軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ハーレ就業編・4-1

ハーレに来て約三ヶ月。座る場所はいつもと同じ。仕事内容は未だ変わりなく、私は任されている場所で順調に作業を遂行している。

大きな失敗はこれまで特になく、あったとすればつい最近依頼をしに来た人の名前『ドラミニアムス・ヴェストラ・ビ・サルバアダガヌ』という見たことも聞いたこともない長い名前の綴りを、依頼書に記入する際に一ヶ所文字を間違えてしまい、依頼書を一枚駄目にしたことだろうか。二度も確認して、その人には名前をあらかじめ紙に書いて貰ったにも関わらず、清書で間違えてしまった。その時の依頼者の苦い顔は忘れない。いや、忘れられない。

失礼なので、今後一切こんなことが無いようにと世界中の名前を勉強しようと思った。

『私の大切なリュンクスが逃げてしまったの。誰か探してくれるかしら?』

『一人娘が旅に出たいと言っているんだが、誰かこっそり護衛をしてくれないかね。報酬はいくらでも出すから、飽きるまで付き合ってやってくれないか』

『家の近くにお化け虫が湧いていて困ってる』

『裏山の―――…』

それに最近は、特に危険な依頼もない。(というか危険な依頼を受けつけたことが一度もない)

大抵は迷子探しやら、お偉いさんの娘の護衛やら、その他雑用みたいなものばかり。けれどそういう依頼にも時期というものがあるそうで、今はそんな平和な時期なのだという。嵐の前の静けさではないけれど、こういう依頼の後には、必ず何か大変な依頼が舞い込んできたりするらしい。だから今は、新人がここに慣れるためには丁度良い期間となっているのだそうだ。

魔物による被害を受けての依頼は、今のところ一、二件。

その二件は報酬も良く魔物退治という事で直ぐに破魔士の目に留まり、一日二日で片付いてしまった。

皆血の気が多いというか、退治系のほうがやりたくてウズウズしているように伺える。不謹慎だけれど、生活の為には分からなくもないのかな、と思った。

「太陽の印と、逆さの海」

さて、そんなことはさておき。

「丸を書いて……また古代文字か」

私は寝台の横に座りこんで、本を読みながら一枚の用紙へ魔法陣を書きこむことに集中する。

「……あ、そうだ。お昼食べなきゃ」

けれどお腹が鳴りそうになり時計を見てみれば、もう昼時。前髪をかき上げて、横の後れ毛を耳にかける。筆を置いて一つに纏めていた髪を後ろで纏め直したあとは、調理台に向かって今日の昼食を作ることにした。

ここひと月前から、私は休日を使い、所長から働き始め初日にいただいたデア・ラブドス(女神の棍棒)へ、色々な種類の魔法陣を吸収させていた。 魔法を使う機会が仕事では思ったよりも無かったので、こういう時間に試行錯誤して少しでも腕が鈍ったり頭が馬鹿にならないようにと魔法を使っている。それに女神の棍棒は魔法陣を一度吸収したら何度でも発動出来ると言う品物らしいので、この際百個は吸収させてみるのもアリだと思った。

吸収する時は陣の真ん中にデア・ラブドスを立てるのだけど、その吸収の様子も結構面白い。まるで糸を回収するように陣の線がシュルシュルと棒の元に吸い込まれていく。

ただし魔法陣は手描きで書かなければいけないので、そこが面倒なわけだけれど。

この前の二日間の休みは、複雑な紋様の魔法陣を『古き陣象』という母から貰った魔法陣の書物を見ながら五つ書いた。簡単な構成をしている魔法陣なら20個くらい余裕で書けるけど、その私が書いた古代文字やら変な絵やらがビッシリとある魔法陣は、書くのに一日の半分はかかる。

だからか五つの魔法陣の効果もそれなりで、

『時空展開(過去、行きたい時間・場所へ行ける)』

『瞬間転移(距離関係なく、目的の場所へと移動出来る)』

『完全治癒(瀕死の状態にのみ効果を有する治癒魔法)』

『死者天命(死者と一度だけ話をすることが出来る)』

『口開術(口を割らない者に対して有効に働く。別名・吐かせ術)』

と、普通の魔法では中々発動の難しいものが出来る。これが私が一日二日以上書き続けて吸収させた魔法陣だ。

本の最初の項目から一つ目二つ目と順番に載っている魔法陣を試しに書いているので、正直使い時があるのかも疑わしい魔法もあるけれど、慣らす分には良いとする。だから今日は使ってみたい魔方陣を厳選して、好きな物を書こうと思っていた。

「野菜と、……野菜しかないのか」

しかし料理をしようと食糧庫を覗いてみたものの、なんと野菜しか入っていない。

確か昨日の夕飯で兎鳥の肉を使ってしまい、肉はあれで最後だったのかと今更ながら気がついた。主食も無い上に肉も無いとすれば、よもや買い出しに出るしかあるまい。魔法で肉が出せたら良いのにと思うのだけれど、生憎そんなことは出来ないので考えるのはやめる。炎や氷ならまだしも、生き物をすでに解体し食用肉になっているものを作り出すのは厳しいし、そんな魔法もない。どこかで売っている肉をこっそり魔法で取り寄せることは可能だけど、大抵どのお店にも防犯術がかかっているので、出来やしない。

私は薄い部屋着から外用の普段着に着替えて支度をする。

「 魔法動物召喚術(カロマギア・ゾーオン) 」

市場にでも行ってこよう。

食材市場までは距離があるので、私はララを召喚した。

「ご主人様」

お馴染みのボフンという効果音と共に現れる。

「駄目、ナナリーだよ」

「ナナリー、様」

「ナ・ナ・リー」

「ナ……ナナリー様」

白い狼が私の前で項垂れる。正座をし目線を合わせて自分の名前を連呼する私に、彼女はクゥンと鳴いた。

ララには使い魔になってもらった頃から『ご主人様』と呼ばれていたわけだけれど、ハーレに来てからはそれを少しでも変えたくて名前で呼んで貰えるようにしている。いつまでもご主人様呼びは、私的には寂しくて。ララからすれば無茶なことなのだろうけれど、ここは無理矢理にでも押し通したい。

ララのご主人様呼びは以前リュコスの群れにいた時の癖なのだというらしく、群れにいた頃は群れの大将を『主』と呼んでいたのだという。そして今、自分の上に立つのは 私(ナナリー) だと認識しているので、ご主人様と呼ばせていただきます、と初めて召喚して出会った時に言われた。その時は初めてのことだし「まぁいいか」と思っていたけど、周りの皆が自分の使い魔と気軽に名前呼びをしているのを見て、あれ、と感じるようになった。ニケやベンジャミン、マリス嬢に相談してみたときは、

『あら、個性よ』

『羨ましいわ。私の使い魔なんて初っぱな呼び捨てよ』

『わたくしは強制的に女神様と言わせていますわ』

最後のマリスはともかく、皆には「えー良いじゃん」みたいな事を言われていた。価値観は人それぞれなのかと思ったものだ。

「ララ、市場までお買い物に行こう」

「何を買われるので?」

「お肉。今野菜しかなくてね。ついでに散歩でもしようかなって」

「魔法陣を吸収させる作業はよろしいのですか?」

「ん~……ララ見たら散歩したい気分になっちゃった」

「息抜きには良いかもしれませんね」

「そうそう。行こうよ」

部屋の扉を開けて声をかける。

食べ物を欲しているお腹には申し訳ないが、今日のお昼は軽く外物で済ませることにしよう。お肉を買う目的は変わらないが、ララを見ていたら何となく気分が変わってしまった。

せっかくのお休み、親睦を更に深めようではないか。

「お出かけー?」

「ゾゾさんもですか?」

「そうよ。隣国にいる友人に会いに行くの」

寮の廊下でララを連れながら歩いていると、丁度部屋から出てきたゾゾさんと鉢合わせた。彼女は斜めがけの鞄をさげて、帽子を被っている。

ゾゾさんとはお休みがほぼ一緒で、被らないことがほとんどない。仕事では私に付いてくれているので、それもあってか所長が調整して勤務を組んでくれているようだった。

しかしこれから隣国へ行くという彼女だけど、私は少し心配になる。

「良い天気だし、絶好の遊び日和よ!」

「そうですね!……あの、でも気をつけてくださいね。国境の森は物騒って聞きますし、王国の騎士団も見回っているそうですから」

「大丈夫よ、私達弱くないんだから」

「た……確かに」

ふん、と胸を張って笑う彼女に苦笑いを返す。

危険な依頼は無いものの、魔物が森からいなくなることはない。被害は無いが森の近くでは魔物の目撃情報が多発していて、王国の騎士団は王命により調査に出向いているという。

騎士団にはニケがいるから心配だった。無理な仕事をさせられてないと良いのだけど。それに女性騎士を受け入れていると言っても、所詮はまだまだ男所帯。別の意味でも心配になる。変な虫が付いていたらどうしよう。

「じゃあお互い良い休日を過ごしましょ」

「はい、また」

ゾゾさんはそう言うと、駆け足で廊下を走り去って行った。それを見て元気なものだと感心しながら、私も玄関に向かうことにする。

すると遠くから寮母さんの『走るんじゃありません!』という声が3階に響いてきた。

寮母室は1階にあるので、恐らくゾゾさんの姿を見た寮母さんが頭に角を生やして声を上げているのだろう。

皆元気だ。