軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ハーレ就業編・6-2

外が急に騒がしくなった。

扉が閉まっているから良く聞こえるわけではないけれど、騒音がしたらある程度は耳に届く。

ハーレの窓からチラリと見えたのは天馬の羽。

それも一体のものではなく無数。

天馬が人がいるところ、しかも一匹どころではない数でいるとすれば、その理由は明白。

騎士団の天馬だ。

「テオドラはいるか」

重そうな、けれどそれほど力のいらない扉が開かれる。

入ってきたのは騎士服に身を包んだ、背が……というより体格の大きい男の人。

その人の顔には、幾たびもの戦場を駆け抜けてきたような、魔法でも治りきらなかったのであろう一筋の傷跡が頬にある。勇ましい顔つき。

きっと騎士服を着ていなかったら、山賊と間違われるような容姿だけれど、間違われたとしても、そんじょそこらの山賊なんかではなく、首領級の人間だと思われそうな程謎の威厳があった。

つまりは何が言いたいのかというと。

「所長、騎士団長が来ましたよ」

受付に座ってじっと騎士団長を見ていた私は、後ろで不貞腐れてアルケスさんに愚痴をグチグチと話している所長へ声をかけた。まぁ声を掛けなくても彼の声を聞けば彼女の場合嫌でも分かるとは思うのだが、騎士団長が来たのに出ようとしないので、ゾゾさんと目配せして仕方なく所長をあちらへやろうとする。

「テオドラ、俺が来たのだから顔でも見せたらどうだ」

「……おーれーがーき~た~か~ら~? ですって?」

騎士団長の言葉が勘に触ったのか、後ろにいた所長が唸りに近い声を放って席を立つ。

よし。立った。

「団長、行くのが速いです!」

バンッとハーレの扉が勢いよく開かれる。

鈴が鳴るような、かわいい声。

そうして、団長の次に扉を開けて入ってきたのはニケだった。

長いブロンドの髪を二つ縛りではなく後ろに一つ縛りにして、黒い騎士服に身を包んでいる。

「速すぎて後方にいた第一小隊がまだついていませんよ」

ゼノン王子も後ろからやって来た。

黒髪に黒い服なので、真っ黒。半年前の姿に比べると、それほど見た目は変わっていない。身長もロックマンと比べると王子のほうが低いが、私よりは断然高い。成人男性の平均は余裕で超えている。

第一小隊と第八小隊と言っていたので、ニケや王子は第八小隊なのだろうか。ロックマンが第一で、二人と違う隊に入っているというのなら、そう言うことになる。

ニケと王子それぞれと目が合ったので、笑みを浮かべて軽く会釈した。ニケの嬉しそうな可愛い笑顔に、ついつい私も嬉しくなる。

二人のあとからは次々と騎士団の人達が入ってきたので、ハーレの中は騒がしいというか人口密度が増して、破魔士達が騎士の人達を見てざわざわとしていた。一方で騎士の人達は無駄話をするわけでもなく、騎士団長の後ろについて大人しくしている。

「ほら、地図を取りに来てやったぞ」

「来てやった?!」

カウンターから出て団長の前に出た所長は、人差し指を突きだして怒りを露にした。

来てやったですって?この髭!!

と少々乱暴な言葉遣いだが、手にはしっかりと地図の書かれた紙を持っている。

「ほら、こんな多人数で来なくたって用事なんてこれだけなんだから、さっさと行ってらっしゃいよ!」

文句を言いながらも憎々しげにそれを騎士団長に渡すと、所長はすぐに後ろを向いてカウンターの方へ戻ってきた。

「そうカリカリするなテオドラ。そうだ、お前にも改めて紹介しておこうと思っていたんだが」

騎士団長がそう言うとハーレの扉が開き、真っ黒なローブに身を包んだ背の高い男が、所長の前にやって来る。ローブには王国の花の刺繍が施されていた。

頭にはフードを被っていて、顔がよく見えない。

いかにも魔法使い、という風貌をしていて、昔の御伽話に出てきた偉大な魔法使いたちの絵にそっくりな格好だった。金の長い杖のような物も持ち歩いていて、私の女神の棍棒と似たり寄ったりな物にも見える。私の物は金ではなく銀だけれど。

男の人が入ってきたあとからは、また次々と同じような格好をした人達が入ってきた。背の低い人は女性なのか、フードから長い髪が垂れているのが見える。

男の人はまた一歩踏み出すと、フードに手をかけて所長に向き合う。

「噂に違わず、お綺麗な方ですね。初めまして、私は第一小隊隊長のアルウェス・ハーデス・ロックマンです」

え、誰だって?

と思うのも一瞬で。

外されたフードの下から出てきた、少し癖のついた金色の髪。けれど頭を振ればすぐに癖は直り、ふわりと肩へ流れる。笑みを浮かべる唇の上には筋の通った形良い鼻と、赤い炎をたえた切れ長の瞳があった。

またこの展開か。

と思わずにはいられない。

男は、アルウェス・ロックマン、そいつだった。

「あらまぁ! グロウブとは真逆の良い男じゃない!」

照れるわ~、と、所長が良い笑顔でロックマンの手を握り返している。

コイツ、ついに人の上司を懐に取り込みやがったな。

頬をポッと赤くさせているロクティス所長に、それは思い違いだ、と言ってあげたいが本人が心底嬉しそうなのでひとまず見守ってあげる。

私は訝し気な視線であの男を見る。

しかしなんだあの格好は。

騎士のくせに全く騎士らしくない。けれどその彼の後ろにいる人たちも、ロックマンと同じような格好をしている。と思えば、騎士団長のあとに続いて入ってきた人たちは皆普通の騎士服だ。

「第一小隊はより多くの魔法を扱える人間の集まりだ。戦いの場では後方にいてもらい、いざとなれば相手に止めを刺す役割も担ってる。あとモルグの鏡は、今度からゼノン以外でアルウェスが使えるようにしたからな。何かあったら、俺以外ではその二人が対応する。よろしくな」

後ろにいるのに止めを刺すとは、変な感じである。

要は最終兵器みたいなものなのだろうか。

ふーん、なんて心の中で呟きながらあいつを見ていると、当の奴と目が合う。

「……」

「……」

にらみ合いを数秒(あっちは私を普通に見ていただけだが)したのち、私は視線を外して手元にある真っ白な依頼書を見る。

私情を仕事に持ち込む真似など出来ないし、というか嫌だし、あっちだって仕事なのだから喧嘩をしている場合ではないだろう。

ああでも、よく考えたらこれはあの白いドレスを返すまたとない機会かもしれない。これを逃したら私から直接あの屋敷に行かなくてはならないし、そもそも庶民の贈り物を貴族に送るには色々と手続きが必要なので面倒なことになる。マリスに手紙を送るのでも手間がかかるというのに、ドレスなんていう荷物を送るのだとしたらもっと手間がかかる。

なんだ、そう考えると、嫌ぁな気分が晴れて清々しくなってきたではないか。

「それに俺達は今日ここに地図を取りに来ただけじゃない」

「何よ」

「昼飯、食ってないんだよ」

「……はぁ?」

所長が団長に向かって素頓狂な声を上げる。

「だから?」

「ここで食べさせてもらう。なに、金は持ってきているからタダ飯じゃないぞ」

「タダ飯なんてしたらひっぱたいて追い出す所よ」

ふん、と所長は鼻を鳴らした。

●●●●●●●●●●●●●●●●

「アルウェス隊長」

ローブを着ている人達の中で、とても綺麗な女性がいた。

ニケとはまた系統の違う美人で、ニケが柔らかな雰囲気の美人なら、彼女は色で言うなら赤や橙というよりもキリッした雰囲気で、青や緑が似合う人である。

ロックマンの隣で一緒に食事をしている。

一方で私やハーレの人達は騎士団が来たからどうすると言うわけでもなく、己の仕事を淡々とこなしていた。

受付に座り、食事をしている破魔士や騎士達を時折眺めながら依頼人を待つ。

「隊長、これをどうぞ。まだ何も食べていませんから」

「ああ、ありがとう。君はいいの?」

「私は大丈夫です」

「無理しないで良いのに。ほら、半分食べなさい」

「す、あ、ありがとうございます」

うん、いい子だね、と先ほどの綺麗な女性の頭を撫でつけるロックマン。さわり心地の良さそうな茶色い髪を、根元から流れに沿って触れていた。

……あんな所でまで女をタラシているとは、なんて奴だ。

きっとこの世が自分以外全て女になったとしたら、戸惑いもせず一夫多妻とかやっていそうである。

もっとも、この世にいる男があいつだけだったとしても、私は絶対にそこへ加わったりしない。

「この貼り紙、ここにもあるのか」

掲示板に貼ってある紙を見て、近くで所長と仕事について何か話をしていた騎士団長が呟いた。

視線を辿ると、彼はあのオルキニス王国から回ってきた『氷の魔女募集!』のチラシを見ている。

「コレ? ああ、オルキニスのね。一応外官を通っているらしいから中に貼ってはいるけど」

「氷の乙女なんてそうそういないだろうにな」

「ウチにはナナリーがいるけど、お給金に釣られてやめるなんて言われたらどうしましょ」

ね?

と私のほうを見ながら言われる。

「行きませんよ。乙女でもありませんし」

「え?!」

「えっ? え?」

するとそう言った私のほうを、食事をしていたニケが凝視してきた。手から食器をカランと落として変な声を上げる。

所長も目をパチクリとさせて私を見ていた。

なに、なんなの。

「あなた、乙女じゃないの?」

「いえあの、この歳で乙女とか、ないですよね」

「まあ、そう言われたらそうなのかもしれないけど……」

私もその歳には……と所長は何かブツブツ言いながら顎を撫でている。

「っ、あっっつ!! なんか紙が燃えちゃったんですけど?!」

所長を訝しげな目で見ていると、手にしていた真っ白な依頼書に火がついて、あっという間に灰となった。

膝と床に落ちた燃えカスを見てゾゾさんを見る。

「ペストクライブじゃない? 大丈夫よ。直ぐに消えるし、紙もまだ何枚もあるから」

「それはそうですけど……」

感情が荒々しくなった時、癇癪を起した時などに、魔法を使わなくても身近で何かが起こる現象をペストクライブ(おかしな遊び)と言う。

体内の魔力が外に出て悪さをしてしまうのだ。

一瞬のことだけれど、癇癪を起しやすい子供がいる家は堪ったものではないと思う。私はそんなに、というか、そんなに爆発しそうなほどの感情の機微なんて今までになかったのでよく分からない。

ロックマンにイライラする事や、本当に殴ってやりたいとか(殴ってたけど)そういう気持ちになったりはするけれど、そんな現象が起こらないということは、ペストクライブに至る程の感情ではないということになる。

だからそれ以上の激しい感情を持つとなると、今さっきあれを起こした人は、一体どんな状況……。

「ね、君」

消し炭を魔法で掃いていると、離れたところで自分の小隊の人と話し込んでいたロックマンが此方にやってくる。

すると誰に話をかけたのか、と考えるまでもなく、奴は私の前に立った。

黒いローブを着ているうえに背が高いので威圧感を感じる。

なんだ、何か用なのか、と口をへの字にして顔を見た。が、その顔が変にドスのきいた顔だったので一瞬固まった。

「ひっ……」

黄金色の前髪から覗く赤い瞳が細められて……というか据わっている。恐ろしい程綺麗に整った顔立ちに凄まれると、綺麗だという感情を通り越してもはや恐怖を感じた。けれどロックマン如きに恐怖を感じるなど、そんなのは私が私を許さない。

こんなので腰が引けて堪るかナナリー。

これは喧嘩を売られているのかもしれない、とカウンター越しに両手を思わず構える。

「いつ乙女じゃなくなったの」

「はい?」

「いつ」

上から畳みこまれるように徐々に顔が近づいてきて、私はそれに背中を反る形で上を向く。

いつって、そんなのを聞いてどうするつもりなんだコイツは。

「いや、いつって……」

私は構えていた手で近すぎる奴の胸を押し、視線を右往左往させる。

別に、何にも悪いことをしていないのに、なんでこんな……。

人の乙女事情なんかどうでも良いだろうが。というかいつ乙女じゃなくなったとか、そんな具体的に聞かれてもそんなの知ったこっちゃない。そもそも一々考える人なんているのか。

もう十八で大人なのだから、学校を卒業したら少なくとも自分は乙女とか言えるような存在ではない。

「卒業、してから」

「誰と?」

「誰って……」

誰だよ。

「~っというか! そんな事聞いてどうするんだって話よ! 良いでしょうよ私が乙女でも乙女でなくても! なにあんた乙女になりたいの?!」

「君が見栄を張ろうとしているのではないかと思っただけだよ。それ以上でもそれ以下でもないから大丈夫」

「なにが大丈夫?!ちょっとあんた自分の言葉理解してる? ここまで支離滅裂な質問されたの初めてだわ」

変な奴。見栄ってどんな見栄なんだ。おかしいだろうそんな見栄。馬鹿なのかコイツは。

「アルウェス隊長?」

「なんか隊長、様子違うくないか……?」

貴族でゼノン王子のいとこだからと、敬語を使うことは考えなかった。

というか前回ももう敬語は使っていなかったような。

「隊長? 早く食べませんと」

先ほどロックマンと食事をしていた騎士の女性が、彼の隣に来てそう促す。

テーブルを見てみれば確かに食べかけで、皿にはまだお肉や野菜が残っていた。

せっかくのご飯を途中で放棄するとは何事だ。昼は一日のうちで一番貴重なじかんだというのに。

こんな所で油を売っていないで早く食べてこい、という意味を込めて睨みつけようと視線を戻せば、バチッと赤い瞳ではない青い瞳とかち合う。

「?」

乙女かどうか奴に聞かれた時以上に、というか何か違うものが背筋を走った。

何故かロックマンの隣にいた騎士の女性が、私を見ていた。

もの凄い、無表情で。