軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

64.小悪魔ステラちゃん、手下を従える(チャーリー視点)

「私、こっちの味方するねえ」

ステラお嬢様の言ったことを、俺はすぐには理解できなかった。

そして直後、後悔する。

ザッと、音を立ててステラ様へと跪いた体勢で並んだのは、ヘイデンさんとイソシギさんだった。

二人のその行動を見て初めて、自身が出遅れたことに気が付いた。

(クソッ!)

内心、思わず毒づく。

不覚だ。

理由は分からないが、今お嬢様は、サーカス団の側に付くとおっしゃった。

それなのに俺ときたら、一瞬とはいえ呆けて、お嬢様と対立することとなった騎士の側に残ってしまっていた。

イソシギさんでさえ、すぐさまサーカス団員の男を拘束するのを止めて、お嬢様に従う意思を体現して見せたというのに。

己の未熟さが情けない。

「………どういうつもりだい、イソシギ」

「俺らの主はステラ様っスから」

ここまで数名の騎士を連れて我々とやって来たマルクス様のお婆様が、頬をひくつかせながらイソシギさんに尋ねるも、イソシギさんは真剣な目をして答えるだけだ。

それに対して、一つ溜息をついたヘイデンさんがゆっくりと立ち上がり、選手交代とばかりにイソシギさんに下がるよう手をかざして一歩前へと出る。

「訂正いたしましょう。我々はステラお嬢様のお父上、ゲイリー・ジャレット様に仕える使用人でございます。この場にご当主様がいらっしゃらない以上、詳細な状況が確認できるまでは、ご当主の娘であるステラ様のご意向が優先されるだけのことでございます」

「ハア。考えなしに屋敷を飛び出していくような、こんなちびっ子の意見が何だって!? あんたらがその当主に代わってここでは保護者役ってことだろう!? 年長のあんたまで、どうしたってんだい! しっかりとおしよ!」

「………」

信じられないと言いたげに放たれたお婆様の一喝は、さすがは元騎士団長というべきか、堂に入っていて迫力があった。

とはいえ、ヘイデンさんはといえば当然涼しい顔で、そんなお婆様の言葉も右から左、聞き流している。

というか、普段よりもなんだか嬉しそうなキラキラとした目でヘイデンさんがお嬢様を見ているが、何故なんだ?

「お嬢様、ご無事でらっしゃいましたでしょうか」

「ヘイデン、ありがとう。うん! 私もねえ、アーマッドも、ジュニアも、アリスも元気だよう」

「そうでございますか。そちらのお嬢様が、アリス様でしょうか。ご無事で何よりでございます、もうしばしそちらでお待ちいただけますか?」

「よよよ、よろしくてよ!?」

いつもの五割増しで笑顔のヘイデンさんは、ステラ様とお嬢様の新たなご友人、部屋の隅で先ほどからお婆様の喝の煽りを食って縮み上がっているアリスというらしい少女に言葉をかけた。

ご機嫌なヘイデンさんの隣で、こちらもなぜか目をランランとさせて意気込んでいるイソシギさんも「フンッ」と鼻息荒く立ち上がる。

「なんだい、あんたたち、正気かい? 騎士とやり合おうってのかい?」

「それがステラ様のお望みとあらば」

ヘイデンさんに問いかけるお婆様は、その表情こそ辛うじて笑みを保っているものの、明らかに動揺している。

さすがに死線をくぐり抜けてきただろう彼女には、ヘイデンさんたちと騎士の実力差がわかるのだろう。

彼女の背後では、やっと状況の変化についてこれたらしい数名の騎士が、敵対する立場になろうという我々の態度に苛立ちを見せ始めていた。

このまま戦闘となれば騎士たちに勝ち目がないことは俺にだって一目瞭然だというのに、彼ら自身はヘイデンさんやイソシギさんとの実力の違いが分かっていないらしい。

とはいえ、実のところ、動揺をしているのは俺もだ。

状況もまだ、うまく飲み込めていない。

お嬢様と対立することなどあっていいはずもなく、二人に続いてすぐさまお嬢様の隣へとはせ参じ、恭順の意は示した。

しかし、お嬢様によって、サーカス団が犯罪者の集団であるという情報がもたらされていたのも、また事実なのだ。

そんな彼らに味方するというステラ様の判断に、果たして『はいわかりました』と従っていいものなのだろうか。

マルクス様のお婆様の言うとおり、ステラ様と話し、本当にそれがステラ様の望みであるのか、間違いはないかと確認するべきではないのだろうか。

(なぜ、イソシギさんは……)

ヘイデンさんの考えがわからないのは、いい。

俺にとってヘイデンさんはまだまだ雲の上にいるような人で、そつのないヘイデンさんがステラ様の言葉にどう考え、一瞬で騎士と対立する判断を取ることが出来たのか、俺に見通せないのはまだわかる。

けれど、イソシギさんは違う。

軽んじるわけではないが、イソシギさんは俺にとって、それほど遠くにいる存在ではないはずなんだ。

むしろ、今までは、俺が一歩先を行っているつもりですらいた。

使用人としての仕事ぶりの成長速度も、ステラお嬢様と共に過ごす時間も、なにより、ステラお嬢様への忠誠心には絶対的な自信があったというのに。

なのに、遅れてしまった。

否、状況が膠着状態の今もまだ、迷ってしまっている。

イソシギさんはあんなにもあっさりと、そしてきっぱりと、即座にステラお嬢様の示した通りの行動を取ったというのに。

疑問も動揺も見せることなく、泰然として。

俺は、ステラお嬢様を疑っているのか?

けれど、まだ五歳であられるお嬢様の意思判断を疑うことは、間違いなのか?

俺も、忠誠心を示したい。

けれど、まだ五歳であられるお嬢様に、間違った道を歩んでほしくない。

この感情と思いは、ステラお嬢様に望まれているステラお嬢様の『 ひ(・) つ(・) じ(・) さ(・) ん(・) 』に、必要なのか。不要であるのか。

「ふざけやがって……」

「っやめな! あんたたち!」

「! ぐわっ!」

頭に巡る問いかけに意識を取られていた俺は、動き出した状況に、また一歩出遅れてしまった。

気の急いた者がいたのだろう、騎士の一人がヘイデンさんへと飛び掛かろうとして、イソシギさんによって一瞬で無力化された。

(考えるのは後だ……! 今は、お嬢様とヘイデンさんを信じて、目の前に集中しよう……!)

結局、俺は自身でこの場で判断を下すことを諦め、日ごろから信頼を置いているヘイデンさんと、間違いなく俺の第一優先の存在であるステラお嬢様に従うことに決めた。

自らの意思でいち早くそこに立つことを選んだイソシギさんのことは、今は見ることができなかった。

騎士の一人が何もできずに無力化されたことで、それを目の当たりにした他の騎士たちも実力の差を思い知ったらしい。

彼らが大人しくなったのを見て、マルクス様のお婆様は疲れたようにこめかみをぐりぐりと揉んだ。

「うちの若いのが無礼を働いた。もちろん君たちは身を守っただけだ、咎めたりしない。……まずは、話をさせてくれ」

「……と、騎士方はおっしゃっておりますが、いかがなさいますか、お嬢様?」

「っ待ちなよ! 本当にステラに判断を仰ぐつもりかい!?」

「ええ。我が主……、のご息女であられるステラ様が、珍しく我々の力を欲してくださっているのです。我々はそのために働くのみですので」

「……呆れた」

洒落た動作で礼をしてみせた微笑みのヘイデンさんは、本当に上機嫌だ。

なるほど、ヘイデンさんは普段はそうと見せていないけれど、ステラ様への忠義の念が相当に厚かったらしい。

心強いことだと思いながらも、たしかにステラ様に戦闘力を求められるような機会はそうはないだろうと思えば、何をウキウキしているのか、分かった気がした。

なるほど、と思い、ではイソシギさんもそうして張り切っているのだろうかと思ってイソシギさんを見た俺は、見てしまったことを後悔する。

どこまでも、真っ直ぐとした視線だった。

これまで見たことのある、どんな彼よりも真剣な眼差しで、彼はステラお嬢様の判断を待っていた。

指示を待っていた。

ヘイデンさんとお婆様のやり取りも関係ない。

ただ、ステラ様に従う者として、使われることを待っていた。

負けた。

そう思った。

自分の慢心を呪う。

忠誠心や忠義の面で、今の俺はこの人に及ばないと、感じてしまった。

一人の仕える人間として、己を全て捧げる意思をはっきりと見せている姿は、正直、格好よかった。

「……?」

ふと、こちらを見たステラお嬢様と目が合った。

けれど、きっと今の俺は相当情けない顔をしていたんだろう、お嬢様は不思議そうにしてから何かを探すように周囲の面々を見て、それからじっと指示を待っていたイソシギさんに声をかけた。

「 ……ねえ、イソシギ」

「はいっス」

なぜだ。

なぜ今、イソシギさんはステラ様に木の棒を差し出したんだ。

「わあ! ボーちゃんだ! ありがとうぅ」

そして喜ぶステラ様。ぐぬぬ……。

「どうしてボーちゃんのことだって分かったの?」

「ステラ様が大事にされてたっスから」

通じ合ってる感。ぐぬぬぬぬ……。

嬉しげにボーちゃんという名の大切な棒を握ったステラ様は、ステラ様に判断を仰いで待っているヘイデンさんに向き直った。

「あのねえ、ヘイデン。これボーちゃんなんだよ」

「ふむ。良い枝ぶりでございますね」

「んふふ」

可愛いお嬢様。ああ、可愛い。

そして、テテテと俺の元へ駆けてくるお嬢様。

「チャーリー、これ持ってて。ボーちゃん」

「………はい」

この、向けられる信頼に、俺は応えたいと思う。

未熟な俺でいいんですか。

ステラ様を信じ切れていない俺でいんですか。

大切なボーちゃん様を、他でもない俺に預けて、いいんですか……。

こみ上げてくる感情の波に、声が震えてしまう。

ふと視界の端で、ことの成り行きを見ていたマルクス様のお婆様が、そろそろ何か言おうかと口を開こうとしているのが見え、思わずギッ! と強めに睨んでしまった。

ボーちゃんを手渡してくださったお嬢様が、今まさに俺を見上げながら話しかけてくださろうとしているのだ。

その内の一言だって、他者の声で遮られたくはなかった。

「あのねえ、チャーリー。チャーリーは知らないかもしれないけどねえ、ジュニアがねえ、ここにいたんだよう。アーマッドと一緒に助けに来たんだけど、ジュニアはごはんを食べててね、それからアリスとテテとお話をしていたんだよう」

(知っております、お嬢様。ずっと、ずっと見守っておりました)

「テテは悪い人じゃなかったんだよう。マルクスはねえ、危ないから行っちゃだめって言ったんだけどねえ」

(テテとは最初にイソシギさんに拘束された男でしょうか。騎士を見るなり、ナイフを持ち出しておりましたよお嬢様)

「テテはね、えっと、なんだったかなあ……。国は守ってくれないから、テテも国の決まりは守らなくていいのかなあって」

(うーん、難しい話ではありますが、それでは恨みも買いますし、身の破滅が待っているだけではないでしょうか、お嬢様)

「テテはねえ、悪いことを、悪いことだからしたいんじゃなくって、守ってくれたサーカス団で決まったことを守りたいだけで、生きていくためにすることなんだって」

(……一理あっても、やはり、それは正しくないのではないでしょうか、お嬢様)

「だからねえ、マルクスのお婆ちゃんとテテのどっちが正しいか、どうやって決めようか決まるまで、私は味方のいないテテの味方になろうかなって思うかなあ」

「お会いしたかったです、お嬢様」

「チャーリーも? うふふ、よかったあ。私もねえ、チャーリーに会いたいなあって思ったんだよう」

俺は駄目なフットマンだ。

お嬢様が一生懸命話して聞かせてくださっていたのに、話の腰を折ってしまった。

本当に、ここ数日離れて過ごしてみて、痛感したのだ。

お嬢様と過ごせる毎日がどれほど尊く、こうして当たり前に言葉を交わせることがどれだけ幸せなのか。

両手で握ったボーちゃん様を、ぎゅっと力強く握りしめる。

こうしていないと、溢れる思いが暴走してしまいそうだった。

「会いたかったのです、お嬢様。離れて過ごす間ずっと。こうして、言葉を交わしたかった……」

「うふふ、そうだねえ」

間近で見るステラ様の笑顔に、もう、何も言えない。

俺は『そうしたい』という己の感情のままに、ボーちゃん様から左手だけを離し、そのままゆっくりとお嬢様へと差し出した。

それを見たステラ様も、まるでそうするのが当然かのように、笑顔でこちらへ手を伸ばしてくださる。

『きゅっ』と。

繋いだ手は小さくて、温かくて、その感触も力加減も何もかもが久しぶりで、そしてとてもしっくりときた。

そして、途端、繋いだところから、何か大質量の力が湧き上がり、体中を巡り始める。

カラカラに乾いた体が水を得たように、ずっと欠けていた部分がやっと塞がり満たされたように、欲しくてたまらなかったものが手に入り染み渡る感覚。

みるみる気力が 漲(みなぎ) り、活力が蘇る。

まるで雪解け。

目が覚めた心地だ。

暖かな季節の訪れと共に、大地から草木が一斉に芽吹くように。

視界が開け、世界が色付く。

さっきまでの俺は、一体何を悩んでいたんだろう。

何故、人と比べたりしていたんだろう。

何を弱気になっていたんだろう。

とんでもない万能感に支配される。

今なら、何だってできそうだ。

そうだ、どうして忘れていたんだろう。

ステラ様といるとき、俺はいつだって何だってできた。

どんなことも、ステラ様と共にいるためになら何の苦でもなかった。

与えられる充足感に身を任せ、思わずこぼれてしまう笑みをそのままにしながら、繋いだ左手でステラ様をエスコートする。

どんなものを扱うよりも丁寧に、丁重に。

今なら、右手で握ったボーちゃん様で鋼鉄だって切り裂ける気がした。

ステラ様と手を繋いだまま、ゆっくりと背筋を伸ばし、前を向く。

「騎士どもを根絶やしにいたしましょう、ステラお嬢様」

「違うよチャーリー、お話ちゃんと聞いてよう」

頬を膨らますお嬢様、かわいい。