軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

57.大天使ステラちゃん、おやつ休憩

帰ってきたマルクスの別荘で私たちを真っ先に出迎えてくれたのは、心配したご様子の若いメイドさん、レイチェルだった。

「お嬢様!」

余裕のないレイチェルの様子に、私はそういえばって気が付いた。

レイチェルにはマルクスとイソシギとちょっと出かけてくるとしか伝えていなかったから、心配させちゃうのも当然だ。

マルクスと私たちが出かけたのは朝にマルクスのお爺ちゃんとお婆ちゃんのお家であるこの別荘に着いてすぐだった。

その時はどこに行くのかも決めてなくて、初めて来たこの町をマルクスにちょっと案内してもらうだけのつもりだったから、もちろんお昼のお弁当なんかもお願いしてない。

レイチェルもそんな私たちがすぐに帰って来てお昼をこの別荘で食べるつもりだろうって思ってたみたいだ。

聞いてみると、普段のお出かけの時のご飯の段取りなんかは全部チャーリーが手配してくれていたみたいだった。

チャーリーはやっぱりすごいなあって思う反面、今日一緒に付いてきてくれたイソシギはそういうのは気にしないタイプだもんねって納得して、私がちゃんと伝えてなくて心配させちゃったねってレイチェルに謝る。

そうしたらレイチェルは潤んだ瞳を私に向けて謝らないでくださいご無事で何よりですって何度も私に訴えて、それから目元の雫を拭うように片手で顔を覆った。

そして、その手が上へとスライドした時、現れたレイチェルのお顔は、まるで別人の形相だった。

「レイチェル…………、変身、しちゃった………」

ヒュッと、私は息をのんだ。

無意識に零れた言葉も、喉の奥でひどく心細げに響くだけ。

絵本で読んだことがある、一瞬で姿を変えるヒーローのように、レイチェルはお顔を覆った一瞬で変身してしまっていた。

“鬼”

いつか、どこかで聞いた気がする意味の分からない単語が頭を過った。

レイチェルは恐ろしい形相で、口元だけを笑みの形にしている。

そしてその顔だけをぬるりとした滑らかな動きでイソシギへと向けた。

「イソシギさん」

私は首から上だけでイソシギを向いたレイチェルから目が離せなくて、レイチェルの胸元と後頭部を何度も交互に見る。

レイチェルの視線の先では、イソシギが音も立てずにその場にうつ伏せに丸まった。

“土下座”

頭に浮かんだその言葉の意味は分からなかったけれど、イソシギが必死に謝意を伝えようとしていることだけは私にも分かったの。

その後、恐ろしい形相だけは解いてくれた笑顔のレイチェルがイソシギに「執事って何かあなたは知っていますか」ってしきりに質問しているうちに、私たちの帰宅を知ったマルクスのお爺ちゃんとお婆ちゃんがやってきてくれた。

私たちがお昼ご飯をすっぽかしてしまったことを謝ると、穏やかそうなお爺ちゃんは優しく笑んで、きりっと若々しいお婆ちゃんはどこか企むみたいな顔で「久しぶりの孫たちを一回もてなし損ねちまったよ」と言って許してくれる。

それから、「おやつは一緒に食べてくれるんだろう?」と勝気に誘ってくれたお婆ちゃんに、私は「うん!」って、一も二もなく頷いたの。

そうしてから私はマルクスと一緒に、アーマッドを新しくできた私たちのお友達なのって紹介する。

レイチェルだけはイソシギの顔色を読んで一瞬 訝(いぶか) しんだようだったけれど、マルクスのお爺ちゃんとお婆ちゃんは快くアーマッドを迎え入れてくれた。

アーマッドはお家に入るのすら恐縮してしまうようで居心地が悪そうだったけれど、私は何の心配もいらないんじゃないかなって思う。

「俺、偉い人との喋り方とか分かんねえんだけど」

「おや」

おやつを食べるお部屋に移動する途中、隣を歩いていたアーマッドが私に向かって小さく言った。

けれどそれは前を歩いていたマルクスのお婆ちゃんにも聞こえてたみたいで聞きとがめられちゃう。

マルクスのお婆ちゃんは赤い口紅が塗られた唇でニッといたずらに笑むと立ち止まり、真っ直ぐとアーマッドの目だけを見つめた。

それに一層居心地悪そうにして顔を背けようとしたアーマッドだったけれど、それにはお婆ちゃんが「逸らさない!」と一喝する。

肩を跳ねさせ動きを止めたアーマッド。

だけどお婆ちゃんはそんなアーマッドから視線を外さなかった。

そのまま、呼吸を三つ。

それから、じっとアーマッドを見ていたお婆ちゃんの視線が緩んで、空気が和らいだのが分かった。

私の口からほうって息が出て、そうして初めて私まで息を止めちゃってたってことに気が付いたの。

「私は、これでも人を見る目には自信がある。今でこそこんな婆だが、若い時分は国中から集まってきた腕っぷし自慢たちをまとめ上げる立場にあったんだ。それはもう血の気の多い荒くれ者どもをちぎっては投げちぎっては投げしてたんだよ」

表情をゆるめ、一言ずつゆっくりと話すお婆ちゃんの声に険は無い。

だけど、不思議と聞き入ってしまうような、迫力みたいなものがあった。

「あんたの口が多少悪かろうと私は気にしないし、それにアーマッド、あんた悪い人間には見えないよ。悪意のない言葉に傷つけられるほど私や旦那は弱くない」

話すお婆ちゃんはなんだか格好良い。

お婆ちゃんの言葉は、彼女が生きてきた時間や重ねてきた経験に裏打ちされてるみたいに思えて、思わず納得させられちゃうような強い力を感じた。

私は、マルクスのお婆ちゃんもマルクスのパパよりもずっと前に同じ騎士団長さんをやっていた人なんだよって、マルクスに教えてもらったのを思い出す。

騎士団長さんは、すごいお仕事だ。

いたずらな笑顔になったお婆ちゃんを見ながら、私はお婆ちゃんの騎士団長さん時代を想像して嬉しくなっちゃった。

きっと、マルクスのパパにも負けない格好良い騎士団長さんだったんだろうなあ。

「ただ──、もし可愛い孫に暴言を吐くようだったら、容赦はしないがね」

そう言って快活に笑うお婆ちゃんと、すっかり気圧されたみたいに目を丸くしてコクコク頷いてるアーマッド。

それから、またお婆ちゃんが先導するように前を向き直したことで視線が切れたのに、アーマッドは大きく安堵の息を吐いたみたいだった。

アーマッドはお婆ちゃんに随分面食らったみたいだったけれど、さっきまでのカチコチな姿よりはずっと力が抜けたみたいに見えた。

前を向いた途端にぐんっと、お婆ちゃんは一歩で大きく前進していってしまう。

普通に歩いてるように見えるのに、背筋の伸びた体は高いヒールのお靴を履いていてもしっかり地面を捉えて進んでいくんだ。

そんなお婆ちゃんにマルクスは、私やアーマッドを追い越して駆けるみたいに追いかけていく。

なんだかお婆ちゃんが言った『可愛い孫に暴言を』っていうのに抗議してるみたいだった。

「僕の奥さんは素敵な人だろう」

不意に、後ろから小さなコソコソ声で声をかけられた。

低くて柔らかいこのお声は、マルクスのお爺ちゃんだ。

優しくて穏やかそうなマルクスのお爺ちゃん。

さっきもにこにこの笑顔で成り行きを見守ってくれていたお爺ちゃんは、今は私たちの一歩後ろを付いてきてくれてる。

「マルクスのお婆ちゃんはね、なんだか格好良くって、私は好きだなあって思ったよ」

「そうだろう、そうだろう。僕の奥さんは格好良くて、いつだって自信に溢れていて、いくつになっても綺麗で、とても素敵なんだ。それにいつも────」

私が振り返りながら答えたら、お爺ちゃんは歩くスピードを少し速めて、私やアーマッドが振り返らなくてもいいようにと私たちの隣まで来て歩く速さを合わせてくれた。

少し速めたその歩調はなんだか頑張って見えてしまって、そんなお爺ちゃんはぐんぐんと力強く前を歩いていくお婆ちゃんとは反対みたい。

お爺ちゃんはそれから、目を細めて嬉しそうにお婆ちゃんを褒める言葉を続けていくつもいくつも言っていた。

「マルクスのお爺ちゃんは、お婆ちゃんのことが大好きなんだねえ」

「───ん? そうかい?」

「お婆ちゃんが大好きってお顔をしているなあって、私思ったよ」

「そんなことはないさ、普通だよ?」

にこにこでほのほので、お婆ちゃんの良い所をいくつも挙げていってたお爺ちゃんは、私が声をかけた途端にきょとんと不思議そうにしちゃった。

私もそれが不思議で、二人で立ち止まっちゃう。

二人して腕を組んで首を傾げ合っていたら、困ったようなアーマッドが「置いてかれるぞ」って声をかけてくれた。

そうだったって思って、私たちはまたおやつを食べるお部屋に向かって歩き出したんだ。

部屋に遅れて到着した私たちをお婆ちゃんとマルクスは席について待っていて、そんなお婆ちゃんの隣の席に座るお爺ちゃんをお婆ちゃんはなんだか疑わし気に見て、「貴方はまた何か余計な事を言ったのかい?」って言っていた。

「ううん、特別なことは何も」ってキョトンとして答えるお爺ちゃんはやっぱり、お婆ちゃんのことが大好きだなあってお顔に書いてあるみたいだったよ。