軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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心配そうにこちらを見る御者に合図をしてシェリルが乗った馬車を送り出すと、アーノルドは泣きながら言い訳をまくしたてるパールディアと必死でなだめるヴィンセントをにらみつけた。

「ブラーゼ伯爵令息、叔父には君たち2人は私の婚約者に関わることを一切禁じられていると聞いているが。そこの令嬢が私の婚約者を呼びとめて何の根拠もない妄言を吐いたあげく、未だに謝罪の一言もないということは、悪意をもって接触してきたと解釈する。

このことは叔父に報告の上、我が家からも厳重に抗議させてもらう。せいぜいまた愚かな我が子の尻拭いをさせられる憐れなお父上への言い訳でも考えておくんだな」

「ま、待ってください! シェリルと会ったのはたまたま……ひっ」

「黙れっ!! 何1つ約束したことを守らない嘘つき野郎がなれなれしくシェリの名前を呼ぶなっ!!

いいかっ、優しいあの子を散々傷つけて捨てたおまえも、そこの泣けば何をしても助けてもらえると思いこんでいる甘ったれたお嬢さんも、シェリルにとっては見るだけで嫌なことを思い出して傷つく敵なんだよ!!

次にのこのこ現れやがったら、俺がそのからっぽな頭に今教えてやった言葉の意味がわかるまで拳で叩きこんでやる。痛い目にあいたくなかったら二度と現れるなっ!!」

まだシェリルを利用するクズ男に辛うじて残っていた理性もふき飛ぶ。研究所の悪友たちのような荒っぽい口調でまくしたてると、軟弱な男は慌てて義妹を引きずって逃げて行った。去り際にこちらを見た義妹の怯えと敵意がこもったまなざしに怒りを覚える。

――あれはまったく懲りていないな。

面倒な。深いため息を1つついたアーノルドは何事かとこちらを窺う通行人たちに「お騒がせしました、すみません」と謝り足早に行きつけの魔道具屋に向かった。

店主に頼んでエマリー家に事情を記した魔道速達文鳥を送り、馬車を貸してもらう。馬車で1人になるとパールディアという薄気味悪い少女の悪意にあてられたのかどっと疲れが出てくる。

アーノルドにとってシェリルはいつも元気をくれる少女だ。シェリルにねだられて魔道具を作ったことをきっかけに魔道具師になることを決めてからは、彼女が喜ぶ魔道具を作るのがアーノルドの心の励みだ。

2年前。いつも「アル兄様」と呼んでちょこちょこやって来た愛らしい女の子が、カーテシーを披露するきれいな令嬢に成長し、幸せな恋をして叶ったと知った時には心からうれしかった。いや、本当は婚約者ができたシェリルと今までのように親しく会えないのは寂しかったけれど、笑顔でいられるなら良いと思っていた。

だから、アナベルにシェリルが相手の男に手ひどく裏切られたと聞いた時には心配でたまらなくなった。しかし、失恋のショックでふさぎこんでいる少女に3つも年上の男がどうやって接すればいいのか。下手をすると男性不信になってしまうのではないか。

そう考えると足がすくんでしまい、結局姉のアナベルとこまめに連絡をとって見守った。

もんもんと悩みつづけるアーノルドの背を押してくれたのは副所長のコーディだった。

彼女は本名をコーデリアといい公爵令嬢でこの国の王太子妃だ。水色の髪に神秘的なアメシストの瞳、華奢な身体の儚げな見た目とは裏腹に幼い頃から魔道具研究をライフワークにしていて、素材となる魔獣を自ら狩りに行く猛者だ。彼女にべた惚れの王太子から求婚を受ける際に

「私がいずれこの国のすべての民の母となるのならば。民の生活を豊かにする可能性を秘めた魔道具もまた我が子である。つまり、私は我が子を愛し育てる義務がある」

と約束し、魔道具研究所の副所長となった。なお、自分も密かに開発に携わっているのは研究者たちと一部の貴族たちの秘密だ。

気さくで面倒見は良いのだが一般人と大幅に感覚がズレている彼女は、同じ齢で研究者の中で一番身分が高く雑用係にちょうどいいアーノルドを部下としてこき使っている、もといかわいがってくれている。

ある日、アーノルドを呼びつけて上司の権限と称してむりやり悩みを聞き出した。そして、あっさりと言った。

「つまり、シェリル嬢はラスカにとっての”知恵の妖精”というわけか。確かに、口下手だが誠実なおまえならぴったりだろう。よしラスカ、今すぐ行って口説いてこい」

「いや、ちょっと待ってくださいよ! 今の話をどう解釈したらそうなるんですか!? そもそも知恵の妖精とは何ですか」

「古い言い伝えだよ。偉大なる初代所長の心身の健康と生活の支えになり時にはすばらしいアイデアをもたらしてくれたという、幸運をもたらすパートナーのことだ。要は、パートナーを尊敬し大事にすれば、自分もまた心身ともに充実して幸せになれるという教訓だな。

ラスカはシェリル嬢を幸せにしたいのだろう? だったら、彼女を愛しているおまえがそうすればいい。

大丈夫、自分を好いているという想いは相手にも魔道具にもきちんと伝わるさ。私も最初は王太子との結婚なんて面倒極まりないものはまっぴらごめんだったが、一緒にいるうちに惚れこんだからな」

「アドバイスには感謝しますが、人間と物を一緒にするのはどうなんですかね……」

ドヤ顔をするコーディにシェリルの無邪気な笑顔が思い浮かぶ。

見ている周りが砂糖を吐きそうな王太子の猛烈なアプローチと外堀埋めの末に嫁いだ彼女の経験談が信用できるかはともかくシェリルを笑顔にしたい。そして、一緒に過ごしたい。

「ありがとうございます、妃殿下。行ってきます」

「ああ、がんばれよ」

そうしてアーノルドはシェリルへの手土産を買って婚約を申し込み、叔母とアナベルの手を借りて手ごわい叔父を説得して晴れて婚約した。

最初はぎこちなかったシェリルはだんだんと素の表情を見せるようになり、そのガラスシェードのように透き通ったミントグリーンの瞳に熱が灯るようになった。20歳のアーノルドはその意味がわからないほど初心じゃない。少しずつ愛を伝えて距離をつめていった。

「……俺のバカ野郎」

今日の、正確にはあの店に着いてからシェリルは様子がおかしかった。いつもならば喜ぶはずのイチゴのパフェに沈んだ顔をしていた。そして、元婚約者たちに怒りと嫌悪を露わにしていた。

おそらくあのカフェはシェリルにとって元婚約者との思い出の場所だったのだろう。そうとは知らずにシェリルの喜ぶ顔を見たいとうきうきしていた間抜けな自分が嫌になる。アナベルに聞けばすぐにわかったことなのに、絶対に喜ぶからと考えを押しつけた傲慢な自分を殴りたくなる。

馬車の壁に額をぶつける。ごつんと良い音がしたが気は晴れない。

家族に愛されて育ったシェリルは素直で優しい子だ。アーノルドと会う時はいつもにこにこ笑っている。

だから、初めて見る傷ついたシェリルにどう接すればいいか迷う。そして、シェリルがそんなふがいない自分を気づかって自分の心に残る失恋の痛みを隠してしまうことも。

「……ただ甘ったるい言葉をかけるだけじゃあいつと同じだな」

やつあたりだとわかっていても、シェリルに愛されたのに癒えない傷をつけて捨てたヴィンセント・ブラーゼのココアに浮かべたマシュマロ並に中身まで柔らかそうな顔が憎たらしい。

何より、シェリルの初恋の相手なぞ聞くだけでむかつくからと、意固地になって今まで離れていた2年間のことをろくに知ろうともせずに傷を広げてしまった自分が心底情けない。これではかわいそうだからとわがままな義妹をただただ甘やかすあのへなちょこナルシスト野郎と同じではないか。

「……いや、こんなことを考えていても仕方がないな。まずはシェリと話をしよう」

ぐずぐずと落ちこみそうになると心の中のコーディが「おまえはシェリル嬢を理想化しすぎだ、何かあった時には目の前にいる彼女ととことん話し合え。もし、捨てられても私が彼女を幸せにするから安心しろ」と満面の笑みを浮かべる。

アーノルドは頼もしくも恐ろしい上司に震え上がるとエマリー伯爵家に向かった。