マリーさんが彼の性格を何とかして、伯爵家に婿に貰うというのは……」

「あ、イヤです」

即答。

清々しいな。

「何て言うか、私、ボランティアでもカウンセラーでもないんで。ねじ曲がったの戻さなきゃならない人より、初めからねじ曲がってない人の方がいいです」

ごもっともや。

「乙ゲーヒロインという方は、心の広い方ですね……」

思わず呟いてしまった私に、マリーさんもえらく実感を込めて「ホントですよねぇ」と頷いていた。

さて次は、と。

お次の調書に目を落とす。元気な脳筋少年、モリス・サンディル君だ。

「サンディル様は現在、ベレスフォード騎士学院の二年生だそうですね」

「そうですよね! 騎士目指してんなら、騎士学校行けよ!て思ってたんですよ!」

マリーさんの言葉に、私も頷いてしまう。

というか、王立騎士団の入団条件の一つが、『騎士学院の卒業資格を有している』事だ。

騎士を目指すなら、必ず行かねばならない学校だ。

調書には特に、殿下の護衛騎士を目指し云々はない。諦めたか?

あ、違うか。

殿下の専属護衛の枠、全部埋まってるから、目標を見失ったのか。……それは御愁傷様だ。

「彼は御父上が騎士爵をお持ちなだけの、ほぼ平民と変わりませんから、マリーさんの立場ならそうそう会う事はないでしょうね」

「良かった……」

めっちゃホッとしてんな。

私は彼が近衛になんぞなったら、会う事になるんだがな!

そして、だ。

問題の、 四人目(クソ虫) だ……。

「この四人目の、私の兄に関してですが……」

詳しく話したくないから、ささっと切り上げてしまおう。

「現在、領地に籠っております。まず会う事はありません」

終わり。

マリーさんがちょっと不満そうな顔をしてるが、終わりと言ったら終わりだ! SAN値のキープを優先だ!

「次は、マンゴーじゃない方の護衛騎士ですが……」

「高くて真ん丸で綺麗なマンゴーが、そんな名前ですよね!?」

うん、そうなんだけどね。一個で何千円とかするけどね。

「アルフォン ス(・) 、です」

「マンゴーがですか?」

「いえ、本人が。アルフォンス・ノーマンです」

ほう!などと言っているが、本当に覚えたのだろうか。

とりあえずマンゴーは置いておいて、話を進めよう。

「彼は現在、殿下ではなく、私の護衛騎士を務めてくれています。今日も、どこかその辺に居ます」

どこに居るかは知らんが。

多分、呼べばくるだろう。

「じゃあ、顔は合わせる訳ですね……」

まあね。グレイ卿が殿下の背後に常に居るように、私の背後に常に居るからね。

「それはそうですが、会話をする事はほぼないと思います。……マリーさんから話しかけるなら、別ですが」

そう。彼らは無駄口など一切叩かない。

話しかけられたなら返事くらいする。けれど、そこで長々と私語をするような事はない。

特にアルフォンスは、私の専属『筆頭』だ。

グレイ卿がそうであるように、彼も規律などには厳しい。それでこその『筆頭』でもある。

「最近よく顔見るなーと思ってましたけど、エリザベス様の専属護衛だったからなんですね」

マリーさんが納得したように頷いている。

うん。ほんのひと月くらい前からだけどね。決定するスピードに圧倒されたけどね。

ではここで、アルフォンス君の護衛就任までの流れを振り返ってみよう。ぽわぽわぽわわ~ん(回想のふわふわした吹き出しが出る音)。

* * *

グレイ卿が推挙し、殿下が許可し、本人が快諾したアルフォンス・ノーマンの異動は、翌日には既に完了していた。

……このスピード感よ。

専属護衛騎士筆頭というのは、役職ではあるのだが、他の騎士の役職のように『叙任式典』などはない。関係各所に必要書類を提出しおしまいである。

それらも三日後には完璧に完了していた。

皆さん、お仕事早くて素晴らしいです。前もって準備してた?ってくらい早い。

専属護衛騎士が『誰の』専属であるかというのは、胸元に縫い付けられる徽章で示される。

国王陛下であれば国章でもある王剣。王妃陛下は国花である薔薇、王太子・王太女殿下は国章に剣と並んで描かれる盾、そして王太子妃・王太女配はもう一つの国花スミレだ。王女殿下や、現在この国には居ないが王子殿下などは、小さな薔薇の花となる。第一王女殿下は薔薇が一つ。第二なら二つ……といった具合である。

就任の挨拶にとやって来たアルフォンスの胸元を見て、思わず言葉を失った。

きっちりバッチリ、スミレの意匠の徽章が付いている。

「本日付でエリザベス様の専属護衛筆頭となりました、アルフォンス・ノーマンでございます。エリザベス様の信頼にお応えできますよう、全身全霊にて業務にあたらせていただきます」

わお。

「胸元の徽章は、まだ早いのでは……?」

一応、尋ねてみる。どうせ、殿下の差し金だろうけども。

「王太子殿下より、これを付けるようにと命じられました。ご不満がおありでしたら、どうぞ殿下へ」

イェー! 当ったりー!

不満? いえいえ、とんでもない! 殿下のなさる事に不満などありませんとも!(ガクブル)

とはいえ、だ。だがしかし、だ。

「ノーマン様は、それで良かったのですか?」

「……と、仰いますと?」

「『殿下の専属』を、外される形になるのですけれど……」

王族の方々の重要度は、王>王太子>王妃>王位継承権持ちの王族>>(超えられない壁)>>王族の配偶者・婚約者だ。

侍る者たちの序列もこの通りだ。

つまり彼は、超えられない壁の向こう側に放り投げられた形になる。

しかしアルフォンスは私の言葉に微笑んだ。

「何も問題ございません。むしろ、身に余る光栄でございます」

あ、コレ本気で言ってるヤツだ。

嘘はないかとか、探るのすら失礼なヤツだ。

彼はグレイ卿と並び、殿下の背後で良く見かけた顔である。つまり、グレイ卿に次ぐ、殿下の専属護衛のナンバー2だ。

その地位は、部外者が軽く語れるようなものではない。

誰の専属でない護衛騎士たちであっても、彼らに一様に共通するのは、国や王族への忠誠と、己が職務に対する責任感の強さと、誇りだ。

その彼が、己の主となる人間に向かって、笑顔で言い切った言葉を疑う訳にはいかない。

「……では、私が貴方の主で、良いのですね?」

「はい」

やはり穏やかに微笑んで、迷いなくきっぱりと頷く。

……見た目チャラくても、『騎士様』だなぁ。

感心を通り越して少し呆れそうになるくらい、彼らの『覚悟』というのは固い。

「では私は、あなた方が『守るに値する』人間とならねばなりませんね。……これから、宜しくお願いします」

しょーむない小娘を守らせるワケにはいかんからね。

そんなのに時間を割かせるには、彼らは勿体なさすぎる。

「……エリザベス様。もしよろしければ、お立ち願えますか?」

ほ?と首を傾げる。

現在は、王城に賜った自室の椅子である。

もし何らかの危険があって「立て」と言っているならば、彼らはもっと直截的な言い方をする。という事は、これは彼の個人的な『お願い』だ。

何じゃらほい?と立ち上がった私の足元に、アルフォンスは静かに歩いてくると、当然のような仕草で膝を付いた。

はーーー!?

跪いちゃったけど、この人! え!? 何なの!?

更に、手ぇ差し出してきちゃってんだけど!

「お手を……」

何すかー!? マジすかー!?

でも私が手ぇ差し出すまで、この人このまんま待ってそうだしなー!

仕方なく、アルフォンスの差し出す白い手袋の手に、自分の手をそっと乗せた。

私の手を彼は両手で恭しく取ると、私の手の甲に自分の額を軽く押しあてた。

いや、ちょっと待とうか、アルフォンス君!

君は何をしているのかね!? 自分が何をしているか、分かっているのかね!?

うっすらパニックである。

この体勢はあれだ。この国における、騎士の最上級の礼だ。

王や王妃に対してのみやるヤツだ。

「我が忠誠は、国に。我が剣は、貴女様をお守りする為に。我が全ては、貴女様の御為に。この身の全てを捧げる事を誓います、 我が主君(ユア・ハイネス) 」

言葉が出ん……。

騎士の誓いなんぞを立てやがったぞ、この男……。

しかも『 我が主君(ユア・ハイネス) 』ときやがった……。

しゃーない!!

目の前でこんな真似されたら、応えぬ訳にいかなかろう!

ガラじゃないが、いっちょぶちかますか!

「たとえその身が砕けようと、わたくしを守る剣となり、盾となりなさい。わたくしエリザベス・マクナガンの名において、アルフォンス・ノーマンを我が護衛騎士と認めます」

「護衛騎士アルフォンス・ノーマン、お言葉、有難く頂戴いたします」

お決まりの口上である。

ただ本来、護衛騎士が述べるものではない。

騎士団長などの役職付きの方が叙任される際、叙任の式典で陛下とするやりとりだ。

なので正確には『 我が主君(ユア・ハイネス) 』の部分が『 国王陛下(ユア・マジェスティ) 』となる。それ以外にも、小さな差異がちょいちょいあるのが、気障である。

……よもや、目の前で騎士の誓いなんぞを見る事になろうとは……。

良いものを見た、という思いと、何しとんねん、アルフォンス!という思いが半々だ。

アルフォンスは私の手をそっと放すと、立ち上がってにこっと笑った。

「末永く、お仕えできる事になれば、と願っております」

「……それは私の台詞です」

溜息をつきつつ言った私に、アルフォンスが楽し気に「はは」と声を立てて笑った。

うっかり漏らしたちょっとした弱音に、こんな重てぇ忠誠という名の励ましが返って来るとか、誰も思わねぇよ……。

怖えよ、アルフォンス君……。

これが、彼が私の専属筆頭になった経緯である。(回想終了)

* * *

「しかし……『年上お色気チャラ男枠』とはいえ、本当に大分年上ですね……」

あと、アルフォンスについてる属性、多すぎねぇか……? 1.年上、2.お色気、3.チャラ男て、キャラ渋滞してね?

「でもそれはやっぱり、乙ゲープレイヤーも十代ばっかりじゃないですからね。三十代とか四十代とかの人も居るでしょうから、攻略対象が十代の思春期少年ばっかじゃつまんないんじゃないですか?」

「言われてみれば、確かにそうですね」

納得。

「あと、十代の子なら、『大人の恋愛』みたいのに憧れたりすんじゃないですかね?」

いかにも『知らんけど』と後に続きそうな口調で言うね、君。

君がプレイしてたゲームなんだがな……。

さて、ラストか。六人目だ。

「最後のロバート・アリスト公爵閣下ですが……」

「え!? 公爵閣下!? 次期公爵様じゃないんですか!?」

おーおー、驚いとる。

まあついこないだまで子爵家の令嬢だったから、高位貴族に疎くても許されたんだろうね。これからはそうはいかんだろうけど。

「いえ、現公爵閣下です。彼に関しては、ほぼ情報通りですね。肩書以外は。現在、殿下の側近をされておりますし。……ただやはり、コックフォード学園には用はないんですけれど……」

「あ! いえ、ロバート様は生徒じゃありません」

思い出したようにマリーさんが言った。

「ロバート様は学生じゃなくて、殿下のお側にたまに現れる系のキャラです。そのたまに現れた時にフラグを立てると、ルートに入るみたいな感じで……」

「ああ、成程……」

閣下、レアキャラ感ありますね! やりましたね!

「この六人の中なら、閣下はお薦めですね。イベントを起こして閣下ルートとかどうですか?」

「いやいやいや!! ないです、ないです!」

慌てたようにぶんぶんと手を振るマリーさんに、軽く首を傾げた。

「そうですか? 閣下は人格に難もありませんし、外見も非常に麗しいですし、殿下の側近として将来性もあるのですけど……」

「公爵様とか、ありえませんよ! 分不相応というものです!」

キッパリと……。

いや、マリーさん伯爵令嬢だから、別に『分不相応』でもないんだけど……。

「あの、エリザベス様……」

おずおずと、マリーさんが上目遣いでこちらを見る。

「殿下以外の方って、性格とか、この通りだったりします……?」

「陰険眼鏡は陰険眼鏡ですし、脳筋は脳筋でしたね。……現在はどうか知りませんが」

「うわ……、そうなんですね……」

絶対近寄んないどこ、という呟きに、その方がええやろなぁと頷く。

「では、エリザベス様のお兄様は……?」

「兄は死にました」

「えッ!?」

貴女の愛したエルリックは死んだ! 何故だ!? ……クソ虫だからさ。

「……兄に関しては、ここに書いてある事を脳が理解を拒むレベルで別人です。もしマリーさんがゲームのエルリック・マクナガンがお好きだったならば、その夢を壊さぬ為にも、兄に関しては『死んだ』という事にしておきたいかと」

「え……? あ、えっと……、良く分かりませんが……。……ご愁傷様です……?」

「痛み入ります」

妹思いの優しくシャイなエルリック・マクナガンなど存在しない。

事実、ゲームのそのキャラは死んだようなものだ。

代わりに存在しているのがアレとか、どうして言えようか。

「アルフォンスに関しては、……ちょっと難しいですね。ですがまあ……、大体、ゲーム通りなのでは……と」

そう。護衛騎士という人々は大抵、常に静かに穏やかに、存在感を殺してそこに居る。

彼らはそういう訓練も受けている。

周囲を警戒させぬよう、威圧感を抱かせぬよう。

それは、彼らの持つ爪や牙も隠す。

グレイ卿なら、常に静かに穏やかに。

アルフォンスなら、少し軽薄に軽妙に。

彼らのあの態度は、ちょっとした擬態だ。

本来の彼らがどういう人物なのかは、私も恐らく分かっていない。

ただ、アルフォンスに関しては、この小娘相手にクソ重い誓いを立ててくれる程度には、真面目で誠実で不器用な男だと知っている。

ゲームでもしも、ただチャラいだけの兄ちゃんと描かれていたのだとしたら、それは彼の一面でしかない。

「アルフォンソ様、グッドエンドだと騎士辞めちゃうんですけど……。『本当に守りたいものを見つけたんだ』とか何とか言って」

「……マリーさん、アルフォンソはマンゴーです。彼はアルフォンスです」

「一文字くらい違っても、バレないんじゃないですかね?」

「そうですね、メリーベルさん」

「……あー……。申し訳ありません。アルフォンス……、アルフォンス様……」

なんか薄々感じてたけど、この子、実は結構大雑把だな!?

一文字くらいバレないって、んな訳あるか!

しかし、『騎士を辞める』か。

なさそうだけどな、彼を見てる限り。

窓の外をふと見ると、ちょうど馬丁が通りがかった。

それに対して『護衛騎士、呼んできて』とハンドサインを送る。『OK』のサインが返ってきて、馬丁はどこかへ消えていった。

……やっぱウチ、便利でいいな。いちいち誰か呼ばなくても、見かけた誰かにハンドサインで話通じるし。

「今やってた、手話みたいの、何ですか?」

きょとんとしているマリーさんに、「どうぞお気になさらず」と答え、少々待つ。

やがて、掃き出し窓の外に、馬丁に連れられたアルフォンスがやって来た。

「そんじゃお嬢、俺はお祈りの時間なんで」

「その祭壇の場所、後で教えてよ」

「イヤっす!」

また断られた! あと、『お祈りの時間』て、決まってんのか! メッカか!

「お呼びでございましょうか?」

去って行く馬丁を少し気にしつつ、アルフォンスが尋ねてきた。

「少し訊いてみたい事があって……」

「何なりと」

笑顔で言うアルフォンスに、私もにこっと笑ってみた。

「護衛騎士を辞める予定はありますか?」

尋ねた瞬間、アルフォンスの笑顔が固まった。

ははは。怖ぁい。めっちゃ固まってる。

「………質問の意図を、お尋ねしても?」

「少し思っただけ、でしょうか?」

「……そうですか」

ふー……と、長い溜息をつかれた。スマンな、精神にダメージを与えてしもうて。

「答えは『否』です。この腕が剣を持てぬ程に衰えたなら、その時には退きましょう」

うん。

そう言うと思ってた。

別に試した訳じゃないからね。……後でフォローしとこう。

「おかしな質問に答えてくれてありがとう。……あ、あともう一つ尋ねたいのですけれど」

「はい」

「モリス・サンディルという少年を知っていますか?」

尋ねると、僅かな間があって、それから思い出したというように頷いた。

「はい。現在、騎士学院に在籍していたかと。……彼が何か?」

不思議そうな顔をしたアルフォンスに、にこっと笑うとマリーさんを手で示して見せた。

「彼女が彼を知っているそうで。現在どうしているのか、少し知りたかったようです」

「そうですか」

マリーさんがちょっと慌てているのだが、別にこれといって嘘も言っていないのだからいいだろう。

「お二方は、騎士団の入団試験の仕組みをご存じですか?」

尋ねられ、私はマリーさんと顔を見合わせきょとんとした。

「私は、知りません……」

すいません、とマリーさんが小声で言った。

大丈夫よー。そんな恐縮するような事じゃないから。

貴族令嬢で知ってる人の方が、多分少ないから。

「騎士学院の卒業資格を有し、実技と筆記で一定以上の成績を修め、その上で面談……ではありませんでしたか?」

「仰る通りです」

頷いているアルフォンスはいいとして、マリーさんが小声で「エリザベス様、素敵~」とかほざいてんだが……。素敵~の意味が分からんのだが。

「お尋ねのモリス・サンディルは、その『面談』で入団試験を二度落ちています。なので現在も自主的に騎士学院に残っているようです」

「二度……」

はい、と頷くアルフォンス。

でもあの少年、『騎士』としては見どころがない訳じゃなさそうだったんだよな。

『護衛騎士』としては、見どころゼロだったけど、……ってもしかして。

「彼はもしかして、『護衛騎士』を志望していますか?」

尋ねると、アルフォンスがにこっと笑った。

「はい。仰せの通りです」

「もし貴方が面接官であったとするならば……?」

彼を通すのか、通さないのか。

「不可以外にありえません」

綺麗な笑顔できっぱり言い切ったアルフォンスに、やっぱりな……という思いになった。

彼は恐らく、あの幼い日の脳筋少年から変わっていないのだ。

……アレを導くのかー、ヒロインちゃんて。ゲームのヒロインちゃん、マジ天使じゃね?

「本年度の採用面接は、グレイも担当したようです」

わお。アルフォンスが不可とするのだ。グレイ卿ならば―――

「不可、一択でしょうね」

それしかないわな。と告げると、アルフォンスは肯定するようににっこりと笑った。

アルフォンスを下がらせて、私はあともう一つ、気になっていた事をマリーさんに訊ねた。

「そのゲームには、『悪役令嬢』などは居るのでしょうか?」

「いえ、居ません」

笑顔ではっきりと言うと、マリーさんは軽く息を吐いた。

「ていうか、ストレス解消とかでゲームするのに、なんで彼女付きの男落として修羅場を演じる……とかわざわざしなきゃなんないんでしょうね? フツーにただ恋愛だけしてりゃいいと思うんですけど……」

「同感です」

心から、同感です。

てことは私は、悪役令嬢などではないのか。

じゃあ、卒業パーティで断罪→婚約破棄コンボとか、そういうのもないんだな。……あの殿下が、そんな馬鹿な真似やらかすとも思えないし。

殿下が誰かを断罪しようとしたら恐らく、相手は気付いたら居なくなってるパターンだと思う。

……ていうか、気付いたら姿見なくなってる貴族とか、そこそこ居るんだよね、実際……。

悪役でない事は、素直に良かった。

でも何か、ちょっと引っかかる部分もある。

うん。ちょっと考えてみようかな。この、『ゲームと現実の齟齬』について。