軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

99.大天使ステラちゃん、預けられる

「ぽつーん」

私は呟いた。

けれど、それを聞いている人は誰もいない。

王都に着いてから数日、私たちは王城にやって来た。

だけど今、広くて賑やかな内装のお部屋には私一人だけがいるんだ。

他の部屋に比べて鮮やかな色彩に溢れたこのお部屋にはフカフカで座面の低いソファが点々と置かれていて、そのうちの一つに座る私の目の前には一人分のテーブルセットが用意されたローテーブルが置かれてる。

目の前に置かれたティーカップに入ったハーブティーはまだ温かくって、ほのかに果物みたいな甘い香りが鼻をくすぐっていた。

見渡せば、部屋の設備はどれも立派で、いかにも子ども部屋っていう感じの内装でもここがお城の一室だっていうことが分かる。

ソファ以外にも柔らかそうなクッションで溢れる部屋はそこかしこに小さな子が退屈せず時間を過ごせるような工夫がされていた。

鮮やかな敷物、部屋の隅には等身大ほどもある人形が顔を出す大きなおもちゃ箱、背の低い本棚には絵本から年長の子が読むようなご本まで並んでる。

だけれど、今の私はそのどれにも興味を持てないでいた。

お城に来るために着た可愛いお洋服も、 持ち物を入れるためにってお家の女性使用人さんが持たせてくれた斜めがけの猫さん型ポシェットも、今は私の気持ちを上向かせてくれないみたい。

それは目新しい様々なおもちゃでも、口へ入れれば甘くほどけるクッキーでも、庭師のお爺ちゃんが淹れてくれるのとも違うお味と香りのお茶でも、お家にはなかった派手なお花飾りでも、そのどれでも駄目で、そのそれよりもずっと、今の私には気になって仕方のないことがあるから。

◇ ◇ ◇

「娘を一人で残して行けとおっしゃるのですか」

「ジャレット君、落ち着きなさい」

王都に着いて数日が経った頃、私たちの泊まるお宿にアリスのパパのワンダー侯爵様の使者が来て、お城へと上がるようにって言われた。

それから私たちは、アリスのパパのワンダー侯爵様と合流して、私とパパとチャーリーと侯爵様、それから侯爵様の使用人さんとでお城へと登城したんだ。

貴族家のご当主様である侯爵様とは違って、大商家の主人であっても平民に変わりないパパや私たちは、門のところやお城の入り口で都度、念入りに身分確認や持ち物検査をされてから入城した。

それから客間の一室に通されて、一体どれくらい待っていたんだろう。

私たちが待つ部屋にやって来たのは、ずうんと大きな、鍛え上げられた体躯を持つ男の人だった。

使いだって言うその人は帯剣もしていて、騎士様の服に似た騎士服とは色と形が少し違う制服にパッツンパッツンの身を包んでいる。

『マッチョマン』って言葉が私の頭に浮かんだ。

いかめしいお顔をした彼はパパと侯爵様に相手方の準備ができたことを伝えて二人を促すと、私も一緒にと促してくれたパパに向かって子どもは一緒にご案内できないってきっぱり言ったの。

それに慌てたのはパパで、立ち上がりかけた私を客間の席に戻すと、扉のところまで行って押し問答をし始めた。

離れた場所にいる私はそのやり取りを詳しく聞いていたわけじゃないけれど、受け入れられないって言うパパに、マッチョマンも指示を受けてるからって言って頑として譲らず、時間だけが過ぎていったみたいだった。

しばらくそんなやり取りが続いて、事情のよく分からない私やチャーリーも心配なお顔になってきた頃、侯爵様がパパの背に手を当て、諫めるように声をかけながら私たちの元へとゆっくり戻ってきてくれた。

「ノー、ジャレット君。これ以上はいけないよ。今日の会談相手は 君(・) が待たせていい相手じゃない。身分差というものがあるからね。 王城(ここ) では特に、だ」

「………」

「ここは国のどこにいるよりも安全で警備の行き届いた王城の中だよ。それにレディ・ステラはとてもよい子じゃないか。同じ娘を持つ親として心配なのは分かるけれど、ここは君が矛を収めてくれないかな」

「………侯爵様……」

パパのお顔は酷く焦れていて、こんな風に焦るパパを見ることはほとんどなかったから私まで不安になってきた。

パパはぐっと、一度口の中を飲み込み、それから自分自身を落ち着けるみたいに息を大きく吐いてから、寂しいみたいな、不安の隠しきれていないお目目をして私を見た。

「一人で残すのは本当に、本当に心配なんだけど……。ステラ、パパたちが呼ばれている間、一人で大人しく待っていられるかな?」

「うん!」

私は即答した。

パパは面食らったように固まって、侯爵様は「ほらね」とパパを安心させるみたいに笑ってる。

扉のところから「早く」って、また急かすみたいにお使いの人から声がかかった。

そのお声はパパだけを責めているみたいに聞こえて、私はムッってなっちゃった。

控えてくれていたメイドのお姉さんに向かって私のことをお願いしますと何度も念押しするパパを、侯爵様が背を押して使いの人のところに急がせてる。

本当に早く行かないといけないみたいで、普段はゆったりした動作をする侯爵様も今はちょっと焦っているみたいだった。

これからパパたちが誰に会うのかは私は知らないけれど、パパがお相手の人にイジメられたら嫌だなと思う。

パパと侯爵様がお使いの人のところに行って、さあこちらにと急かすお使いの人が扉を閉めるその瞬間。

「パパ、チャーリーも!」

「え?」

「え!」

私は大きな声で言って、私の隣で事の成り行きを見守っていたチャーリーを強く押し出した。

まったく想定していなかっただろうチャーリーが押された勢いで二、三歩と足を踏み出したのを見て、いよいよ苛々とした態度を隠さなくなったお使いの人が「早くしてください!」とチャーリーを叱りつけた。

動揺するパパとチャーリーをよそに、私を見て『困った子だね』って言いたげに苦笑した侯爵様がチャーリーを呼びつけて、そして扉が閉まる直前、私にお声をかけてくれる。

「よい子に待っていなさい。でないと分かるね? レディ」

「はあい」

パタンと、それまでの慌ただしさを感じさせない音で立派な扉が閉まるともう廊下に出たパパたちのお声や廊下の喧噪は聞こえてはこなかった。

一人、パパたちが戻ってくるのを待つことになった私の元に、パパに私のことをくれぐれもとお願いされていたメイドのお姉さんがゆっくりと私のところにやって来た。

見るからにお困り顔で、頬に手を当てて考えごとをしてるみたい。

「予定と違うわね……。まったく、次の来客もあるのに……」

「?」

何かぶつぶつと呟いていたメイドのお姉さんは、じっと見上げていた私とパチリと目が合うと観念するみたいにフゥって息を吐いた。

「ごめんね、商家のお嬢さまなのよね。えっと、この部屋は次に使う人がいるから移動しないといけないの」

「うん」

「あら、いいお返事。このくらいの歳の子って案外素直なのね」

「すなお」

「アハ、そうそう。いい子ね。じゃあ、“子ども部屋”へ行こうかしらね。あそこなら係の者もいるし、他の子もいるだろうし……」

メイドのお姉さんは私に話しかけているのかお考えごとを独り言ちているのか、そうだああしようこれでいいだろうと一人納得したように言ってから扉のところへ歩いて行った。

「どうしたの? ああそうか、ほら手を繋ぎましょうか」

「うん!」

振り返り、私が付いてきていないことに不思議そうにしたお姉さんはああと気が付いたように言葉を漏らすと、ソファに座ったままだった私のところへ戻って来て手を差し出してくれた。

それから、「さあ行きましょう」って言って手を繋いで私をお部屋の外へとご案内してくれる。

「やだ、誰もいないじゃない。もうこんな日に限って!」

「?」

「どうしましょう……」

さほど歩くこともなく、目的地に着いた。

客間の並び、お城の出入り口に近いその場所にあったお部屋の扉を開けたメイドのお姉さんは、部屋の中を見て愕然と声を上げた。

ポロポロと独り言のように零れるお話によると、このお部屋は仕官しに来る人の家族やお客さんの家族も使うお部屋だそうで、いつもは何人か小さな子を預かっていて、専属の子守りの人がいる場所みたい。

だけど今は誰もお部屋を使っている子がいなくって、子守りの係の人の姿もなかった。

ちょうどお休みの日だか何かだったみたいで、メイドのお姉さんの思惑が外れちゃったみたいだった。

二人で部屋の中に入ってみるけれど、今日誰かが使っていたような気配も形跡もなかった。

私は手を繋いで貰っているメイドのお姉さんを見上げる。

お姉さんが困り果てているのを見て、私は初めから一人で待っているつもりだったし、一人で待っていられるよって伝えた。

「ええ……? 本当に? 無理じゃない? あなた二歳や三歳とかじゃないの?」

「違うもん。もうすぐ六歳だもん。あのね、私一人でお留守番できるよぅ」

「うーん……。ああ、この部屋は中からは鍵を使わないと出られない作りなのか。子ども用の柵も取り付けられてるし、怪我とかもしないか……」

「大丈夫だよぅ」

「うーん、庶民の子って言っても、今日一緒にいたの侯爵様でしょう? あなたに何かあったら怖いのよねえ」

「私ね、お利口さんに待てるよ」

「本当? 信じるわよ??」

お姉さんには次に任されているお仕事もあるらしくって、かなり悩んでいたけど私をこのお部屋に預けるって決めたみたい。

時間まではって言って、私のためにハーブティーやお菓子を用意してくれて、どこからか大きなおもちゃ箱も出してきてくれて、それからまた様子を見に来るねって言ってお仕事に戻って行った。

────そんな風にして、私はその部屋で随分待った。

とてもお利口さんに。

クッキーは食べ飽きたし、目の前で湯気を上げるハーブティーももう三杯目だ。

最初に私をこのお部屋に連れて来てくれたメイドさんは仕事の合間を見つけては私の様子を見に来てくれて、うわ本当にちゃんと待ってるいい子ねとお声をかけてくれた。

それから、お茶の残りが冷めているのを見つけては温かい一杯を淹れ直してくれる。

一回は、お腹がタプタプになってお手洗いにも連れて行ってもらった。

子ども部屋のお手洗いは勝手が分からないからって言ってお姉さんが連れて行ってくれたお城の大人用のお手洗いはすごく広くって、天井が高くって、何だか全然落ち着かなかった。

パパたちが呼び出されて行ってから、どれくらい時間が経ったかな。

お姉さんもまた仕事に戻って行って、もう随分待ったみたい。

「ぽつーん」

もう一度、声に出してぽつんを言ってみた。

ぽつーんをしても一人。

今は誰もいないお部屋で、このお部屋に来てからずっとそうしているようにまたフカフカとソファの上で体を揺らす。

こうして待っていると、パパのことを考えちゃう。

会いたくなっちゃう。

パパが会いに行ったのは、パパのことをお城に呼び出せちゃうくらいにきっとすごく偉い人で、それから意地悪なマッチョマンをお使いに出した人。

─────怖い人にパパがイジメられてなかったらいいな。

「ご本、読も」

私はここに来てからずっとソファの上で過ごしていたけど、そろそろソファから降りてみることにした。

メイドのお姉さんも、ここにあるおもちゃやご本は汚さないように好きに遊んでいいって言っていたし。

私はソファからの視界にずっと入っていた、絵本なんかが並ぶ背の低い本棚に向かった。

ソファから降りると、足元に敷かれたカーペットは小さな子が転んでも痛くないようにか毛足が長くなっていて、私には少し歩き辛かった。

「あ! ケイニーだ!」

虎さんのご本は無いのかってざっと見渡して落ち込みかけた私は、本棚の中に見慣れたご本の背表紙を見つけて嬉しくなる。

『名探偵ケイニーの推理散歩』と書かれたそのシリーズは色違いの背表紙で何冊も並んでいた。

私かそれよりも少しお兄さんお姉さんの子が読むこのケイニーのご本は、私がこの間アリスに借りて読んでからすっかりハマっている探偵さんの物語だ。

犬の探偵さんケイニーが、飼い主で助手のヴァッカスさんと一緒に事件に遭遇してはそれを解決していくお話で、ライバルで神出鬼没の怪人バロンとのやり取りが格好いいんだ。

「『策謀の香りがするよ、ヴァッカスくん……』」

私はこっそり、ケイニーの決め台詞の真似っこをした。

照れくさくって、けれど嬉しくって、うふふって笑顔が溢れちゃう。

名探偵ケイニーのご本は漢字にもふりがなが振ってあって、私はもう一人でも読めちゃうんだ。

私は本棚の中、まだ読んだことのないケイニーのご本を手に取ると、表紙をめくってケイニーの推理の世界に飛び込むことにした。