作品タイトル不明
12:なんかそわそわしてない?
市場での視察兼デートらしきものから、食事のたびにスヴェンから話しかけてくることが多くなった。
その時の食べ物の会話から、好きだったかとか、苦手なものはないのかとか。
苦手なものはないと伝えると、スヴェンが何故か『そんな気遣いは必要ないよ』的な生ぬるーい微笑みを溢されながら、気を使わなくていいと言われた。
いや、普通に好き嫌いがないんですけどね?
「え……ないのか?」
なんでか心底驚かれた。身体はキャスリンだから味覚も一緒だと思われたのかな?
「はい。特には……あ、すごく辛いとか、すごく苦いとかは苦手ですけど」
「んははは。ん、それは私もだ」
ですよねー、とつられて笑うと、スヴェンが青い瞳を大きく見開いて一時停止した。どうしたのかと首を傾げて反応を待っていると、とても柔らかな微笑みを溢された。
「君のそういう笑い方は初めて見た」
「っ、そう、ですかね」
異性に向けられたことのない表情と言葉に、なんとなく恥ずかしくて俯いてしまった。
食事を終えていつも通り部屋に戻ろうとしたら、スヴェンがまだ話さないかと言ってきた。
「今日は休みなんだ」
「え……はい」
そういえば今日はいつもよりラフな格好をしているなと思っていたけど、それでかと納得した。いつもはお貴族様ってくらいにかっちりした正装に近い服だったり、騎士様って感じの服だけど、今日は少しゆるいサイズの白いシャツと焦げ茶色のズボンだけだった。
話す話題はあんまりない気がしていたけど、思ったよりも会話は弾んだ。
別の日には、執務の間に抜け出てきたとか言いつつ、少しお茶に付き合わないかと、中庭に誘われた。
お昼でも随分と寒くなってきたのに外で? と思ったら、もこもこの毛皮のコートを渡された。中庭のガゼボとかいう屋根の下にテーブルとベンチのあるところで、草花に包まれながら、温かい紅茶を飲みながらおしゃべりをした。
また別の日には「城下町まで出かけるんだが、一緒に来ないか?」と誘われた。普段の格好でもいいのかと聞くと、構わないとのことだったので侍女さんにお願いしてコートを出してもらった。
「髪はどうされますか?」
「自分でまとめるんで大丈夫です」
出来るのは前髪を編み込んで、後ろでくるりんぱってするやつぐらいだけど、庶民的な恰好だしそれでいいよね? 髪飾りは……買ってもらったやつでいいかな。バレッタみたいな感じで使いやすいし。
「お待たせしました」
「……んっ」
スヴェンがジッとこちらを見たあと、手の甲で口を押さえてそっぽを向いてしまった。どういう反応なんだろうか? ケホッと小さく咳き込むのが聞こえたので、ただ単に咳が出そうで顔を背けたのかな。
「風邪ですか? 最近すごく寒くなったんで気を付けてくださいね」
「っ、ん。ありがとう」
城下町を歩いていて、お菓子屋さんに到着した。どうやら焼き菓子を買うらしい。執務の間にお茶休憩を取っているらしいから、お茶請け用かなぁと思っていたら、私と一緒に食べる用だと言われた。
「どれがいい?」
「え……っと、このチョコのものとか美味しそうですね」
「では、これを一箱」
――――箱買い。
「オレンジピール入のマドレーヌは好きか?」
「あ、はい。結構好きです」
「そっちは三箱」
――――三箱!?
大量のお菓子を買ったあとは、宝石店に連れてこられた。どれか欲しいものはないかと聞かれるが、部屋に溢れかえるほどある。いらないと断ると、見るからにしょんぼりとされてしまった。
それならとドレス店に連れられたけれど、やっぱりこれも部屋にいっぱいあるから、欲しいかと聞かれると欲しくはない。
ちょっとしょんぼりしているスヴェンに、ごめんなさいと謝ると、慌てたように気にしなくていいと言われた。
「気晴らしになるかと思ったんだが、君はあまり欲しいものがなさそうだ」
「あー。そうですね。キャスリンが持っているもので事足りていますし」
スヴェンが更にしょんぼりとしてしまった。
「何か欲しいものはないのか?」
「えっと急に言われても」
「やりたいことでも構わない」
やりたいこと。やりたいことはある。だけどそれを言っても迷惑を掛けそうで言えないなと思っていた。
だって、使用人さんたちに今でも怯えられるから。私付きだという侍女さんは、怯えることが少なくなってきた。だけど、日常的に常時関わらない使用人さんたちには、今でも悲鳴をあげられてしまう。
本当に、キャスリンってば、何をやらかしているのよ。あっちの世界が心配になってきた。
「ずっと部屋にいるのは辛いはずだ。皆の反応で君が傷ついているのは分かっている。言い含めてはいるが…………」
「それは仕方のないことだとわかっています。スヴェンのせいじゃないです」
ただ、私が臆病なだけだもの。ただ、すごく気まずくて、あの空気に耐えられないだけだから。
スヴェンが色々とはからってくれているおかげて、以前のように走って逃げられる程ではなくなっているもの。
「あの女、ほどだとあれだが。君はもう少しわがままを言うべきだ」
「わがまま、ですか…………その、貴族らしくないことでも?」
「ん、構わない」
言ってみても、いいのかも?
「あの…………料理がしたいです」
「料理?」
きょとんとした顔をされてしまった。そして料理人なのかとも聞かれた。ただ単に、家庭料理がしたいことを伝えると、意味がわからないといったような反応だった。
やっぱり貴族の人たちは自炊とかはしないらしい。
「私の世界では家庭で料理するのが当たり前なんです。ここで食べるものはとても豪華で美味しいんですけど…………」
「食べ慣れない?」
「っ……はい」
そうなのだ。食べ慣れない。手抜きされているけど温かい家庭料理が食べたくて食べたくて、仕方ない。
「ん。分かった。厨房に伝えておこう」
「っ! ありがとうございますっ!」
「ただし、出来上がったものは、私も食べたい」
――――え?
「手抜き料理とかですよ? 正確なレシピとか存在しなくて、その時々でちょっと味が違うような」
「ん、食べたい」
「……はい。後悔しても知らないですよ? 美味しくないって怒らないでくださいね?」
そう言うと、スヴェンは満足そうに頷いた。
――――変な人。