軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

52.大天使ステラちゃん、ご旅行する

お日様をたくさん浴びた色をした男の子。

赤の女王さまみたいな女の子。

これからするのは、暑い季節がひとつ過ぎる間に、私が出会った不思議なお友達とのお話。

こんにちは!私の名前はステラ。ステラ・ジャレット。

青いお空!

もくもくの雲さん!

私は今、とってもお空が広いところに来ているの!

この間、マルクスがマルクスのお爺ちゃんとお婆ちゃんが住んでいる町に遊びに来ないかって誘ってくれたの。

マルクスは毎年暑い季節になるとその町に家族みんなで行って過ごすんだって。

マルクスからのお誘いが嬉しくって、私はパパとママに相談して、色んな予定を立ててもらって、準備をして、それから馬車にたくさん乗ってマルクスのお爺ちゃんたちが住む町にやってきたのよ。

たくさん馬車に乗って遠い場所までお出かけするのは初めてだったから、とってもウキウキしていたの。

「ステラ様、体調はどうスか? 馬車移動でどこか痛くなったりしてませんか?」

「……ないもん」

「本当に具合の悪いところとか無いスか?」

「ないもん。……平気なんだもん」

やっと着いて、馬車を降りたところで若い執事さんのイソシギが心配そうに聞いてくる。

だけど、私は一言だけでお返事しちゃった。

本当に元気だし、痛いところも無いんだけれど、なんとなく素直になれない。

だって、こんなに楽しいおでかけなのに、なんだかむーってなっちゃうんだもん。

素っ気無くしちゃってから、『あっ』て気づいたら、イソシギがしょぼしょぼなお顔になってた。

違うよ、本当に平気だよって優しく言ってあげたいけれど、私も今むーってなっちゃっていて忙しいから、イソシギに優しくしてあげようとしたら言葉になる前にむーってお気持ちが悲しいお気持ちになっちゃいそうで、うまく優しくしてあげられない。

私は眉毛のあたりにぐって力を入れて、お口にもぎゅって力を入れてそんなお気持ちを我慢していた。

「………やっぱ、あいつのほうが良かったっスよね。俺なんて……」

「チャー、リー……」

うるるって。

ほらまた、少し気が抜けただけなのに、お目々が壊れたみたいになっちゃう。

いっぱい涙が出てきそうになるから、私はもっと眉毛とお口に力をぎゅって込めた。

「すっ、ステラ様、スンマセン。あの、その」

「……」

イソシギは慌てたけれど、私は頭をブンブンって振って、何もしていらないって伝える。

今回のおでかけは、パパとママは来られないってわかっていた。

それから、お屋敷のこととか、色んな予定を立ててくれて、チャーリーやヘイデンも後から合流することになったの。

ここまでの道中と今日からあと何日かの間は私とイソシギ、それから今はマルクスたちに着いたよって連絡に行ってくれている若い女性使用人さんのレイチェルの三人でのご旅行ってことだ。

出発したときはチャーリーとは後で会えるねってお約束したから平気だと思ったし、私も大丈夫だったから大丈夫だよってパパやママやチャーリーに言ったんだけど、馬車で数日移動してきた今はなんだかパパやママやチャーリーのことを考えるとむーってなっちゃう。

「お待たせいたしましたステラ様! マルクス様やおじい様おばあ様がお待ちですよ、さあ……、って、イソシギさん! なにステラ様を泣かせてらっしゃるんですか!」

「うわ、いや、その」

「レイチェルぅ……、ちがうの……。私が、チャーリーがいなくて、いなぐっでね……」

スン、スンってお鼻が鳴っちゃう私に、レイチェルがイソシギを叱って、イソシギはレイチェルに言われて慌てた様子でマルクスのお爺ちゃんたちのところに行っちゃった。

私が落ち着くまでの少しの間レイチェルがそばにいてくれて、私もうるうるなのは引っ込んだけれど、やっぱり私のむーって気持ちは無くならなかったの。

その後会ったマルクスのお爺ちゃんお婆ちゃんは遠いところまでよくいらっしゃったねって、楽しいご旅行になるといいねって言ってくれた。

この町にいる間お世話になりますってご挨拶をしたマルクスのお爺ちゃんはご本が似合うような静かで穏やかそうな人で、お婆ちゃんはきりっと若々しくてお化粧もばっちりな格好いい人だった。

◇ ◇ ◇

「ステラ!」

「マルクス! お屋敷へのご招待ありがとう。とっても楽しみにしていたのよ」

「そうか、良かった。前にステラの家に泊めてもらったから、今度はうちにも遊びに来てほしいなって思ってたんだ」

「そうなんだねえ、うふふ」

マルクスは私よりも数日前からマルクスのパパやママと一緒にこの町に来ていて、お爺ちゃんたちのおうちで過ごしていたんだって。

マルクスは、お爺ちゃんたちの住むおうちは元々マルクスのパパのおうちの別荘っていうおうちだったんだよって教えてくれた。

マルクスに教えてもらったお話だと、マルクスのママがこの町の出身で、マルクスのパパも別荘があるこの町に毎年暑い季節になると遊びに来ていたんだって。

マルクスのパパとママが出会った町でもあるんだってマルクスは教えてくれた。

今ではマルクスのパパとママのパパとママ、つまりマルクスのお爺ちゃんお婆ちゃんは四人ともこの町に暮らしているんだって。

私はそんなマルクスの別荘でしばらくお泊まりさせてもらって過ごさせてもらうことになっているの。

「王都らへんに比べたら涼しいだろ、この町」

「そうだねえ。お家にいたときは暑くっておうちのお外で遊ぶとすぐに汗びっしょりになっちゃっていたけれど、ここはお外で遊びたくなっちゃうところだ」

「だろ? えっと、ヒショチって言うんだよ確か。こうやって暑い季節になると、わざわざこの町に遊びにくる人たちも多いんだぜ」

「へえ~」

マルクスはこの町が大好きみたい。

いつもよりたくさん笑顔でこの町についてお話ししてくれる。

それから、何をして遊ぼうかってお話をして、マルクスがお気に入りだっていう近くの山のあたりまで行ってみる事にしたの。

マルクスと私と、それからイソシギも一緒に町の向こうに見えている山に向かって歩いていく。

出発する時イソシギが私の持ち物を持ってくれながら「準備は大丈夫です?」と聞いてきたので、うっかり屋さんなイソシギに、お出かけのときは私がどこかへ行っちゃわないように私と手をつなぐんだよって教えてあげて、手を繋いで出発した。

マルクス、私、イソシギで横一列になって歩く。

道は広くて王都みたいな石畳になっていない砂地の道だ。

道の両脇は草が生えていて、人や馬車が通るところとそうでないところの境目になっているみたい。

私のおうちがある街とこの町は、全然違ってる。

お空がとっても広い。

青いお空に白い雲がちらほら浮かんでいて、それがどーんってずっと向こうまで広がってる。

お空を隠してるのは山だけだ。

「物は何もないとこだけどさ、食い物も王都らへんとは違うもんが食べれるし、それに広いから色んな遊びも出来るんだ。この季節はよそから来てる子どもも多いから、変わったイベントがやってたりもするんだ。後で他のやつも誘って見に行こうぜ」

「うん! そうだね! お友達ができるといいなあ」

「毎年遊んでるやつらもいるし、紹介してやる!」

「マルクスありがとう」

マルクスに近道を教えてもらいながら町中を抜け、小川の上にかかった橋をそろっと渡って大きな木のある二又の道を右へ。

進むにつれて少しずつ木が増え、日陰も増える。

道も砂ばっかりじゃなく石が増えてきて、道も細くなってくる。

そうしてしばらく歩いて、マルクスが遊び場だと言っていた山までやって来た。

「お空ちいさくなっちゃったね」

「上まで登ればさっきよりでかくなる」

「そうなんだ」

私が木々の隙間を見上げて言えば、マルクスがいたずらっぽく笑う。

道の右手はごつごつの石が混じった土の壁で、左手は凸凹で草木が茂った傾斜が下へと続いている。

ここへ来るまで登ったり下りたりとしているうちに、町にいた時よりも高い場所に上って来ていたみたいだった。

とても静かで、近くに川が流れているのか、どこからか水の流れる音が絶えず聞こえている。

時折鳴く鳥さんの声が可愛くて、涼しくて、すごく落ち着く場所だ。

「ここが山道の入り口。っても小さな丘だけど。そこにみんなで使ってる小屋があって水も汲めるから、登る前に一回休んでいこうぜ」

「うん」

マルクスが指す方をよく見れば草木が隠すようになってはいるものの、石を積んで出来た階段があって、崖に沿って弧を描くように添え付けてあるその先には確かに木を組むようにして出来た小さな小屋が見えた。

一歩踏み出す前、イソシギが「マルクスさんとちょい待っててください」と私たちより先行し、階段を覆う足元の草や枝を小ぶりなナイフで払ってくれる。

本当に何てことないように数度腕が振られ、その度に音も無く石階段の姿が露になるのが魔法みたいだと思った。

「イソシギすごいね」

素直に言葉が出て、そうしてやっと、ここへ来るまでずっとイソシギにむーってお気持ちをぶつけてしまっていたんだって気が付いた。

悪い事をしてしまっていたなって思う気持ちは、きっと罪悪感だ。

チャーリーが隣に居ないことは別にイソシギのせいじゃないのに。

隣でマルクスが、この山で遊んだことが多いから余計にだろう、イソシギの慣れた様子に感心したみたいに「お~」と感嘆の声を上げていた。

「あー……ッス。生まれも育ちも山ん中ですんで、まあ」

「心強いよイソシギさん。でも、外でステラを任されたの初めてでちょいビビったかも」

「あ、チャーリーの時は離れない感じなんスね」

「オレに敬語いいって。チャーリーは、まあ、過保護っていうか、うん、そんな感じかも」

マルクスの砕けた態度と言葉に、イソシギも肩の力を抜いて「使用人らしい言動苦手なんだ。スマンが助かる」とマルクスに苦笑を見せて言葉を崩す。

チャーリーがいつも私の傍を離れず居てくれたのに対して、イソシギは守れるから大丈夫って言って、ここへ来るまでの馬車旅の間も結構私の自由にさせてくれていた。

お外の道を、森の中を、私が思いつくまま好きな方向にウロウロ歩いても何も言われず、それがいつもと違ってなんだか慣れない。

私があまりに何も言われないから不安になってイソシギを見るけど、イソシギは「?」ってキョトンとするばっかりで、私はいいのかな、いいのかなって思いながら道中の散策をしていた。

このドキドキが悪いばかりのドキドキじゃないのも、何となく分かって来たけれど、慣れるまではまだ時間がかかりそう。

チャーリーはチャーリーで、イソシギはイソシギなんだって、それがやっと分かってきた。

段差の高さもまちまちな石階段を今度こそイソシギに手を引いてもらって一段ずつ慎重に降りていく。

たどり着いた山小屋は、木々に覆われる山の中、そこだけ小さな円で切り取ったように開かれた場所に建っていた。

絵本で見た、不思議の国みたい。

大きな木の根の間、草木をかき分けて辿り着けるその場所には、見た事も無い生き物たちが住んでいる。

これまで王都の周りから離れた事の無かった私にとって、全部が全部新しいこの町の景色はもちろん、絵本の中でしか知らなかったこんな山道だって、一歩進むごとに不思議の国に迷い込んでいるみたいだった。

森も、山も、砂地の道も、これまでこんなに歩いた事はない。

この木だけで組まれた小屋だってそう。

壁も屋根も緑の蔦が絡まって、日陰とも違うまだら色に木目の色が変わっていたり、壁伝いに伸び放題の草が小屋と一体になるみたいに茂りへばりついている。

ここを使う人たちが定期的に刈っているのだろう開かれた周囲だって、ここ数日のお日様の光と時折降る雨を蓄えたまま、テラテラと短く緑が照り輝いていた。

小屋を見れば、扉は無く、窓にも何もはまっていないみたい。

まるで形だけ家の形をしたその中は明かりもないのか暗く、覗き込むのに勇気がいった。

まるで、小屋の中にもまた新しい不思議が広がっているような、そんな心地で一歩を踏み出す。

湿気を含んだ柔らかい土をしっかり踏みしめ、枠だけしかない入口から中を覗き込んだ。

「きゃっ!」

直後、勢いよく身を引く。

ぎゅっと、繋いだ手が力強くそこに居ることを主張してくれ、私はバランスを崩すことなくその場に踏みとどまった。

何か、いた……?

胸がどきどき、どきどきして、思わずチャーリーの姿を探してしまう。

けれど見上げた手、繋いだその先いつもの場所にチャーリーのお顔は無くて、それよりもっと上の位置にキョトンとこちらを見ているイソシギがいた。

「?」

「……だれか、いたみたい……」

小さな小さなお声が出た。

誰もいないと思っていたから、すごくすごくびっくりしたんだ。

だけど、イソシギはなんでもないように一度だけ首を縦に振って『うん』と当たり前みたいにお返事した。

イソシギは誰かいるのにはじめっから気付いてたみたいで、私が驚いたことに驚いているみたい。

そっか、誰もいないって、私が思っていただけで、ここはみんなで使う小屋なんだから、誰かいても変じゃないんだってやっと気付いた。

あまりに山の中が静かで、木々があまりに大きくて、地面を飲み込むみたいな草に、この場の雰囲気に、この場には私たちしかいないって思っちゃってたんだ。

一番に大きくなっていた心臓の音が、徐々に徐々に普段の速さに近づいていく。

「……っク、クク……」

「……マルクス笑っちゃやだよ」

後ろをついてきていたマルクスが零した噛み殺したみたいな笑いに気付いて、私はむってなってマルクスを叱った。

なんだか今日はむーってするのが癖になっちゃってるみたい。

この町に来るまでの間ずっと、チャーリーがいつもしてくれるのとは違うイソシギのやり方とか、気付いちゃった寂しいお気持ちとかにむーってなる時間が長かったからかもしれなかった。

私がほっぺを膨らますのに、マルクスはやっぱり嬉しそうに私の頬をつつきながら「ごめんごめん」と笑って言った。

その時、小屋の中の人の気配が動いた。

衣擦れの音がして、濡れている石や砂利の上を擦るみたいな足音。

その音は決して重くなく、先ほど見た影、大人と子どもの間くらいだった背格好から想像する通りのものだった。

ゆっくりと、扉の無いそこから出て来た姿を、私は驚きに見開いた目で見る。

おうちのある街では見たことのなかった日に焼けたよりも濃い小麦色の肌、真っ白いサラサラの髪、その目は髪と同じ白い睫毛に縁どられ、吊り上がった大きな目はどこか猫のリリーのそれを彷彿とさせた。

華奢な体躯を気怠そうに屈め私を見下ろした彼は、すぐに興味無さそうに視線を他の二人へと移しながら口を開いた。

「小屋の前で、何」

「あの……! こんにちは!」

私たちをうろんげに見てくる少年を見上げ、私は頭で何かが弾けるような感覚を感じながら、大きなお声でご挨拶をしたんだ。