軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ハーレ就業編・7-14

「バロッサ夫人、こちらのラグーは格別ですよ」

「色味からして美味しさが伝わってきますわ。若い子のように、みずみずしいわねぇ」

「これを熟成したものは更に格別ですから。それに私はみずみずしいよりも、味わい深いもののほうが好みですよ」

「んまぁアルウェス様ったら~。夫の前で恥ずかしいわ」

そしてこの緊張に満ちた姿を、そこの涼しい顔をして料理に手をつけているロックマンに見られるのだけは絶対に嫌だった。

警護だと言うから参加はしないものだと思っていたのに、しっかりそこに腰を落ち着けているロックマンは、私など目にも入っていない様子で隣のふくよかなご婦人と楽しそうに話している。

けれど別にそれならそれで、構わない。

こちらを見ていないのなら好都合だし、むしろ一生目に入れなくていい。

というか、向かいにいるご主人らしき人が涙目になっているから、いい加減夫人を口説くのはやめてさしあげろ。

「それに国王である私に挨拶がしたいと言っていたと聞いてね、さぁそこへ腰をかけるといい」

国王が促してくれた場所はサタナースやロックマンが並ぶ席だった。

食台の上に敷かれている、目が痛くなるような真っ白なテーブルクロス。フェニクスの爪のような三ツ又に分かれた銀色の肉刺しに、朝露に似た細い丸みを帯びた黄金の食器。いつの間にか注がれている、鼻の奥を擽る紫色の酒。

用意された椅子に腰をかけた私は、バッと隣に座るサタナースを見る。

「サタナァァス……」

「……」

おのれ貴様、余計なことを言ったな。

先ほどの謝罪を撤回する。

私がいつ国王へ直々に挨拶がしたいなどとぬかしたというのだ。嘘も大概にしろ。

突き刺さる視線をものともしていないのか、サタナースはロックマンの横(私の横でもある)で大人しく鼻を掻いていた。

普通私が来たら目ぐらい合わせてもいいだろうに一向にそうしないのは、自分が仕向けたこの状況に少しは悪いと思っているのか、どうなのか。

しかしこの態度を見る限り、悪気はそこまでなさそうだった。むしろ私を呼び寄せて安心しきったような、そんな表情にも見える。

類は友を呼ぶと言うが、さすがロックマンの友人としてここに来ているだけのことはあった。

整髪剤を塗りたくった、そのテカテカの銀髪なんてハゲてしまえばいい。

「ナナリー・ヘルと言ったか。あの魔法陣は見事だった」

「お褒めに預り、光栄です」

怨み辛みを並べていれば、国王は私が座ったのを確認すると私が名乗る前に『ナナリー・ヘル』と呼んだ。

それに関してはサタナースが私の名前を出したのかもしれないので、特に疑問に思うことはない。

ただ国王に名前を呼ばれるというのは、思っていた以上に顎が震える。

「アルウェスも似たような杖を持っているが、同じものなのかな?」

「どう、でしょう? 魔具に詳しくはないので、私にはなんとも……はい」

太ももにある女神の棍棒を、手でそっとドレス越しに確認する。

しかし私がデアラブドスについて言葉を濁すと、ああ気づかなくてすまないと国王に手を振られ、そして直ぐに魔具についての話題から違う話題へと移り、魔法陣の話になった。

謝られた意味は分からないが、とりあえず話さなくてよくなったことに安堵する。

「あれは昔、教育係に見せられた魔法書に載っていた退魔の陣によく似ている。陣の絵は複雑だというのに、杖であれほどの大きさに発動させる魔力もさることながら、君は実に優れた魔女だ」

国王の言葉に私はむず痒くなる。

ただ陣を一回出しただけで、これほどまでに褒められるとは思ってもいなかったし、優れた魔女、など、親にも誰にも言われたことはないというのに。

人に褒められるということは、それは嬉しいことだ。

またそれが国王様ならこの上ない名誉である。

しかし私はそれ以上に自分よりもっともっと優れた人間や宿敵を知っているため、なんだか気分が落ち着かなかった。

「しかも君には……アルウェスの件で面倒をかけたようだと。ミハエルから聞いている」

居心地悪く感じていた私は、国王のその言葉に顔を上げる。

ロックマンの件での面倒をかけられたことと言えば、あの仮面だらけの世界で、小っ恥ずかしい蝶の君になりきっていたことだ。

正直思い出すだけで恥ずかしくなるというか、あれは己の中で断トツ一位を飾る黒歴史となっている。

記憶の隅から隅まで抹消したいくらいに。

「アルウェスの件? 父上、なんのことですか」

真顔で悶えていれば、第一王子であり次期国王と言われているアルマン王太子殿下が父親を見て訝しげな顔をした。

「もしかしてアルウェスに……君も彼に引っ掛かってしまったという話か?」

「いいえ、それは」

君も、とはなんだ。も、とは。

こんなに近くで彼らを見たのは初めてなのだが、そんなことなど彼らにとってはどうでもいいことなのか、王太子殿下は躊躇することなく私にも何があったのかを聞いてくる。

あいつに引っ掛かったなど、まさかそんなわけがあるまい。

引っ掛かった自分を想像するのも嫌だ。

「なんて、冗談だよ。それならこんなところで公に話はしないな。君のような魔女は、そう簡単に心奪われなさそうだからね」

王子様に冗談を言われた。

ハハハと笑うその顔にどう反応したら良いのか分からず、とりあえず私もハハハと声に出して笑ってみる。

君のような魔女とはどういう意味だ。

こんなにぎこちない笑いをしたのは、ボードン先生が寒いダジャレを教室で披露したとき以来のことである。

「ナナリー、そう緊張するな。冗談は兄上の挨拶だから、そう気にすることもない」

「ゼノン殿下……」

「なんだ弟よ、それじゃあまるで私が口説き下手な似非紳士みたいじゃないか」

「実際にそうではないですか。婚約している身で全く……」

「ゼノンは頭が固いな。もう少し柔らかくした方がいい。私が揉んでやろう」

同じく向かいに座っていたゼノン王子が助け舟を出してくれたと思えば、すぐに兄弟同士での会話が始まった。

ありがたいことにまたもや話題が逸れたので、黙ってその行方を見守る。

しかし王族とはかくも美しい顔でなければいけないという決まりでもあるのかというくらい、全員の顔が見事に整っていた。

王太子殿下は父親である国王よりも少し色素が薄めの焦げ茶色の髪で、顔つきもどことなく母親である王妃寄りだった。

王妃様は白に近い金髪なので、本当に二人を混ぜてできたような容姿。ゼノン王子の目元が国王と同様キリリとしているのに対し、王太子殿下は目尻が垂れ気味であるのも一つの特徴と言える。

「お兄様達は相変わらずね。アルマンお兄様は大人げない」

「またゼノンの味方か? ミスリナ」

「ゼノンお兄様はわたくしの理想の旦那様ですもの。ノルティスお兄様には一生分からないでしょうけど」

また第二王子であるノルティス殿下は更に王妃様似であり、彼だけは四人兄妹の中でも唯一の金髪だった。けれど王子三人の中では一番髪の毛が短く、スッキリとしている。

体格が良いので、一見すれば騎士団長のようにも見えなくはない。

「アルウェスにも理想の旦那とか言っているが、あんまり軽々しく言うものじゃないぞ。分かったか?」

「好きなものを好きと言って何が悪いの? ノルティスお兄様は嫉妬しているだけだわ」

「ミスリナ……。はぁ……誰に似たのか」

ミスリナ王女はアルマン王太子殿下と同等の色合いであり、兄妹の中では一番似ているだろう二人だった。おそらく腰まであるだろう長い髪は、今はひとまとめにして、頭には金色の冠をつけている。国王譲りの澄んだ黒い瞳の周りには、豊かな睫毛が隙間なく瞼の縁に生えていた。

いつだったかゼノン王子が妹が可愛くて仕方がないのだと妹自慢をしていたことがあったのだが、そうしたくなるのも分からなくはない。

性格は少々キツそうというか、ハッキリしている性格みたいだが、懐いてくれる妹というのは格別に可愛いものなのだろう。

それに王族の血をひいているロックマンの兄、公爵夫人も見たことはないけれど、どう転んでも不細工ではなさそうだった。

「そんなことをなされていたのですか? 全くもう、この子達は貴方のオモチャではないのですよ?!」

「そう怒らないでくれ」

一方、国王が一通りあの仮面舞踏会での出来事を簡潔に話していると、王妃様が国王の二の腕辺りを掴んでしかめ面になっていた。

透き通るような青い瞳が、国王の顔を射抜くように見つめている。

それにしてもロックマンの話をしているというのに、アイツは露ほども関心がないのか会話に混ざってくることはなかった。

「いやしかし、ナナリー・ヘル、君のようにハーレにいる人間はみな優秀な者達ばかりだろう」

国王は王妃の気をそらすように話題を変えた。

国の王と言えど、嫁の怒りから逃げる方法は古典的な方法である。

けれどハーレで働いていると言っていないのに、職場がバレているのは何故だろう。

目をぱちくりさせていると国王が私の様子に気づいたのか、ミハエルからな、なんて笑って言われる。ロックマン公爵を見れば、何も言わずに笑顔を返された。貴族の笑顔は胡散臭い。個人情報がだだ漏れしている点について、許されるならば国王と小一時間議論を交わしたいくらいである。

そんな度胸もないくせにそう考え込んでいれば、私の隣でマルキン宰相がそう言えばと人差し指を立てた。

「確かアルケスと言う、副団長だったか。平民の出だが彼も実に惜しい存在でしたな」

「第二小隊のカルロス隊長もそうですぞ」

「あの忌ま忌ましい事件さえなければ彼らもきっと」

「マルキン宰相」

ロックマン公爵がゴホンと咳払いをして、宰相の話を渡った。ああすまないと宰相は申し訳なさそうに眉を垂らしたが、何かまずい内容でもあったのだろうか。

普通の会話をしていたように思えたが、宰相が言いかけた『忌ま忌ましい事件』というのがよろしくない内容だったのかもしれない。

しかし私はその前に宰相が口に出した名前『アルケス』が気になった。

もしかして、あのアルケスさんなのだろうか。

名前しか出していないので、今ハーレにいるアルケスさんのことなのか確信はないが、もし副団長だったならばあの騎士団長が敬語を使っていたのにも納得がいく。

歳を考えれば団長よりアルケスさんのほうが歳上であるし、もしその頃に団長が下っ端でいたとしたならば辻褄は合う。

それに魔法をなんなく使いこなすという、魔法使いとしての能力はハーレ内でも抜きん出ているので、ただの平騎士でなかったということは間違いなさそうだった。

それにカルロスという、アルケスさんより歳上の男性職員もハーレにいる。

彼もまた元騎士らしいとの噂はあったが、その人が今言っていたカルロスならば、その噂は本当であると言えた。

「所長のテオドラ・ロクティスとは何度か話をしたことがある。彼女もまた聡明な女性だ。あのような人間が我が王国にいることは、実に誇らしい」

「『現代の崇高なる魔法使い百選』に選ばれていましたな」

「マルキン、お前は確か百選の選定師の一人だったな。もちろんロクティスに?」

「いえ、隣国ヴェスタヌのボリズリーに一票を。ロクティスは選ばれる確信がありましたのでね」

国の重鎮たちにここまで言わせるとは、さすがは我らロクティス所長である。

そもそもロクティス所長がこれほどまでに言われる理由は、昔、十年ほど前に『 黒天馬(マヴロ・ペーガ) 殺し』という、騎士団の人間が狙われた魔法使い殺しが起きた事件がきっかけであり、その時救世主として活躍したのが、当時ハーレの職員として働いていた彼女だったことから始まっていた。

天馬は騎士達が乗っている魔法動物のことであり、黒は騎士服の色を示し、「黒い天馬達」=総じて騎士団の人間をそう呼んでいたそうだが、今はその事件の残虐性から騎士を侮辱する言葉として認識されている。

私が七、八歳の時に起きたこの事件は、子どもにはよろしくない内容だとして、親からも村の学舎の先生からも知り合いのおじさんおばさんからも、誰からも詳しく教えられることはなかった。

好奇心旺盛だった私は凄く知りたかったが、時が経つにつれて欲は薄れ、今でもそのような事件があったことは覚えているものの、重要な部分は知らない。

破魔士ではない所長がなぜ、救世主となったのか。

詳しくは資料を調べてみないと分からないが、とにかく尊敬に値する人物だということは確かだった。

「ヴェスタヌはボリズリーがいる限り、安全でしょうな」

けれど所長についての話がされるなか、私はふと疑問に思う。

あんな大変なことがあったのにもかかわらず、誰一人として魔物の話をする人はいない。国王も私の魔法について褒めたぐらいで、退治対象である魔物について一切触れていない。

こんな一般庶民、平民がいる前で出きる話ではないのだろうが、その様子が少しだけ私に違和感を与えた。

そもそもあれだけの騒ぎになりながら、こうして呑気に食事をしていることも、実に不自然だ。あくまでも私の中の常識なので、王族貴族にとっては普通のことなのかもしれないが……。

「おおこれは、いい首飾りだね」

「これは……母に貰った首飾りです」

国王と話していた宰相が、私の首元を見て口髭を撫でる。

「なるほど、母か。母は良いものだ。いくつになってもな」

「母は考古学者なのですが、たまに仕事先で骨董品を買っては贈ってくれるんです。これもその一つです。今はここに、キュピレットの花を小さくして閉じ込めています」

「誰かに?」

「はい」

友人にあげようと思っているのだと言えば、そうかそうかと手を叩いた。

「それにしても見事な髪色ですな。魔法で?」

マルキン宰相は親近感溢れる表情で次々と話を振ってくれる。

緊張する暇もないくらいで、こう話をかけてくれると段々自分自身、落ち着きが出てきたようにも思えた。

「いいえ。昔は焦げ茶色だったのですが、魔法型を知る際の魔法でこうなってしまって」

「おお、たまにいるらしいが、そういう人間は魔力が高いと言われている。根拠はそれほどないが、普通の人間よりは優れた能力を持っているようですぞ」

魔力が高いほど魔法の成功率が高くなる。

目で見えたり、肌で感じることはできない代物だが、優れた魔法使いは魔力が高いと言われていた。

「ご両親は何型で?」

「父は火です。母は……分からないです」

「分からない?」

「印の魔法はしていないと言っていました。必要ないから、らしいですけど。使い魔もいませんし、攻守魔法があるから大丈夫だと」

母の型は分からない。母自身自分のことにそれほど興味がないのか、型を知ろうとは思わないらしい。

父に知りたいと思わないのかと聞いたことがあるが、めちゃくちゃ知りたい! と、いい歳した中年親父が足をバタバタさせていたのを思い出す。

でもしばらくして、謎めいた女性にお父さんは惹かれるんだ……そうミミリーのような~、なんて自分の世界に浸っていたけれど、それで幸せなら私は何も言うことはないとあきらめたことがあった。

別に母の型が分からないからと言って、日常生活に支障が出ることもない。

しかし型は遺伝によるものが大きいと言われているので、もしかしたら母は氷型なのかもしれないと思っている。

「平民ではめずらしくもない話ではありますな。ただ考古学者は探究心が強い者が多いらしいが、その点では特殊な方だとは思うがね」

「して、君は何型なんだい?」

宰相が眼鏡に指をかけて頬笑む。

「そうですね、私は――」

私は氷型です、と危うく言いそうになる。

危ない危ない。

……? いや、危なくもないか。

ここには国王がいて、周りは国の重鎮とも呼べる人間が集まっている。つまりは私たち氷の魔法使いの事情を知っている人達だ。たぶん。

「失礼いたしました、私はこ――う、……んん?」

視界がグニャリと歪む。

なにやら身体が……、頭がおかしい。

頭がグワングワンと他の人間の手によって揺さぶられているような、気持ち悪い気分になる。

私は初めて酔った時のように、テーブルへ肘をつけて額をおさえた。