軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ハーレ就業編・5-7

そうこう話し込んでいるうちに、時間がだいぶ過ぎてしまったのか、私は目的をすっかり忘れていた。

魔物についての議論を交わしていると、いつの間にか音楽が激しく明るいものから、ゆったりとした曲調に変わっていく。

「? ……は!」

ふと自分が目的を見失っていたことに気がついた。

「蝶の君、どうしました?」

どうかしました。ロックマンが言っていた通り私ってやっぱり馬鹿なのかもしれない。

「あとどれくらいでこの舞踏会は終るんですか?」

「予定では……」

「では皆様、これが最後の円舞曲となります。それぞれ今宵の思い出を飾るお相手を見つけてください」

ラストダンス!

もうロックマンと踊る機会を伺っている場合ではない。

仮面を付けた貴族達はそれぞれ自分の相手を見つけ出す。

ヒューイ伯爵は私はもう歳だからと周りを微笑ましく見守っていた。少し離れたところでは夫婦で来ていた人が貴方……と旦那さんを見つけて腕を組んでいる。

ならあの二人は……。

「蝶の君、よろしければ私と踊っていただけませんか?」

仮面を押さえてキョロキョロしている私に、豚の紳士が腰を折って手を伸ばしてくる。

「え、あ……貴方とですか?」

隣にいるヒューイ伯爵と豚の紳士を交互に見た。

「嫌でしたら遠慮なく仰ってください。潔く身を引きますので」

「いえそんな、嫌なんてことは」

顔が豚なのに振る舞いが王子様のようだ(失礼)。

それを抜きにしてもダンスの誘いには戸惑うが、円舞曲なら私だってそこそこ踊れる自信がある。けれど、自信あります!と胸を張って言えるまででもない。

まず私が踊ると覚悟していたのはロックマンに対してだったので、未だ目的が達成できていないことに焦りを覚えていた。未だもなにも、目的を前に博士との談笑を取った私が言えたことじゃない。

「では行きましょうか」

中途半端な返しをどう取ったのか、豚の紳士に手を引かれて広間の中心に入っていく私は、首を動かして二人を探す。博士には若いってのは良いねぇと手を振られたので苦笑いをしながら視線を外せば、ちょうど近くにその二人が来たのが目に入った。

最後のダンスにと二人が選んだのは、やはりお互いだった。カーロラ王女はロックマンで、ロックマンはカーロラ王女を選び手を取り合っている。幸せそうで楽しそうで何より。

二人を見ていると、音楽が静かに流れ出した。豚の紳士と組んでいる私も流れによってダンスのステップを踏み出す。

「……」

婚姻ほぼ確定の二人を仮面の下から見守る。

ううん、ほぼじゃない。確定だあれは。

公爵には悪いことをしてしまったけれど、彼もこれで安心出来れば良いなと思う。結局ロックマンの本心は聞けずに終わったけれど、アイツがアイツ自身で選んだ道ならば、それからどうするのかも本人が決めることだ。

あ、今二人が笑い合ったのが見えた。

「なんだ、大丈夫そうじゃない」

「何がです?」

微笑ましい姿を見て、つい心の声が口に出てしまった。ダンスの相手である豚の紳士に首を傾げられる。

「ある人が近々婚姻を決めるそうなんですけど、ご両親がそれを心配されていたようで」

「そうなんですか?」

「でも気鬱だったみたいです」

この舞踏会に来る意味は最初から無かった。

収穫ならアリスト博士絡みであったけれど。

―――――――ギュム、

「ん?」

「ごっごめんなさい、ダンスは得意でないもので、……足大丈夫ですか!?」

「痛くも痒くもないから気にしないで。躍りは正確に踊るより、楽しむ事が大事なんだ。何事もね」

思いっきり彼の足を踏んでしまった。

何が円舞曲なら少しは、だ。出来もしないのに簡単に頼み事や誘いに乗るものではないと、今日一日で私は学んだ気がする。

しかし豚の顔だからかずっと無表情で分からないけれど、私の失敗に優しく笑ってくれた気がして恥ずかしくなった。笑ったなんて、笑ってないかもしれないけれど、今からは笑われないようにしっかりダンスをしなければ。

転んだらただ立ち上がるだけではない、飛び上がって宙返り三回転見事着地を決めるような立ち上がりを見せてみせる。

「さて我が同胞達よ。今よりその仮面の下を晒し、真の姿で舞踏会の夜を彩ろうではないか」

豚の紳士の腕の中でクルッと回された瞬間、王様の声がホールにこだました。

会場の至る所から戸惑いやどよめきの声があがる。

私は意味がよく分からず高い場所から私たちを眺めている王様を見た。

すると天井から粉? 光の粒のようなものが会場にいる人達に降りそそいでくる。私の腕や髪の毛にも落ちてきた。

なんだなんだと周りを見てみれば、先ほどまで見ていた空間に違和感を覚える。

仮面を付けていた人達の仮面は外れていて、素顔が丸出しになっていた。それに紫や緑など奇抜な色をした頭をしていた人達は見当たらず、鳥頭の人もへんな仮装をしている人もいない。

かくいう私も仮面をしていて幾らか狭く暗かった視界が、明るさを取り戻し、見晴らしが良くなっている。顔からは仮面の重みが消えていた。

胸に垂れる髪も水色に戻っている。

「で、誰なの?」

「へ?」

「君が言う、近々婚姻する人っていうのは」

知った声が私の目の前から聞こえた。顔を横に向けたまま固まる。

でもそれはあり得ない。だってその声の持ち主はあそこに……。

あれ?

カーロラ王女の仮面が取れているのはいいが、彼女が組んでいる相手の男はロックマンではなく見たことのない男。薄茶色の髪に、背は少し低く、誰あれ。カーロラ王女も口に手を当ててびっくりした顔をしている。

これはもしかして、魔法解除?

でも仮面は魔法じゃないのに何で外れているんだろう。

けれどじゃあ、私が踊っている相手は……。

ギギギ、と首を横から前に向ける。

そこには無造作な金髪を肩まで伸ばした眼鏡の男が、間抜け面をした私を見下ろしていた。

眼鏡をかけている姿は初めて見たので一瞬違う人物に見えたが、よく見てもよく見なくてもその男は私がずっと見張っていた筈の人で、私と踊る筈のない人だった。

豚の面影なんてものはない。

カーロラ王女のほうに目をやってから、また目の前にいる人物を見る。

「…………へ?」

「あぁ、あれは僕の身体ごと仮装してたんだよ」

「へぃ?」

変な声が出た。

「たまには豚になるのも悪くない。変身術は得意だけど、使いどころが中々無いしね。女性には声を掛けても無視されたりと寂しかったけれど、仮面舞踏会はまぁまぁ楽しかったよ」

眼鏡の位置を中指でかけ直して、私の頭を片手でポンポンと気安く撫でてくるこの男。

私はすかさずその手をベシィッと払う。コイツに頭を撫でられるなんて、屈辱の中の屈辱! いや、侮辱!

すると今度は仕返しとばかりに軽く頭をペチン、いやベシッと叩かれた。痛いんだけど。

「な、なんで?」

フォデューリ侯爵?

豚の紳士?

なんだそりゃ!

「なんでここにっ」

「なんでって、それは僕の台詞だよね」

お前、お前、アルウェス・ロックマンじゃないか!

眼鏡も金髪も瞳も肌もキラキラさせたキラキラ野郎が私の目の前に立っている。

「ふ、フォデューリ侯爵って」

「僕はフォデューリ侯爵だ。嘘は言っていない」

なんだと。

あれ、でもなら、この場合カーロラ王女との婚姻はどうなるの?

「というか……また何でこんな所にいるんだ君は」

まったく馬鹿は困る、と私の頭を肩から背中に掛けていた布、マント?でバッと覆いだす。視界が一気に暗くなった。

えっ、ちょっと!

「ぶっ、ちょ、なにして」

しかもまた馬鹿と言われた。腹立つ。

「だいたい父上絡みなんだろうが、君のことを知っている人間がいるのを忘れてない?」

「んん?」

後頭部を掴まれ、胸元にぎゅっと押し込まれる。

潰れる。顔が潰れる。こいつは私を押し潰して殺すつもりなんじゃないだろうな。

「ここにはマリスもいるんだよ。こんな所に君のような貴族でない人間がいると知れたら大変なことになる」

なるほどそういうことですか。疑って悪かったごめん。

けれどこのままではこの場から逃げることも何も出来ない。

しかもカーロラ王女と踊っていた相手がロックマンだと思い込んでいた令嬢達も、こちらが本物のロックマンだと気づいたのか、ヒールをカツカツと鳴らしてこちらに近づいてくる気配を感じた。

もう~アルウェス様!

騙すなんて酷いですわ! と声が聞こえる。

そ、そうだ今の内に、

「こんな時になんだけど、ちょっと耳かして」

胸へ押し付けられた顔をグリグリと上に向けて、わずかな布の隙間から見えるロックマンの顔を伺う。

「なに? 言っておくけど格好的に耳は今貸せないよ」

腕の布の隙間から見える私に顔を近づけたロックマンは、かけている眼鏡を鬱陶しそうにして目を細めた。

「分かってるってば」

私は本来の目的を遂行しよう。

「アンタ王女のこと、好きなの?」

もの凄く小さな声で、けれど相手に届くように問いを投げた。

ちゃんと聞こえたかな、と隙間からロックマンの様子を伺う。

「全く何を言い出すかと思えば」

「で、で、どうなの」

早く答えてもらい、パパパッとこの腕から抜け出して、この大広間から一刻も早く退散させていただきたい。勿論水色に戻ってしまった頭には紙ナプキンを巻いて。

「じゃあ耳をかして」

軽く溜め息をつかれたあと、内緒話をするかのような声で静かに言われる。

「ドーラン王国魔術労働法第三条と第十七条、貴族法第三十条に続く第三十一条」

……。

「は?」

「分からない?」

「いやそういう問題じゃ」

「なるほど。まだまだ勉強不足だ」

思わず拳を握ったが、堪える。

絶対凍らしてやる!! この男!!

しかも答えをはぐらかされた上に笑われてるし。

というか公爵、結局収穫無かったよっ!!

「アルウェス様! 何故っ」

そうしていると、カーロラ王女がロックマンに駆け寄ってきたのが分かる。

そしてそれとは逆で、奴はゆっくりと布の隙間から顔を離した。

動揺のどの字もない。この状況に少しは焦ったらどうかと客観的に思う。

「やぁカーロラ。今日も綺麗だね」

「綺麗って…、それより! なんで貴方」

「君が好きなのは誰?」

抱き込まれている為、声しか聞こえない。けれどロックマンの発した言葉のお陰で、この場が妙な雰囲気に包まれたのが分かる。

周りの貴族達の話し声も聞こえないので、この二人のやり取りを見ているのだろうか。

「僕じゃあ、ないよね」

私の身体を押さえている腕が、ほんのわずかに締め付けを強くした。

「なっ何言ってるの? 私が好きなのはアルウェスあなたで」

「違う。これ以上進んだら取り返しのつかないところまで来てしまうよ。その前に君には僕を振ってもらわなきゃいけない」

痴話喧嘩……とはまた違うような。

つまり、なんだ? カーロラ王女はロックマンを好きではなかったと?

ならばなぜカーロラ王女はロックマンと結婚をしようと……?

「お父上にちゃんと言ってごらん。可愛い娘の願い事を、無下にするような王じゃない」

「私、私……」

「大好きな男の隣で笑う君が、僕は大好きだよ」

グスン、とカーロラ王女の涙声が聞こえる。

女泣かせの遊び人が、ついに一国の王女を泣かせる場面に出くわそうとは。全く嬉しくないうえに、そろそろ暑くなってきたこの腕というかマントの中から出たくなる。

出られないけど。

「そうね……そうよね。馬鹿ね私」

「行っておいで。あとは僕が何とかしておくから、君は国へお帰り」

まるで小さい子の頭を撫で、あやすような声だった。

「……ええ、そうするわ。でも、でもね、アルウェス。私……結婚して一生をこの人と共にしていいと思うくらいには、貴方のこと好きだったのよ。貴方はそうでもなかったみたいだけど」

「結婚するなら僕も君みたいな賢く美しい女性が良いさ。でも僕は一生涯恋をしていたいんでね、こういう結婚はお断りだよ」

恋と結婚がまるで違うものと言っているように聞こえる。つまり二人はお互いに恋をしていない、みたいな……。

ロックマンの言葉を最後に、カーロラ王女の声は聞こえなくなった。

その代わり、誰かがヒールで掛けていく足音が近くから遠ざかっていく。

「どういうこと……?」

「彼女には好きな男がいたんだ。ただそれだけ」

小さく呟いた私の声に目敏く気づいたロックマンがそう答える。

「え、じゃあロックマン失恋したの?」

「……もしそうだったとして、それを本人に堂々と言うのはどうかと思うよ」

「あ、ごめん」

コイツの気持ちが正直分からない。

好きだったのか、別に好きじゃなかったのか。彼女のことを考えて行動をしていたようだけど、微妙な所である。

失恋をしたのかと失礼な事を言ってしまった手前、またその話を掘り返すのはどうなのかと思い、私は別の話を振ることにした。

「……あの、ところでさ。私帰りたいんだけどどうしたらいいの」

別の話というか、私も人の色恋沙汰を茶化すほど暇じゃない。いや暇はあるけど、暇な時間があったら他の事に意識を向けたいという話だ。

真っ暗な視界から早く抜け出して新鮮な空気を吸って王の島から下の王国にさっさと帰る。それが公爵から与えられた任務の次に自分で決めた任務。

「魔法は使えないし、マリスとかいるし」

「君をいつまでも腕に匿っているのは無理だからね。どうしようか」

公爵には私から何かを言わなくともロックマンから何か言われるだろうし、なにはともあれカーロラ王女には好きな人がいて、でも素直になれなくて、それに気づいていたロックマンがお互い婚約に至る前に決断させたと。彼女は国へ帰り、ロックマンは此処に残る。これが二人が下した決断だと伝わるだろう。

「そういえばさっきも聞いたが、何で君は此処に?」

「……秘密の調査」

「あぁ、父上から僕の本心を探れとでも言われたのか」

分かっているなら聞くなよ。

「なんで分かるの」

「父上と共に城へ入って来ていただろう。それに普段なら興味を持たないであろう質問を、僕だと分かった上でしてきていたよね」

私がコイツにその手の質問をすること自体がおかしいということは、確かに一理ある。お互い何だかんだで相手の性格は分かっているつもりだ。私は全く分からないことばかりだが、そういう面においてはロックマンから自分がされてもおかしいと感じると思うので、そう考えれば見抜かれたのは当然の結果だと思う。

それに公爵も公爵とバレバレな仮面をしていたうえに、その隣に見知らぬ女が伴っていたら嫌でも気になるだろう。

なんだ、最初から怪しまれていたのか。

「完璧な変装だと思ったのに」

「完璧に変装したいなら、美しくならないことだ」

「は?」

美しくならないこと?

変装して美しくなるのがなんで駄目なんだろう。というかこれは遠回しに美しいと言われているのか、どうなのか。でもそんなことを言うはずも思われるはずもないので、言っている意味が分からないという声を出す私に、ロックマンはこれだから君はと半ば呆れ気味に言われた。

呆れられる意味も分からない私は、馬鹿じゃないと信じたい。

「はぁ……。――――――良い 女(ひと) を見つけたと思えばこれだ」

「何?」

「なんでも。僕はくじ運が昔から悪いってことだよ」

「?」

訳の分からない返答をされた私は尚も首を傾げる。

「アルウェス様、何をしていらっしゃるのですか?」

グチグチ会話を続けている私達、いやロックマンに女性から声がかかった。

そういえばまだあの状況から脱け出していなかったことに気づく。

「何でしたの? 先程のは」

「あの方って、カーロラ王女でしょう? 何か問題でもありましたの?」

周りに次々と女性達が集まってくる気配がする。

動けない。動いたら終わる気がする。

「アルウェス様、そのマントの下の女性はどなた?」

マリスの声だ。彼女のその怪しげな言葉に、私の心臓がドクドクと跳ねる。

この気づいてほしいけど気づいてほしくないもどかしい感じ。

声も今になっては出せない私は、こうなったら!とある手段を決行させることにした。

「げほ、げほっ……ゴホッ」

「あら?」

必殺病人作戦。

「グェッホ…げほ、げほっ」

さも苦しそうに声を出す。

苦しそう……ううん、実際苦しい。何故ならより本格的に苦しんだほうが良いと思い、自分で自分の喉元を親指で一生懸命つついているからだ。

今の私は演技派の魔法使い、ナナリーよ。

「こちらの彼女の具合があまりよくなくてね。酷すぎて顔も見せられないような状態なんだ。鼻水を垂らして鼻の穴を開けて油汗をかいた顔なんてとてもじゃないが醜く見れたものじゃないだろう?」

オイなんだと。

「まぁ!そうでしたの?」

「でしたら早く帰られたほうが良いかもしれませんわね」

コイツはどれだけ私を醜女に仕立て上げたいんだ。意図が伝わったのは良いけれど、なんか納得がいかない。試験で百点満点だったのに、実は百一点満点で満点ではありませんでしたと言われた時並みに納得がいかない。

けれど令嬢やマリス達はそれに納得したようで、あちらから出られますとロックマンを誘導し始める。

ありがとう、と涼やかな声で言う奴に舌打ちをしたくなったが、何だかんだ隠してくれている状態なのであまり文句は言えない。

しかしまさか変身を解かれてしまうとは、仮面舞踏会の意味が全くないじゃないか。

「この城から出たら使い魔で島から離れるんだ。いい?」

「はいはい」

「君との会話は神経が削がれる」

私の長いようでそこそこ短かった一日は、こんな会話を奴と交わして終わった。

ちなみに城の外には騎士も誰もいなく、結界があるとはいえこんな無防備で大丈夫なのかと思いながら、ララの背中に乗って帰っていった私であった。