軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

59.大天使ステラちゃん、開きなおる

作戦会議を聞いている間に、私とマルクスはついソファで眠ってしまってたみたいだった。

起こしてもらった私は、ジュニアを助けに行くときには私も一緒に行きたいって言ったんだけど。

『駄目だ』

お婆ちゃんからのお返事はぴしゃんって、雷が落ちたみたいにきっぱりとしていて、私は思わずぎゅっと目を瞑っちゃった。

子どもは危ないからって、それきり取り付く島もない様子だ。

イソシギによると、悪い人たちがサーカスという興行をする日、この町に常駐している騎士の人とイソシギたち何人かでジュニアを助けに行くことになったんだって。

サーカスはお客さんを集めて行われるから、その日時はもう町中に広く知らされている。

二日後の夜、それが作戦の決行日だ。

明日の朝までにはチャーリーたちが到着する予定だから、そうしたらチャーリーたちにも作戦を伝えて、明後日にはアーマッドの妹のジュニアを助けられる。

イソシギは決まったこととそう言うけれど、私はその話を聞いて心配なことがあった。

こっそり、アーマッドを見る。

アーマッドは今は落ち着いた様子で、日が傾いて赤く染まり始めた窓の外を見ていた。

視線の先はたぶん、あの山のある方向だ。

「今日は疲れただろう。早めに夜の食事を用意させるから、準備が出来るまでもう少しゆっくりしておいで」

お婆ちゃんがそう言って立ち上がり、お爺ちゃんと一緒に部屋を出て行った。

私は今のアーマッドからはなんだか離れがたく思えて、呼ばれるまではこのままこのお部屋にいるって言う。

それから、イソシギはチャーリーたちの到着時間を確認してくるって言って、私からこの部屋から出ないように言って出かけて行った。

レイチェルも夜ご飯の準備なんかを手伝っているみたいで、他の使用人さんと一緒にあちこち行ったり来たりしてる。

部屋には私とアーマッドと、まだ寝ぼけている様子のマルクスだけになった。

「アーマッド」

「チビか」

私が窓辺にいるアーマッドのところまで行って声をかけると、アーマッドは静かに凪いだ目でこちらを見た。

昼間は褐色だったアーマッドの肌も白い髪も、今は大きな窓から差し込む夕日色に染まってる。

年齢よりも大人びて見える落ち着いたアーマッドの雰囲気は、けれど今日の山の天気みたいに激しく急激にその様相を変えることがあるんだって、私は今日一日一緒に過ごして分かったの。

今のひどく透き通ったアーマッドの目が、隠れた激情を持つアーマッドの強い決意を伝えてくるみたいだった。

「────俺」

「私も」

静かに何かを言おうとしたアーマッドと私の言葉はほとんど同時だった。

言葉を止めたアーマッドに反して、私はそのまま言い切る。

「私も、行く」

「チビ」

「心配だもんねえ」

「お前…………」

アーマッドの見開かれていく目が私を見ていた。

アーマッドの顔にははっきりと『なんで分かったんだ』って書いてある。

私には、アーマッドが今から何をしようとしてるか、何となく分かった。

アーマッドの妹は悪い人たちのところに捕まってしまっていて、彼女はまだよちよちに小さくって、それからアーマッドのことをきっと待ってる。

アーマッドはそんな妹のそばにいたくて、心配で、二日の後までそんな妹のことを一人にしないだろうなって思ったの。

「助けに来てくれるまでの間、私も一緒にいるよ。二人よりも三人のほうが、きっともっと安心だよう」

当たりだ。

私が笑って言えば、驚き顔のままだったアーマッドも乾いた声で「「ハハ……ッ」って笑った。

「……っステラ! ちょ、今、何言った!?」

そんな私たちを裂いたのは、慌てたように駆け寄ってきたマルクスだ。

私たちが何か話しているのが分かって、その話の内容に驚いたみたいだった。

「マルクスったら、内緒だよぅ。きっとバレたら叱られちゃうからねえ」

「ッバ! おま! 何しようとしてんだ!」

「しーっだよう」

私は声を抑えてくれないマルクスの口を両手を重ねて覆う。

アーマッドはたまに部屋を出入りしている使用人さんに変に思われていないか確かめるみたいに周囲を見回し、それから私やマルクスよりも大きな体で私たちを押しやって部屋の隅の方へ移動させた。

「マルクス。俺はジュニアのところに行く」

「おい、待てってアーマッド! だから、助けに行くってさっきばっちゃんたちが言ってただろ」

「二日後にな。どうせガキを一人助けるのも二人助けるのも変わらん」

「なっ!」

マルクスはアーマッドの言葉に口をパクパクさせてる。

アーマッドが続けて「それに、作戦の分かっている俺が内部にいたほうがいくらかマシになる」と言えば、マルクスもそれ以上何も言えないみたいだった。

私もそのほうが良いと思う。

アーマッドはきっと二日先まで妹のことが心配で堪らないままだろうし、そんなアーマッドの痛いほどの内心はさっきまでのやり取りで私にだって分かる。

「私も行くの」

「チビは来んな」

だから私も行くと言ったのに、今度はアーマッドから駄目出しされた。

マルクスがお話に入ってくるまでは絶対一緒に行ける雰囲気だって思ったのに、なんでかもう一緒には行かないお気持ちになっちゃったみたい。

「なんで」

「危ねえ」

「危なくないもん」

「……そう何度も、その変な顔にほだされてたまるか」

「!! 変な顔じゃないもん!」

理不尽に断られてつい大きな声を出しちゃったら、今度はアーマッドと何故だかマルクスにまで『しっ!』と声を抑えるポーズをされちゃった。

「マルクス、お前とこのチビは留守番しとけ。無事に助け出されたならまた会える」

「………本当に行くのか」

「ああ。どっちにしろ俺が明日か、遅くとも二日後の朝までにやつらのとこに行かなきゃあいつら俺を探しやがる。誰も頼る相手なんざいねえとは思っちゃいるだろうが、町まで探しにくるかもしれねえ」

「その時騎士団の家が関わってるかもってなったら、か……」

「ああ。この家にこうして長く居るってだけでも、もしあいつらに知れたらと思うと正直怖えよ」

アーマッドはそう言って私たちに背を向けた。

マルクスは言葉を探すようで、だけどアーマッドを引き止められる言葉は見つからないみたい。

使用人さんのいなくなる隙を見て部屋から出ようとしたアーマッドの背を、私は躊躇なく追いかけようとした。

「コラコラコラコラ」

「マルクス駄目だよ。離してよぅ」

「離さねえよ」

マルクスは強情だった。

アーマッドも行こうとしていた足を止めて、呆れたみたいなお顔でこちらを振り返ってる。

私は後ろからお腹に腕を回して止めてくるマルクスに猛抗議した。

「私も行くの」

「~~~だからって、ステラまで行くことないだろっ!」

「たくさんのほうが心強いからね、私も行くんだよぅ」

「危ないからダメに決まってるだろ」

「チャーリーが助けてくれますけども!」

「それはまあ、そうかもしれねえけど……、でも今はダメだろ、チャーリーもいねえし」

チャーリーの名前を出せば、チャーリーの強さを知っているマルクスはたじろいだ。

一瞬だけ言い負かせそうになったけれど、やっぱりマルクスは譲らなかった。

そんな私たちのやり取りを呆れて見ていたアーマッドも口を開く。

「大人しくしてろチビ。だいたい、今日会ったばっかの俺相手に何をそこまでしたがるんだか」

「優しくしたいからですけども!」

「ハア?」

アーマッドは意味が分からないというように、怪訝そうな声を上げる。

私が進まないように後ろに引き倒すような形になっているマルクスも、何を言い出すんだとばかりに私を凝視していた。

「優しくしたいから優しくするんですけども」

「なんだそれ、チビ。どこの受け売りのつもりだ。変な言葉遣いになりやがって」

「私が考えて、そう思ったんですけども。変じゃないんですけども」

「……じゃあ何か、お前は不幸な人間みたら誰にでも優しくしてやりたいってか。んなお優しいこと言ってたら、加減の知らねえ馬鹿に 集(たか) られて毟られてつるっぱげにされちまうぞ」

「優しくしたくない時は断りますけども」

二人がかりで駄目出しされて完全に拗ねちゃっている私が口を尖らせると、アーマッドは疲れたようにハァと息を吐いた。

アーマッドの気持ちを代弁するみたいに、マルクスが言う。

「ステラそれじゃダメだ。誰かを助けたのに別の誰かを断ったら、断った時にステラの立場が悪くなっちまうだろ」

私はマルクスのその言葉と、それに同意するみたいに腕組みしてこちらを見ているアーマッドにむうってなった。

マルクスにはマルクスの、アーマッドにはアーマッドの考え方があるのは分かっているけれど、私はアーマッドの力になりたいと思っていて、それは、私が私のためにそうしたいと思っていることだ。

どう言ったらいいんだろう、どうすればこのお気持ちが伝わるだろうってたくさん考えた時、ある瞬間にパって、頭の中が晴れた気がした。

お口を開いて自然にその言葉が出る。

「────私の王様は私。人からの評価で変わっちゃうような、そんな立場はいらないの」

私の価値は私が自分で決めるよ、って。

そう言った私に、マルクスとアーマッドはピタリと動きを止めちゃう。

二人は目を丸くして、言った私を凝視した。

私も、自分自身で大人みたいな言い回しが出来たことを不思議に思ったけれど、だけどその発言はスルリと私の口から出て、それでいてうまく私のまとまらなかったお気持ちを伝わる言葉にしてくれていたの。

私は思うままに言葉を重ねた。

「私ね、私の価値を大切にしたいなって思うんだよぅ。人からの評価も、大切な時もあるんだけれど、今アーマッドの力になりたいって思う私を、大切にしたいなあって思うの」

「で、でも、だけど、ステラ……」

「マルクス私ね、今アーマッドのこと助けに行かなかったら、後できっと私が私のことを好きなお気持ちが減っちゃうと思うんだ。誰でも助けるんじゃなくって、今、私が助けたいアーマッドを、私が助けるだけなんだよう」

何か言おうとしてだけど言葉が出ないマルクスに私の考えを伝えていると、体ごとこちらに向き直ったアーマッドがゆっくりと一度溜息を吐いてから言った。

「チビ。お前の そ(・) れ(・) は確かに悪かねえが、だが、俺はそれを望まねえぞ」

「私のお気持ちだから、アーマッドのお気持ちは関係ないよう」

「………そうかよ」

私がただそうしたいからするだけ。

今アーマッドと一緒に行かないと、私の思う私の価値が減る。

誰かがどう思うかは関係ないんだよって聞いて、二人はもう何も言えないみたいだ。

二人がもしここで私を無理にここへ留めたら、私にとっての私が価値を失っちゃう。

それは、私が私に対して思って決めることで、私にとっての私の価値だ。

私とずっと仲良くしてくれているマルクスはもちろん、今日お友達になってくれたアーマッドも、私にとっての私の価値を大切にしてくれるみたいだった。

二人が心配してた危ないっていう理由も、今アーマッドの妹がそんな場所に一人でいることや、すぐにチャーリーたちが来て助け出してもらえるのが決まっている今は私を止める理由にならない。

マルクスはチャーリーの強さを知ってるし、私がチャーリーを信じているのを知っているから下手に何かを言えないんだ。

それにむしろ私が捕まっている側にいるほうが、私のおうちの人たちが動く理由も出来て、悪く進む事のほうが少ないくらいだと思う。

ちょっと私がずるをしている気もしたけれど、私はアーマッドと一緒に行きたいってお気持ちは譲れないんだ。

アーマッドが決着だなとばかりに再び私たちに背を向け外へ出るタイミングを計り始め、心底苦々しいという顔をするマルクスは私のお腹に回していた腕の力を少しずつ少しずつ緩めていった。

「………オレも行っちゃダメかな」

「マルクスはねえ、みんなが戻ってきた時に私たちが行っちゃったから作戦で一緒に助けてねって教えてあげてほしいなあ」

「それ、ぜってぇめちゃくちゃ叱られるやつじゃんか…………」

マルクスはすごく嫌そうに言う。

それからマルクスが零した「ばっちゃん怒るとマジで怖いんだぜ」っていうのは、なんだか分かる気がした。

だけど私たちの誰かはここに残ってみんなに伝言をしないといけないのはマルクスも分かってくれてたみたいで、一緒に行くのは諦めてくれたみたいだった。

私はそんなマルクスを励ますために肝心なことを言う。

「私もアーマッドもイソシギも、後でたくさん叱られちゃうんだから一緒だよぅ」

「「ゲッ」」

言った私に、アーマッドもマルクスと同じ嫌そうなお顔になった。

マルクスは「イソシギさん、完全にとばっちりじゃん」と苦笑してる。

イソシギは私の護衛役だから私のそばに居なくて叱られちゃうと思うけれど、イソシギは私がアーマッドとサーカスの人たちの元に行くのは絶対に許してくれないと思うから仕方がない。

もし守るからいいよって言ってくれたとしても一緒に来るって言われるだろうし、それじゃあサーカスの人たちのところまで行っても中に入れてもらえない気がした。

私はイソシギが叱られる時は私も一緒に叱られようって決める。

それから、渋るマルクスを置いてアーマッドと別荘を抜け出した。

外に出れば、昼より気温が下がったとはいえ、ひどくぬるい空気に包まれる。

赤く染まったお日様はもう、落ちかけていた。