軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

キャスリン閑話③:芽生えていた想い

気付いたときには、落ちていた――――。

休みの日、なんとなしにテレビを眺めていたら、数日前に入籍報道されていた女優のインタビューが流れた。

「恋ねぇ」

リンも黒田玲も、一喜一憂して楽しそうなのよね。

生まれてこのかた恋などしたこともない。

幼いころに『お父様と結婚する!』とか言っていたらしいけれど、それはカウントしなくていいでしょうし?

幸せそうに微笑む女優を見てふと思った。私とスヴェンの結婚は本当に『幸せ』の『し』も無かったな、と。

政略結婚が当たり前だから。

国王陛下に命令されたから。

王族の一員だったから。

全てのことを他人が決めた、というより私が一切関わらなかった。

婚約が決まってから結婚までの間に、スヴェンから何度も手紙が届いていたけれど、 読まなかった。

初顔合わせのときも結婚式のときも、スヴェンは私を気遣って 話しかけていた。でも私は、最低限の返事しかしなかった。

スヴェンは相手に寄り添おうとするタイプだと思う。心が広いし、我慢強い。それは使用人たちや領民たちと話しているのを横目で見ていただけで分かった。

そんなスヴェンでさえも、私の態度には手を焼いていた。

話しかけられても無視する私と、立場的に話しかけ続けるしかないスヴェン。

そうやってお互いが意固地になり、戻れないところまで進んでしまった。

「幸せって、なんなのかしらね?」

ベッドに寝転ぶと同時に漏れ出たその言葉は、一人暮らしの部屋に妙に響いた。

全てと言うほどではないけれど、色々なしがらみから解き放たれて、今この瞬間も自由を感じている。

あの世界になかったものが、ずっと何かが足りないと思っていたものが、ここにはある。

なのに、なぜだか分からないけれど、喉の渇きのようなものも感じている。

「ねぇ、恋するって、幸せなの?」

在庫部屋で同僚と棚卸しをしていたら、黒田玲が丁度よく来たので聞いてみた。

だってあまりにも分かり易すぎるんだもの。

あわよくばリンと二人きりになろうとしているし、リンが返事をするしかないような話の流れにしているし。

いまも、リン(私)と目が合った瞬間に、表情を少し緩めた。

黒田玲からは性的な下心ではなく、なんというか純粋な『好意』を感じる。

それが、とても…………居心地が悪い。

「え、は? なんで、急に」

黒田玲は耳を少し赤らめながらも、在庫部屋に他の従業員がいることを確認して冷静を保とうとしていた。

「だって貴方、 私(リン) が好きなんでしょ?」

「っ!? おまっ……ここで…………!」

顔を真っ赤にして口をハクハクとさせている黒田玲を見あげていたら、在庫部屋にいた同僚の田淵さんに袖をツンと引っ張られた。

「き、木八洲さん、私席外そうか!?」

「いえ大丈夫ですわ。雑談ですので」

仕事中に雑談もどうかとは思うけれど、この職場は同僚たちが和気あいあいとおしゃべりをしているので、大丈夫。

「雑談なの!? え、雑談!?」

「はい」

「いたたまれない! 黒田エリマネがいたたまれない!」

田淵さんに「棚卸しは私がしておくから、二人で休憩に行っておいで!」と、在庫部屋を追い出されてしまった。

「玲くんのせいで追い出された」

「いや、明らかに凛のせいだよな!?」

「まぁいいわ。上のフロアの喫茶店にでも行きましょう」

「いや、サボるなよ」

もともと田淵さんとキリのいいところで休憩に行こうと話していたので、今が『キリのいいところ』だと言うと、黒田玲がため息を吐きつつ後ろからついてきた。

喫茶店で昼食と飲み物を頼むと、黒田玲が不思議そうな顔をしていた。

「凛、アボカド苦手だろ?」

「私は、貴方が知っているリンじゃないもの」

「あ…………すまん」

苦しそうな表情で俯き謝る黒田玲。

こういうところは可愛いなと思うのよね。

私の状況を理解しようとしてくれるし、私ではなくリンを見ていたことに対して罪悪感も抱いてくれる。

「ねぇ、リンのどこがいいの?」

「……」

そう聞いた瞬間、黒田玲の顔が明らかに不機嫌なものになった。

「いくら凛でも、そういう聞き方はされたくない」

それは明らかな拒否だった。

「……そう」

「飯食ったら仕事に戻るぞ」

「うん」

黒田玲と一切の会話をせずに食べた昼食は、何の味もしなかった。

会話のない食事なんて、スヴェンとで慣れていたはずなのに……。

その夜、黒田玲からメッセージが届いた。

『今日は感情的になってすまなかった』

気にしなくていいと返事すると、そこは私こそごめんなさいと謝るとこだと言われた。

『嫌よ。私、悪くないもの』

そう送ってから十数分待っても返事は来なかった。既読の表示はすぐに出ていたけれど。

これは本格的に怒らせたかなと思っていたとき、電話が鳴った。

表示は【黒田 玲】

リンは全員をフルネームで登録している。しかも律儀に名字と名前の間にスペースも入れて。

あの子の真面目さが伺い知れる。

電話には出なかった。

どうせ、スヴェンのときのように怒られるだけだろうから。

それから一時間ほどして、メッセージがまた届いた。

『俺はさ、凛が好きだよ。だけど、アンタは嫌いだ』

その文字を見た瞬間、心臓がギリギリと締め付けられて、死んでしまうのかと思った。

痛くて、苦しい。視界がブレる。

震える指でスマホを操作した。

『私も、私が嫌いよ』

『私は貴方の大好きな凛にはなれないわ』

――――私は、リンじゃないから。

連続でメッセージを送信していたら、スマホの画面にポトリと雫が落ちた。

そこでやっと自分が泣いているのだと分かった。

泣いている理由が自分でも分からなかった。

ただただ、苦しい。

止まらない涙を拭いながらスマホ画面を閉じた。

ふと、脳内に昨日見たテレビの音声が流れてきた。

気付いたときには、落ちていた――――。

あぁ、私も落ちていたのかと納得した。

そして、終わったのだとも。

世間一般的には遅いであろう私の初恋は、認識したと同時に終了を告げていた。