作品タイトル不明
<ゴードル子爵>
コツコツコツ
男の太い指が苛立たし気に執務机を叩いている。
黒光りする執務机の奥に座るのは、50代半ば、濃茶の豊かな髪の半分ほどが白く変わった男。その男の眉間には深い皺が寄っている。
「……まったく、使えん犬だな」
苦々しく言う男の目の前には、つい先日、獣王国との国境にある検問所から届けられたモノがあった。
それは、この男、ゴードル子爵の義娘たちに渡されている 身分証(ドッグタグ) 。この身分証は、ゴードル子爵家の裏の仕事、諜報や破壊工作を任されている者であることを示すモノであり、それが表に出てくるということは、その者が失敗したということでもあった。
ゴードル子爵には実子が3人、養子が5人いる。5人とも、愛人たちの連れ子。彼にとって、実子以外は、使い捨ての駒に過ぎなかった。
「たかだか、獣人の村を確認するだけの話だろうに」
チッ、と舌打ちをした後、目の前の身分証をメリッと半分に折ると、ゴミ箱へと放りこんだ。
最近、一部の狼獣人の冒険者たちの目覚ましい活躍を耳にする機会が増えていた。それは帝国に限らず、他国でも然り。
特に、ゴードル子爵領とは真逆の位置(東側)にあるオデブノ伯爵のジェアーノ王国攻略にも、狼獣人の妨害があったという報告がある。
――オデブノ伯爵も大変だ。皇帝の末姫の我儘(白狼族の子供の誘拐)に振り回され、挙句に、手に入れられなかった代償に、ジェアーノ王国攻略を押し付けられるとは。
その獣人たちが、どうも同郷の者らしい、ということまで調べ上げ、その村に何かあるのではないか、というところまで突き止めていた。
――それらしい狼獣人たちの仲間にまではなれた、という報告までは来たというのに。
最後の報告から、一向に連絡が来ないと思ったら、ボロボロの状態で国境まで逃げ帰って来るとは。
あまりにもみすぼらしい姿に、誰も貴族の令嬢などとは思わなかったという。その上、口もきけなかったようで、なんとか身分証を差し出して、検問所の中に入った所で息絶えたという。
手荷物もほとんどなく、報告書の類もない。
「……また別口で調べるか。それよりも、問題は」
ゴードル子爵は口をへの字にしながら、壁に貼られている地図に目を向けた。
その地図は帝国を中心に属国や周辺国を描いたモノ。その中に白抜きになった土地が2か所できていた。
一か所は、ビヨルンテ獣王国からコントリア王国側の山々の一部、もう一か所は帝国とジェアーノ王国との国境にある小さな点のようなモノ。それぞれ、漂白したかのように白く抜け落ちている。
――『神の領域』か。
忌々しそうに地図を睨み、ため息をつく。
――この2点についても、義娘たちに調査に向かわせたにも関わらず、何の音沙汰もないとは、どういうことだ。
ガタンッと音をたてて立ち上がったゴードル子爵は、窓際へと向かう。
――何が起きている。
ゴードル子爵の眉間の皺が一層深くなった。
* * * * *
薄暗い執務室の中を、精霊たちが飛び交っている。
身分証とともに、この城までやってきたのだ。
『こいつがわるいやつか』
『わるいやつー』
『あのいたっぺらもってるやつも、わるいやつー』
『わるいやつー』
『へやのくうきもわるすぎー』
『まっくろいの(呪詛)がいっぱーい』
『でも、なんで、あいつはへいきなんだー?』
『みろ、あのゆびわ!』
『!?』
精霊たちの視線は、ゴードル子爵の左手の中指にある大きな乳白色の石の指輪に集まる。
『ひかりのせいれいっ!』
石の中央に身体を抱えるように眠る光の精霊の姿がある。
これは人にはうすぼんやりとした模様に見えることもあり、その模様をいかしたデザインにしたのだろう。
『なんで、いしのなか!?』
『……いねむりしてて、いしになってもきづいてない?』
『ばかなの?』
『ばかなの?』
『ばかなんだな』
呆れた声をあげる精霊たちだったが、いつまでも石の中に閉じ込められている仲間を見捨てるわけもなく。
『おきろー!』
精霊たちの大号令で、石の中の光の精霊はパチリと目を覚ました。
『へ? あれ、どうなってる?』
『ねぼすけめー』
『ねすぎー』
『さっさと、そこからでてこいっ』
『ああ、そうだね』
石の中からするりと抜け出した光の精霊。そのせいで、ゴードル子爵の指輪は乳白色から透明に変わり……周囲の黒い靄が中へと入り込んでいく。
『これ、ほうちでもよくなーい?』
『そうだねー、ほっといても、そのまま、おちてくねー』
『それよりもー、このおしろのなか、たんけんしようぜー』
『……あのー、どういうこと?』
一人だけ状況がわからない光の精霊。
『まぁまぁ、とりあえず、ぼくたちといっしょにくればいいよ』
『たのしいよ?』
『……そうなのか?』
『ああ!』
『いくよー!』
最初に声をあげたのは風の精霊たち。バタンと勢いよくドアを開けた。
* * * * *
「な、なんだっ!?」
ゴードル子爵はその音に驚き、ドアのほうを振り向くが誰もいない。
しかし、あちこちで、悲鳴が聞こえてくる。慌てて廊下に出ると、壁紙が切り裂かれ、廊下にいたメイドたちの服までもボロボロだ。
「何が起きているっ」
「だ、旦那さっ……キャーッ!」
最初に気付いたメイドは叫び声をあげると、気を失った。
「ひーっ!」
腰が抜けたメイドは、ずりずりと床を這って逃げていく。
「どういうことだ」
ゴードル子爵はまだ気付いていない。
自分が、義娘と同じように、肌が真っ黒に変わってしまっていることに。