軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

94.宰相家の使用人は坊ちゃまの成長を見守りたい(ルイの世話係視点/後)

◇ ◇ ◇

「あーたんもね、ちょっぷだよぅ」

「ふへ、ごめんね」

その後、ステラ様は奥様にも平等に『ちょっぷ』を献上していた。

奥様が先ほど浮かべていた悲しげな表情も、ステラ様に見逃してはもらえなかったらしい。

ルイ様へとは違って一発だけではあったが、『ズドン』と響いたひときわ重たい音は、植物園の木々たちをざわめかせた。

ルイ様と奥様は、ステラ様が作ってくださった緩んだ空気のおかげか、改めて落ち着いて話をする場を設けることができていた。

「ルイはー、にーくんに嘘つかれたと思ったんかー」

「あの時は頭が真っ白になって……。てっきり、父上の発言は、私と母上を近づけるためにおっしゃった 偽り(まやかし) だったのかと……」

今ここには、ルイ様と奥様だけが残ってお二人で話をされている。

気を遣われてのことだろう、ステラ様とマルクス様は、チャーリーと呼ばれた連れの青年と共に再び植物園の中を探索してくると言って出かけて行かれた。

残されたのはお二人の他には離れて立つ私と、それから先ほどステラ様に掴まれ続けていた、精根尽き果てたといった様子の、だいぶ大きめサイズのコオロギ一匹だけだ。

出かけ際、「行ってくるからねぇ」と言ってそっとルイ様の前にコオロギを置いて行かれたステラ様は、ルイ様に対して何を求めておられたのだろうか。

見ていれば、回復してきたらしいコオロギがよいしょとばかりに起き上がる。

安住の地を求めたのだろうが、ゆっくりと逃げ込んだ先は何故かルイ様の服の裾の中だ。

このあと戻ってくるだろうステラ様によって見つかるのも、そう遠くない未来の話に思えた。

私がそんな風にだいぶ大きめサイズのコオロギの悲哀に思いを馳せている間に、ルイ様と奥様の会話は続いていく。

「───にーくんはさ、ルイに嘘はつかんと思うんよ。ね、ルイもそう思わん?」

「……思います」

「ねー。ほら、落ち着いたら分かんだからさ、カッとなるってゆーの? そういうの、勿体ないって」

「すみませんでした、母上」

「スッと謝れるの偉すぎ。もっと反抗していいかんね、ルイ」

そう言ってカラカラと笑う奥様は、もうルイ様に対して遠慮されるご様子はない。

それから、改まったように幾分か表情を引き締めると、ルイ様を正面に見て言った。

「ちゃんと伝わってなかったのはあーしらに責任がある。賢いルイのことだから、いっぱい悩ませちゃったかも。悪かった、ごめん。にーくんの分も、ごめん。────今ちゃんと説明しときたい、いい?」

「は、はい」

ルイ様に対して真摯に謝罪をされた奥様は、面食らったようにそれを受け入れたルイ様をじっと見つめ、それから「おっけー」と、軽い調子で言っていつもの緩めた笑顔に戻られる。

旦那様を疑ったことを叱る奥様も、ルイ様を偉いと褒めた奥様も、普段の穏やかな奥様とは違った一面を見せていらっしゃるようだった。

きっと、先ほどの表情がルイ様にだけ見せる母の顔だったのだろう。

奥様は、仕切り直すようにルイ様の頭を一度撫でてから、先ほど音だけは可愛くない『ちょっぷ』を受けていたルイ様のおでこを指先で撫でながら言った。

「まず、あーしがにーくんやルイのこと、すごく凄いって思ってること、これは本心からの、本当の気持ち……。勉強ができるのは才能だと思ってるし、あーしには無理なことだかんね」

奥様に甘え慣れないルイ様は、撫でられるたびに照れながら、それでも嬉しそうに口元が綻んでいる。

しかし奥様の言葉に再び不安になったのか、奥様をそろりと覗くように見上げた。

奥様はそんなルイ様を安心させるよう口角をニッと上げて見せると、それからステラ様を真似るように『ちょーっぷ』と言って、ゆっくりとルイ様のおでこに手刀を当てた。

音もなく押し当てられたそれに目を白黒させるルイ様に、奥様は「にーくんそっくり」と言って笑う。

それから続けて「最後まで聞いててみ?」と言った奥様は、ルイ様の体を、その華奢な体格に見合わない力強さで軽々と抱え上げた。

一瞬で奥様の腕の中に収まったルイ様は、何が起きたのか分からなかったようにキョトンとされていたが、すぐに状況に気がつきあわあわと身動がれる。

「ほら、聞ーく!」

「! は、はい母上」

「……にーくんが言ってた、あーしが『賢い』とか『鬼才』? とかってのはさぁ、たぶんあーしが虫や植物に詳しかったり、にーくんの不得意な分野に詳しかったりすることでしょ。自分ができないことができるから、すごいって意味」

「えっ、父上に不得意なことが?」

「いっぱいあるっしょ」

「え」

抱き上げられながらそわそわされていたルイ様は、奥様の言葉にショックを受けたように固まった。

奥様はそれに可笑しそうに笑い、続きをお話しされる。

「今はマシになったけどー、にーくんとにかく頭でっかちだったんよ? 学生時代とか、もちろん全体的な成績とかはにーくんがダントツだったけど、 実地研修(フィールドワーク) 系は、軍の実地訓練とかもしてたあーしのほうが断然得意だったかなー。そもそも、にーくん運動音痴だし」

「なるほど……?って! 母上は学生時代に従軍を!?」

「うん。てーか、あーし実家が実家だし? 今のルイくらいの歳から辺境伯軍の行軍に連れてかれてたかんね」

「 辺境…………? っ母上は、まさか辺境伯家の……!?」

「ふへ、ルイ今それとかウケる。今まであーしや周りに興味持たなすぎだったもんね〜?」

「は、母上……」

イタズラ成功というように笑いかける奥様に、ルイ様は驚きと呆れが混じったお顔になってしばらくぐぬぬとなり、それから一気に脱力されていた。

そ、そうか、ルイ様は奥様が辺境伯家の秘蔵っ子であったこともご存知ではなかったのか……。

言われてみればなるほど、ルイ様が物心をつかれてからこちら、奥様のご実家は遠く辺境の地にありなかなか赴くこともできず、かといって祖父母様も未だ現役で従軍なさっている強者と聞くから、こちらに訪ねて来られる機会もなかった。

本来は世話係の私などが語って聞かせることもできたというのに、変な勘ぐりと憶測で奥様の話題を避けていた結果、ルイ様にお知らせできずにいたようだ、我ながらなんと情けなく申し訳のないことだろう。

「そのうち、 辺境伯家(じーちゃんち) にも顔見せに行こ」

「はい」

私が密かに自責の念にかられている中、やっと本来の親子らしい会話を交わすことのできたルイ様と奥様は、柔らかな声で一言二言と言葉を交わされていた。

奥様は、抱き上げているルイ様を再び軽い動作でひょいと持ち変えると、今度は抱え込むように片腕でルイ様の体を支える体勢になり、背中をトン、トンと、一定のリズムであやすように叩き始める。

「でさ、生まれたルイがしばらくしてさ、にーくんに似てやっぱ勉強とか? 研究とか、そーいうのにすごい興味を持ち始めたんよ。その時、あーしとにーくん、二人で話して決めたんだー」

「……何をですか?」

「ん? ルイがある程度、自分の道はこうだって決める年頃までは、あーしはあんまり、ルイに干渉しないでいよーって」

「な、なんで……っ」

奥様の言葉に動揺したルイ様が、うずめていた顔を上げて奥様を見ると、奥様はそんなルイ様の背をヨシヨシと落ち着けるようにゆっくりと撫でた。

ルイ様を見つめる眠たげな垂れ目に、深い愛情が浮かぶ。

奥様のルイ様への想いが、こちらまで伝わってくるようだった。

「ルイのことが大好きだかんね」

「…………」

「あーしが関わったせいで、ルイに良くない影響があると、あーしも嫌だからさ」

「…………なんで」

「ん?」

「なんで、ですか…… 母上。そばにいて、そばで、こうして植物のことなどを、教えてくだされば良かったではないですか…………」

「うん、うん、そうだね」

ヨシヨシと、ルイ様の背を撫でる奥様の手はひどく優しい。

黙って二人のやり取りを見ていた私にも、奥様がどれほどルイ様を愛しているか、大切に思っているかが伝わり、あえて距離を取られていたことを思って胸が苦しくなった。

「………………」

「………………」

無言の時間がしばらく続いた。

奥様はゆっくりとルイ様の背を撫で続け、やがてルイ様が落ち着きを取り戻されたのを確認してから、再び口を開かれた。

「ルイはさあ、一時期こうキューッと、見える範囲が狭くなってたっしょ? それは、自分で分かる?」

「………はい。しかし先ほどの、ステラたちと過ごす様になってから、知らないことがまだまだあるのだなと、そう思うようになりました」

「そっか、いいね。ステラっちとかはさ、ルイとは全然違うタイプの子だよね。それにマルクスくんも、いつも遠回りしてルイのこと迎えに来てくれてるし。ルイがしないことをできる子たちだよねー」

「マ、マルクスのことなど一体どこでっ!?」

「ふへ、あーしはいつもルイに興味津々だかんねー」

「そ、そうだったのですか……。母上は、私のことをご存知で……」

奥様の腕の中でほっと安心したご様子のルイ様は、すぐさま口元が緩むのを取り繕おうとして失敗し、変なお顔でふへっとニヤけていらっしゃる。

相変わらず不器用なルイ様でらっしゃるが、こうしてルイ様が甘えることができる場面を目にする日が来ようとは。

私は感無量になるあまり、お二人の邪魔にならぬよう、隅に控えながら声を殺して涙した。

「あーしもさぁ、今日ルイがお友達と笑ったり怒ったりするのを見てて、やっと『大丈夫っぽいな』って思えたんだぁ」

「それは、私がもう、自分の道を定めたと、そう思われたからでしょうか……?」

「うーん、ちょっと違うかな。でも、ステラっちたちと一緒なら、本当のことが分かった後も、ルイは大丈夫なんだろうなーって、それだけ」

「本当のこと……?」

疑問でいっぱいなルイ様を前に、奥様はイタズラな笑みを向ける。

普段は眠たげにされている垂れ目に、冴えた光が宿る。

ニッと引き上げられた口角が、イタズラに笑みを形作った。

とうとうその時が来たのだと、ついにその事実をルイ様に伝えるのだと、私にも分かった。

「あーしが 天(・) 才(・) す(・) ぎ(・) る(・) からって、ルイ ま(・) で(・) 自信失くすなよー?」

宰相家で芽吹き、花ひらいた才能。

生まれながらにして、 学(・) び(・) す(・) ら(・) 必(・) 要(・) と(・) し(・) な(・) い(・) 真(・) の(・) 天(・) 才(・) である奥様の、その全貌が、ついに今ルイ様に語られるのであると──────。