軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ハーレ就業編・6-5

調査が終わり所長に報告したあとは、すでに終業時刻だった。飲みにとのことだったので所長も誘ってみたが、『アレと飲むと奢られるから嫌!』と謎の拒否反応を起こして断られてしまった。

アレというのは騎士団長を指していると思うのだが、奢るならまだしも奢られるのが嫌とは変わっている。

それから私達は寮でハーレの制服から普段着へと着替えると、団長達やニケと約束の場所で落ち合った。

騎士達は私達のように着替えはせずにそのままで、けれど天馬は宿舎に置いてきたのか姿は見当たらなかった。皆使い魔で来たようで、待ち合わせ場所に着いた時には人の姿しか見えなかった。

「いらっしゃい!」

「おやっさん、今日は大人数なんだが席大丈夫か?」

「なぁに、まだ半分空いてるから好きなとこに座りな。今日は一週間後の祭りに向けて、近所の奴らは皆出払ってんだよ」

お酒と香辛料と、香水の入り混じった匂いが鼻につく。

騎士団長達に連れられてやってきたのは、繁華街にある夕方から開店しているようなお店が集まる街で、いわゆる夜の街。

綺麗なお姉さんがいる店や路地裏を覗けば怪しい占いのおばあさんがいたり、荒くれ者が酒を飲み過ぎて寝転んでいることもある、そんな場所。

ここだ、と団長に言われて入ったお店は、創業二百年! と大きく書かれた看板を壁に張って、その周りに落書きみたいなのがびっしりと書いてある、少し小汚い……けれど、温かい雰囲気のある酒場だった。

明かりも暗すぎず明るすぎずで丁度いい。

酒場には結構な頻度で来ているらしく、私なんかはハーレの近くにある酒場にしか職場の人達と行ったことがないので、騎士達がいる酒場等は見たことがない。そもそも怪しい感じの街には行った事がないので、そこしか行っていないのなら知るわけもないのだが。

――アハハ!

――キャハハッ

店の中には露出過剰な女の人から、筋肉ムキムキの男の人までと色んな人がいる。

あちこちを興味深げに見ながら、私はゾゾさんに背中を押されて入っていった。

「ハーレの女性陣二人とも、好きな所に座ってくれ。お前らも好きな場所で良いぞ。アルケスさんは俺の隣だ」

「分かったよ」

ぞろぞろと店内に入っていくと、団長がそう言ってアルケスさんの肩を叩く。やはり二人は知り合いだったのか、久しぶりに話しましょうよ、と団長が楽しそうに話をかけていた。

あの団長が敬語を使うなんて内心吃驚だが、元騎士団にいたアルケスさんとはきっと積もる話もあるのだろうと、私は遠いところに座るためにそこから離れる。

「ヘルさんはあっちね。私は隊長とここに座るから」

「はいはい」

次いで後ろから入ってきたウェルディさんは、横に伴っていたロックマンを席に着かせて私達にシッシと手を払ってきた。清清しいくらいに積極的、かつ相当な嫌われようである。

ロックマンはいつものことだとでも言うように自然な流れで席へと着き、部下の何人かを周りに座らせていた。黒いローブの集団が囲む席は異様な雰囲気が漂っている。これでフードでも被っていようものなら、いくら騎士様といえども不審者軍団だ。

しかしローブはやはり邪魔なのか、留め具を外して椅子に引っ掛けている。

「ウェルディさんも、まぁ強烈な性格ね。でも何故か嫌な気がしないのはどうしてかしら」

「確かに」

言われずとも遠いところに行こうとしていたので、はいはい、と彼女に手を振って離れる。

嫌な気がしないのは、もう完全に保護者目線になってしまっているからなのだろうか。私たちはあっちで見てるから遊んできなさい、というような落ち着いた心情である。あちらの方が年上なのに。

たぶんアイツもそんな感じなのだろうと思う。まぁもしかしたら好きということもあり得るかもしれないが、あれだけベッタリとされて嫌な顔一つしないのだから、多少好意はあるのだろう。

「ここにしましょうか」

私達二人はそこからそう遠くもない、八人ほど座れる広さがあるだろうテーブルについた。店の端には椅子が幾つか積まれており、必要な人はそこから椅子を足す仕組みになっているようである。

「アルウェス隊長、私達もご一緒してよろしいですか?」

「良いよ。ここにどうぞ」

「ありがとうございます!」

そうこうしているうちに、きゃっきゃと第八小隊の女性達がウェルディさん達がいるその席に行き出した。ウェルディさんはそれを見て口を開けている。可哀想に。

先に席に着いていた騎士の男性達の間に女性陣は入って、何にしようかと品書が書かれた壁を見ながら話していた。

「酒場に来るといつもあんな感じなのよ」

「ニケ」

「私は苦手だから近づかないけどね」

笑いながら、ニケは私とゾゾさんが座る席に腰を落ち着ける。

……苦手。

確かにニケはそういう性格ではないので、彼女があそこに加わっていたらと考えると想像に苦しむ。絵が浮かばない。

「今日は飲みましょ。お酒なんて一緒に飲む機会がなかったから新鮮だわ。……ええと、ゾゾさん? でいいんですか?」

「ええそうよ。貴女はニケって言うんでしょう? よくナナリーから聞いているわ。よろしくね」

二人の自己紹介を終えたあと、歳上であるゾゾさんを真ん中にして、私たちは何を飲もうか相談した。果実酒やマナス酒もいい。

今日は団長の奢りらしいからどんどん飲んでもいいのよ、と言われた。

「でもその前に何か入れないと凭れちゃうから、肉類でも頼みましょうか」

「そうだね」

「隣良いですか?」

何にしようかと壁を見たら、後ろから声をかけられたのでそちらに目を向けた。

そこには第八小隊の騎士の人が何人かいて、私達の座る席を指差す。

「ええ、どうぞ」

ニケは当然知っている人達なので、笑いながらテーブルを軽く叩いた。

「僕たちもいいかな? あぶれちゃって」

「女の子達皆取られちゃいましたもんね~?」

「ブルネルうるさいぞ」

取られた女の子達とは、あそこのロックマン達の席のことを言っているのか、ニヤニヤとあちらの席を見ながらニケは男性陣をからかっていた。

ゼノン王子も来ていたが、王子は団長達の座る席におり、そこで落ち着いていた。一国の王子、第三王子とはいえ、このような酒場にいらっしゃって良いものなのかとは思うが、騎士団は大半が貴族出身が多いようなので気にするのもいちいち仕方がないかと早々に頭から追い出す。

「今日は朝からあっちこっち飛んでたからなー。股が痛い」

男性達は席に着くと、テーブルに肘をつけて腰を揉む。

天馬に乗っていたからなのか、太股部分を拳で叩いたりしていた。長時間乗馬をしているようなものなので、確かに痛いのだろう。

ニケは大丈夫なのかと聞けば、治癒魔法を上手く使っているから平気、と痛がっている男達を見ては笑っていた。男はそういう所の考えが足りないのよね、と呆れてもいる。

「天馬のほうがお疲れですよ~」

「まぁな。とりあえず適当に何か頼もうぜ」

おーいおやっさん、と男の人が声をかけると、無難な物を色々注文してくれる。

注文が終わると私とゾゾさんがいたせいか、それぞれ自己紹介をする場になり、歳はいくつ?やら仕事の愚痴やら趣味は何かなど、世間話に花を咲かせる。

私に声をかけて隣に座った人の名前は、ヴィクトル・ドログフィアというそうで、好きに呼んで良いと言われたのでドログフィアさん、と呼ぶことにした。

初対面の人の名前を軽々しく呼ぶことはさすがに出来ない。ウェルディさんの場合は名前しか知らないので仕方ないが。

「ん? 見ろよ、またあの張り紙あるぞ」

料理がテーブルに運ばれて来た頃、ニケの隣にいた人が壁を見て皆にそう言った。何だろうと皆でそこを見れば、そこにはハーレにも来ていた『氷の魔女・急募!』の張り紙が貼ってあった。

よく見ればあちこちにある。

あんなにたくさん……。そんなに急いで集めなくてはいけないものなのか。

「オルキニスか。あんまり良い噂は聞かないけどな」

向かいにいた騎士の人が、フォークで肉をつつきながら張り紙を見る。

「何かあるんですか?」

気になったのか、ゾゾさんが質問をする。

その間にも彼女は惣菜をパクパクと食べていて、食べるか話すかどっちかにしろ、といつもアルケスさんに言われている癖は健在だった。何でも食欲が増している時は話したくなるらしく、外食に行くときはいつも会話が尽きない。私は楽しいから良いが、アルケスさんにとっては気になる癖なのだろう。

「女王はそりゃあ美しいし優しい女性らしいんだが、若さに執着があるみたいでさ」

紫色の美しい髪をしたオルキニスの女王様。王様は普通に堅実な方だそうで、国内では貧困も混乱も、戦争も無いらしい。

「あそこの女王様、もう五十になるんでしたっけ?」

「たぶんそれくらい」

ニケは頬杖をついて隣の人を見る。

「美容のために色々やっているみたいだけど、その内容があまり笑って見れるものじゃないらしい」

「色々って、何ですか?」

ドログフィアさんが険しい表情でそう言うので、気になって聞いてみた。

美容のためになる内容で笑えないものとは、どんなものなのだろう。

「竜の生き血を飲んだり、海に住む人魚をどこからか捕まえて食べたりしているって噂だよ」

「食べる!?」

「あくまで噂だからね。噂」

竜の生き血も相当だが、人魚を食べるとは気違いにも程がある。

昔の書物では人魚は不老長寿で歳は取らず、永遠に美しい姿のままだと言われていたようなので、そういう気を起こす人も稀にいたようだが、実際の人魚はそうではないと最近では分かっているはずだった。

人魚は確かに美しい姿をしているが、150年が寿命のようで、歳もきちんと取り、永遠に美しいなんてことはないらしい。お婆ちゃん、お爺ちゃんにもなる。生まれた時は赤ちゃんであるし、赤子が出来たらお腹も大きくなるとあった。普通の人間とそこまで変わらない。

けれど噂が出回っているだけで、証拠は何一つ無いのだという。

「氷の魔女を侍女にするのと、何か関係があるのかしら」

「火の無いところに煙は立たないしね」

ニケとゾゾさんが私を見る。

「氷の乙女だろう? 氷使いなんて最近じゃ少ないのに、何でまた氷の、しかも乙女なんだろうな。一応警戒して俺達で国内の氷の魔女の数は把握するようにしてはいるが」

ヘルさんも多分その中にいるよ、と向かいにいた騎士の人に指を差される。

「でも乙女じゃないってことは、やっぱりもう恋人がいるんですか?」

続けてドログフィアさんにそう質問をされた。

「いいえ? いたことはないですよ?」

ので答えたら、テーブルにいる人達の動きがピタリと止まった。

「え、じゃあ遊びとか?」

「ちょっとナナリー、ちょっとちょっと」

言いかけたドログフィアさんの話をわたり、ニケが後ろに回ってくる。

「貴女もしかして……。あ、あのねナナリー、乙女っていうのはね?」

私の耳元に手を当てて、ゴニョゴニョと耳打ちしてきた。

そんな小さな声で話す内容なのか。

と、思っていたら、予想だにしない言葉を放たれることになる。

『恋人とか、普通に男の人と、赤ちゃんを宿す行為をしたことがない女性のことを言うのよ?』

……え。

「あ、あかっ、赤ちゃん?!」

頭の中で、ホギャア~と可愛い何かが泣いた。

「違う違う! してないよ」

「なんだぁ、やっぱり? 私もびっくりしちゃったもの」

顔が青ざめた私は、けれど急激に身体に血が勢いよく巡り、頬……いいや顔と身体全体が熱を持ち始めた。

私だって、人間の子供が出来る仕組みくらい知っている。そろ~っと学校で習ったことはあるし、そこまで常識はずれではない。

ならば、じゃあ、私はあの場で「それをやりました!」と恥ずかしげもなく言ったことになる。

「あ、な、穴が……」

「ナナリー?」

「……穴が、あったら入りたいっ」

顔を両手で覆う。

「ここにどうぞ」

「うん」

穴ではないが、ニケが腕を広げてどんとこいと言ってくれたので、私より幾分膨らみのあるそこへ、座ったまま遠慮なく飛び込む。

時空展開の魔法陣で数時間前に戻りたい。やり直したい。むしろ母のお腹の中から生まれ直したい。

乙女……。そうか、確かそう言うのだった。まさか授業でそう言うのだと教えられるわけではないけれど、書物や友人達の会話の中で自然と頭に入れていたはず。

「あのう……」

「ヘルさん?」

ドログフィアさんに手で顔を覆ったまま向き合う。

「……おとめ、でした」

「え?」

この人に直接言ったわけではないが、勘違いさせていたようなので訂正させていただく。指の隙間からチラッと様子を伺った。

当然困惑した顔をされたが、そりゃこんなことを唐突に打ち明けられてもね、と自分でも思った。

「その、言葉の意味を理解していなかったので、ごめんなさい」

私は損をするのも大嫌いだが、嘘をつくのはもっと大嫌いである。正直者は馬鹿を見るなんて言葉があるらしいが、嘘つきな奴よりよほどマシであるし、そんな言葉は正直者への冒涜である。正直者が損をするというようなあんな言葉は、ある意味私の中で大大大嫌いな言葉第一位だ。

けれど自分が嘘をつかれるのは別に良い。騙されても良い。許しはしないが。

ようは自分が嘘をつくかつかないかが問題なのだ。知っていたにせよ、知らなかったにせよ。

小さい頃から、嘘だけは吐いちゃいけません!! なんて母にしつこく鬼のように言われていたので、そこだけは今でも徹底している。

徹底なんて言い方は変だが、気を付けてはいる。

昔一度だけ母に嘘をついた事があり、でもたぶんあれは、夕飯のつまみ食いをしたかしなかったかというような内容で。五歳の時だったか。嘘をついたことのなかった私は嘘をついてみようと、つまみ食いをしたのにしていないと答えたのだ。けれどその嘘を見破っていた母は、私に浮遊魔法をかけて井戸の上に浮かせた。底の見えない井戸は怖いなんてものではなく、どんな魔物より恐ろしい物体に見えたものである。まだ魔法が使えなかった私は抵抗する術なく「ごべんなざぁいいいい!!」とひたすら謝った。

後から聞けば井戸の中は足が着くような深さで、落ちても全く大丈夫で、寧ろ魔法の綿が敷いてあったのだという。

けれどそれから私は嘘をつこうとか考えてしまうと、あの恐ろしい体験が甦り、結果嘘をつくことはそれ以来なくなった。

「馬鹿正直なのもどうかと思うわよ」

いちいち告白をした私に、ゾゾさんが笑いをこらえた声でそう言った。

まぁ確かに。

「いいや、うん、良いんだよそんな、ね?」

「ドログフィアさん」

目元から手を外して、火照る頬には手を当てたまま彼を見た。

「寧ろそれで良かったというか」

騎士の男性、ドログフィアさんは、目の下を少し赤くして私の右肩を掴む。眉が目尻と一緒に垂れ下がっていて、お酒に酔っているような顔色に見えた。けれどまだお酒は飲んでいないので、酔ってはいないはず。

もしや酒場の雰囲気に当てられて酔ってしまったとか。

「まだなら是非俺と」

「えい!!」

「ごほっ」

ドログフィアさんがテーブルに頭をぶつける。

気のせいでなければ、ニケが肘で彼の後頭部を押しやったように見えた。

「あ~らヴィクトル先輩ごめんなさい? 私酔っちゃったみたいで」

ニケに目を向ければ、安心して、と親指を立てられた。

安心とはどういうことを言うのだろう、と撃沈しているドログフィアさんを眺める。

「ほら、酒が来たぞ。皆飲もうぜ」

その間にも食事の席は進み、ドログフィアさんも何とか起き上がって体勢を直していた。意識が少し飛んでいたようで、何の話をしていたんだっけ? と皆に聞いていた。頭、大丈夫だろうか。

「良いんですか? こんなに飲んで」

しかし、テーブルには樽いっぱいの酒が運ばれてきていた。

「良いのよ。私はちょっとしか飲めないし、悪酔いして粗相する奴らが出てきたら屍の呪文で締め上げるから。ナナリーもゾゾさんも、そうなったら手伝ってくださいね」

「さすが!」

ニケは席に戻ると、杯にお酒を注ぐ。

横のゾゾさんにも注いでまわしていた。

綺麗で妖艶なお姉さん達が、店内の台の上で音楽にのって踊っている。フリフリのスカートを翻して、店内の男どもの視線を釘付けにしていた。男達は音楽に合わせて手を叩いて、女性達を眺めながら歌っている。

こんな酒場に来たのは初めてだったけど、なかなかいいお店だ。

料理も私が作った物より数倍も美味しいし……いやいや外食は控えて、私も精進しなくては。

「今ある命に感謝して! かんぱーい!」

「乾杯!」

コン、と酒の器が響いた。