作品タイトル不明
第686話 日本で買った紅茶は、希少らしい
私たちは教会の応接室にいる。
前公爵の背後には執事長のヴィクトルさん。テーブルを挟んで向かい側に座っているのは、私とエイデンだ。
――エイデン、もうちょっと顔を緩めようよ。
隣に座る彼の無愛想な顔を見て思ってしまった。
目の前のテーブルには、紅茶とクッキーののった皿が置かれている。サーブしてくれたのは、結局、サリーのお母さんのマリアンヌさん。
やっぱり、貴族、それも前公爵という人相手は、厳しかったか。
前公爵はティーカップを手にすると、紅茶の香りをかぐと満足そうな笑みを浮かべてから一口。
「……ほお。これは」
驚いたように声をあげて、もう一口。気に入ってもらえたようだ。
ホッとした私も、目の前のティーカップを手にして、飲んでみる。
ちょっと驚きの美味しさに、目を瞠る。自分では、こんなに美味しくはいれられない。さすが、公爵家の侍女だ。
エイデンも余程美味しかったのか、口元に笑みを浮かべている。
「……こちらは、モチヂュキ様のほうでご用意されていた茶葉を使わせていただきました」
マリアンヌさんが伏し目がちに、前公爵にそっと告げる。
「素晴らしい。こちらはどこで」
「えーと、私の地元のほうで買ってきたものでして……」
嘘はついていない。
「そうですか。地元……」
凄く聞きたそうな顔をしているけれど、私はニコリと笑って誤魔化す。隣のエイデンが睨んだのか、前公爵は顔を強張らせて口をつぐんだ。
「もしよろしければ、今あるものは、プレゼントしますよ」
「よろしいので?」
若干前のめり気味に返事をしてきたのは、マリアンヌさん。目がキラキラしている。もしかして、味見でもしたんだろうか。
「は、はい。多くはないので申し訳ないんですけど」
「いえいえ! 希少なものと思われますから、頂けるだけで」
「え?」
希少、と言われれば、こちらでは手に入らない物ではある。
でも、あちら【日本】であれば、多少値が張るとはいえ、買えない物ではないので、ちょっとだけ、申し訳ないと思った。
――これは、キャサリンたちの滞在中に買い出ししてくるかな。
そんなことを考えていると、ティーカップを置いた前公爵が居住まいをただした。
「エイデン殿」
「……」
ジロリと前公爵を見るエイデン。私でもちょっと怖い。強面の前公爵も、顔色が悪い。
誰も身じろぎしない空間は、ピリピリしている。
ゴクリ
思わず唾を飲み込んだ音が、聞こえてしまう。
前公爵は、意を決したようにエイデンを見つめて、切り出した。
「キャサリンから聞いたのですが、エイデン殿は 古龍(エンシェントドラゴン) というのは、間違いないか」
「ああ。今は人の姿をしているが。それが何か」
「くっ!」
前公爵だけでなく、背後にいたヴィクトルさんも顔歪めて、しんどそう。
――これ、絶対、エイデンでしょ!
「エイデン」
私の一言の後、前公爵たちは、大きく息を吐いた。
「何してるのよ」
「何もしてないが」
飄々とした顔で、紅茶を飲むエイデンに、少しばかりムカッとする。
「も、申し訳ない。信じてないわけではないのだ」
前公爵は、もう一度大きく息を吐くと、エイデンをジッと見つめて、こう言った。
「実は、我が家の家宝に、『 古龍(エンシェントドラゴン) と聖女』と題した小さな肖像画があるのだ」