作品タイトル不明
第六十九話 王国の断罪(後編)
「戯言はそこまでかと聞いておるのだ」
国王フリードリヒは聖女エリシアの演説には動じず、威厳を保っていた。
エリシアは黙って国王を見つめる。
「とんだ茶番だな。誰がおまえの作り話など信じる? 断罪は昔も今も正しく罪人を裁いている。罪人を裁くことで、王国の秩序が保たれ、王国の民が安心して暮らしておるのだ。そうだな、宰相よ?」
「はっ!」
国王の問いに、横に控えていたジークフリートが答える。
「私は偽りなど申しておりません。すべて真実の歴史です。そして今なお虚偽の断罪が平然と行われていることも」
「そんな歴史の記録など存在せんわ。では証拠の文献でも見せてみろ」
「聖教会に保管されています。聖女でしか封印が解けない文献ですが、お見せすることはできます」
「ふん、国家反逆罪まで犯しておきながら、いまだ『聖女』を名乗るつもりか? おまえこそ虚偽を重ねているではないか」
国王が立ち上がり、観衆の方を向く。
「我が王国民たちよ、騙されるでないぞ。この者はもはや聖女でも何でもない。虚偽の作り話で王国を乱し、王都の民の平穏を奪おうとしているのだ。
想像してみるがいい。王都が辺境の野蛮人どもに支配されたらどうなる? 略奪や殺人が日常になるのだぞ!」
王城前広場に集まっているのは、当然、王都民がほとんどだ。彼らは生理的に辺境や辺境の民を嫌悪するよう育ってきているのだ。言葉の真偽ではなく、その嫌悪感で真偽を判断しかねない。
そもそも、今の王都民たちに大きな不満などないだろう。であれば、あえてリスクのある変化を起こしてまで、「辺境」や「弱者」を救う気持ちなど起きまい。今の王国が正しいと信じる方がよほど楽で安全な選択肢なのだから。
国王の切り返しによって、エリシアはまんまと狂言回しにされてしまった……。
「もう茶番は終わりだ。 王国騎士団(ロイヤル・ナイツ) よ、罪人どもを捕えろ!」
国王により、俺たちの王国断罪は強制的に幕を下ろされた。
観衆たちも、聖女を擁護する機会を失ってしまった。いや、国王がその機会を奪ったのだ。おそらく宰相ジークフリートシナリオどおりなのだろう。俺たちが浅はかだった。
だが、そっちがその気なら、こちらにだって切り札はあるのだ。
「話を続けさせてください。王太子が死んでもよいのですか?」
俺がすかさず脅しをかけ、クローデリアが短剣に力を込める。
「や、やめてくれ……」
王太子レオンハルトが情けない声を発する。
そう、王太子の生死はこちらの手にあるのだ。簡単には手は出せまい。
「構わん」
国王が言った。
「え?」
俺とクローデリアは小さく声を上げた。
「殺すなら殺すがいい。王国はいかなる反逆者にも屈することはない! レオンハルトも王太子として、その覚悟はあるだろう」
レオンハルトが叫んだ。
「ち、父上! 私はまだ死にたくはありません」
「王太子が甘ったれたことを言うな! 王国の安寧のために死ぬくらいのことは言えんのか!」
ジークフリートの入れ知恵か?
やつなら、俺たちが簡単に人を殺さないことも知っているはずだ。いや、このクズ王太子など、俺たちが手を汚して殺すほどの価値もないと考えていることを見抜いているのだ。
なぜなら——こいつを殺したところで、王国は何も変わらないから…….。国王はボンクラの後継者一人を失うだけ。何だったらもっとマシな王子たちがいる。
いや、むしろ聖女が率いる「真・反断罪戦線」が殺人を犯すとなれば、それこそ民の信を失う決定的な出来事となるだろう。
民衆が考えを定める前に、その思考を止めた国王と宰相ジークフリートの勝ちだ……。
「失敗だ! いったん退こう!」
俺はエリシアとクローデリアに叫ぶ。
計画が甘かったか……。しかし、少しでも民衆に問題の意識を与えられたのであれば、成果はあったと考えるべきだ。
「ユウマ、私の後ろに隠れて」
脱出にはクローデリアの力に頼らざるを得ない。精鋭の王国騎士を相手にする以上、負担が大きくなってしまうだろうが……。
そのとき、俺の首筋に冷たいものが当たった。
……短剣?
そうかと思うと、俺は後ろに引きずられ、クローデリアとの距離が広がった。
そしてクローデリアと俺の間に王国騎士たちが幾重にも重なって集まってきた。
「『剣姫』よ、観念しろ。仲間の命を大切に思うのならば」
俺を捕らえたのは鉄仮面を被った男だった。鉄仮面でくぐもった声になっているが、俺はこの声の主を知っている。
——勇者ソウマ……。
ここまでか……。策士のジークフリートが一枚も二枚も上手だったのだ……。
「ユウマ……ごめんなさい……」
クローデリアが剣を捨て、泣き崩れた。
俺のほうこそすまない、クローデリア……。結局、足手まといになってしまった……。
「俺が首謀者です……。エリシア様とクローデリア様は解放してください。俺が彼女たちを脅して従わせたのです」
国王と宰相ジークフリートの前に引きずり出された俺は言った。
せめてエリシアと……どうかクローデリアは助かってくれ……。