作品タイトル不明
17:本人に聞くって怖い。
執務室に入ると、スヴェンがパアッとした明るい笑顔で迎えてくれた。
「お仕事を邪魔してごめんなさい」
「んー、何か深刻そうだね?」
「少し……お話したくて…………」
スヴェンにそう言うと、少し困ったような顔をされつつ、ソファに移動しようと勧められた。
三人掛けのソファの端に座りなんとなく居住まいを正すと、スヴェンが立ったまま首を傾げて、私の右隣に座った。なぜかいつもより近くて少し離れたいなと思うものの、既に端っこに座ってしまっているから逃げられない。
――――近い。
「さて、どんな悩みかな?」
「っ…………私、そんなにわかりやすいですか?」
スヴェンが困った顔から今度は苦笑いに変わってしまった。困らせたくもなかったし、呆れられたくもなくて、それはほとんど自己中心的な考え方で、それじゃ駄目だと思うものの、止められない。
「そうだね。最近、私が君をよく見ているから、かな」
スヴェンの含んだような言い方に、少しの希望や期待を持ってしまいそうになるけれど、勘違いしたら駄目だ。
ちゃんと伝えて、ちゃんと話し合って、ちゃんと決めなきゃ。
「私って、これからどうしたらいいんでしょうか?」
「これから?」
「ずっとここに居続けるわけにはいかないなって……」
続きを言おうとしたけれど、隣にいるスヴェンから張り詰めたような空気が漏れ出てきて、続きの言葉を紡げなかった。
「ここを出てどこに? あてはあるのか?」
「っ……ない、です」
「それなら、なぜこんな話を?」
「…………ごめんなさい」
どうにかこうにか謝罪の言葉を呟くと、大きな溜め息のあと、「すまない」とスヴェンから謝られた。
なんでスヴェンが? と顔を見ると、なぜかとても不安そうな顔になっていた。もしかしたら私がそう思いたいだけかもしれないけれど、首を傾げて眉を下げられていると、そうとしか見えなかった。
「君を怯えさせるつもりはなかった。すまない。まだまだ自制心が足りないようだ」
「自制心?」
「ん、気にしなくていい。それで?」
「はい――――」
続きを促されたので、今度こそと伝えたかったこと、聞きたかった思いを口に出した。
使用人さんたちとどうにか関わるようになってきて、認識はキャスリンのままなのだと知った。記憶喪失や入れ替わりなどはなく、ただ反省したか何かで素直になったキャスリンなのだと。
元々のキャスリンも使用人さんたちの名前なんて把握してなかったし、侍女さんは入れ代わり立ち代わりだったので、そちらの把握もしていなかった。
執事は覚えている、ジョセフだと言われたが、執事さんはジェイムズさんだったし。たぶん、スヴェンの名前しか覚えてないんだと思う。
そんなんだから、使用人さんたちと初見みたいな雰囲気で話していても何も違和感がなかったようだった。
「私は…………っ、ずっとキャスリンでいなきゃ駄目でしょうか?」
「キャスリンで?」
「私は凜です。キャスリンじゃない。でもここではキャスリンでいないといけないから……苦しいです」
皆に酷いことをしたのは、私じゃない。でも、私の罪だと毎日突きつけられてしまう。皆の反応を見て「違う」と声を大にして言っても、怯えさせるだけだし、スヴェンに迷惑を掛けてしまいそうで、言えなかった。
記憶喪失で別人格だと言っても、結局はキャスリンのまま。本当は全く違う人間なのに。
「っ、すまない。私の配慮不足だ」
「ややこしい状況なのは分かっているんです。スヴェンを巻き込みたくなくて。でも自分ではどうしようもなくて…………キャスリンみたいな行動力が欲しいです」
スヴェンが私の右手をぎゅっと握ると、ただ「うん」と頷いてくれた。
「ずっとここにいるわけにいかないのはわかってるんです」
だってスヴェンには本の表紙にいたヒロインがいるから。スヴェンとキャスリンは離婚して、彼女と円満に再婚しなきゃいけない。
いくらスヴェンと仲良くなれても、いつかお別れしなきゃいけなくて、今の状況が辛い。
「待て、待ってくれ。誰だいその『ヒロイン』っていうのは」
本の表紙にいた女性の話をすると、そんな女は知らないと言われた。もしかしたら、離婚するためか何かで王都を訪れてそこで出逢うのかもと伝えると、心底嫌な顔をされてしまった。
「なぜ、いもしない相手を勧めてくる? 私は君といい関係を築けていると思っていたんだが?」
「っ……キャスリンとでしょう?」
「違う、君とだ」
――――君って、誰。
「私は、キャスリンでも、君でもないです……」
「リン」
スヴェンに名前を呼ばれて、心臓が止まるかと思った。そうか、呼ばれたかったんだ。誰でもなく、スヴェンに。私は凜だって。キャスリンじゃなくて、凜なんだって。
ぼたぼたと涙が落ちた。
ヒクリとしゃっくりが出て、ちょっと子供っぽい泣き声まで出てきた瞬間、スヴェンにぎゅっと抱きしめられた。
「リン」
「っ…………はい」
「リン、ここにいていい」
「でも……」
「リン、私はリンといたい。リンは違うのか?」
「違わない、です」
やっと、自分を見てもらえたようで嬉しくて、スヴェンに抱きついてわんわんと泣いてしまった。