作品タイトル不明
第565話 稲荷さんの意外な一面
大地くんの春休みが終わる三日前に、稲荷さんが迎えに来た。
「長い間、お世話になってすみません」
「いえいえ、こちらこそ、魔道具でお世話になりましたから」
「これ、よかったら、村の皆さんで」
ドンドンっと置かれていくのは、大量のお酒。ビールは瓶ビールのケースが10個、洋酒に焼酎、ワインの箱が山積みな上に、最後には。
「うぇ!? まさかの樽酒!?」
いわゆる1斗樽ってヤツだ。これすらも軽トラから軽々と下ろす稲荷さんは、さすがだ(遠い目)。
どんだけうちの村人が酒好きだって思っているんだろう。
……大きくは間違ってはいないけど。
魔道具といえば、結局、ギャジー翁と大地くんは、冷蔵庫を昨日までに完成させていた。
ちょっと規模が大きくて、業務用サイズなのが残念なところなのだけれど、それでも使える物が完成したのだから凄いと思う。
さすがにうちのログハウスには置けないサイズなので、もう少し小型化してもらいたいところではある。
「あ、電子レンジの件は、少し待ってもらってます」
なんでも、もう少しあちらで仕組みを勉強してから、ギャジー翁と一緒に作ろうという話になっているらしい。
だったら今、ギャジー翁は何をやっているのかといったら、モリーナが作った瘴気を魔石化した魔道具についての改良と、瘴気の魔石の再利用について検討しているのだとか。
瘴気の魔石、実はかなりの数になっていたりする。多すぎて、ほとんどの在庫は私が『収納』しているのだ。
「俺が戻ってくるまでに、何かしらの形にしておくって師匠が言ってました」
ギャジー翁の言葉なら、本当になんとかしそうだ、と思える。これがモリーナだったら、何の冗談か、とツッコミたいところだ。
「戻って来るって、どういうことだ?」
「ゴールデンウィークに、また来るつもりなんだけど」
「何っ!?」
稲荷さんは初めて聞いたのか、細い目が大きく見開かれた。
「おいおい、これから高校の寮に入るんだろう? この春はずっとこっちにいたもんだから、母さんがどれだけ寂しがったことか!」
「……ディアナがいるじゃないか」
「いやいや、ディアナはディアナ、アースはアースだろう?」
「はぁ……俺ももう65歳なんだからさぁ、いい加減、子離れしてほしいんだけど」
ディアナとは、確か大地くんの双子の姉だったはず。
大地くんのほうは、すでに親離れしているのか、かなり冷ややかに答えている。
「それでも、ゴールデンウィークは、顔だけでも見せに来なさい」
「えぇぇ」
「アース!」
「……気が向いたら」
「いや、気が向いたらじゃなく、絶対」
「めんどくさいなぁ」
「めんどくさいじゃなくてぇ、頼むから、来てくれよぉぉ」
ついには稲荷さんが悲痛な声で大地くんに縋りついた。顔色も悪い。
この休みの間に、ご家庭で何かあったのだろうか。
――この人、本当に神様なのよね?
しばらく神々しい狐の姿を見ていないので、本当にただの残念なオッサンにしか見えない。
「母さんが、母さんが、家出しちゃうからっ!」
今まで見たことがない稲荷さんの姿に私が唖然としていると、大地くんが大きくため息をつく。そして真面目な顔で私に言った。
「サツキ様、俺、絶対、来るんで」
「あ、う、うん」
「ほら、父さん、行くよ」
「アースゥゥゥ」
大地くんに引きずられていく稲荷さん。彼の意外な一面に驚きつつ、なんとなーく、嫌な予感がする私なのであった。