作品タイトル不明
15:なんでかな?
厨房から部屋に戻り、なんとなくもやもやした気持ちを抱えたままでいた。
いつの間にかもう四ヵ月が経っている。流石に使用人さんたちも、私というかキャスリンの変化に気付いている。それでも伏せている理由ってなんでなんだろう?
一緒に夕食を取って、他愛もないおしゃべりはしていたけれど、スヴェンに直接聞けなかった。
周りに使用人さんたちがいるからっていうのもあるけど、そこに踏み込んで変な方向に話が進んだら、ここにいられなくなるかもという恐怖もあった。
「今日はなんだか元気がないな?」
「あ……ちょっと寝不足なだけです」
「ん? またあの女とおしゃべりしてたのか?」
「……はい」
こういうとき、キャスリンの存在はありがたい。つい言い訳に使ってしまっている。
ただ、スヴェンは私がキャスリンと仲良くしている話をすると、少し嫌そうな顔になる。
変なことを吹き込まれてないかとか、なんであんなのと仲良く出来るのかとか、嫌なことは言われてないかとかの心配もしてくれる。
キャスリンは話せば分かるタイプだった。それに、少しだったけど本で読んだり、スヴェンから聞いていた話よりもマイルドだったし、私の話し相手もしてくれる。
「あの、たまにはスヴェンもキャスリンと話してみません?」
「嫌だ。顔も見たくない」
「…………ですか」
キャスリンの顔は、今の私の顔なんだけどな。そして、鏡の中のキャスリンは、元の私の顔なんだけどな。
間髪入れずに断られて、なんだか自分の全てを否定されたような気分になった。
スヴェンの顔を見続けられなくて、視線を手元に移して落ち込みかけていたら、スヴェンが慌てて自分の方を見てくれと言った。
「すまない、言い方が悪かった。私はもう関わりたくないだけなんだ。キャスリンより目の前にいる君と話していたい」
スヴェンのその言葉は嬉しかった。でも、やっぱり心の奥底にもやもやは居続けて、なんでこんなにももやもやするのかは分からないまま。
夕食後、部屋に戻ってキャスリンといつもの報告会。
私とキャスリンが入れ替わっていることについて、使用人さんたちが一切知らないことが気になるとはなした。
こんなにも時間が経ってるのに、今さらそんな話なのと呆れられてしまった。
『入れ替わったなんて言ったら、頭を疑われるからじゃない?』
キャスリンは鏡の向こうで少し伸びた髪に指を巻きつけながら、興味なさそうにしているものの、一応話は聞いてくれている。
「確かにそうだけど……嘘でもいいから記憶喪失とか設定してくれたらいいのに」
『自分で言いなさいよ』
「私は記憶喪失です、って?」
そうそう、とキャスリンが頷くけど、勝手にやったらスヴェンが困らないかなと心配になる。
もしかしたら何かの思惑があって、皆には言ってないのかもしれないし。
『そもそもよ、なんでそんなにそこの設定にこだわるのよ』
「え……?」
『使用人たちの反応なんて関係ないでしょ? だってどう思われようと雇い主側なのよ? 立場は揺るがないわ』
いやそうだけど、そもそも雇い主はスヴェンだし。立場が揺るがないのはそうなんだろうけど。
『ねえ、なんで気になるの?』
「なんで…………」
考えがまとまってなくていいから、頭の中でぐるぐるさせずに、言葉に出すようキャスリンに言われて、ぽつりぽつりと紡いでいった。
なんでなんだろう?
キャスリンと呼ばれるのは別に気にはならない、だってほぼフルネームだから。
もうキャスリンじゃないのに、怖がられたりするのが辛いから?
うん、辛い。私は何もやってないのに、私が酷いことをしたみたいな反応は辛い。
『そうね。私が酷いことをしたものね』
「っ、あ……ごめんっ」
『いいのよ。こっちの世界に来て、本当に酷かったなって反省してるのよ』
キャスリンが鏡の向こう側でくすりと笑った。自分の顔なんだけど、今は全然違う顔に見える。既にお風呂に入ったみたいですっぴんだから、化粧で印象が違うとかでもない。
中身が違うと、醸し出す雰囲気も違うんだよね。
キャスリンがそうなんだから、私もそのはずなんだよね。
なのに私はずっと、恐ろしいキャスリンという存在のままで扱われている。
「私はキャスリンじゃないのになぁ……」
『それよ』
「へ?」
『貴女はリンなのよ』
そりゃそうだけど? と思ったところで、キャスリンの言いたいこと、自分が何にモヤッとしていたかに気がついた。
私は凜なのだ。凛として見られたい。キャスリンじゃなくて私を見てほしい。
皆の前でも凜として扱われたい。
『聞く限り、あの男は既にリンをリンとして見ていると思うけどね』
「そうなのかな?」
キャスリンと呼び掛けられたことは確かにない。ただ、キャスリンみたいにリンと呼んでくれもしない。いつも『君』なのだ。
「凜って呼ばれたい」
『そうね、分かるわ』
――――あ、そうか。
「キャスリンも、本当の名前では呼ばれたい?」
『ええ、そうね。でも私は愛称がリンだったからそこまで気にはならないわね。ただやっぱりこの体は自分のものじゃないなと思う時はあるわ』
その感覚はよくわかる。普段は顔が見えないけれど、手足の形や声、視点の高さが少し違う。
「ねぇ……キャスリンはもとに戻りたい?」
『それを聞くなら、自分の意見を先に言いなさい』
「ごめん、聞かなかったことにして」
『はいはい』
「ごめんね……」
キャスリンに私はいちいち気にしすぎだと言われた。勇気を持ちなさいと。
『あの男は嫌いだけど、人の話を聞く男だってのは知ってるわ。話し合いなさい』
「うん。キャスリン、ありがとう」
『じゃ、お笑い見るから布掛けるわよ?』
「うん、またね」
キャスリンは優しい。
こういう時は大好きな番組があってても、録画にしてから私の話を聞いてくれる。録画予約するからちょっと待ちなさい! って言われはするけど。
おやすみと挨拶して、今日の報告会は終わった。