作品タイトル不明
14:美味しい?
ホットケーキをいたく気に入ったらしいスヴェン。それからというもの、ちょくちょく作ってくれと言ってくるようになった。
材料費は気にしなくていいとも。
ちょっと申し訳なくなりつつも、そこは甘えることにした。
スヴェンが執務室で書類整理などのデスクワークの日は、休憩時間に合わせておやつと飲み物を持って行く。そして、執務室内のソファに並んで座り、一緒に休憩を取るのがルーティンとなった。
「今日は何を持ってきてくれたんだい?」
「オランジェットというオレンジとチョコのお菓子です」
オランジェットは、物凄く手間はかかるものの、それだけの美味しさがあるお菓子だ。
先ず、オレンジを綺麗に洗い、串で皮に小さな穴を大量に開ける。ブスッと刺さなくていい、見えるか見えないかくらい。そうしたら、オレンジを丸ごとのままお湯で数分茹でる。
冷水で冷ましたオレンジを輪切りにし、砂糖水で十五分ほど煮詰める。
ここからがエグい。
煮詰めたら、半日ほど冷却と浸透の時間を取るのだ。しかも、砂糖を追加してまた煮詰めるという工程をあと二回繰り返す。
そして、しっかりとシロップを切ったオレンジを、網タイプの天板に並べてオーブン窯で一時間ほどじっくりと焼く。ここで焦げたりしないようかなり注意が必要だった。
焼き上がったら、これまた一日ほどしっかりと冷まして自然乾燥する時間が必要になる。ここまでで既に三日掛かっているのだ。自分で始めておきながら本当に大変だった。ただその後はとても楽。
自然乾燥が終わると、ベタつきのないカリカリのオレンジコンフィの出来上がり。それを溶かしてテンパリングしたチョコレートに半分だけ潜らせて、チョコレートが固まったら完成。
「ん! これ、すごく美味しいな。まだある?」
「はい、日持ちするのでかなり多めに作っています。お部屋にも届けておきますか?」
「うん、頼むよ。ありがとう」
スヴェンはいつも笑顔でお礼を言ってくれる。だけどお礼を言いたいのはこちらなのだ。
私はただ作ることよりも、食べた人の顔を見るのがとても楽しいと感じていたんだなと、新たな発見にも繋がった。
だってそうじゃなきゃ、何日もかけてオランジェット作ろう! とか思い立たなかった。確かに手作りのオランジェットは好きだし美味しいけど、随分と昔に一度作ってみて二度と作りたくないなこれ、って心底後悔したやつだったから。
何よりも進歩したなと思うことは、厨房に入り浸るようになって、キッチンメイドという役職の使用人さんたちと徐々に打ち解けてきたこと。そして、作りすぎたものをお裾分けしている内に、作り方を教える関係まで進めたことだ。
「あ、そうそう。もうすぐ王都から良いものが届くよ」
オランジェットをパキッと食べながら、スヴェンがにこにことしてそんなこと言い出した。
「王都!? って、もしかして………………」
私たちの共通の話題はかなり少ない。だから王都という単語でピンときてしまう。スヴェンがお米を手配してくれていたんだろうと。
鼻の奥がズンとする。
涙が出そうになって、瞬きを繰り返した。
「っ、あり……がとう、ございます」
やっとのことでお礼を言うと、スヴェンが柔らかく微笑んでそっと頭を撫でてくれた。
きっと取り寄せるのに随分とお金も手間も掛かったはずだ。申し訳ない気持ちもあるけど、とても嬉しかった。
「届いたら、一番に食べさせてくれるかい? 君の手料理を」
「はいっ、もちろんです!」
このとき私は、スヴェンがお米が食べてみたいから出た言葉なんだろう、と勘違いしていた。
「そろそろよ? そのくらいでひっくり返すの」
もうすぐお米が届くということもあり、お菓子ばかりではなくおかず系にも手を出すことにした。今はキッチンメイドさんたちとお好み焼きもどきを作っている。
小麦粉と卵と水と出汁になるもの、キャベツの千切りを入れて混ぜるだけでかなり本物に近づく。パスタ麺を柔めに湯掻いたあと、カリッとなるまで焼いてその上にお好み焼きを乗せても美味しい。
タレはウスターソースに似たものやマヨネーズはあったので、ケチャップなどと混ぜてオーロラソースを作った。
焼き上がったお好み焼きを、使用人さんたちと一緒につまみ食いしていたら、以前の奥様と全然違う、という話しになった。
「やっぱり、そんなに違う?」
「はい。その、今の奥様なら聞けるかなって……いったい何があったんですか? 離婚とかの話はちょっと聞いてしまったのですが」
「あ…………うん。ちょっとね」
そこで、会話に妙なズレがあることに気付いてしまった。彼女たちは、私が『キャスリン』だと思っている。キャスリンが心を入れ替えたとか、記憶喪失になっているとか、そういう感じで捉えられているようだった。
そして、スヴェンからは何も聞いていないということも分かった。
――――なんで?
そう思うものの、スヴェンにどう聞けばいいのか分からない。