作品タイトル不明
<ヘドマン辺境伯>(1)
季節が春になり、本格的な帝国からの侵攻が始まることが予想された。
そのために、王都や隣の領からも増援部隊が派遣されてきている。
妻や娘は王都へと逃がし、嫡男で18歳のアーサーとともに、国境の砦の城壁から、帝国側へと目を向ける。
前線に出ていたアーサーは、先日の小競り合いで、右肩を負傷。剣を手にしても、力が入らず、戦闘することも危ういが、私の隣に立つことを望んだ。
「万が一、私に何かあっても、ラインハルトがおります」
明るく笑う息子の姿に、唇を引き結ぶ。
息子の婚約者には、必ず生きて帰すと約束をしたが、それも守れるかどうか。
目の前に広がる焼け野原。
その先にキラリキラリと光っているのは、帝国側の軍隊だろう。
忌々しい思いで睨みつけながら、ここ数カ月のことを思い出す。
最近、帝国側の動きが怪しいとの報を受け、嫡男のアーサーとともに国境へと様子を見に行った隙に、領都が獣人の傭兵によって襲撃を受けるとは予想もしていなかった。
国境に攻め寄せた帝国側の兵を押し戻し、なんとか城に戻ってみると、獣人の姿はすでになく、なぜか虚ろな目をしたドグマニス帝国の兵士たちだけが残っていた。
混乱している城内に、再び獣人が現れたとの報告に、一気に緊張感が高まった。
しかし、相手が有名な元Sランク冒険者で獣人のネドリ殿で、その彼が、次男のラインハルトの乳母のエメからの手紙とアルフの手甲を持って現れたとわかった途端、歓迎ムードに変わった。
本来、王都の屋敷に逃がしたはずだった息子が、まさかコントリア王国にいるとは予想もしていなかったが、ネドリ殿の知り合いに無事に保護されたと聞き、安堵した。
ただ、コントリア王国とジェアーノ王国は、いくつかの国を挟んで距離もあり、国交があるわけでもない。そもそも、この短期間で長距離を移動をするなどというのは、我が家にあるような転移陣でもなければ無理な話。この転移陣ですら、設置するだけで、どれだけの時間と魔力が必要だったかは、計り知れない。
ネドリ殿に移動方法を問えば、ただ苦笑いを浮かべ、そのうちわかります、とだけ答えて去って行った。
その後国境の砦では、何度か帝国側から攻撃があったらしいが、彼らの攻撃は一切効かなかった。むしろ何かが反撃すらしているようで、這う這うの体で逃げていく帝国兵の姿が確認されているくらい。
何やら強固な結界がはられているらしい、と、王都から派遣された魔術師団の部隊長、カッヘルからの報告があった。
「誰がこんなモノをやったのかはわかりませんが、いつまで持つかはわかりません」
カッヘルの言葉の通り、結界がもったのは、1か月程前まで。
その間の魔術師たちによる城壁の強化の魔法陣の設置や、新たな武器の増産が間に合ったおかげで、なんとかここまで防衛できたと言えるだろう。