作品タイトル不明
第695話 『呪詛返しの札』
私の目の前には前公爵が座っている。
今はほとんどの使用人たちが、グルターレ商会の仮店舗に買い出しに行っているので、執事長しかそばにいないらしい。
紅茶をいれてくれたのは、執事長のようだ。
――美味しい。
ティーバックで、つい濃いめにいれてしまう私にしたら、かなり美味しいと感じる。さすが、高位貴族に仕える人は違う。
「モチヂュキ殿から、お話があるとのことだったが」
チラチラとエイデンのほうを気にしている前公爵。早くドラゴンの姿が見たいんだろうなぁ、というのが丸わかり。しかし、エイデンは完全スルーだ。
村に到着して、まだ使用人の方々が慌ただしいところで、ドラゴンのエイデンが現れたら、パニックが起きるかもしれないから、と、落ち着いたところで、という話になっていたのだ。
「あの、キャサリンのことなんですけど」
「何」
孫娘の名前が出たとたん、ギラリと目つきが変わった。
「いや、村で何かがあったわけではないんです」
本来なら、公爵令嬢のキャサリンには、もっと護衛騎士を連れて入らせたいところだろう。そこをキャサリンとエイデンの存在で、なんとか許してもらえたんだと思うのだ。
とりあえず、精霊たちから聞いた話を前公爵にも話す。精霊の言葉なんて、信じてもらえないかなぁ、と心配したのだけれど、思ってた以上にすんなり信じてもらえた。
「二つの瘴気ですか……一つは予想がつきますが、もう一つは」
やっぱり王太子の婚約者という立場は狙われやすいということなんだなぁ、と貴族の世界って大変だ、と毎度のごとく思ってしまう。
前公爵も、予想外の相手の存在に悩ましいご様子。
物理防御や魔法防御の魔道具を持たせているようで、呪いから身を守るための『呪詛返しの札』も密かに持たせているらしい。
どうもあの瘴気と呪いは、似たような存在だそうで、より強い思い(妬み、嫉み、憎しみ)がのっているモノが呪いと言われるものなのだそうだ。
『ああ、あのいたきれのこと?』
キャサリンのミサンガについていたはずの光の精霊が、なぜか私の肩に座って喋り始めた。
『あんなの、もうつかいものにならないわよ』
「えっ、ちょっと、どういうこと?」
肩をすくめて言う光の精霊の言葉に、思わず大きな声をあげてしまう。
「どうかしたか」
「いや、あの」
「ここにいる光の精霊が、その『呪詛返しの札』は使い物にならなくなってると言ってるんだ」
「な、なんですと!」
驚いて腰を浮かした前公爵。精霊を見たいのか、キョロキョロしているけど、エイデンにジロリと目を向けられて、ハッとして、素直に腰を下ろした。
『まぁ、わたしたちがいたから、なんとかもってたけど』
「ふむ、よく頑張ったな」
『ま、まぁねぇ』
エイデンに褒められて、光の精霊が自慢げに髪を靡かせている姿に、一瞬、某お笑い芸人が頭をよぎったけど、ここでは誰にも通用しないので、口にはしない。
「エイデン様、どういうことですか」
光の精霊の言葉を通訳するエイデン。
結論から言うと、そのお札、キャサリンが学校に行った初日に真っ黒に染まって使い物にならなくなっているらしい。
だったら、すぐに新しい物に変えてあげればいいのに、と思ったら、そのお札が入っていたのは、キャサリンの首に下がっているロケットペンダントの王太子の姿絵の下に隠してあるというのだ。
姿絵の下じゃ、気付かないだろう。
「教会の奴らめ!」
『呪詛返しの札』は王都の教会で、かなり高額の寄付をして手に入れたモノらしい。それが、初日でって、よっぽど呪いが強いのか、それとも札が使えないのか。
厳つい顔の前公爵の顔を見ると、赤鬼みたいになっている。あんまり怒りすぎると、脳溢血とかしないかと心配になった。