作品タイトル不明
キャスリン閑話④:郷愁を知る
リンがクローゼットの肥やしにしていたらしい服を着てスタイルチェック。
「うん、まぁまぁ見れるわね」
『失礼な。どこかに出かけるの?』
「えぇ。デートに誘われたから行ってくるわね」
鏡の向こうでリンが誰と行くんだとか、変なことしないでよとかワーワーと言ってるけど気にしなくていい。
変なことって何なのよと聞いたら、顔を真っ赤に染めていたから、碌でもないことだというのは分かった。
「耳年増ね」
『っ! う、煩いわねっ!』
「うふふふっ。じゃ、行ってくるわね」
そう言って手を振れば、リンは素直に手を振り替えし『気を付けてね』なんて気遣いまでしてくる。本当にお人好し。スヴェンとお似合いよね、なんて思ってしまう。
待ち合わせ場所に向かうと、同僚の田渕さんがこちらに向かって手を振っていた。
「お待たせしました」
「私もさっき来たところよ。行こっか」
棚卸しの後から、田渕さんと妙に仲良くなった。
彼女は三十代後半で旦那さんも子どももいるらしいが、子どもは高校生になり遊んでくれないらしく、旦那さんは平日は仕事。なので、平日デートしようとなった。
大型商業施設で、プチプラなのに高級見せ出来る化粧品などを教えてもらった。
化粧は侍女たちにさせていたから、全くやり方が分からなかった。初めのころはリンの手持ちの化粧を使い、鏡を通してリンに教えてもらったり、動画で見様見真似でやっていた。
最近、残りが少なくなっていたので、田渕さんにどこで買っているのかと聞いたのが今回のデートの始まり。
「そっか、今まで使っていたのがどこで売ってたのかも覚えてなかったんだ」
「ええ」
嘘をついて申し訳ないとは思う。ただ、そうとしか言いようがなかった。リンに聞けば済むし、同じものならネットで買えば済むんだろうけど。
自分だけの化粧品も欲しくなったのよね。なぜか。
数店舗コスメショップを巡って、田渕さんオススメのものと、色やデザインが気に入ったものを買った。
「あっ! 衣類の新商品を見に行ってもいい?」
「ええもちろん。お好きなブランドなんですか?」
「違う違う。ほら商業施設って――」
大型商業施設にはお手頃なブランドも少し高めのブランドも入店している。私たちがいるのはそういったところより一段ほど上のデパートで、取り扱われている服も一段ほど上の金額。
ただ、服の流行りはそう変わらないのと、新商品のデザインもわりと被りがちなので、敵情視察と流行りの組み合わせなどを確認しに行きたいとのことだった。
「なるほど。勉強になります」
「ふふっ。これね、凛ちゃんが教えてくれたのよ?」
「私がですか?」
「そっ。と言っても、前のなんだけどね。だから、いつかお礼したいなぁと思っていたのよね」
こんなところでも、リンの真面目さを垣間見る。リンって、本当に真面目でお人好し。親身になって話を聞いてくれた、なんてことをよく聞く。
玲くんにも好かれるわけよね――――。
「凛ちゃん? ごめんね」
「え?」
「前の話なんて聞きたくなかったよね」
「あっ。いえ、古い友人の話を聞くみたいな感覚で、嬉しいですよ」
余計な思考に陥って、表情が曇っていたらしい。田渕さんに気を使わせてしまった。
私、駄目駄目ね。
「そう? じゃあ、次はあっちのお店に――んんっ? あれ、黒田エリマネじゃない? え? 彼女? もう彼女できたとかある? え?」
「黒田エリマネ……ですね」
次のお店に向かおうとしたとき、笑顔が可愛らしい女性と腕を組んだ黒田玲を発生した。
どんどんとこちらに向かってくる。
足が竦んで歩けない。息が苦しい。目眩がする。
「――――凛!? うそ、偶然!」
玲くんと腕を組んでいた女性が目の前まで走ってきて、私を『凛』を呼んだ。
慌てたように顔を覗き込んでくる。
「凛っ、どうしたの!? ねぇ、大丈夫!?」
「……だれ?」
喉が締め付けられていて、やっと出たのはその言葉だけだった。
「本当に記憶喪失だったんだ……もう! 親友なんだから、一番に教えてよっ!」
「 陽菜(はるな) 、責めるなって言っただろ」
「あっ……ごめん」
女性の後頭部を黒田玲がコツンと軽く叩いた。女性は、軽くごめんごめんと謝って、直ぐに私に視線を戻してくる。
陽菜……リンの親友だった。そして、黒田玲の妹。
写真では見ていたのに。
実物と写真は少し印象が変わるから気付けなかったのか、黒田玲といるところを見たせいで動揺しすぎて気付けなかったのか。
認めるしかない。きっと、後者だ。
陽菜に一緒にランチをしようと言われたが、田渕さんとデートしているからと断った。
黒田玲とは一言も話さなかった。
田渕さんと遅めのランチを摂りながら、他愛のないおしゃべり。
ご家族のことを聞いては、笑ったり驚いたりした。
この世界の人々は元の世界の貴族たちより自由だ。金銭は人それぞれだけど、心が裕福なのだろう。
平和で、温かな世界。
でも、ちょっとだけ淋しい。
やっとリンの気持ちが分かったかもしれない。
家族に、会いたい。
お父様は元気だろうか?
リンはお父様を大切にしてくれるだろうか?
私は、この世界で一人きりだ――――。