軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35.大天使ステラちゃん、海のおうた

しばらくチャーリーの胸で泣いたレミは、突然ぷつりと糸が切れるようにその泣き声を止めた。

「おっと」

チャーリーが虚を突かれたように体勢を立て直す。

レミを受け止めるために動いたみたいだった。

「チャーリー、レミどうしたの?」

チャーリーの背中越しでレミのことが見えなかった私は、不安になってチャーリーに尋ねる。

チャーリーは少し確認するようにしてから教えてくれた。

「……寝ておられますね」

チャーリーの背中から出て、チャーリーの腕の中のレミを覗き込むと、レミはかくんと首を垂らして眠っている。

今日は一緒にたくさん遊んでくれたし、泣き疲れて寝ちゃったみたいだった。

チャーリーはシスターの案内に従い、レミを抱えると、布団に寝かせるために孤児院奥の部屋へと運んで行った。

レミがなんで泣いちゃったのかは分かんないけど、次に会ったときに聞いてみればいいと思った。

視界の端、シドとソラがそれを追いかけるのが見える。

チャーリーはそのうち戻ってくるだろうけど、二人が後を引き継いでくれるなら大丈夫だって安心した。

チャーリーたちを見送っていると、座って状況を見守ってくれていたデイヴィスが私のところへやってきた。

そういえば、デイヴィスのおうたの先生をするんだったと思い出し、私はデイヴィスに向き直る。

「……先ほどの歌のことを教えてもらえるかい?」

デイヴィスは、レミの運ばれて行ったほうを気にするように一瞬見た気もしたけど、気を取り直したように私へ言った。

私はそれに「いいよ〜」と言ってから、何を教えればいいんだろうって思って、デイヴィスにそのまま伝えてみる。

「じゃあ、僕が聞いたことに答えてくれる?」

「うん!」

デイヴィスの提案に、私はすぐ頷いた。

それなら私は答えるだけだし、デイヴィスも聞きたいことが知れるから、とってもいい方法だ。

「今の歌は、歌詞はあるのかい?」

「? あるよ?」

「じゃあ、歌詞の解説が聞きたいかな」

「うん! えっとね〜」

私は思い返して説明する。

私のおうたは誰も知らない言葉になって出てくるから、その歌詞の意味がなんとなくでも分かるのは私だけだ。

歌っている私も、この言葉がこの意味でって分かるわけじゃないから、いつもママに説明するときみたいに雰囲気を伝えていく。

「このおうたはねえ、海のおうたなんだよ」

「海? と、いうと、港のあるあの海かい?」

「たぶん?」

海のことは知っていても、私は海に行ったことはない。

デイヴィスも海については知識でしか知らないと言った。

二人で首を傾げ合い、デイヴィスは不思議そうにしたままだったけど、先を促してくれた。

「このおうたはねえ、海で生まれて育って、海が好きだなあって気持ちのおうたなの」

「海、か。もう少し、具体的な意味を教えてもらうことはできるかな?」

「ん〜と、だいたいになっちゃうんだけどね……」

私は少し悩みながら説明した。

デイヴィスがそれにいくつか質問をする。

私は「うん」か「ちがうよ」って答えるだけだったから、デイヴィスの質問に答えるのは簡単だった。

そうして、しばらく問答してから、デイヴィスは納得げに頷いてくれた。

「つまり、海のある町で育った主人公を通して、海のある風景と、海と身近なその暮らしぶりの尊さを歌にしているんだね」

デイヴィスは満足げで、「相変わらず曲調は叙情的で素晴らしいし、短い文節に込められた描写は想像力が膨らむような、素晴らしい詩だ」と称賛してくれる。

それから、私と目を合わせると少し興奮したように聞いてきた。

「この歌も、ステラのオリジナルかい?」

「ううん」

「……え?」

「ちがうよ」

私が答えた途端、デイヴィスは、お顔は笑顔のままだけど、とても困惑しているのが分かるほどに目を泳がせる。

私はデイヴィスに、私が知っているおうたを歌っているだけなんだよって教えてあげた。

デイヴィスはそのことはママから聞いていなかったみたいで、だいぶ混乱させちゃったみたいだった。

「どこで知った曲なんだい? 誰の曲かはわかる?」

「わかんない」

「……いつ知ったのかはわかるかい?」

「気づいたら知ってたの」

私が答えれば答えるほど混乱していっちゃうみたいなデイヴィスだったけど、アヤドさんがたしなめると落ち着いたみたいだった。

アヤドさんはデイヴィスに首を振って見せて、「天才っていうんはこういうもんです」って言ってデイヴィスを納得させてたけど、どういう意味だったんだろう?

それから、私とデイヴィスはおうたを歌うときのことや、他に私が知っているおうたのことを話したりした。

海のおうたの話になって、私は知っている海のおうたを挙げてみる。

海の広さを歌ったおうたや、海で出会って仲良くなった二人のおうた、亀を助けて海のお城に連れて行ってもらうおうたまで。

ママから教えてもらった海の曲も思い出して、ママがピアノの発表会でも弾いていたボヤージュ序曲やドルフィン協奏曲のことを挙げると、その二曲はデイヴィスも知っていたからか二人でとても盛り上がった。

私はデイヴィスに教えてあげられることがたくさんで、すっかり先生気分。

デイヴィスも嬉しそうに聞いてくれるからとっても楽しかった。

私はふと良いことを思いついて、デイヴィスに言ってみた。

「ボヤージュ序曲もドルフィン協奏曲も歌詞がない曲だもんねえ。 私が歌詞をつけてあげましょうねえ」

「ん?」

デイヴィスは笑顔のままだけど、私の言葉の意味を飲み込めないでいるみたいだった。

その反応に、言うよりやってみたほうがいいかなって思った私は、さっそくボヤージュ序曲を歌い始めた。

「じゃっじゃっ、じゃ、じゃー、じゃっじゃっ、じゃ、じゃー、ふんふふ♪」

「ステラ?」

「じゃっじゃっ、じゃ、じゃー、じゃっじゃっ、じゃ、じゃー、ふんふふ♪」

「ス、ステラ?」

まずは前奏から歌いだした私に、笑顔のデイヴィスは焦ったように私の名前を呼んでくれているけど、その声が合いの手みたいで私はどんどん楽しくなってくる。

私のおうたの声が大きくなるにつれ、デイヴィスは私を呼ぶのを諦めて、まるで助けを求めるように、控えて立っていたアヤドさんを見た。

アヤドさんはそんなデイヴィスを見ると、再びふるふると首を振って見せる。

「天才っていうんはこういうもんです」

先ほども聞いたような言葉を言ったアヤドさんは、ポン、とデイヴィスの肩に手を置くと、デイヴィスによそ見せず私を見るよう促した。

「じゃっじゃっ、じゃ、じゃー、じゃっじゃっ、じゃ、じゃー、ふんふふ♪ じゃっじゃっ、じゃ、じゃー、じゃっじゃっ、じゃ、じゃー、ふんふふ♪」

「……」

続く前奏に、デイヴィスはもう何も言わず貼り付けたような笑顔で聞いていてくれた。

前奏を終えた私はいよいよ歌い始める。

「おふね~♪」

歌い始めた瞬間、笑顔のデイヴィスはカチリと固まった。

原曲のボヤージュ序曲は、繰り返される前奏部分に乗って、メロディーラインはたっぷり間を開けてゆったりと演奏される曲だ。

たっぷり溜めて、私は続ける。

「はじめての~♪」

「……ふ、」

デイヴィスの肩が震えた。

私は、またリズムを取って、前奏の一塊分を小さく口ずさみながら待ってから、ゆったりとしたメロディーラインに乗って歌う。

「おふね~♪」

「ふふ」

デイヴィスが耐えられないというように下を向いて、震える声を出す。

再びたっぷりの間の後、私は歌う。

「しゅっぱつだ~♪」

「まって、ステラ、ふふ、まって、くふ、くくく」

ここで、原曲通り半音上げて続きのおうただ。

「おふね~♪」

「ぶふっ! ずるい、半音上げるの、ずるい ……ふふふふっ」

デイヴィスも楽しそうで、私はおうたを歌うのにすっかり浸っていた。

「おおおふね~♪」

「ぶは! はは! あははは!」

噴き出したデイヴィスに、私もつられるように笑っちゃう。

「ふふ、うふふ、楽しいねえ」

私が言うと、デイヴィスは目尻に涙を溜めたままコクコクと頷いてくれる。

「あははは、ごめ、ステ、はは、しゃべれな、あは、あはは!」

こんなに笑っているデイヴィスは初めて見たから、私はとっても楽しい気持ち。

デイヴィスは笑いが止まらなくなっちゃったみたいだった。

デイヴィスが楽しそうだから、私が「ドルフィン協奏曲も歌ってあげるねえ」と言って、ドルフィン協奏曲のメロディーラインに合わせて「だれかが~♪ 呼んでる~♪」と歌ったあたりで、笑いすぎて咳き込み始めた。

笑いながら咳き込んで、ヒィヒィと悲鳴のような笑い声になったデイヴィスは、それからしばらくアヤドさんに背中をさすられてからようやく落ち着いた。

「はあ、ステラといると、はあ、楽しいね……」

少し息の上がったデイヴィスは、目元の涙を拭って微笑む。

その微笑みは、一緒に遊び始めてから一番優しげで嬉しそうだった。

私も、笑顔でデイヴィスに返す。

「うん! 楽しいねえ」

私が答えると、さらに目元を緩めたデイヴィスは、少しだけ考えるように視線を流した。

あ、チャーリーだ。

私の視界の端に、奥の部屋から出てきたチャーリーが映った。

私はチャーリーへと視線を移す。

チャーリーは私と目が合うと、いつものように口元をほころばせて、こちらに向かう足取りを少しだけ早めた。

レミを運んだあと、何度か布団や水を運ぶために奥の部屋を出入りしていたチャーリーは、レミのことをシドたちに任せて戻ってきてくれたのだろう。

「ステラ」

チャーリーが戻ってくるより早く、目の前のデイヴィスが、明るい声で私を呼んだ。

私はチャーリーに向けていた視線を、再びデイヴィスに戻す。

改めて見たデイヴィスは、ニッコリ微笑んでまっすぐ私の目を見ていた。

そうして、デイヴィスが口を開く。

「ステラ、僕と結婚しないか?」

チャーリーが、転んだ。