軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

五年生・休暇②

馬車が降りられるように皆で場所をあけると、馬はそこへ目掛けて一呼吸おいたのち、音を立てずに静かに地面へと着地する。

馬車についている銀の大きな車輪は、私の背丈を軽く越えていた。

この村の上を飛んで、なおかつ豪華な装飾がなされた馬車で移動をするのは貴族くらいである。

誰だろうかと、市場の人達も集まってきて馬車の周りを遠目に囲みだした。

馬車の扉がキィと音を鳴らして開く。

「穏やかな村で、とてもよい土地ですね。滝は王国の観光名所にもなっているのでしょう?」

「そうですとも。うーん……」

帽子を胸に押さえつつ、馬車から降りてきた灰色髪の紳士が、なにやら客室内にいる人物と話し込みながら辺りを見渡していた。

そして一番近くにいた私達に目を止めると、こちらに歩みを向けて近づいてくる。

「そちらの水色髪のお嬢さんは、村の方かな?」

前にいた私へ声がかけられた。

「はい、トィル村の者ですが」

「今日はロックマン公子と散歩がてら様子を見に来てね」

この紳士は誰だと思いつつ相づちを打てば、ロックマンという名前が出てきて私は固まる。

公子?

「私はアズベルグマン辺境伯と呼ばれている者なんだが、少し村を案内してもらってもいいかな?」

ロックマン公子と聞いて固まった私を気にすることなく、アズベルグマン辺境伯――三大貴族のひとつ、モズファルト家の当主タイナス・モズファルトは、腰を屈めてゆっくりとお願いの姿勢をとった。

アズベルグマン辺境伯。

自分の村の領主様に初めて遭遇した私は、その姿にハッとして呆けていた口を閉じる。

伯爵よりも腰をひくく落として、私を含めたこの場にいる全員が頭を垂れた。

もちろん村長の息子であるキャシウスもだ。

「失礼」

だが自分に頼まれなかったのが不満だったのか、キャシウスは私の隣へ移動してくると、頭を上げてアズベルグマン辺境伯の前へと出た。

「トィル村、バーガス・ロウドの息子、キャシウス・ロウドです」

「君がバーガスの子か。彼にはここを任せきりでね、色々助かっている。今回はコール現象がいつもより早くに来たせいか、作物に影響が出た場所が何ヵ所かあると報告を受けたからね。様子を見に来たんだよ」

なるほど、だからか。

キャシウスと話している伯爵の言葉に、心の中で頷く。

三大貴族であり、トィル村を含めた地域の領主でもあるモズファルト家の当主が、私達の前に現れることなど滅多にない。

戦争が起きない限りは、民の目の前で指揮をとることもない。

伯爵、とこの村では呼ばれているが、アズベルグマン辺境伯は他にも爵位を持っている。

ゴルゾマン子爵、アンガス男爵、レオドールマン公爵など、色々だ。

爵位の中でも一番順位が高い公爵位を持っているので、普通は公爵と呼ぶのが礼儀なのだが、その土地にある限りでは伯爵と呼んでも構わないのである。

とにもかくにも名乗られるまでわからなかったくらいなので、その貴重さがどれほどなのかがお分かりいただけるだろう。

「俺が村を案内いたします」

「そうかい?」

伯爵は口髭を撫でながら、私に視線を向けた。

キャシウスにしては珍しく気の利いたことを言ってくれる。

案内するのはいいが、皆で宿題をやる為に今日は来てもらったのだし、お母さんもお昼ご飯を作って待ってくれているので早く家へ戻りたいのだ。

「それと、こちらのナナリーをつけましょう」

キャシウスが案内してくれるならニケ達と予定通り宿題ができると安堵した直後に、伯爵の手前抑えられてはいるが、傲慢な態度でそう言われた。

はあぁぁぁあ!?

最悪、何なの。

友人達は目の前に伯爵がいるため、様子を伺いながらも助け舟を出してくれるが、それをものともせずキャシウスは尚も私を連れて行こうとする。

何でこんなにしつこいのだろう。つけるとか、物みたいな扱いもされるしで、イラッとする。

いつまでも友人に助けられてばかりではいられないので、伯爵がいる前で悪いが反論させてもらう。

「ハッ誰があんたなんかと。伯爵を案内するなら私が一人でご案内します」

「そんなの許すかよ! だってお前は将来俺と結、」

――――キィ。

キャシウスが私の言葉に何か言い返そうとした時、馬車の扉を開ける音がした。

「よしなさい。嫌がっているじゃないか」

キャシウスへ向けて咎めるような言葉が投げられた。

音につられて馬車のほうを見る。

「ロッ……!」

「ろ?」

深い緑の外套に身を包み、その隙間から白い紳士服の裾をのぞかせた金髪の男が、優雅に馬車の赤い階段を降りてきた。

ロックマンと言おうとして口をおさえた私に対し、至極愉快そうな顔で聞き返してくる相手に腹が立つ。

この場で呼びすてにしようものなら、誰に何を言われるかわからない。あいつめ今に見ていろ。

「すまない、アルウェス。村には久しぶりに来たから、感覚がね。案内をお願いしていたところなんだ。私も歳をとったなぁ」

「いえ、まさか。まだまだお若いですよ」

伯爵と笑顔でやり取りをする若い男。

馬車から降りてきたのは、あのロックマンだった。私の隣の席の、あの憎きロックマンである。

長男や三男がいるらしいのでそちらの可能性もあったが、やはり次男のほうだった。

「あの方は誰!? ねぇねぇかっこ良すぎない?!?」

「ペペ興奮し過ぎだって!」

「王子様っぽいけど、こんな所に来るはずないわよね……」

村の子達がぴょんぴょんと蛙のように飛び跳ねて騒ぎだす。

休暇に入ってから長髪を切ったのか、奴の自慢の太陽の如く輝く金髪は肩の上で綺麗に切り揃えられていた。

それに学校ではしている姿を見たことがない、紅色の大きな耳飾りをつけている。

この雪景色の中では、大分目立つ容姿をしていた。

「おー、久しぶり」

奥にいたサタナースはロックマンの姿を認めると、前へ出てきて軽く手をあげた。

「ああ、サタナースもいたのか。というか三日しか経ってないよ」

「だよな」

サタナースの挨拶に、ロックマンは紅い宝石の耳飾りを揺らして笑う。

「トィル村にまさか君たちがいるなんて思わなかったよ。もしかして宿題?」

「おう、ナナリーさまさまでな。トィル村がナナリーのいる村って知ってたか?」

「いいや、さっきの会話で知ったばかりだ。また面倒臭いことになっているようだし……」

サタナースとロックマンは目を合わせてこちらを見てくる。眉尻を下げて溜め息を吐く仕草をしていた。

あの視線、失礼だな。

何か用かと睨み返していると、ちょっと、とロックマンに手招きをされたので、伯爵の手前警戒しつつもじりじりと近づいていく。

キャシウスの隣にいるよりは幾分かマシだ。

「ねぇあの 高慢(こうまん) ちきそうな子、どうにかしてよ」

「はぁ? 何で私に言うのよ。あれはもう無理なの、言葉が通じないんだから」

口に手をかけてヒソヒソ声で何を言われるのかと思えば、キャシウスを伯爵から引き剥がしてほしいとのことだった。

「できるなら案内は他の人間に任せたいんだが、公爵はフワッとしている部分があるし、たぶんあの失礼さにも気づいていない。軍事面は鋭いけど……。僕、あんまり公爵には言えない立場なんでね。君らが気を効かせてくれると助かるんだけど」

「困ればいいじゃない。私は自分のことで手一杯なんですー」

「君ほど血も涙もない女の子は見たことがないや」

「私はあんたを案内するなんて嫌よ」

「君の案内は僕も遠慮したいし」

「あっそ」

「お前らなぁ」

「ゴホンゴホン、ん、ん~ん」

ロックマンとの舌戦を展開しているさなか、横から咳払いが入った。

誰かと思えば、キャシウスがいつの間にかこちらまで来ていた。

口の端をヒクつかせて、また何か言いたそうな顔をしている。

「えー、えーと? 君達はどんな関係で?」

「キャシウス・ロウドといったかな? 人が話している最中に割り込むその癖はいかがなものでは」

「いや、割り込んでなんか」

ロックマンはそんなキャシウスへ向けて、学校でも滅多に見せたことがないような、冷たい視線を送った。私に見せる態度もかなり冷ややかなものだが、それよりもう一段階上があるとは知らなかった。

キャシウスを見ていると、何で私はロックマンと飽きもせずに口喧嘩をしているのかとふと疑問に思う。

貴族に負けたくない意地があるから、キャシウスにしているように無視をすることができないのだろうか。

他に理由があるとしても、キャシウスに感じている嫌悪とは違う種類のような……。嫌悪しているのには違いないはずなのに、根本的なものが、そう……。

「あ……そっか」

考えていて、あ、と口に出る。

ロックマンはきっと、相手が本当に嫌な言葉は使っていない。

間違っても「死ね」などということを軽口でも言わないのだ。

たぶんそこら辺が私と同じ考え――――って、違う違う!

何考えてるのナナリー違うでしょうが!

何あいつと私は一緒みたいな考えに行き着いてるわけ!?

頭をブンブン音が鳴るくらい振って、いらない考えを吹き飛ばす。

「村長の息子である俺が案内しますので、どうぞ任せてください」

「いえ、けっこうです。ああ伯爵、あちらに手を振っている男性が……バーガス村長では?」

「どこかな?」

「行きましょう。出してください」

そうこうしている内に話は終わったのか、ロックマンは伯爵を呼んで踵をかえす。

お待ちを! とキャシウスは馬車に乗り込んだ二人を追いかけるように手を伸ばしていたが、勢いが良すぎたのか雪に足をとられて御者の近くに倒れた。

そして馬車が飛び立つと共にゴッと鈍い音がする。

「ほんと、アホよね」

幼馴染みのペペが吐き捨てる。

キャシウスは馬に蹴られてくたばっていた。