作品タイトル不明
第622話 温泉に入っている間のこと
銭湯のシーンであれば『カポーン』とかいう効果音が聞こえてきてもおかしくはないだろうけれど、ここは露天風呂。真っ青な空が広がっている。
ただいま我々は男女に別れてお風呂に入っている。
「ふおぉぉぉぉっ」
「はぁぁぁぁ」
お湯に肩までつかった私とニコラは、思わず声をあげてしまう。
「すごい声」
ベシーとリンダには、クスクスと笑われてしまう。
自分でもおじさんっぽい声が出たと思うけど。
「もう! 入ってみればわかるわよ」
「身体洗い終わったなら、中に入ったら」
「はーい!」
いそいそと湯に入る二人をよそに、私は白濁したお湯で腕を撫でる。少しとろみがあって、これは肌に良さそうだ。
お湯の温度は少し高めなので、あまり長湯をするとのぼせちゃいそうだ。
隣の男湯のほうからは、子供たちの賑やかな声が聞こえてくる。
「おーい、五月~!」
「はーい!」
エイデンの声が壁越しに聞こえてくる。
「湯加減はどうだ~」
「ちょっと熱めだけど、これくらいでいいと思うー」
「おー!」
嬉しそうな反応が返ってきて、女子全員で笑ってしまった。
* * * * *
エイデン温泉(仮)は、獣王国の中でも少し北のほうの噴煙をあげている火山の近くにある。人が住む村は、少し離れたところにある。
しかし、この火山特有の 植物(ファイアーグラス) が薬の材料になることもあって、冒険者ギルドの常設依頼になっている。魔物の出没が多いこともあり、Cランク以上が対象だ。
エイデンたちが温泉につかっている頃、麓から登って来る5人の冒険者パーティがいた。人族3人、獣人2人で構成されている。
「ね、ねぇ……なんか魔物が少なくない?」
人族の魔法使いの女が、肩で息をしながら先行している同じく人族の剣士の男に声をかける。
「あ? そうかぁ?」
「……確かに、いつもなら襲ってくる岩石ウサギがいない」
「そう言われればそうかも」
「空にも、火山鷲もいないぞ」
「えっ!」
パーティメンバー全員が空を見上げる。
「……ちょっと、山のほうで何か起きてるんじゃない?」
「魔物がいなくなるのは、火山の活性化か」
「……強力な魔物が現れたか」
冒険者たちはゴクリと喉を鳴らし、火山の方へと目を向ける。
「……なんだ」
目を大きく見開いて驚いているのは、猫獣人の男。
「お前にも聞こえているか?」
もう一人のウサギ獣人の男は、長い耳をピクピクさせながら顔を引きつらせている。
人族よりも聴力が優れている彼らに、聞こえてきたのは子供の声。
「『妖精の悪戯』か」
「ここでそんなのを聞いたことなどないぞ」
彼らの言う『妖精の悪戯』とは、風の向きや地形で起こる共鳴現象のことをいう。
「また聞こえた! 子供の笑い声が!」
「上のほうからだ」
火山の上のほうには、ワイバーンの巣がある。ワイバーンの中でも凶暴と言われるレッドワイバーンの巣だ。Cランクパーティの彼らだけでは太刀打ちできない。そんなところに子供がいる可能性はない。
「……とりあえず、ファイアーグラスを採取したら戻るぞ」
「採りに行くの!?」
「もうすぐそこだろ。いくぞ」
リーダーの剣士の強い言葉に、他のメンバーは嫌々ながらも彼の後をついていく。
* * * * *
湯につかりながら、エイデンは山裾を登って来る冒険者たちの存在に気付いていた。
一応、この温泉周辺はエイデンの力で隠蔽の魔法がかけられているので、見ることはできないし、エイデンがいるせいで、魔物たちは逃げ出している。
凶暴なレッドワイバーンですら、温泉のある場所とは反対側、山の裏側に逃げてしまったくらいだ。
――子供らの声を聞いても引かないか。
敢えてガズゥたちの声を聞かせて、怖がって下山したのなら気にしなかったのだが、彼らはこちらに登って来ている。
エイデンがフッと息を吐いたと同時に、温泉の周囲に結界を張った。これで中の声は外にいる者たちには聞こえない。
「エイデーン」
「なんだー」
「そろそろ出るよー」
五月の声に、笑みを浮かべるエイデン。
「わかったー。おい、お前ら、出るぞ」
「はーい」
ザバッと勢いよく湯から出た子供たち。その後を、エイデンも続いて風呂から出るのであった。