作品タイトル不明
<焔の剣>(1)
時は少し遡る。
グルターレ商会は、ビヨルンテ獣王国最大の魔の森、『幻惑の森』にあるエルフの里を拠点に、様々な国の村や町を巡っている。
今回もコントリア王国へと向かう街道を、グルターレ商会の馬車が走っている。
ただし、いつもと違うのは、馬車の速度。
今回荷物を運んでいる馬車は、ギャジー翁が開発した馬車に使われている軽量化の魔法陣が車体の底に描かれているおかげで、今までよりも早く走ることができるようになっているのだ。
おかげで、いつもよりも行商で町や村を回るのにかかる時間が、段違いに早くなった。
「もう少し時間がかかると思ったんだがな」
今回も護衛を任されているBランクパーティの『焔の剣』のリーダー、ドゴールが馬に乗りながら呟く。
五台連なる馬車の真ん中で、馬車に並走して馬を走らせている。
「ああ、そうだな。こいつらのペースと変わらないなんて、どんだけ軽くなってるんだか」
反対側を同じように馬に乗って走っているのは、熊獣人のマックス。彼が乗っているのは、かなり体格の立派な黒い魔馬だ。
身体の大きな熊獣人や虎獣人を乗せるとなると、一般的な馬は彼らを恐れて乗せてくれないので、人慣れしている魔馬に乗ることになるのだ。
熊獣人のマックスを乗せて馬車に並走している魔馬は、ドゴールの乗っている馬や、馬車を引いている馬たちよりも、一回りは大きく、かなり早い速度で走り、体力もある。
そんな魔馬のペースと変わらずに、馬車を引いている馬が疲れ知らずに走っているのだから、軽量化の魔法陣の力の凄さが分かるというものだ。
「ギャジー翁の凄さが分かるというものだな」
「さすがだね」
同じように声をあげているのは、グルターレ商会専属のエルフの護衛たちだ。
ギャジー翁というのが、魔道具師の世界でも、神のように崇められている存在だということくらいは、ドゴールたちも知っている。
そんなギャジー翁の魔法陣を、いったいいくらで手に入れたのか、予想もつかないドゴールである。
日がだいぶ高くなってきたことと、そろそろ休憩所が見えてくる頃になったので、ドゴールは先頭を走る馬車へと、馬を走らせる。
「サントス、そろそろ休憩所だ」
「わかった」
先頭の馬車の御者台に座っているのは、同じく『焔の剣』のメンバーで、人族で斥候役のサントス。
街道の周辺は木々に囲まれているが、少し先の左側に、空地があるのが見えてきたので、馬車はそこへと入っていく。
「先客か」
古びた幌馬車が一台に、人族の老人と若者、それに護衛と思われる冒険者らしき姿もあった。全員がずぶ濡れの状態で、火にあたっているようだ。
どんどんグルターレ商会の馬車が空地に入っていくのに、先客たちは目を大きく見開いている。
ドゴールは馬から下りると、老人のほうへと挨拶のために向かう。
「大人数ですまん。軽く休憩したら、すぐに出るので気にしないでくれ」
そう言いながら、いつも持ち歩いているドライフルーツを渡す。これはエルフの里の特産品で、他の国では高級品扱いになるものだ。こういった場所で、あいさつ代わりに渡すようにしているのだ。
「へ、へぇ。こ、こんな良い物を、よろしいのですか」
老人にはその価値がわかったのか、大きく目を見開いている。
「ああ、構わない。それにしても、なんで、そんなにずぶ濡れに」
老人の話によると、彼らはコントリア王国の国境近くの村の者たちで、獣王国に嫁にいった孫のところへと向かうところだという。
もうすぐ国境というところで、暴風雨に遭遇して、なんとかこの休憩所までやってきたのだという。
「暴風雨だと?」
そうして空を見上げるドゴールだが、今は快晴といっていいくらい。
街道の方へと戻り、コントリア王国のほうへと目を向けると、確かに黒い雲が広がっているのが見えた。
「……これは、少し様子を見た方がいいか」
ドゴールは眉間に皺をよせながら、呟いた。