作品タイトル不明
閑話:前レミネン辺境伯
前レミネン辺境伯のルートベルトは、暖かな日差しを受けながら、屋敷のサロンで妻のシャンナと一緒にお茶の時間を楽しんでいた。
お気に入りのお茶に笑みを浮かべるシャンナを眺めながら、ルートベルトも微笑む。
すでに現役を退き、息子に辺境伯の仕事を任せた前レミネン辺境伯のルートベルト。身体の弱いシャンナのことを慮って、辺境伯領の中でも穏やかな気候の田舎へと引きこもっていた。
コンコンコン
サロンのドアのノックの音に「誰だ」と少し不機嫌に返事をする。
『エヴァンスでございます』
「……入れ」
ルートベルトの返事とともに、ドアを開けて入ってきたのは、この屋敷の執事。田舎へ引きこもると同時に共にやってきた、長年の付き合いのある執事である。
「なんだ」
「は、坊ちゃまからお手紙が来ております」
「……仕事のことなら、わしは知らんぞ」
「中身まではさすがに……ただ急ぎとのことでしたので」
急ぎ、という言葉にピクリとするルートベルト。
しぶしぶといった顔で手を伸ばし、手紙を受け取り、中身を確認する。読み進めるごとに、ルートベルトの顔に喜びの笑みが広がっていく。
その様子に、シャンナはコテリと首を傾げる。
「何かよいことでも?」
「ああ、ああ! 姪のマグノリアが再婚するそうだ」
「マグノリア……ああ、亡くなられた 異母妹(いもうと) さんの」
「そうだ」
自分の母と姉に虐げられて、辺境伯家から追い出されてしまった 異母妹(いもうと) 。
ルートベルトは母たちとは違い、実の妹のように可愛がっていたが、それも彼女たちが異母妹を追い出した理由でもあったのかもしれない。
それもあって、若い時はケイドンの街に行った際などに、陰ながら見守ってきていた。異母妹が亡くなった後、マグノリアが結婚した時なども、心配で相手を調べ上げたくらいだった。
一時期、かなり劣悪な状況になってしまった姪のマグノリアとその子供たち。それに気付いた時には怒り心頭であった。
後に、そうなった根源であるケイドンの商会との取引が、すぐさま引き上げられたのは、ルートベルトからの指示だった。
その後、彼女たちの行方がわからなかったのが、ピエランジェロ司祭によって無事に保護されていると知り、安堵したものだった。
今回の情報源も、やはりピエランジェロ司祭からだった。
「今度の相手も冒険者らしいのだが……」
「まぁ……心配ですわね」
シャンナは左手を頬にあてながら、心配そうな顔で呟く。
「Bランクの冒険者とは書かれているが……本当に大丈夫なんだろうか」
ルートベルトは一瞬考えたのち、うむ、と頷くと、エヴァンスに目を向ける。
「エヴァンス、旅に出る準備を」
「は?」
「シャンナ、気候もいい。のんびり旅をするのもいいのではないか?」
「まぁ。貴方。自分でお相手を見極めようと?」
「それもあるが……」
ニヤリと少し悪い顔で笑うルートベルト。
「あの地には、 オーガスタス(エクスデーロ前公爵) も訪れたことがあるとか。気になるではないか」
「貴方、ちゃんと先方に、お伺いをたてないと……確か、かの地には」
「わかっておる。『神に愛されし者』のおわす地だ。失礼がないようにしないとな」
「ええ……特に、 ユリウス(辺境伯家長男) がすでにご面倒をおかけしてるのですから」
「う、うむ」
口をへの字にするルートベルト。
「それでは、私はマグノリアさんとお子さんたちへのお土産を考えないと。エヴァンス、ローノス商会を呼んでくれるかしら」
シャンナのほうが、すでにウキウキ気分になっている。
その様子に、ルートベルトはホッとする。
――まずはピエランジェロ司祭に手紙を書かねばなるまい。
お茶を一気に飲み干すと、ルートベルトは席を立ち、自分の書斎へと向かった。