軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

五年生・2

ジェミス先生が雪に指を刺して穴をあけてみなさいと、生徒達に人差し指を立たせるように言った。五十人が一斉にそんなことをしたらあの小さいのが一気に五十体に増えるんだろうか。

その様子を想像したらちょっと笑えてくる。

「できましたか? できましたね」

まだ指を刺していない生徒がいると分かっているはずだが、彼女にとってそんな事は関係ないことである。

もたもたしていたらまた先生が怒りかねない。

まだ指を雪にもつけていなかった私は、早速先生の言う通りに穴をあけてみる。

――ポッキュン、ポッキュン。

するとどこからともなく現れたテラデラが、丸い透明な体を浮かし摩擦音を立ててすっぽりとその穴にはまった。ぴょこぴょことまるで待っていましたとばかりに雪の上を両手を上げて飛び跳ねている。

周りを見れば穴をあけた生徒の近くにたくさんのテラデラが見えた。

「うわぁ」

しゃがんでジッと見つめている私にテラデラが気づいて、その「・」のように小さな二つの目と私の目が合う。

目が合って数秒、テラデラは慌てて穴から出ようと細い手足をバタバタ動かして揺れていた。早く出たいのか身体全体を使ってでも逃げようとしているのにもかかわらず、慌てて気が動転しているせいかまったく穴から出られる気配がない。

その姿に小さい身体も相まってか不憫に思えてきてしまった私は、助けてあげようとテラデラの糸のような手を指先で摘まみ上げた。

「テラデラというこの生物は、一番冷たい雪が降るこの日にだけ、えー、見られる珍しい個体です。酸素のように普段は目に見えない生き物ですが、冷え切った空気の中では、その身体が氷のように固まり、んんんと、あー、人間の目にも見えるようになるのです。皆さん、この私の説明が理解できましたか」

「「はーい」」

「ああもう、返事は短くするって何度言えばすむのか」

「「はい」」

「ああ、なおった。……それでいいんですよ、まったく」

もはや怒られ慣れている私達は、いつも通りのやり取りを先生と交わしたのちにこの生物の観察をするということで、模写をするようにと指示された。今日の授業はそれで終わりらしい。

サタナースや他の男子生徒達は難しくない授業に嬉しそうな様子だったが、でも模写?他にも特徴を教えてくれるのではないのかと思い何かテラデラについて解明されていることはありますかと聞けば、図書室の本で調べてくださいと言われた。

……先生が言うならば仕方ない。

模写をするのに紙がないですと生徒の一人が言うと、全員に用意していたのを忘れていたのか、ジェミス先生は思い出したように両手を広げて空中に紙を出現させる。生徒のほうに向かって飛んできたそれをつかんで先生の言う通りに模写をすれば、皆5分足らずで描き終わっていた。けしててきとうに描いたわけじゃない。影だってしっかりつけている。

なんせ単純な丸い形をしたテラデラの身体は、下手に描くのが難しいくらい簡単に描けるのだ。私にホラホラ見てみろと自慢気に見せてくるサタナースの絵も私と似たり寄ったりである。

「んー。んん~……ちょっとした遊びをしましょうか」

描き終わった紙を回収し始めた先生は、余った時間を使って暇潰しでもすれば良いと言い枝を拾うと、雪の上に一本の線を引く。生垣から離れた広い場所で、教室の端から端までくらいの長さの線だった。噴水があるからここら辺は校庭に近い。

ドルゲルノ、と先生が唱えると、雪で出来た小さな壁がボコッと音をたてて地面からいくつも出現する。

「この線から向こう側には出ないように。敵が投げた雪玉が身体のどこかにぶつかったら即刻外に出ること。でも顔はダメですからね。人数が多く残ったほうの勝ちです。班を分けますよ」

「雪投げですかー?」

「ええ。テラデラの脱け殻がたくさん出来たので」

テラデラの脱け殻?

脱皮するんだと驚いて指で摘まんでいたテラデラの姿を見ようとすれば、そこにいるはずのテラデラはいなかった。確かに摘まんでいたはずなのに。

その代わりにか丸い雪玉らしきものが下にコロコロと落ちていた。

「あー、その雪玉がテラデラの脱け殻です。殻を捨てたテラデラはしばらく見えませんから気にせず。そこかしこに落ちているだろうから拾いなさい」

ちょうど拳くらいの大きさで、私が目にしたテラデラより数倍大きい。

脱け殻にしては大きくないか。

不思議に思いながらも、先生の機嫌を損ねないうちに皆は雪玉を集める。

両手に抱えきれないくらいの雪玉を中腰の姿勢で支えて拾っていった。

「あっ」

「あ」

一番大きそうな脱け殻に手を伸ばすと、横から伸びてきた別の手とぶつかる。反射的にごめんと言ってしまったが、相手の顔を見て私は顔を思いきり歪めた。最悪だ謝るんじゃなかったわ。

ぶつかったのはアルウェス・ロックマンである。

私を見たロックマンは、その美しいだとか綺羅びやかだとか傾国だとか言われているらしい顔を私と同じように歪めた。眉間の間にものすごい皺が出来ている。今なら何か挟めるんじゃないかその皺。

お互い雪玉から手を離さないでガンを飛ばしあっていると、「はいじゃあこれで決まりですね」なんて先生によりざっくりとその場で班が二手に分けられていた。班とはもちろん雪投げの班である。私はどちらの班に入るのだろうと思いつつ、ロックマンが先生の方を見た隙に私は雪玉を自分の懐へと入れた。

そこそこ集まったので満足である。

二つに分かれてそれぞれの陣地に入っていく皆に習い私も雪玉を両手いっぱいに抱えて中へ入るが、ナナリーはあっちよと貴族女子のサリーに言われて反対側へと行かされた。えええ私こっちじゃないの?! 駄々をこね出す私にさっさとあっちへ行きなさいと陣地から弾き出される。そもそも戦い、競う、なんて聞いて無意識のうちにアイツがいないほうの班へ行ってしまったのが悪いのだが。

私は顎を前に出して渋々あちら側へ行く。

反対側で私を迎え入れてくれたマリス嬢達に「ぶっさいくな顔」と言われたが、機嫌が良い彼女らはルンルン鼻唄を歌って雪玉片手に突っ立っているロックマンの周りに集まり出す。

ただでさえいつも隣の席で近いので、こういう時くらい離れたいものだ。

「アルウェス様、わたくし一生懸命玉投げしますわ!」

「お手を汚すことのないよう全力で頑張らせていただきます!」

「後方はおまかせくださいまし」

「あら、では私は右で守りを固めましょう」

身長の高い男を取り囲み、小さな彼女達が守られるのではなく奴を守ろうとしている構図が健気で何だか涙が出てきた。それで良いのか貴族女子。男子達はそれを羨ましそうに見ている。やめろ羨ましがるな。

心なしかロックマンの顔も苦笑いっぽく見えるが、僕が守るから無理しないでなんちゃらかんちゃらかくかくしかじか言っているのが聞こえてきたので今日も通常運転らしい。

25対25なのでかなり人数のいる雪投げに時間がかかりそうだが、同じ班になったラスがその分たくさん当てられるからやりがいがあるよねと笑っていた。

ゼノン王子とサタナースはあちら側で同じ班になっていたのか言い合いをしている声が聞こえてくる。賑やかそうである。

先生の指示で両陣営共に雪の壁に隠れると、あっちから投げられた雪玉を合図に戦いが始まった。

お互いに様子見程度で始まるのかと思いきや、始まりはまったく穏やかではなく今にも倒さんばかりの勢いで敵側から大量の雪玉が投げられた。

教室にいた時に降っていた吹雪と変わらない量に、他の教室仲間達と何でこんなに攻撃されているのかと目を合わせた。私だってやるからには勝ちたいが、まるで親の仇にでも会ったかのような攻撃のされ方に冷や汗をかく。

「おららららぁあ!!」

「壁から出てこい!」

そして主に投げつけられているのはロックマン達がいる方向である。

「……」

日頃の妬みと女子に守られている状態が気にくわないのが合わさったのか、ここぞとばかりに敵の男子生徒達は腕を振りかぶってバンバン投げつけている。

私が言うことではないが、そんなんだから女子をロックマン達に取られるんだぞ。王子があちら側で呆れた表情をしているのが見えた。

「おい八つ当たりかよ!」

「わかるけど俺達もいるんだぞ! あいつら……」

「きゃあっ」

反撃に出ようとした貴族女子の一人が壁から出ると、肩に雪玉がぶつかったのか彼女はその場で倒れた。鼻を真っ赤にして痛そうにしている。あれは痛い。顔から転んでいる。

さすがにこのままやられっぱなしでは悔しい。

私は雪玉を持って立ち上り、敵の男子達を睨み付けた。

「よくもやったわねあんた達!」

「うわヘルだぞ」

「うるさい女は引っ込んでろ!」

失礼な男共である。

そして目標をこちらに定めたのか、私を目掛けて雪玉がビュンビュン飛んできた。私は壁に隠れながら、左側にいるラスと手分けして攻撃をする。両手を使って矢継ぎ早に投げつける。

一瞬横を向いた隙に雪玉を投げられてしまい気づかず、正面を向いたと同時に顔面へ強い衝撃を受けた。

痛みと冷たさを感じる。顔面は当てられても失格ではないから大丈夫だが、鼻から唇に伝うものを感じて触ってみると赤い液体が付着しているのが目に入った。

「おーいヘル、鼻血でてるぞ~!」

「ははは!」

あんにゃろう。

「ヘル大丈夫?!」

「うん大丈夫」

ラスが懐からハンカチを出して差し出してくれた。汚してはいけないと断ると治癒魔法で止血するから大丈夫だと言われて大人しく従う。

一方で倒れた貴族女子を心配して皆が駆け寄ろうとする中、一際早く貴族女子のもとへ飛んでいった男がいた。

「うう、アルウェス様ぁ」

「大丈夫?」

その男、ロックマンは大量に降りかかる雪玉をものともせずに上手く避けながら、彼女を抱えて陣地の外側へ送った。手際が言いと言うかなんというか。

それからまた降りかかる雪玉を避けて私のすぐ隣の誰もいない壁へ隠れたかと思えば、ローブを翻し私の周りの雪玉を勝手に取って立ち上がる。

おいそれは私の雪玉だと言おうとした時、奴は目にも止まらぬ早さの豪速球を敵側に投げつけていた。

「ぶっフォ!!」

「おい大丈夫かオルシス!」

あのオルシスという男子は、貴族女子に雪玉をあててたやつだ。ついでに私へ向けて何発も雪玉を投げ顔面に当ててきたのもあの失礼な男子である。

自業自得と言うべきか、ロックマンの投げた玉が見事命中していた。

首元を押さえて倒れこんだので、顔にいかないギリギリのところに当たったのだろう。

オルシスはさっさと陣地を出るように先生から言われている。

鼻血が出ているようだが、倒れた時に壁にでもぶつけたのだろうか。

「アルウェス様が仇をとってくださったわ!」

「よかったわねマリー!」

「よし俺達もやるぞ!」

ロックマンの行動(報復)に黄色い声が上がると、勇気づけられた仲間達が壁から出て一斉に玉を投げ出す。

やっと一方方向ではなくなった状況にホッとした。本当は私がオルシスにとどめをさしたかったので悔しい気持ちは拭えないのだけれども。まだまだ修行が足りないようだ。

雪玉をいじっていると、右腕に雪玉が当たって塊が砕け散る。

敵の雪玉が当たったのかと焦った私だが、方向が真横からだったのでロックマンの仕業だということに気づいてジト目で顔をあげた。

「なによ」

「いや……、ぷっ。鼻血はさすがに……面白かったよ」

カチン。

この後雪玉を持つ手を震わせた私が敵味方関係なくロックマンを攻撃し始めたのを皮切りに、混沌とした状況からやがて個人合戦となり、先生の調子を狂わせたとして反省文を書かされたのは、私のこの1年最大の汚点となったのだった。